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夏休みをイタダキマス

今日から半月ほど、『教育入院』というやつで夏休みをイタダキマス。
『慢性呼吸器疾患対策リハビリ』という理学的療法を学んできます。

したがって、更新もお休みすることになります。

(美輪明宏風に)ごきげんよう、また、あいましょう!
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戦争に向かうアベ君のイカガワシイ姿勢

★戦争に向かうアベ君のイカガワシイ姿勢

*朝日新聞 2014-6/10 「声」 『人殺しを命じられる身を考えて』  (石田雄(東京都 91)

 積極的平和主義であれ、集団的自衛権の解釈によってであれ、海外での武器使用を認めることになれば、敵とされた人を殺す任務を果たす兵士が必要となります。旧日本軍の兵士であり、政治学を研究してきた一人として、安倍晋三首相には、こうした人のことを考えて政策決定をしてほしいと思います。

 私は、米英帝国主義からアジアを解放する正義の戦争だと思っていた軍国青年でした。しかし学徒出陣を命じられた時、どうしても人を殺す自信が持てませんでした。せめて見えないところで人が死ぬ方がいいと、海軍を志願しました。体が弱くて認められず、陸軍の要塞(ようさい)重砲兵を命じられました。目の前で人を殺さずに済むと安心しましたが、軍隊はそんな生やさしいものではありませんでした。

 命令されれば、誰でも、いつでも人を殺すという訓練をするのが軍隊でした。捕虜になった米兵を殺せという命令が出た時でも、従わないと死刑になるという問題に直面しました。

 戦争で人を殺した兵士は、ベトナムやイラクで戦った米兵を例にとっても、心の問題で悩んでいる人が少なくありません。殺人を命じられる人の身になって、もう一度、憲法9条の意味を考えてみて下さい。

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◆東大名誉教授・石田雄氏 「戦争に向かった戦前と似ている」
                         *****(2014年7月7日 日刊ゲンダイ)より転載

この投書が話題になったのは、石田氏は戦争の生き証人であるだけでなく、その生涯をかけて、「どうしたら、二度と戦争を繰り返さないか」を研究してきた学者であるからだ。投書した老学者の目に、いまの安倍政権はどう映っているのか。

@学徒出陣した私には首相のいかがわしさがすぐ分かる

――なぜ、投書を書かれたのか。やむにやまれぬものがあったのでしょうか?

 私は軍国青年だったんですよ。自分がなぜ、そうなったのか。それを明らかにするために研究者になったんです。二度と戦争を起こさせないために政治学、社会科学を研究してきたつもりでしたが、こういう時代が来ちゃった。

――こういう時代とは?

 戦前、戦争に向かっていった時代と非常に似ていますね。しかし、この年ですから、デモにも行けないし、官邸前で大きな声を出すわけにもいかない。社会科学者として何ができるか。切実に考えて、やむなく、朝日新聞に投書したのです。

――具体的には、どの部分が戦前と似ているのでしょうか?

 私は「日本の政治と言葉」という本を書いた際、「平和」という言葉が歴史上、どういうふうに使われたかをフォローしたことがあるんです。平和というのは最初は、非暴力という意味で使われる。しかし、日本においては次第に東洋平和という使い方をされて、日清、日露、日中戦争において戦争の大義にされていく。これは日本の戦争に限った話ではなく、ありとあらゆる戦争の言い訳、大義名分に「平和」という言葉が利用されてきたのです。唯一の例外がナチス・ドイツの侵略ですね。こういう歴史を見ていれば、安倍首相が唱える「積極的平和主義」という言葉のいかがわしさがすぐわかるんですよ。

――平和という言葉の使い方がまず、そっくりだと。

 それと排外的なナショナリズムのあおり方ですね。積極的平和主義と排他主義が重なり合うと、非常に危険な要素になります。平和とは非暴力であり、非暴力とは敵を憎まないことです。敵を理解することで、問題を解決しようという考え方です。しかし、今の安倍政権は中国、韓国を挑発し、緊張をつくり出している。そこに積極的平和主義が重なるものだから、危ないのです。

@もう一度「国のために死ね」と言うのか

――靖国参拝がいい例ですね。

 論外です。戦争体験者として、個人的な意見を言わせてもらえば、誰がお国のため、天皇陛下のために死んだものですか。みんな無駄死に、犬死にだったんですよ。歴史学者の藤原彰氏の調査によれば、戦死者の6割が餓死だったという。特攻隊だって、どうせ死ぬなら、美しく死のうとしたわけで、誰も喜んで死んだわけじゃない。それを美化し、首相が「尊崇の念を捧げる」などと言うのは「もう一度、国のために死んでくれ」という宣伝だと思う。死んだ人の霊を慰めたいと言うのであれば、それは二度と戦争を起こさないことなのです。

――政府は集団的自衛権の行使についても、限定的であって、戦争する国になるわけじゃないと主張しています。

 海外の邦人を保護するため、と言っていますね。この理屈も戦前と似ています。1932年の第1次上海事変の直前、日本人の僧侶数人が殺傷される事件が起こった。日本政府は邦人の生命を守るという名目で、上海の兵力を増強し、戦闘が拡大。その後、本格的な日中戦争になりました。個別的自衛権であれば、「日本の領土内に攻め込まれたとき」という歯止めがかかりますが、邦人保護という名目で海外に出ていけば、歯止めがなくなってしまうのです。

――駆けつけ警護はどうですか?

 アフガニスタンで援助活動をしているペシャワール会の中村哲代表は「自衛隊が邦人救助に来るのは危ないからやめてほしい」と言っています。実際、ペシャワール会は日本がインド洋の給油活動をする前は、車両に日の丸を掲げて活動していた。それが守り札になったからです。しかし、給油活動を境に日の丸を消した。米国と一体と見られる懸念があったからでしょう。集団的自衛権による武力行使や集団安全保障による制裁措置に自衛隊が参加すれば、ますます、憎悪と攻撃の対象になる。もうひとつ、集団的自衛権で海外に出ていけば、おそらく、米軍の傘下に入る。邦人がいなくなったから帰ります、なんて言えるでしょうか。米軍は無人機で攻撃する。一般市民が巻き添えになれば、その恨みは陸上で展開している自衛隊に向く。こうなる可能性もあるわけです。 

――戦後70年間、せっかく平和国家としての地位があるのに、あえて、それを捨てて、恨みを買う必要があるのか、ということですね。

 言葉がわからない地域で武力行使をするのがいかに危ないか。イラクに駐留する米軍が「止まれ」という制止を振り切った車両を攻撃したら、殺されたのは、お産が近づき、病院に急ぐ妊婦だったという報告もありました。相互理解がなければ、どんどん、紛争は激化してしまう。それよりも、日本は戦後一人も海外で人を殺していないというプラスの遺産を生かすべきです。非武装の支援に徹すれば、外交的パワーもついてくる。その遺産を今、食い潰してしまうのは誠に愚かなことです。

