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「200年住宅」を笑う

 住宅の品質や性能を向上させるために2006年8月に施行された「住生活基本法」を受ける形で「200年住宅ビジョン」が2007年5月当事自民党政務調査会住宅土地調査会長であった福田氏より提言された。そのコンセプトは「日本の家の平均30年と短い。諸外国と比較して半分以下の寿命である。(ちなみにイギリスは141年、アメリカは103年、フランス80年、ドイツ79年:ストック戸数をフロー戸数で除した年(値))そのため国民は住宅建築費の負担が重すぎ、収入の割に良好な生活をしていない。またスクラップアンドビルドを繰り返すことで、建設廃材の問題も発生する。寿命の長い住宅を作るべきだ」という文言になっており、ケチのつけようがない。上記の「200年住宅ビジョン」の構成委員は建築行政の人やハウスメーカーの重役ばかりで、当然ハウスメーカーサイドに有利なものとなっている。ハウスメーカーは型式認定を受けていることが多く、そこが地域工務店と比べて「200年住宅ビジョン」を実行するにはやりやすいところがある。
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 200年住宅が満たすべきポイントとして①構造躯体の耐久性があること②内装・設備の維持管理が容易のできること③変化に対応できる空間が確保されていること④長期利用に対応すべき住宅ストックの性能があること⑤住環境へ配慮されていること⑥計画的な維持管理や保全の履歴を蓄積すること。というものが挙げられている。
 平成12年度に住宅品質確保促進法に基づく性能表示制度を作ったが戸建住宅に採用されることが少なく、リターンマッチよろしく今回も俎上にあげて勝負しようというものらしい?200年もった建築物というのは伝統木造建築物しかなく、これに生かされている先人の知恵というようなものに言及がなく、現場の発想というものがない。
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 30年前ミサワホームが100年住宅というものを提案し、国がそれをそのまま丸呑みして「『センチュリーシステムハウジング』CHSと略記」と命名した。これも100年もつ住宅ということではなく、100年もつための要素を提案するシステムであった。200年住宅も耐久性が200年ということではなく、200年もつための要素をもっている家であるとのこと。まさに福田首相の発言そのもので「200年住宅の根拠はありません。100年の倍ということでメッセージ性があるということでしょう」とギマンに満ちている。200年住宅のガイドラインは財)ベターリビングが認定しているCHS住宅と全く同じ内容である。財)ベターリビングが200年住宅の認定機関となり、天下り官僚がそこに居座るという構図が見透かされ国や国民のことを考えていない官僚が省益のため「200年住宅ビジョン」を提示したとも裏読みできる。
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 日本の森林資源を考慮に入れて時、地域材が柱材として再生産できるだけの期間は60年~80年だといわれている。この数字を根拠にすればまず100年住宅(三世代対応)から始めるべきで、その中間総括をもって200年住宅に適応していけばよい。
 200年住宅の先導的モデルとなるべく「超長期住宅モデル事業」がスタートしている。130億円の補助金を使おうということだが、この取組も5ヶ年の期限つきである。本気でエコロジーの事を考えて循環型社会ないしストック社会を形成してゆこうというのであれば、もっと息の長い取組が必要である。個人の幸福や基本的生活のありようにもっと政府・官僚は責任を持つべきであり,私たちニッポン人はひとりひとりが声をあげてゆかねばならないのである。
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子供部屋 №2

