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環境主義住宅を解く 第18回


 前回、家に使う木を追いかけていくのは「つくる家」の醍醐味だというようなことを書いた。「つくる家」に対比させているのは「買う家」。今回はこのへんのことを少し掘り下げてみよう。
 私が付き合っているつくり手のほとんどは、いわゆる注文住宅を建てている。法律など様々に制限はあるけれど、基本的に間取りを自由に考え、収納などの細かいところについても“住まい手の思い通り”のものを提供するというスタンスだ。こうした機能的な面だけでなく、使う材料や設備についても基本的には住まい手の自由裁量になることが前提になっている。
 もちろん実際には、あらゆる面についてプロたるつくり手がアドバイスを行ったり、選択肢をある範囲に絞ったりするわけであり、そのアドバイスの内容や選択肢の絞り方が「そのつくり手の特徴」になる。でも、こうしたつくり手が建てる家はやっぱり「注文住宅」という大きなカテゴリーに入れるのが適切だろう。
 ここで「つくる家」という言葉は「注文住宅」という言葉を言い換えたものであり、イコールだと思っていただきたい。注文住宅というのは「買う」じゃなく「つくる」もんだということが言いたいわけだ。
 さて私に関していえば、「つくる家」にあまりこだわりがない。このことは「B級的自然住宅のススメ」のどこかにも書いたように思う。まあ実際に私が自分の家を一から新築しようとしたらある程度の要望、希望は出すだろうけど、その要望、希望はかなり大雑把なものになり、「これとこれだけは守ってね。あとは任せます」という感じになる。いや、一から新築するという選択自体を取らないかもしれない。「これとこれだけはクリアされているもの」が建売の形であったら(集合住宅を含む)、そんな家を選ぶだろうし、いやいやもっと前に、別に家を所有したいという気がない。数年前に中古住宅を買って住んでいるけど(仕事場兼用)、それは連れ合いの希望だったからだ。
 個人的なことだけではない。「こだわりの家」というものは、実はあんまりいい家にはならないのではないかという気がしてきたし、今でもそう思っている部分がある。注文住宅においての「注文」は、住まい手の個人的なものがほとんどだろう。ストックとしての住まいを考えていくときに、あまり「個人的な注文」が入りすぎている家はストックとして不適切になるように思うわけだ。
 そんな私が「つくる家のつくり手たち」とずっと付き合ってきていることになる。10数年前に住宅分野に首を突っ込んでから、ずっとこんな人たちが回りにいたし、一緒にいろんなことをしてきた。だから実はこの間、私は強い違和感というか、「注文住宅というものをどうとらえたらいいのか?」ということを考えてきた。もっとはっきり言えば「どこに注文住宅の価値があるのか?」という問いである。
 このひとつの答えが「大手住宅メーカー系ではない方向としての“普通の注文住宅”」を目指すことには価値があるのではないかというもの。大雑把に表現すると「普通の(=最低限のものを有した)セミオーダー的自然素材住宅」となる。いろんなことにこだわりすぎないで、ベーシックな性能と機能を持っているような自然素材住宅という感じ。完全な建売りではなく、自由度も少々あるんだけど、使う建材は自然素材にするということ。こうした方向の「注文住宅」はひとつアリじゃないかと。
 もうひとつの答えが「注文住宅はおもしろいはず」ということ。逆の言い方をすれば「おもしろくなければ注文住宅じゃない」ということですね。ここが注文住宅のもっとも価値あるところではないかと。続きは次回にしましょう。長くなりそうなので…。
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