@首相は他者の気持ちが分からない人

――先生は殺せと命じられた身にもなってみろ、と投書で書かれましたね。

 私の父親は二・二六の直後に警視総監になったものだから、寝るときも枕元に拳銃を置いていた。父親は神経がもたず8カ月で辞任しましたが、私も武器恐怖症になって、不眠症が続いた。学徒出陣となって、徴兵検査のときは兵隊に行くべきだと思っていたが、人を殺す自信がなかった。東京湾の要塞重砲兵に配属になったのですが、軍隊というのはいつでも誰でも人を殺せる人間を作る。そういうところなんですね。敵を突き殺す訓練をやらされ、「そんなへっぴり腰で殺せるか」と殴られる。命令があれば、それがいいか悪いかを考えちゃいけない。なぜ、それをやるのかを聞いてもいけない。幸い、負け戦でしたから、敵が攻めてきて殺されるのを待っているような状況でした。そんな中、東京空襲に来た米軍の戦闘機が東京湾に墜落して、パイロットが泳いできたんですね。捕まえて司令部に報告すれば、「殺せ」と命令されるかもしれない。捕虜を殺すのは国際法違反です。しかし、命令に背けば、陸軍刑法で死刑です。これは大変なことになったと悩みました。

――しかし、命令する側は平気で「殺せ」というわけですね。憲法解釈を変えれば同じような境遇に自衛隊員も置かれる。殺される方もたまらないが殺す方も大変だ。そういう国に戻そうとしている安倍首相という政治家をどう見ていますか?

 自分よりも不利な人の立場で物事を考えられないのだと思います。他者感覚の欠落、共感能力の欠如というか、ずっとチヤホヤ育てられると、そうなっていくのかもしれません。デンマークの陸軍大将、フリッツ・ホルンは戦争絶滅法案なるものを提唱していて、開戦後10時間以内に元首、首相、閣僚、議員を最前線に行かせる。そういうことを決めれば戦争はなくなると言っています。そういう立場に立たされれば、積極的平和主義なんて、簡単に言えるわけがないのです。

――国民も正念場ですね。

 一番恐れているのは沈黙の螺旋です。出る杭は打たれるからと黙っていると、その沈黙がだんだん広がって誰も声を出せなくなる。若い人の方が「出る杭は打たれる」と心配するでしょうから、ここは年長者が声を出さなければいけないと思います。

◇いしだ・たけし 1923年6月7日生まれ。旧制成蹊高校から東北帝国大学法文学部へ。在学中に学徒出陣を受け、東京湾要塞重砲兵連隊に入隊。復員後、東大法学部へ。東大社会科学研究所教授・所長、千葉大法経学部教授などを歴任。著書多数。

「アッカンあべ~」

★ジュリー脱原発 公演で「アッカン安倍」 *****「2014-07/14 日刊スポーツ」より転載

沢田研二(66)が13日、全国ツアー「三年想いよ」を東京・渋谷公会堂でスタートさせた。ステージ上で「アッカンベー」をもじり、「アッカン『アベ(安倍)』~」とコメント。原発再稼働の方針を進め、集団的自衛権の行使容認を閣議決定した安倍政権を批判したとみられる。

 毎夏恒例の全国ツアー初日。沢田は今年も脱原発と平和憲法護憲を訴えた。3曲を歌い終えると、帽子をそっと取った。穏やかな表情や語り口とは対照的。観客約2000人に、強烈なメッセージを発した。

 「休み癖がついて、このまま(歌手を)辞めてしまおうかなと思ったけど、危なっかしい時代だから、ちゃんと歌わないといけない。アッカン『アベ(安倍)』~」

 ファンはすぐに意味を理解して笑ったが、沢田は「でも、麻布十番の(人気居酒屋)『あべちゃん』は大好きだけどね!」と続け、会場を和ませた。

 東日本大震災以降、毎年3月11日に、被災地への祈りと脱原発への思いを込めたCDをリリースし続けている。今年も3月11日にアルバム「三年想いよ」を発表した。「復興が進まず、まだ何も変わってない部分があると聞いています。遠い場所にいると、忘れてしまいがちです。被災地のすべてに祈りを込めたアルバムです」。新アルバム収録曲を歌う前、復興を願う気持ちを言葉ににじませた。

 今では希少となった政権に物を言うアーティストだ。新アルバム収録曲とともに、脱原発を訴えた「F.A.P.P.」(12年)を披露。さらに、憲法第9条を守ろうとの思いを込め「我が窮状」(08年)を、あえて9曲目に盛り込んだ。

 ファンを楽しませる使命もしっかり果たした。「勝手にしやがれ」「危険なふたり」など大ヒット曲も次々と披露。約2時間半を完走。アンコールでは、ステージの端から端まで走った。

 「この年になって、歌うことが好きになったみたい」。照れくさそうに言うと、大きな拍手が起きた。最後まで、メッセージもパフォーマンスも力強かった。

【近藤由美子】

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F.A.P.P(フクシマ・アトミック・パワー・プラント)
 
作詞:沢田研二  作曲:柴山和彦

太陽と放射線 冷たいね
子供はみんな校舎の中育つ
死の街は死なない かけがえのない大事なふるさと
我が家へ帰れない 希望はあるけど
こんなにしたのは誰だ

BYE BYE A.P.P BYE BYE 原発
苦しみは いつも複雑すぎるよ 当然
BYE BYE A.P.P BYE BYE 原発
HAPPINESS LAND 収束していない福島

地球が怒る 何度でも
大人はいつも 子らを想い悩む
死の街が愛しい あらゆる不安に苛まれても
偽善や裏切りも これ以上許すの
何を護るのだ国は

BYE BYE A.P.P BYE BYE 原発
哀しみは ひとりひとりで違うよ 当然
BYE BYE A.P.P BYE BYE 原発
HAPPINESS LAND へこたれないで福島

NO 長崎  MORE 広島
人は何故 繰り返すのか あやまち 当然 (東電)
BYE BYE A.P.P BYE BYE 原発
HAPPINESS LAND 世界が見てる福島
世界が見てる福島

アッカーマン教授の安倍政権論

★アッカーマン教授の安倍政権論 *****「内田樹の研究室 2014-7/17」より転載

エール大学のブルース・アッカーマン教授が先週の日本とドイツの動きについて、これらはアメリカとの戦後パートナーシップの重大な変質の予兆であるという見解を述べています。とりあえず、日本に関係のある部分を翻訳しておきます。

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安倍晋三首相は時代錯誤的なナショナリストであり、日本の戦後憲法はマッカーサーの占領政策によって不当に押しつけられたものだとして、彼の自民党を先導して憲法への信頼性を傷つけるキャンペーンを展開している。

彼の最初の標的は九条であった。彼は当初は憲法に規定してある国民投票に訴えて、これを廃絶することを目指していたが、この動きが広汎な世論と議会内部での抵抗に遭遇すると、ギアを入れ替えて、憲法をいじらないままで目的を達成する方法を探った。7月1日安倍は彼の政府は憲法九条を「再解釈」することで、憲法が「永遠」に放棄したはずの「武力による威嚇または武力の行使」は可能であると宣言して、過去二世代にわたる憲法解釈を覆した。