 個室というのは当然プライバシーを重んじなければいけないけれど、どこからも妨げられない部屋というのは非常に問題があります。特に子供部屋というのは「ただいま」と外から帰ってきたら、必ず、少なくとも、お母さんか誰かがいる居間なり食堂から見えるところを通って子供部屋へ上がっていく、入っていくということが必要です。食事があるわけだから、そう心配することはないのかも知れませんが、あまり便利につくりすぎて、いつ帰ってきたのかわからないというのは、決していいことではありません。それから、鍵の問題があります。ちゃんと見識のあるお父さんお母さんの場合「子供部屋の鍵は要りません」と明確におしゃいます。大人の場合には多少プライバシーの問題がありますが、子供の場合は中に閉じこもって何をしているかということは、少なくとも親の権利あるいは義務として当然知らなければいけないと思います。今は割りと子供に遠慮なさるお父さんとお母さんが多くて、せっかく子供部屋をつくるのだから子供に人格を認めて、鍵の完備した部屋にするというふうに考えがちですが、これはたとえ内側からサムタンを掛けられても、親の権利としていざという時には、監督、点検するために外から開けられる鍵を持つべきです。
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 前回述べたように子供にはいろいろな段階があります。だから子供部屋自体のことをあまり思わなくても、その成長に合わせてどういう場所を利用していくかという覚悟さえあれば、子供というのは大変適応力があるので、むしろ与えられた環境を子供がどんなふうにこなしていくかという点から親も真剣に見るべきだと思います。むしろ、親もそうですが、私たちは子供たちがどんなふうに環境を自分でつくっていくかという機会を考えてあげるべきだと思います。
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 最近は親が子供に遠慮しながら、何とかおしりを叩いて、一流大学、一流会社へ行って欲しいという思考があり、子供部屋=勉強部屋という親の願望のシンボルみたいなものかもしれません。これは子供にとって大迷惑なことで、それよりも,今時の大人より子供の方がずっと環境に対して反応が敏感で適応力も十分にあると考えています。そういう子供の適応力や生活能力を弱める方向になっていないかよく考える必要があると思います。
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 Y邸では5人の子供たちのスペースとして、1個の個室と広いフリースペースをつくりました。学校へ通っている子供たちからは狭くてもいいから個室が欲しいという意見もあったのですが、子供たちのスペースは固定的に考えず、子供たちの成長に合わせて、ロールカーテンや家具などで穏やかに区切って使うことになりました。1個の個室も使い手を限定せず、その時期に受験などで個室の必要な子供が使うというような使い方になると思います。現在マンション住まいの子供たちが一番楽しみにしていて、盛り上がっているのは「階段」だそうで、そんな話を奥様からお聞きして、楽しい気分になってしまいました。

