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環境主義住宅を解く 第51回

 もうずいぶん前になると思うが、この連載でも「過剰を削り、不足を補い、ちょうどいい家をつくろう」と書いた記憶がある。前回に書いた「小さく暮らす」というのもこの主張の延長線上にある。その前に書いた「どうしても必要な電気を使う場面」を検討したのも同じ。「必要最低限」を想定し、そこでいかに楽しく生きられるかを考え、それが具体的に見えてくれば、もう怖いものはほとんどない。私にしても、独立して事務所を立ち上げたとき、そんなことを考えた。もしどうしても食えなくて、離婚され、ホームレスになったとしても、たぶん私は近所のホームレスの人たちと一緒におもしろいことをやり始めるだろう。そしてそれをネタに本を書いたりするだろう。そんな想像だ。

 さて、今回は家づくりにおける過剰と不足について具体的な私見をご紹介したい。きっとこれからの家づくり(住まい)はこんな過剰を削り、不足を補うところに収束していくと信じる。
<過剰>
・見栄で家を建てる
・家づくりの細かいところにこだわり過ぎる
・つくり手を信用しなさ過ぎる
・家にお金をかけ過ぎる
・新築の持ち家にこだわり過ぎる
<不足>
・基本的な家づくり(住まい)に対する基本的な計画性が足らない
・家づくりにとって何が大事なポイントかの見極めが足らない
・つくり手の力量や相性を見分ける眼力が足りない
・常識力が備わらずに家を建てようとする
・常識力を養う経験が足らない
・長い目で「住まい」を見通せない

 住まいは我々にとって極めて重要な要素であることは間違いないし、賃貸に住むにしろ、持ち家を手に入れるにしろ、大きなお金が必要であることも間違いない。だから「どんな家に住むか?」について慎重に臨むべきなのは言うまでもないが、だからといって中途半端な情報を膨大に集め、それが整理されぬままに家づくり(住まい選び)を進めてもうまく行く確率は極めて低い。
 そこで必要になるのは、家づくり(住まい)に対する基本計画なのだが、その計画立案には整理のための「常識力」が不可欠。現代社会の成り立ちを把握し、それを踏まえて社会の将来展望を予想し、その中で自分たちや子供たちがどのような立場になり、どのような生き方が求められるのかを想像しなければならない。それが私の言う「常識力」だ。
 多大なお金が必要になる家づくり(住まい)のことを考えると、どうしても狭い個人主義に陥ってしまう。もちろんこの現代社会においては、自分たちに価値のある家づくりを追求する必要があるし、環境貢献に走りすぎるのも「過剰」だとは思うが、社会全体における自分の位置を確認することが、結局自分たちの将来に価値の高い家づくり(住まい)が得られるように思う。その本質を追求することが成功する家づくり(住まい選び)の正解なのだろう。
少し抽象的すぎたかもしれない。でも私の言わんとしていることはわかってもらえたのではないだろうか?
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