この動きは1960年代以来の大きな抗議デモを引き起こし、世論調査でも市民の不同意は高い率を示している。これに対して、日本政府は九月に予定していた実施関連法律の審議を先送りにし、慎重審議を約束している。もし、安倍がこのまま成功を収めると、彼のラディカルな憲法再解釈は日本国憲法が保証している基本的な政治的権利、市民的権利を抑制しようとしている自民党の改憲案の先駆的実践としての役割を果すことになる。この政治的事件の賭け金はきわめて高いものであり、これからあとの数ヶ月、近代日本史上最も重要な議論が繰り広げられることになるだろう。

しかし、国防長官チャック・ヘーゲルは違う方向からこの議論に介入した。ペンタゴンでの先週金曜の記者会見で、安倍のこの決定が日本の立憲政治にとってどれほど重大な意味をもつものかに言及することなしに、ヘーゲルは米政府は安倍政権の「大胆にして、歴史的、画期的な決定」に「強い支援」を約束すると述べたのである。

この声明は日本のみならずアメリカにとってもひとつの転換点を意味している。というのは、この声明でヘーゲルはアメリカが二世代にわたって支持していた日本の憲法秩序を否定したからである。安倍の憲法への攻撃の歴史的意味を勘案するならば、アメリカの立場をペンタゴンの記者会見の席でヘーゲルが述べるに任せるということがあってはならなかった。

これは大統領自身が、アジアの自由民主主義の未来に与える安倍の決定の破壊的衝撃(devastating impact)について国務長官とともに精査したのちに、ホワイトハウスで取り扱うべき事案だったからである。しかし、ケリーとオバマは中東やその他の地域での戦闘に忙殺されて、アメリカの長期的戦略にかかわるこの大きな問題に取り組むことができなかった。ドイツのスパイ騒動の場合と同じく、ホワイトハウスは、戦後の日米関係、独米関係が大きな転換点を迎えているという事実を真剣に考慮することなく、国家保安の部局にその仕事を丸投げしてしまったのである。

ドイツと日本にかかわる先週のニュースは「目覚まし時計」の鳴動である。アメリカ政府は緊急の問題と、本当に根本的な問題をしっかり識別しなければならない。アメリカ政府が日本、ドイツとの伝統的な戦後パートナーシップについて再考するを怠れば、われわれは遠からず独裁主義的日本(authoritarian Japan)とアメリカにきっぱり背を向けたドイツに遭遇することになるだろう。

それは二十世紀の最大の遺産が破壊されたということを意味している。

軍靴の響きが聞こえてくる

★集団的自衛権を説明する安倍首相*****(2014年7月1日 毎日新聞)より転載

安倍晋三首相が1日、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定後、記者会見で発言した要旨は次の通り。

 いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしは守り抜く。内閣総理大臣である私にはその大きな責任がある。その覚悟のもと、新しい安全保障法制の整備のための基本方針を閣議決定した。自民党、公明党の連立与党が濃密な協議を積み重ねてきた結果だ。

 抽象的、観念的な議論ではなく、現実に起こり得る事態で現行憲法のもとで何をなすべきかという議論だ。

 例えば、海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を、米国が救助、輸送している時、日本近海で攻撃を受けるかもしれない。わが国への攻撃ではないが、日本人の命を守るため、自衛隊が米国の船を守れるようにするのが今回の閣議決定だ。

 日本国憲法が、こうしたときに国民の命を守る責任を放棄せよと言っているとは私には思えない。この思いを与党と共有し、決定した。

 ただし、こうした行動を取る場合でも、他に手段がないときに限られ、必要最小限度でなければならない。憲法解釈の基本的考えは変わることはない。

 海外派兵は一般に許されないという原則も全く変わらない。自衛隊が、かつての湾岸戦争やイラク戦争の戦闘に参加するようなことは決してない。

 外国を守るために戦争に巻き込まれるという誤解があるが、あり得ない。憲法が許すのは、我が国の存立を全うし、国民を守る自衛の措置だけだ。外国の防衛を目的とする武力行使は行わない。

 むしろ万全の備えが、日本に戦争を仕掛けようとするたくらみをくじく大きな力を持つ。それが抑止力だ。

 今回の閣議決定で、日本が戦争に巻き込まれる恐れは一層なくなっていく。日本が再び戦争をする国になるというようなことは断じてあり得ない。

 閣議決定を踏まえ、関連法案の作成チームを立ち上げ、国民の命と平和な暮らしを守るため直ちに作業を開始したい。国会に法案を提出し、審議いただきたい。私は今後とも丁寧に説明を行いながら、国民の理解を得る努力を続けていく。

 <質疑>

 −−閣議決定された内容は抽象的で、時の政権の判断で武力行使の範囲を拡大解釈できるとの指摘がある。

 武力行使が許されるのは自衛のための必要最小限度でなければならない。憲法解釈の基本的考え方は変わらず、憲法の規範性を変更するものではない。

−−今回の閣議決定は、日本の国防政策の大きな転換だ。首相は日本をどのような国にしていく展望を持っているか。

 わが国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、国民の命と平和な暮らしを守るために何をなすべきか。その観点から、新たな安全保障法制の整備のための基本方針を示すものだ。憲法が掲げる平和主義は守り抜いていく。今回の閣議決定は、日本が戦後一貫して歩んできた平和国家の歩みをさらに力強くすると考えている。


★【集団的自衛権を問う】 志願は激減 徴兵制も:元防衛官僚・加茂市長 小池清彦氏(77)
                          *****(2014年6月25日 朝日新聞)より転載

 集団的自衛権の行使にひとたび道を開いたら、拡大を防ぐ手立てを失うことを自覚すべきです。日本に海外派兵を求める米国の声は次第にエスカレートし、近い将来、日本人が血を流す時代が来ます。自衛隊の志願者は激減しますから、徴兵制を敷かざるを得ないでしょう。

 米国の要求は原則として断れません。防衛庁勤務時代、当時悲願だった国産戦闘機の製造プロジェクトに関わりました。いざ作ろうという段で米大統領から首相に「日米共同開発で」と電話があり頓挫しました。日米関係はそんなものです。

 平和憲法は国の宝です。9条があったから、朝鮮戦争にも、ベトナム戦争にも参戦しなくて済みました。そう自覚したのが1990年、イラクのクウェート侵攻後、自衛隊を初めて海外出動させる国連平和協力法案が議論された時です。

 このとき、「日本が世界の警察になってはだめだ」と事務次官に直談判しました。結局、廃案になりました。3ヵ月後、当時の防衛長官に「廃案になって良かった。通っていればと思うと、いまでもぞっとする」と耳打ちされました。

 全国の多くの首長たちが首相のやり方に異論を唱えていると聞きます。私も防衛庁内で上申して左遷させられた経験があり、国に盾突くのには勇気がいることはわかっています。それでも、集団的自衛権の問題は日本の将来に関わる話。声を上げることは、今を生きるものの責任だと思います。

★僕らの未来 大人が決めるな 中学生 中村 伊希 (香川県 12)
                         *****(2014年7月6日 朝日新聞 「声」)より転載