子供部屋 №1

 子供部屋というのは両親の教育方針やお子さんの年齢や性別によってその考え方は大きく違ってきます。
今、計画中のYさん家は中学2年生の長男を頭に、長女、次女、三女、0歳時の次男の5人のお子さんがおられ、限られたスペースの中で、子供部屋をどのように考えるかが、プランを考える上で大きなウエイトを占めています。という事もあり、今回のほらドンでは子供が小さい時から大きくなるまでの変化に従って、どのように住宅の中で子供のスペースを考えていけばよいのか述べていきます。
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(1)赤ちゃんの時期から幼稚園へ行く前後まで
大部分のご家庭では、赤ちゃんから幼稚園にいく前ぐらいまでは、お父さんお母さんと一緒に寝ているのが普通だと思います。これは当然のことですし、私はそれでいいだろうと思います。人間の才能とか性格とかが決定的になるこの時期に、親の目の届く範囲でスキンシップの中で育てるというのが非常に大事で、そんな時期から子供部屋を与えて隔離するというのはどんな子供になるのか心配だ。少なくとも私はそう思います。だからそれよりも、ダブルベッドまたはシングルベッドふたつの横に子供のベッドを置けるスペースをとるというふうに寝室の問題として捉えておいた方が良いと思います。
(2)幼稚園から小学校前半まで
この時期には躾という問題で子供を一人で寝かせるということも必要だという考えもありますが、私はまだそんなに慌てて個室をつくるというところまでいかなくてもいいのではないかと思っています。ただ小学校に通うわけですから、遊びの他に勉強という要素が入ってくるので、机を置くコーナーは必要になります。ただそれは昼間の生活で、その頃の子供は夜勉強するわけではないので、リビングルームの一角に机を置いてあげてもいい。また、リビングルームに大きなテーブルをひとつ置いて、それを何にでも使える多目的なかたちにします。そういうテーブルの中で、あなたの場所はここですよと決めてやり、場合によっては小学校入学時にその子供専用の椅子を買って、場所を与えるということでもいいと思います。
(3)小学校後半まで
小学校の前半からそろそろ後半にかかる頃、この位からいわゆる子供部屋について考えていいと思います。まだ個室の必要はないと思います。私は、出来れば兄弟共用の部屋を積極的にすすめたいと思います。子供に部屋を与えるメリットとしては責任感を持たせる、自分の部屋は自分で管理する、掃除を含む整理整頓をしていつも自分の部屋に気を配るという訓練になる。しかし、いきなり個室にするのではなく、兄弟で共同で使うことによって、相手に迷惑をかけないとか、ある程度相手と協力してやるとか、そういう社会的なルールを身に付ける訓練をさせるのです。たとえば男兄弟ならば中学校に上がる位までは共同部屋でいいと思います。一般的に子供部屋は4畳半もしくは6畳くらいですが、何も頑張って一人一部屋ということではなく、それよりは2部屋分を1部屋として広いスペースとして使うことに意義があります。そんなことをしながら、子供たちがだんだん大きくなっていくのを待つということが良いだろうと思います。
(4)中学校に入る頃から成人まで
小学校の後半から中学校に入る頃になったら、少なくとも男の子と女の子は分けていくべきだと一般的に言われています。そのへんからいわゆる個室としての子供部屋が問題になるわけです。それ以降は高校へ入り、やがて大学に入る。場合によっては就職して社会生活を送る、結婚までの間過ごすということになります。しかし、現実問題としてほとんどの場合、大学へ入るとかなりの人が自分の家を離れてちがう都市へ住まなければならない。そして就職すれば引き続き、親元を離れて生活を送るということになる。そういう意味では事実上、成人、大人のいわゆる純粋な意味での個室というようなものをつくる要素というのはかなり減りつつある、ということも家いるかもしれません。いずれにしても、このような順序で子供部屋というものは変化していきます。                       
                                              次回につづく

昔の掃除・今の掃除 №2

 窓を開ける季節になって、愚妻が床の雑巾(布雑巾を挟んで使うモップタイプ)がけを頻繁にするようになり、電気掃除機を使う様子がない。日頃から環境をテーマに仕事をしている私たちであるから、省エネのために電気掃除機を使っていないだろうかと好意に解釈し、そのことを訊ねたところ、「本当は掃除機をかけてから拭き掃除でしょ、面倒くさいから、拭き掃除だけしている」と明るく答えられてしまった。省エネしているのは彼女自身だったのである。
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 毎日きちんと掃除していれば、年末の大掃除は必要ないはずである。しかし、年末になると掃除をしなければという思いにかられる。街では洗剤、ゴム手袋などの掃除用具が店頭をにぎわせる。すすを払い、改まった気持ちで新年を迎えるすがすがしさを大事にしたい気持ちは、われわれの中に色濃く残っているようである。しかし、年末だけ、がむしゃらに1年の垢を落とすのではなく、日常の手入れが快適に住む上での基本になる。
住まいの汚れには、仕上げ材料に薄く積もっているホコリやチリ、玄関土間の泥汚れ、台所の油汚れ、ドアの把手やスイッチ周辺の手垢、その他にカビ、しみ、さびなどがある。人が生活すれば、汚れは発生する。気持ちよく生活するには、こうした汚れをためこまずに早めに取り除くことが大切であり、手入れをすれば愛着もわく。このことが大切なのである。
住まい自体で解決すべき問題も多い。汚れやすい場所は手入れのしやすい仕上げ材にするとか、汚れの目立たない色にすることである。また、密閉度の高い住宅は結露しやすく、ダニやカビも発生しやすい。閉鎖的な間取りを避け、風の通りやすい開放的な間取りにし、室内を乾燥させると良い。
<掃除のチェックポイント>
 ・北側の部屋→風通しをよくする カビが発生しないよう家具は壁から離して置く
 ・洗面→パイプのつまりの点検     ・押入れ→天気の良い日は開けて風を通す
 ・浴室→風呂釜の点検 排水口の清掃 入浴後は窓を開ける
 ・トイレ→便器の掃除 水漏れ点検
 ・キッチン→流し台の下は物を出して拭き乾燥させる 排水口の掃除 換気扇の掃除
 ・外部→ガラス磨き 雨戸・戸袋の掃除
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昔の古い家には、古くなっても手入れの行き届いた、磨きあげた美しさがあった。一生住んでいく家に対して、住み手とつくり手による愛着と思い入れが深かったからである。
住宅が地元の大工によって建てられていた時代には、出入りの大工がときどき庭先に寄ってくれたり、台風がくればすぐに飛んで来て見回ってくれて、樋や屋根、壁、建具などの傷み具合を点検し、必要に応じて手直ししてくれた。仕事以外にも、葬式があれば家の外回りをしつらえる手伝いにやってくるなど、住み手とつくり手との地縁的な人間関係が信頼の上に成り立ち、住まいも維持管理されていた。
しかし、そうした関係が希薄化し、手遅れ寸前まで家の維持管理がなされず、住宅を消耗品と考える風潮が長らく続いた。しかし、低成長時代を迎え、手入れして住み続けようとする意識が高まってきている。
家は完成した瞬間から、雨水、太陽光線、空気中のほこりと汚染物質、温度変化、白蟻、ねずみなどの小動物による害などによって、汚れて傷み始める。定期的な掃除、点検を行い、早めに適切な修繕を行なっていくことが長持ちさせる上で大切なことである。
 <住まいの点検>
 ・瓦のずれ、割れ、脱落    ・ペンキの剥がれ    ・軒天井の浮き、たれ
 ・雨樋のはずれ    ・外壁のヒビ、割れ、浮き    ・配水管のつまり、枡の不良
 ・床下・土台の白蟻腐蝕    ・床下換気口ふさぎ    ・建具のたてつけ 
 ・ガラスの割れ    ・手すりのサビ    ・ぬれ縁の腐蝕 