 憲法の解釈を変えて集団的自衛権の行使を認める閣議決定がなされました。新聞やテレビのニュースを見るたびに、危機感を覚えます。学校では歴史の授業で「戦後」日本の不戦の歩みについて学んできました。でも、いま自分が生きているこの時代が、「戦前」のように思えてなりません。憲法9条の改正に向け、着々と準備が進められているように思えるからです。

 平和憲法が骨抜きにされれば、僕たちは大人になったとき戦争に行かなければなりません。僕は、戦争には行きたくないです。人を殺したくないです。紛争の解決には武力行使以外の方法があると思うし、そういう姿勢を世界に示せる日本であってほしいのです。

 「子どもたちに夢を」と口癖のように言う大人が、僕たちが戦争に行かなければならないような判断をするのは許せません。子どもを、孫を、戦争に行かせたいですか。政治家のみなさん。一度立ち止まって、未来を生きる僕たち若い世代のことを考えてください。

★僕は戦場で人を殺せません 中学生 福島佑樹(東京都15)
                        ***** (2014年6月25日 朝日新聞 「声」)より転載

 日本が憲法の解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認し、戦争ができる国になる可能性が日々ましています。おそらく戦場へむかわされるであろう世代のひとりとして、気持ちを述べさせていだだきます。

 僕の友人の中にも、集団的自衛権の行使が必要だと考える人はいます。しかし僕は反対です。徴兵され、戦場に送られ、人を殺したくないからです。

 人を殺すことは、通常の世界では最も重い罪です。しかし戦場では、その一番重い罪である人殺しを命令されるのです。命令に従うのがよいことで、命令に背けば罰せられます。この矛盾が僕には理解できず、受け入れられません。

 それに、人は何のために生まれてくるのでしょうか。戦いで人を殺したり、殺されたりするためではないはずです。全ての人間に与えられる人生は、たった一度です。人を殺した罪を引きずって生きたり、自分が望まない時に命が無理やり終わったりすることは、あまりにも残念で、悲しいことです。

 集団的自衛権の行使は、海外で人を殺すことを伴います。僕には、それは絶対できません。集団的自衛権の行使の意味を、国全体で考え直す必要があると強く思います。

原子力市民委、川内再稼働凍結を要請

★原子力市民委、川内再稼働凍結を要請
                *****「NETIBNEWS 2014年7月15日07:07 配信」より転載

九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働に向けて、原子力規制委員会が規制基準に適合したとする審査書案を早ければ7月16日にも公表するのに対し、原子力市民委員会(舩橋晴俊座長)は14日、鹿児島県庁を訪れ、伊藤祐一郎県知事に川内原発再稼働を無期凍結すべきだとする見解を提出した。原子市民委員会は、脱原発社会の構築のための情報収集、分析および政策提言を行っている市民シンクタンク。

 審査書案が出されると、電力会社が地元自治体に再稼働の同意を求め、地元自治体の同意を受けて、安倍内閣が再稼働を認める判断をするとみられる。同見解は、7月9日、東京で発表したもので、再稼働へ向けて状況が差し迫っているため、原子力委員会は、川内原発の地元・鹿児島県知事に再稼働の問題点を理解してもらう目的で、県庁を訪れて見解を手渡した。

 県庁を訪れた座長代理の吉岡斉氏(九州大学大学院比較社会文化研究院教授、元政府原発事故調査委員会委員)、満田夏花氏(国際環境NGO FoE Japan理事)は提出後、県庁内で記者会見し、再稼働を凍結するよう求めた

 同見解では、原発に対する現行の安全対策の不十分さについて、立地審査指針の廃止や、原子炉の構造的弱点の評価をせずに付属設備の強化しかしていないことを挙げて、「新規制基準自体が、日本のすべての既設原発について、原子炉施設の周辺部分の安全対策を追加すれば再稼働の許可を得られるように策定された不十分なもの」と指摘。基準地震動や火山噴火に対する評価の妥当性など個々の原発の抱える無視できないリスクについて「見逃してしまうおそれもある」としている。

 川内原発に関して、火山噴火にともなう火砕流のリスクが慎重に評価されていず、原発敷地内の豊富な地下水に対する汚染水対策が欠如しているとして、安全対策は不十分と結論づけている。また、「過酷事故の際に周辺住民の安全を守るための実効性ある地域防災計画が、原発の建設・運転を許可する際の法律上の要件となっていないこと」は「致命的」だと述べて、川内原発について、有効な防災計画がないと批判している。

 また、「福島原発事故の被害者への政府・電力会社の補償・支援がきわめて不十分」と批判し、「放射能大量放出をともなう原発の過酷事故が、他の技術に関わる事故とは異次元の、計り知れない大きな被害をもたらす」とあらためて指摘。大飯原発の運転差し止めを命じた福井地裁判決にふれて、原発ゼロ社会をめざすべきだと強調している。

 鹿児島県内では、再稼働に反対する動きが起きており、30キロ圏内の姶良市議会が7月11日、川内原発の再稼働に反対し、廃炉を求める決議案を可決。薩摩川内市に隣接するいちき串木野市では、川内原発の再稼働に反対する署名が、市の人口の半分を超える1万5,000人余に達した。同市内の市民団体が5月から戸別訪問するなどして住民から署名を集めた。
 再稼働への地元同意について、伊藤県知事は、必要とされるのは県と薩摩川内市の首長・議会の4者のみという考えだが、再稼働反対の議会や住民過半数の意思を無視するのかどうか判断が問われる。

【山本  弘之】

あの企業の裏側 : 「パナホーム」

★パナホーム、高齢被害者女性を提訴、強引に契約催促、架空請求、書類偽造の疑い
     *****「『Business Journal 』 新田龍氏 【あの企業の裏側 第27回.】」より転載

全国的に名の通った大手ブランドを信頼して土地活用を任せようとした顧客に対し、強引に契約を迫り、勝手に作成・捺印した書類を基に工事を進め、一部代金を受け取りながら不適正な工事を行い、残代金の支払いを求めて裁判を申し立てている会社がある。

 それは「パナホーム株式会社」だ。テレビCMも放送されるなど、その名は全国的に知れ渡っているが、そのブランドを信頼した顧客の信頼を裏切る事実がある。

 今回、高齢女性Aさん(仮名)とその家族からヒアリングした事件を紹介したい。

●Aさんがパナホームに土地活用を依頼するに至った経緯

 Aさん一家は、兵庫県宝塚の閑静な住宅街に住んでいたが、Aさんの夫が他界した際、諸事情により一家が相続できたのはその土地と建物だけであった。当時Aさんは年金暮らし、娘も派遣社員として勤務している状態であり、決して生活に余裕があるわけではなかった。

 しかし、相続した土地は広大で、固定資産税も高額となる。早々に納税が困難になることも予想されたが、一家にとって思い出の土地であり、できれば手放したくなかった。そこでAさんは、当該地を活用して収入を得る方法を模索し始めた。具体的には土地を「居住部分」と「活用部分」に分割して、活用部分に一軒家を数棟建築し、そこから家賃収入を得るという方向性で固まり、Aさん一家はいくつかのハウスメーカーを検討することとなった。