昔の掃除・今の掃除 №1

 昔の日本人はよく掃除をし、家を磨き上げていた。子どももガラス磨きや庭掃除、ゴミ捨てなど、能力に合わせて手伝っていた。
密閉度の低い隙間だらけの昔の和風住宅では、風が吹けば家の中が砂ぼこりでザラザラになる。素足で歩く畳面が、ごみや砂ぼこりでざらつくようでは気持ち悪い。素足で歩く感触を大事にというと大げさかもしれないが、そういう意味もあって朝、夕の掃き掃除と拭き掃除が日課として行なわれていた。
障子の桟や家具の上にはハタキをかけ、畳や縁側を座敷箒で掃き、細かな塵は庭に掃き出してしまう。その後、廊下や縁側などの板敷き部分に雑巾をかけ、玄関、便所の掃除をするというのが大体の手順であった。
春と秋の大掃除もあった。家中の畳を上げて庭に干し、ほこりを叩き出した。そのとき、畳の下から出てきた古新聞を読みふけっているお父さんが注意される場面は、サザエさんをはじめとする漫画の題材によくなったものである。
年末には、すす払いといって家中のほこりを払い、障子を張り替え、畳の表を替え、神棚を清めた。掃除の仕方にも1年間のリズムがあったといえる。
掃除の仕方は、住まいの構造や仕上げの材料、生活のしかたなどの変化に対応して変わる。
今日の私たちの住まいの大部分は新建材で仕上げられている。畳や板、土壁で仕上げられていた昔の家の掃除方法では、現代の住まいの汚れはきれいにならなくなっている。したがって、箒やハタキのない家庭が増えていても不思議はないのである。
建物の窓まわりはアルミサッシに変わり、住まいの密閉度は高まっている。春の嵐のような大風が吹かない限り、外の砂ぼこりは入ってこない。ごみや汚れは外から持ち込まれるものよりも、室内で人が生活する所から発生するものや、気密性のよい造りが原因となるカビや結露のシミなどが中心となっている。
このような汚れと仕上げ材料に合わせて掃除用具や洗剤、薬品を適切に選択し使いこなすことには、それなりの知識が要求される時代となっている。
また、今日の住宅事情では大掃除は無理である。狭い庭は植木と車でいっぱいで、畳を干すスペースは無い。住み方も変わった。部屋には大きな重い家具が入って、動かすのに一苦労である。家具や機器類の後ろに溜まったホコリは取りにくく、昔に比べて、いろいろな意味で掃除が複雑になっている。
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 私たちのつくる『もりの家』『自遊空間』では仕上げ材として自然素材を多用しているので、新建材の家とは違う掃除の仕方と心構えが必要である。
無垢の板材を使っている床は掃除機をかけ、時々水ぶきするだけで、合板の床のように定期的にワックスをかける必要もなく、手入れはむしろ楽である。
問題なのは布や紙のクロスと塗り壁である。ビニールクロスのように汚れたからといって洗剤を使って掃除することはできない。汚れが染み付かないうちに、こまめにホコリを掃うくらいしかない。配偶者は掃除機と静電気でホコリを取るハタキを使っているが、それでもついてしまった汚れは諦めるしかない。
新築の時が美しさのピークで後は汚くなっていく新建材を使ったピカピカの家と違って、自然素材の家は時間の経過とともに変化していく。白ぽかった無垢材はだんだん飴色に変化し、それに合わせて紙や布のクロス、塗り壁は汚れたり変色するが、決してキタナイという感じはない。          
 私たちはそれを「古美る」と表現している。
                                             次回につづく

家事労働を考慮した住まい №2

 オーマイゴット!! 恥ずかしいことに、リフォームの現場で転倒してしまった。解体中の根太につまずいたみたいだ。一瞬何が起こったのか分からず、余りの痛さに立ち上がることも声を上げることもできずにいた。なかなか立ち上がれない私に気がついて、廻りにいた職人たちが集まってきて起こしてくれた。どこかで右肩を強く打ち付けてしまったらしく脱臼・骨折してしまった。現在は3週間のベルトでの固定が終わり、固まってしまった肩を動かせるようにするため週2回リハビリに通っている。自分の不注意で仕方ないことなのだけれど、代わりのいない個人事業主は仕事を休むわけにもいかナイノダ!! 痛みをこらえて、愚痴りながら日々を過ごしているテイタラクである。
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 家族とのコミュニケーションの時間や自分のための時間をできるだけ多く生み出すには、<家事の合理化>がテーマとなる。特に共働きの家族では省時間を目的に機械化や、2~3の家事を同時進行しやすい家事動線の工夫がなされる必要がある。例えば、食器洗浄乾燥機、電子レンジ、全自動洗濯機、衣類乾燥機、オートバスなどの導入や、炊事と洗濯を同時進行させるのに都合のよい洗濯場の計画などが考えられる。また、一年じゅうの衣類を1箇所で見渡す事ができるウォークインクローゼットに代表される収納方法を取り入れることで、四季の衣類の入れ替えの手間は省ける。
 さらに家事は時間を限定せずに都合のよい時にまとめて行うと考えた方が気が楽である。したがって、洗濯は夜にする、買い物、洗濯、アイロンがけはまとめて行なう、料理も1週間分を休日にまとめて作り、冷凍するという家庭も多くなるわけで、運転音の静かな機器の開発や、大容量の冷蔵庫や洗濯機の需要が高まるのである。
 また、日中不在時への備えも必要である。防災防犯対策、雨天時の物干しなど、家族が日中安心して留守にできる設備が求められる。
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 家族が共に過ごす時間の少ない共働き家庭で最も大切にしたいのは、家族間のコミュニケーションの機会を増やすことである。また、家事時間が少ないため、家族の<家事協力しやすい住まい>であることが必要である。そうした点から考えると、家事をしながらも家族との交流を図ることのできる多機能リビングダイニングキッチンは適しているといえよう。
 大きな部屋の中に家族のくつろぐコーナー、食事コーナー、キッチンコーナー、アイロンがけや記帳などの家事コーナー、学習コーナーなどを上手に配置すれば、自然な形のコミュニケーションを生み出せるからである。
 他の家族が楽しそうにおしゃべりしたり、テレビを見ている時に、一人離れて食事の支度や後片付け、アイロンがけをするのはつまらないが、家族に声をかけたり、テレビをのぞいたりしながら疎外感なく家事を進められれば、しかたなくやるのだという気持ちもやわらぐ。その意味で対面型キッチンや食卓近くの家事コーナーは家族に家事協力を促すものとなる。
 また、家事協力しようとしても、どこに何があるのか分からないようでは困ってしまう。誰にでも分かりやすく、取り出しやすい、しまいやすい収納方法も必要である。