 知人にパナホームを薦められて問い合わせたところ、同社の迅速な対応にAさんはすっかり信頼し、問い合わせの1カ月後には同社社員が実地確認のために訪問してきた。

 ある年の4月、パナホームから2人の社員(B、C)がAさん宅を訪れ、現場を確認した。その際に工事資金の話となり、Aさんは「相続したのはこの土地だけなので、土地を担保にして融資を受けたい」と要望を伝えた。Bは「大きな土地だし、融資は問題ない。提携先の金融機関もあるので心配ない」と説明した。

 その後、複数回にわたって建築業者や設計士なども交えて現地確認があり、Aさん一家も立ち会った。活用を考えていた土地は従来の庭だった部分で、Aさんから「残したい木や庭石、灯篭もある」と伝えたところ、Bから「それならば、梅雨前には移植しないといけないから、契約を急がなければならない」と説明され、契約をせかされることになる。

 打ち合わせを進める中で、パナホーム側から以下のような建築計画が示された。

・土地上に住宅を8棟建築可能。その前提で資金計画を立てる
・ただ、一度に工事を進めてしまうと自治体からの開発許可が必要になるため、4期に分けて工事していく。各期それぞれ2棟ずつ建てる
・完成した住宅はパナホームが一括して借り上げるので、一定の賃料収入が得られる
・借入金の返済を踏まえても、計算上2年目以降からAさん一家に利益が残る

 Aさんはこの内容を見て、パナホームを信頼した。銀行融資についても、借入金額や返済案、手数料や金利など資金計画書に具体的に記載されていたため、パナホーム側が金融機関と交渉し、工事代金は問題なく全額融資されるものとAさんは認識していた。

●強引な勧誘~契約へ

 しかしその後、パナホーム側の姿勢は段階的に強引になっていった。Aさんが資金計画の説明を受けて書類を受け取る際も、「残りの4棟も進めましょう」「すぐに決めてください」「いくらなら契約してくれるんですか」などと迫られたが、Aさんは「金額の大きな契約だから、すぐには決められない」と、即答は避けた。

 4月下旬のある日の夕方、BとCはAさん宅を訪れた。Aさんは書類を受け取るだけのつもりだったのだが、Cから「まったく時間がないんですか? 少しだけ喫茶店で話をしませんか?」と強引に迫られ、自宅近くの喫茶店で話をすることになった。

 そこで「工事請負契約依頼書」を提示され、「これにサインして、お話を進める意思があることを示してください。契約の効力はありませんから」と言われ、Aさんはサインを迫られた。サインしなければ帰してもらえない雰囲気を感じたAさんは署名し、22時頃になってようやく解放された。

 翌月、Bより「樹木の移植を考えたら、梅雨前にやらないといけない。今からでも遅いくらいです」と、またもや契約をせかす連絡が入った。Aさん一家はパナホーム側から提示された資金計画書に基づき、500万円の自己資金を投入して計画を進めようと考えていた。ただし、残りの資金は銀行から融資を受け、建った家はパナホームが一括借り上げをし、返済しても利益が出るという前提に立った上での話だ。その旨は計画書にも明記されており、Aさん一家は疑いを持っていなかった。

 Aさん一家はパナホーム本社に出向き、2期分の工事契約書に署名捺印し、正式に契約を締結した。パナホーム側からは、銀行融資の手続きなどについて何も案内も情報提供もなかったため、パナホームと提携先の金融機関との間で調整が進んでおり、手続きは問題なく進めてくれているものとAさんは思っていた。Aさんにとっては資金面が最大の問題であったため、もし融資が下りなければ、契約する気はなかったからである。

 この時、総工事費についてパナホーム側から説明があったが、具体的な工事内容と、費用各項目の明細や、プランの具体的な内容については説明がなかった。また工事見積書にも、工事代金の支払い時期は明示されていなかった。

●着工したが、融資は下りず

 同年6月より、工事の準備として当該土地に繁茂する植物の伐採作業が始まった。AさんはBとも連絡を取り続けていたが、その頃からBより3期分、4期分の工事契約についても強く勧められるようになる。

 ある日突然Bから「どうするんですか? 請求が発生しています。現金なら今月、融資なら来月支払ってください」と要求された。Aさんは驚きつつも、工事費用はパナホームが提携している銀行から融資を受けられたら支払うと伝えた上で「早く銀行に行きましょう」と言ったところ、その場でBは銀行担当者に連絡して約束を取り付け、1週間後にB、Cと共にAさんは住友信託銀行本店を訪れて融資の申し込みをした。

 それから約2週間後、銀行担当者から連絡が入り、「融資が出せない。一度お会いして話がしたい」と言われた。パナホームと銀行で話を詰めてくれていると思っていたAさんは、融資が出ないとの回答に驚き落胆した。その旨をBに報告したところ、Bは「では、違う銀行にお連れします」答え、他の銀行に融資を依頼したが、そこでも断られた。

 そのような状態であったため、Aさんは仕方なく自身でも近所の銀行に電話し、融資可能か問い合わせた。しかし、いずれの金融機関も融資は難しいとの回答で、担当者からは「普通は融資相談をして、仮審査が通ってから、契約・着工するものですよ」と教えられ、パナホームの進め方がおかしいことに気づいた。

 翌月、パナホームの営業所責任者としてD所長から電話が入る。Aさんは所長が出てきたことで、きちんと対応してくれるものと期待したが、その後も状況は好転しなかった。AさんはD所長に「この支払いは絶対にしないといけないんですか?」「契約前に銀行できちんと申し込みしておくべきだったのではないですか?」と質問したが、D所長まで状況をきちんと理解していないようで、「わかりません」と答えるばかり。

 そのような状況の中で、Bから「定期預金を解約してでも支払ってください。当社は、今月決算なんです」と、しきりに電話がかかってきた。Aさんは「すでに工事が始まっている以上、定期預金を解約してでも支払わないといけないのではないか?」と悩むが、そもそも事前に融資が必要と伝えていたにもかかわらず、契約前にきちんと銀行に手配しておかなかったBの進め方に原因があると考え、定期を解約することまではせず、手持ちの資金を集めて200万円を支払った。

 その後もD所長と共に何度も銀行を訪問したが、D所長は建物の建築計画や資金計画を把握しておらず、銀行側にまったく説明できなかったため話が進まなかった。挙げ句の果てには銀行の担当者から「もう建築しないほうがいいのではないですか?」と言われる始末だった。

 このような経緯から、結局は建築費用を支払うための融資を受けることはできず、工事は中止せざるを得なくなってしまった。

●契約を解除、パナホームから提訴される

 AさんはD所長に対して、Bが融資の相談もしないままに契約や工事を進めてしまったことに対して苦情を述べた。しかしD所長は「Bからは、Aさんたちが親戚から融資を受けるようになっている、との報告を受けている」と説明した。Aさんは親戚からお金を借りる話などしたことはなく、そのようなつもりもなかった。仮に親戚からの融資を前提にしていたのであれば、その旨の資金計画も提示されていなければおかしい。

 そのように根拠のない融資計画が上司に報告されているほか、調べてみると銀行に行っていない日に銀行に相談したなどとする虚偽の報告書やAさんの記憶にない書類にAさんの署名・押印がされていることなど、不審な点が次々に明るみに出てきた。

 Aさんはパナホームに対する信頼を失い、D所長に対して解約の意思を伝えた。

 翌年3月、AさんはD所長のさらに上司に当たるE部長と面会した。その際E部長からは、その時点までに進めた工事費用の清算を要求された。Aさんは「伐採や伐根などの作業はすべて終わっていないはず」と主張したが、E部長は「本当はそれ以上にかかっている」と説明した。

 Aさんは、知人から紹介された別の不動産会社に相談したところ、パナホームから出された明細書について、現地を確認した上で回答を受けたが、そこで複数の不審な点が明らかになった。

 具体的には

・伐採、伐根途中であるにもかかわらず、切土盛土工事や整地工事が行われていない
・施工されていない工事費用が請求されている
・「残してほしい」と依頼していた灯篭は現場に無造作に投げ捨てられ、損壊していた
・位置指定道路の申請を市役所に行い、費用も支払い済みと明細書に記載されていたが、市役所に確認したところ申請は出されておらず、費用も支払われていなかった
・同じく、砂防申請費も計上されていたが、土木事務所に確認したところ、こちらも申請されていなかった

などだ。

 一連の、パナホームによるあまりのひどい対応に、Aさん一家は心労が積み重なり、ついにAさんは倒れてしまった。

●パナホームが顧客を訴える

 そのような状況の中、パナホームから「通告書」なる書面が届いた。つまり「工事代金が未納だから、早く支払え」ということだ。Aさんは弁護士を立てて代理人間で話し合ったが解決には至らず、結局パナホームから提訴されたのだ。

 本件で疑義がある点を次にまとめてみる。

・「工事代金に融資が必要」という前提条件のもと、パナホーム側からは「提携金融機関から融資が可能」との説明を受け契約したが、パナホーム側は契約を急ぐあまりに金融機関との調整を行わず、結果的に融資が得られず、計画自体が頓挫してしまった
・資金計画書に虚偽内容があった
・工事中断後、不当な費用清算を請求してきている

 当方は、事実を確認するため、パナホームの営業所および担当社員のBとC、パナホームの担当弁護士に対して質問状を送るとともに取材を申し込んだが、コメントを得ることはできなかった。引き続き本件については取材を進め、事実を明らかにしたい。
(文=新田 龍/株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト)

●新田 龍(にった・りょう):株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト。
早稲田大学卒業後、「ブラック企業ランキング」ワースト企業2社で事業企画、人事戦略、採用コンサルティング、キャリア支援に従事。現在はブラック企業や労働問題に関するコメンテーター、講演、執筆を展開。首都圏各大学でもキャリア正課講座を担当。

アルゼンチンが再び「デフォルト」危機ってどういうこと?

★アルゼンチンが再び「デフォルト」危機ってどういうこ? : by *坂東太郎氏

アルゼンチンの雲行きが怪しくなっています。といってもブラジルで行われているワールドカップ(W杯)サッカーのことではありません。アルゼンチンの国家財政のことです。2001年以来、13年ぶりの債務不履行(デフォルト)に陥る不安が高まっています。ここでいうデフォルトとはアルゼンチンが自国で発行した国債が返せない状態をいいます。一体どういうことなのでしょうか。

@どうして再びデフォルト危機になった?

 国債とは国の借金です。いつまでにこれだけの利息をつけて返すから貸してくださいと内外の投資家に募ります。「借金」という点で企業のそれと似た点が多々あります。まず約束の日までに借金の元本と利息を払わないと誰も信用してくれなくなります。追加の借金は誰も信用しませんからもちろんできなくなります。

 返すアテがない限り、発行した国は投資家(債権者)に減額をお願いするなど頭を下げなければなりません。アルゼンチンの場合、そうした事態が2001年に発生しました。したがって、現在はデフォルト後に債権者と話し合って決めた金額を支払っている最中となります。その途中で「やはり返せなくなった」に陥ったかもしれない……というのが今回の出来事です。

 2001年のデフォルト後、債権者の9割は減額に応じました。まったく返ってこないよりは少しでも回収したいからです。デフォルトしたからといって、アルゼンチンという国が消えてなくなるわけではありません。いくらか有望な産業もあります。その点では企業が民事再生法や会社更生法を申請して倒産するのと似ています。主体は存続するので粘り強く待とうと考えるのです。

 ところが一部の債権者は減額そのものに応じませんでした。「貸したカネは約束通り払え」と主張したのです。2014年6月、アメリカの裁判所が訴えを認め、全額を返さなければ7割ともいわれる減額に応じた債権者への利払いも認めないと命じました。アルゼンチン政府は、もし判決通りの全額返済(約1兆5000億円)をしたら、中央銀行が保有する外貨準備の5割を超えるとの試算を公表しました。つまり返せるのです。

 ただそうしてしまうと、前述の9割にのぼる減額受け入れ組の面目が立ちません。「全額よこせと主張したら払われるならば、大金をどぶに捨てるような減額を飲んだ我々はどうなるのだ」と。そうした声が大勢となったら10年以上何とか行ってきた返済計画自体を見直さざるを得ず、それが全員全額という結論になれば払えません。といって全額組への支払いを拒否したら判決にしたがって減額受け入れ組への利払いもできません。

 アルゼンチン政府は裁判結果を「不正で不当」と反発、予定通り利払いを続けるとしました。払う力があっても技術的に払えない状態で、2001年の「対外債務(借金)の元本と利子の支払いを停止した」と発表した状態とは異なります。今後はアルゼンチン政府が全額要求組と話し合って(お互い顔も見たくないでしょうが)譲歩を引き出すか、裁判の決定と現実を足して二で割ったような抜け道を探るような動きになりそうです。

@市場は「影響は限定的」との見方

 市場は今回のデフォルト危機をおおむね「影響は限定的」とみなしています。何しろ返せるわけですから。とはいえ理由が何であっても「アルゼンチンはお騒がせ国」というレッテルが再びバシッと貼られるのがいい話であるはずもなく、通貨ペソは下落傾向に転じています。お騒がせ国の通貨は信用できないので売られてしまうのです。すると輸入品が高くなって国民生活が脅かされかねません。

 今のアルゼンチンはインフレ(物価が継続して上がる)気味ながら比較的順調な経済成長を遂げています。不安材料のインフレが物価高で助長されると国内経済にかなりの打撃を与えます。通貨が下がってメリットのある輸出もアルゼンチンの主力はもともと価格の安い農産品中心なので追い風より向かい風の方が強く吹きます。堪りかねて輸入規制でもしようものなら自由貿易圏から一層白い目を向けられるでしょう。
.
@2001年のデフォルトはなぜ起きた?