家事労働を考慮した住まい №1

 雇用機会均等法の施行や女性の高学歴化などを背景に女性の職業をはじめとした社会進出は目ざましい。家庭婦人の就労率も過半数を超え、今後益々増加するものと考えられる。
その中でも子どものいる共働き家庭の主婦にとって、家事労働は大きな負担であり、家族の協力が是非とも必要である。また、子どもの家事手伝いはアメリカの家庭等に比べるとわが国は勉強優先で家族の一員として家事分担を行っていないし、成人にも子どもにも家庭における家事教育がなされていないため、家事能力が低いと考えられる。
 これまでのすまいは一日主婦が家にいること、家事は主婦が行うことを前提に考えられてきた。これからのすまいは日中の家族の不在、家事時間の少なさ、家事労働の合理化といった視点から考えなければならない。
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 子どもを育てながら共働きする女性の抱える問題は多い。幼い子どものいる場合にはより深刻である。時間を気にしながら終業時間きっかりに職場を飛びだし、保育所に駆け込み、子どもを引き取り、夕食、入浴、就寝の世話と息つくひまもない。そして世話をしながらも子どもの話し相手になり、本の読み聞かせなど子どもとも心の交流にも気を配る。家に帰ってきた時に、部屋はきれいに片付き夕食の支度もできていて、洗濯物も取り込んでたたんであり、お風呂もすぐ入れる状態になっていたらどんなに楽なことであろう。これだけのことを子どもに注意の目を向けながら、一人でやりこなさなければならない。
 フルタイムで働く主婦の場合、「家事育児で夫の手をわずらわせたくない」「働くことで十分に家事ができないことを後ろめたく思う」といった良妻賢母意識も根強く心にあるため、歯をくいしばって、睡眠時間を削ってまで家族のためにと家事をこなし、身体を壊したり、極度の疲労に陥っている。そうした生活を避けるためにパートタイマーを選ぶ主婦も多いが、本来は“夫や子どもの家事協力(分担)をもとに仕事も家庭も充実させる”ことが望ましい。また、女性の側が家事に対して肩の力を抜くことも大事なのである。