 そもそもの発端であった2001年のデフォルトはなぜ起きたのでしょうか。アルゼンチンはパンパと呼ばれる肥えた平原を持ち、小麦や牧畜が盛んに行われ、フリゴリフィコ(保冷船)の運行開始以降は欧州などの一大食料輸出国として1920年代までは有数の富裕国でした。しかし農業とくに特定の産品に偏った輸出中心経済は1929年から始まった世界恐慌で大きな挫折を味わいます。農産品は工業製品よりも生産が不安定になりがちな上に、単価が安いために恐慌(突発的大不景気)に弱かったのです。

 この反省から戦後は工業化にも取り組みます。代表的な方法が輸入代替工業化で工業先進国から輸入してきた製品を国内で生産して自給していこうとの試みでした。一種の産業保護政策で多国籍に展開する企業との競争に敗れ、他方で補助金などを通して特定の企業が国内市場を独占するなど競争原理が働かなくなったり汚職や腐敗の温床にもなりかねない状態が続いて経済が行き詰まります。

 打破するために一転して国際市場経済への参入へとかじを切り替えたものの、今度は外国資本の参入、国内産業の衰退、インフレによる途方もない物価高などを招き、91年に「1ペソ=1ドル」の固定相場に変え、米ドルを後ろ盾にするなど苦心に苦心を重ねました。それでインフレはいったん収まり、10年近く安定します。ここで以前からの借金問題を少しでも改善すればよかったのを当時の政権は逆にばらまきへ走り、悪化したまま「その時」を迎えます。

@今回の危機は“最悪のタイミング”

 90年代後半のアメリカのクリントン政権はドル高政策に出て外資の呼び込みをはかりました。特効薬だったはずの固定相場もペソが実力以上の評価を受ける形となり、国際水準から考えて労働者の賃金が高くなり、アメリカとは逆に外資が逃げ出します。固定相場ではドル高=ペソ高なので輸出も減少し、当然少なくなる税収を補うため国債に依存し、それが嫌われてさらに投資が減っていきます。

 ここで実勢に見合った相場となる変動相場制に移るべきという意見も出たものの、固定相場の成功体験と、それを失うとペソで収入を得て国際的信用のあるドルを借りていた企業などにの反発を恐れて踏み切れずにいました。同じ固定相場制の競合国ブラジルが99年に変動相場制に移って国際競争力を回復させたのと対照的に、ペソは過大評価と市場の信認を失います。とともに積もり積もった借金が疑問視され資本がさらに大流出、政府もあわてて公務員給与カットなどの対応をするも暴動にまで発展した揚げ句、ついに2001年、デフォルト(お手上げ)宣言せざるを得なくなりました。

 その後、アルゼンチンは変動相場制に移行し最悪期は脱するも、未だ返済途上にあって新たな国債を発行できません。そうなると道路などインフラの充実や補修に回すカネがなく厳しい状態が続いていました。一刻も早く返し終えて、デフォルト以来、締め出しを食らっている国際資本市場に再参加したいところでの新たなデフォルト危機。アルゼンチンにとって最悪のタイミングです。

*坂東太郎(ばんどう・たろう) 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。

*****「THE PAGE 2014年7月6日 『坂東太郎のよくわかる時事用語』」より転載

流氷に閉ざされた『酷愛』:映画「私の男」

★流氷に閉ざされた『酷愛』:日本映画「私の男」

北海道出身の熊切和嘉監督は「海炭市叙景」で函館の寂れた風景を鮮やかに切り取ったが、今回は雪に閉ざされた港町紋別を舞台に、タブーである2人の男女の関係に踏み込んでいく。その愛の深さと熱さを『酷愛』と呼んでみる。『酷愛』を描いて僕の情動を揺さぶった作品群には、「仁義の墓場」「実録・阿部定」「愛のコリーダ」「赤い髪の女」「赤い教室」から始まって、近作には「悪人」「軽蔑」「そこのみにて光輝く」と秀作が並ぶ。

奥尻島の大地震による津波で孤児となった花(山田望叶)を、遠い親戚を名乗る腐野淳悟(浅野忠信)が引き取るまでのエピソードは、記憶の残像のような粒子の荒い16ミリで撮られている。「犯す!」(長谷部安春監督作品)のような、ざらついた画面は心の懊悩を表現して秀逸だ。花と淳悟の孤独な魂が合い寄るような、悲痛な冬の紋別の風景を、名手・近藤龍人のカメラはフレームに落とし込む。山田望叶はNHK「アンと花子」でも達者な演技を魅せているが、この作品では、ノンシャランな天使の顔と、死んだ母親の亡骸の枕元で「オイッ、起きろよ!」とばかりに激しく地を蹴るフリークの顔との、二つの顔の演技は子役のそれを超えている。

高校生になった花(二階堂ふみ)は、無垢と底知れぬ淫蕩さが奇妙に同居する、妖しい少女へと変貌をとげていく。その落差を撫でるように不協和音を内奥に響かせるのは、アヴァンギャルドジャズ・ノイズミュージックなどを手がけるジム・オルークの楽曲である。(若松孝司と「あさま山荘への道」で協働したことがある。)熊切和嘉監督は、花と淳悟の情交を見た大塩(藤竜也)を、寒風吹きすさぶ中、花が暴力的にオホーツクの流氷の方へ流すシーンに、16ミリから35ミリへフィルムを変えて、異様なまでのリアリティを追求する。この場面の藤竜也と二階堂ふみは文字通り『体当たり演技』で、ほんとうにスタッフ・キャストともどもたいへんだったと思う。

花と淳悟は大塩の一件で東京に逃避行するのだが、ドラマが一挙に散漫になってくる。原作はどうだか知らないが、浅野忠信がモロ師岡を刺し殺すシーンで終わった方が、映画的な深みがでてよかったのではないだろうか。養父である淳悟と花のインモラルな結びつきには、冬ざれた港町紋別という風土性がいかに不可欠であるかを物語っている。抜きさしならぬ悲劇の連鎖である本作において、熊切監督は、あたう限り2人の主人公の内面に深く分け入り、血の渇きにも似たグロテスクで官能的な世界を現出させた。その意味では、花が社会人になってから以降の話は、まさに『蛇足』と言ってよい。

モスクワ国際映画祭で最優秀作品賞と最優秀男優賞を獲得したと言う。熊切監督作品としては「海炭市叙景」の方が上出来だと僕は思うが、浅野忠信の演技に対しての賞には「否や」はない。「愛のコリーダ」の藤竜也を髣髴させる、全身全霊を込めた演技だった。特記して賞賛したい。

なお、この「私の男」は初めての大野城イオンシネマで観た。リベルテ(日田)・シエマ(佐賀)・KBCシネマ(福岡)のような名画座ではなく、一般的なシネコンで興行されたことがトテモ嬉しい。

終戦直後のような預金封鎖は本当に起きるのか?

★終戦直後のような預金封鎖は本当に起きるのか? 国民に浸透した「超財政悪化不安」
*****「 ダイヤモンドオンライン 『今週のキーワード』 *真壁昭夫氏 2014-7/1」より転載

@終戦直後の新円切替は再来するか?過去を知る講演参加者の強い懸念

「先生、これから戦後の新円切替のようなことが起こりますか?」

 先日、四国で行った経済講演のとき、同じテーブルにいた年の頃は80歳を超えていると思しき参加者の1人が、きれいに保存された古い紙幣を見せてくれた。そして、囁くように話しかけてきたのがこの質問だった。

 彼は、戦後の新円切替のことを昨日のことのように、鮮明に記憶していた。そして、その記憶をしみじみ話してくれた。

「私の父は商売をしていて、それなりに裕福だった。ところが、戦後の激しいインフレの中で政府が実施した新円切替に伴う預金封鎖などで財産の大半を失い、その後厳しい環境の中で生活せざるを得なかった」

 実際の切り替えのとき、彼の父は蔵の中にあった旧紙幣や国債などを燃やせと指示したという。彼は事態を正確に把握することができず、「何故、大切なものを燃やしてしまうのか」がよくわからなかったそうだ。

 そして長いときを経た今、彼は、わが国の財政状況の悪化によって、そのときの悪夢が再現されることを心の底から心配している様子だった。彼の話がとてもリアルで、しかも話しぶりが真剣だったこともあり、筆者は質問に対する答えに窮するほどだった。

 そのとき、「一般庶民の中にも、これほど財政状況について心配している人がいるのだ」ということを痛感した。足もとの状況を冷静に考えると、すぐに戦後のような新円切替などが起きるとは考えにくいものの、長い目で見れば、そうした事態の可能性を完全に払拭することは難しいだろう。

 今後、政府はそうした事態の発生を避けるために、様々な手立てを打つことだろう。そのときに重要な点は、国民にわかりやすく財政状況を説明することだろう。そうでないと、彼のような庶民の心配を消し去ることはできない。

@実質的には国民の資産と国債残高を相殺 デフォルトを回避した施策のからくり

 第二次世界大戦当時のわが国は、戦費調達などで財政状況が悪化し、1944年度末において国の債務残高が国内所得の260%を超える水準に達していた。それに加えて、戦時の補償債務や賠償問題によって国の債務がさらに拡大する一方、戦後の物資不足などの影響もあり激しく物価が上昇した。

 そうした事態を収拾するために、1946年3月、当時の政府は人々の現金保有を制限すべく預金封鎖を発令した。また旧紙幣の流通を差し止めて強制的に銀行に預金させ、それを新円とを交換する措置を取った。

 それと同時に、一世帯当たりの月の預金引き出し額を制限した。そうした措置によって、政府は家計が持っていた現金をすべて吐き出させ、インフレを鎮静化することを目指したのである。

 その次に実施したのが、財産税の導入だ。国民が保有している不動産や動産、現預金などに対して25%から最高で90%までの高い税率を課し、徴税した税金を使って国債を償還する手法が取られた。つまり、実質的には国民の資産と国債残高を相殺する格好にした。

 それによって、形式的には国債はデフォルト(債務不履行)に陥らなかった。国が国民の資産を奪ったのではなく、理屈の上では徴税権を行使したことになる。また、その後の民間金融機関の再建などのために、預金封鎖による原資が使われることになった。

 こうした一連の措置を見ると、当時は国の債務を帳消しにするために、国民の資産、特に預金が充当されたことがよくわかる。それを考えると、冒頭の男性が抱く不安があながち荒唐無稽なものでないことが納得できるだろう。

 ただし、現在のわが国の財政状況を分析すると、戦後の混乱期とは明らかに異なっている。財政状況は主要先進国の中で最も悪化しているとはいうものの、まだ財務当局のコントロールは効いている。すぐに預金封鎖などの事態に追い込まれることは考え難い。

 わが国の10年物国債の流通利回りは0.60%程度で、先進国の中で最も低い水準にある。その理由は2つの要因を考えるとわかり易い。1つは、日銀が大量の国債を購入していることだ。

@当時と今とではどこが違うのか?  日銀が支える日本の財政と国債市場

 もともと日銀は定例的に国債を購入していたが、昨年4月の異次元の金融緩和策の実施によって購入額は一挙に拡大し、毎月7兆円程度の紙幣を印刷して多額の国債を購入している。日銀が国債を大量購入していることもあり、足もとのわが国の国債市場は一定の平穏を保っているのだ。

 もう1つの要因は、国内の個人金融資産だ。わが国の個人金融資産は1600兆円にも上る。その個人金融資産が、今まで国債消化の原資となってきた。個人が給与振り込みで銀行に100円でも預金を持った場合、一般的に銀行はその資金を貸し出しに回すものだが、景気の低迷が続いたこともあり、企業の資金需要が伸びずに資金が余ることが多かった。

 銀行は余った資金で国債を購入するケースが多く、結果として各個人が意識することなく、銀行への預金の一部が国債購入資金になっていたのである。そのため、国の借金の増加にもかかわらず、国債の市場が安定していたと言える。

 しかし、そうした状況を長期間続けることには無理がある。日銀の国債大量購入によって国債の売買高が減少し、市場の機能そのものが失われることが懸念される。その場合には、一般の投資家が国債市場から退出せざるを得ない。

 また、国債の大量購入によって日銀のバランスシートが拡大し、日銀の信用力が低下することも考えられる。日銀の信用力が低下すると、日銀が発行する紙幣の信用力が落ちてインフレが高進することも想定される。
一方、国債消化原資となっている個人金融資産にも、限界がある。わが国の経常収支は何とか黒字を維持しているものの、黒字幅は急速に縮小している。経常収支の黒字幅が縮小することは、国内の資産蓄積のペースが鈍るということだ。

 足もとの経常収支のペースを考えると、今後金融資産の大幅な積み上げは期待できないだろう。そうなると、これから国債消化の原資にも限界が見えてくる。ある試算によると、あと10年以内に国債消化のための個人金融資産の原資が枯渇する可能性があるという。それが現実のものになると、国債市場が不安定化することになるだろう。

 その意味では、財政再建はわが国にとって避けて通れない重要問題なのである。具体的に財政再建を実行するためには、税収を増やして歳入の増加を図るか、社会保障費などを見直して歳出を減らすか、あるいはその両方を実行することが必要になる。

@個人金融資産の限界とあるべき対応 フィスカルドラッグの中での危機回避策

 いずれの施策を選択したとしても、景気にはマイナスの効果を与えることになる。それは、一般的にフィスカルドラッグ(財政の景気抑制効果)と呼ばれる。今回の消費税率引き上げに関しては、わが国経済は何とかクリアできそうだが、それだけで打ち止めというわけではない。これからも消費税率引き上げに加えて、外形標準課税など税収基盤の拡充を図ることが必要になるはずだ。

 また、社会保障制度の見直しも避けられない。もともと政府は社会保障と税の一体改革を謳ってきた。これから歳出削減のため、国民に痛みが及ぶ社会保障制度の改革はどうしても必要だろう

 そしてもう1つは、わが国企業の競争力強化を図ることだ。最近、わが国産業の競争力は低下傾向が顕著になっていると言われている。それは貿易収支が大幅な赤字に陥っていることからも明らかだ。企業が海外のライバルと競争するためには、企業自身が積極的に新技術や新製品の開発に取り組むことが必須だ。

 それがないと、わが国の経済の実力を高めることはできない。経済の実力が高まらないと、フィスカルドラッグの中でしっかりと財政再建を進めることは一段と困難になる。

*真壁昭夫氏[信州大学教授]:1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員などを経て現職に。著書は「下流にならない生き方」「行動ファイナンスの実践」「はじめての金融工学」など多数。
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