 子どもたちが、勉強、勉強と追い立てられる今日の風潮の中で、家事の参加している子どもは極めて少ない。そのため、親のそばで手伝いをしていれば当然身につくはずの能力、例えば、自分で調理して食べる能力、衣服を整える能力などが育っていない。こうしたことは子どもにとって不幸なことである。母親に家事労働をまかせて育った男性が、結婚して妻と一緒に家事をする例は少ない。また女性も結婚した途端、家事労働に忙殺されて自分の時間が持てずヒステリー状態になってしまう。家事労働を嫌がらずに行えるか否かは、生まれ育った環境や親のしつけによるところが大きい。家事労働は子ども自身の成長や発達に欠かせないものという認識をもって、子どもの頃から家事教育をする必要がある。幼児期から小学校低学年の子どもは、手伝いを喜んでやりたがるようになる。しかし、忙しい母親は足でまといになると手伝わせず、子どものやる気は縮んでしまっている。家事をする子どもに育てるには、小学校入学以前から、親が心のゆとりを持って一緒に家事をし、上手にできた時には褒めて、子どもに自分も家族のために役立っている必要な人間なのだという意識をもたせることが大切である。両親で家事をし、両親で家事教育をおこなって「家事協力は家族の一員として当然」という意識を小さいうちに身につけさせて、子どもたち(夫にも)の家事分担を決めて、例えば夕食の後片付けや掃除の一部を任せることが必要である。
                                              次回につづく

幻の「家事室」「書斎」 №2

 もともと家事であったものが、趣味に発展するものがある。掃除、洗濯はなかなかそこまではいかないが、洋裁や料理などは、趣味が高じれば家の中にそれなりの設備が欲しくなる。子育て中に熱にうかされたように誰でも手がけるのが、お菓子やパンづくり、梅干、ラッキョウなどの保存食づくりである。また、子どもの学校との連絡や地域づくりに熱心になって、新聞・会報・ミニコミ誌の世界に足をつっこむ人たちもいる。ボランティアの仕事を家に持ち込む人もいる。これらの作業はのめり込む事で、しばしば家族と悶着を起こしがちである。
 家事室のあり方がオープンになる一方で、主婦専用の独立部屋を望む声も聞かれる。自分の趣味を広げて家族に気兼ねなく自由に使いこなせる場は魅力的である。自由な時間と自分なりのライフスタイルを楽しみながら、自分自身でつくりだしていく姿勢は、これからの長い人生を考えると大切である。玄関とは別に専用の出入り口を設ければ、グループの集まりにも便利であり、さらにそこに家事管理機能を付随させれば、より有効にスペースを活用できる。子どもが巣立った後の空き部屋を利用して、このような趣味家事室をつくってみるのもどうだろうか。
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日常のささいな家事、しかも省くことのできない仕事は、何かしながら、誰かとしゃべりながらやる事が多い。テレビを見ながら縫いものをする、ミシンをかける、アイロンをかける、携帯電話をかけながら掃除をする。もちろん家事をするのは妻だけではない。夫もするし、子どもたちも、自分にかかわることは自分でするのが新しい家族像と思われる。今の家事は、誰でもできるほど簡単である。しかし、単調で面白くないし、他にやりたいことがいっぱいある。そのためだけに時間をかけるのも馬鹿馬鹿しい。だから、家族の相手をしながら仕事をすれば、少しは仕事も進むし、気が紛れて、やる気がでてくる。このような、ながら仕事にとても効果を発揮してくれるのは、大きなテーブルの存在である。食卓を思い切って大きくして、各々の行為を包み込むと生活の情景や家族関係まで違って見えてくる。
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 私たちは「多目的クローゼット」として衣類 集中管理室というべき部屋を提案している。家族が外から帰ったら、この部屋に飛び込み外出着から室内着に着替える。また外出準備もここで行う。コートも下着も靴下も衣生活に関するものは全てそこに収納し、個室に衣類収納しない。風呂にもこの部屋を通って下着をもってゆく。洗濯する場や物干しに近い所に設置し、アイロンがけやミシンもここでするのである。
この「多目的クローゼット」を生活スペース化するという手もある。中央に6帖程度のスペースと三方に大クローゼット、一方に大きな窓と作業カウンター、ついでに洗面化粧台を設けた一種の更衣、化粧、衣類収納部屋である。ステージや劇場でいえば「楽屋」にあたる役割である。「クローゼットリビングルーム」と呼びたいくらいである。

「収納」が大繁盛 №2

今回のほらドンは前回の「収納」が大繁盛のつづきです。
 今や、家庭・生活情報雑誌では収納の改善、工夫などの記事は特集の中でも目玉となっている。大規模な改装から、細々としたアイデアに至るまでの多種多様な収納作戦が展開されている。それほど多くの人は「もの」の整理・整頓に悩んでいる。今一度、自分たちの生活を再検討する上でも、下記のフローチャートによって収納についての考え方を整理して、それぞれのやり方にそって具体例を考えていくことが大事である。

 
 
 

 

「収納」が大繁盛 №1

 古来から、日本の起居様式は「床」そのものを生活面として、寝たり、食べたり、仕事をしたり・・・と床と密着した生活を展開してきた。そのような起居の仕方を「ユカ座」といい。恩米流の「イス座」と区別されている。
 ユカ座の生活では、床は衛生的であることが求められ、家の中では履物を脱ぐ習慣が定着していった。同時に体と床が密着するところから、接触感や保温性に優れた材料が選ばれてきた。床はイス座におけるテーブルやイスやベッドなどと同等のものであった。作業する際には床は無限の作業台として利用でき、連続した作業を行うには非常に都合がよかった。その時の状況に応じて何でも広げられる自由は、一方で暮らし方にけじめを必要とした。出したら、しまう。広げたら、片付ける。きちんとしたけじめは室内に心地よい秩序を与える。しかし、部屋の片すみに寄せて文字どおり“片づけ”るだけで終わりというような生活態度も肯定された。これは楽であり便利でもある。ゆえにユカ座の生活様式はモノを床面から切り離して整理収納する習慣をつけにくくさせたともいえるだろう。
           *          *          *
 住まいは狭くてどうしようもないのに、小金持になった日本人は様々な生活道具を購入した。生活の光景は家電製品、ピアノ、家具などが驚くほどハンランし、人間はその隙間で暮らしている様子である。それを見た家事評論家は言った。「ものが散乱しているのは見苦しい。ものの出し放しはインテリアデザインの面からもみにくい」と・・・。生活を美しく楽しくするにはものを収納しなければならない。身ぎれいに生活するためには収納が重要であることはわかった。都会の土地代は高い。無駄な空間を遊ばせておくのはもったいない。そしたら小さな空間を見つけてスキマ利用の収納競争が始まった。狭いところを埋める安価なスキマ収納が買いちらかされ、その中に積めこまれた。しかし、それらは何の統一性もなく、バラバラで、また新たな見苦しい光景が出現することとなる。収納家具そのものがガラクタとなってインテリアはみにくくなってゆくのだった・・・。
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 部屋の壁に沿ってタンス類、戸棚類などを並べ、上部の空いた所に次々に物を乗せ、天井一杯まで物が乗っている光景を見たことがある。ゆったりと心安まる雰囲気は感じられず、怠惰な野暮ったい生活感が流れ出してくる。統一感がなく、色・形式・様式もバラバラで、高さ方向の寸法も平面的な寸法も違い、何をとっても不揃いである。不揃いの原因はそれらの家具が必要な時の状況に応じて、その時の気まぐれな感性によって買い足されていったからである。結婚の時は豪華な婚礼ダンス。子供ができれば可愛いベビーベッド。さらにあふれた物はバーゲンで買った安手のベコベコしたプリント合板の家具に仕舞われる。
私たちは、このようなゴタゴタしたものを仕舞う現代の納戸というべき「多目的クローゼット」というものを提案している。幅1間の細長い部屋で、一方の壁に婚礼ダンスセットや戸棚を置き、もう一方の壁に30㎝~45㎝幅のオープン棚を木工事で造りつけるものである。家事室なども兼用させると非常に便利です。
収納量を確保しながらインテリアデザインを整えるためには、建築全体を総合的な観点から判断することが大事である。細かな寄せ集めではなく、トータルに収納を考えてゆけば整った空間を手に入れることができるであろう。

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