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九月の唄:君のコスモス

★君のコスモス: 『ステージ101 (NHK/1969~1973)』 オリジナル・ソング

詞:岩谷時子
曲:宮川 泰

僕は 口笛吹いて
君の膝では コスモスが
ゆれていた ふるさとが
なぜだろう このごろ恋しい

あれから 時は過ぎて 
都会(まち)の風にも なれたけど
ひとりでいると やけに
むなしくて かなしいものだよ

でもこれでいい もう決めたのさ
君との約束さ 
あの時見た 虹の橋 渡っていこう

胸の奥では いつも 
柱時計の音がする
瞳閉じれば 赤い
夕やけが いまでもみえるよ

でもこれでいい もうふるさとへ
二度とは 帰らない
あの日のあの出来事も 想い出なのさ

ふたつの肩に いつも
君とふるさと のせている
つかれた 朝の空に
おもかげが 今でも うかぶよ

・・・・・・・・・・・・・

『ステージ101』では、太田裕美がデュエットで歌っていた。
彼女のヒット曲「木綿のハンカチーフ」は、「君のコスモス」のアンサーソングのように思えてくる。

なお、九月分の更新は今回でオシマイです。
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若者は、なぜ「無業状態」に陥ってしまうのか

★【対談】】*城繁幸X*西田亮介:若者は、なぜ「無業状態」に陥ってしまうのか
***「東洋経済オンライン 2014年 9月18日 配信記事」より転載

一度「仕事」を失ってしまうと、もう戻れない……。今の日本社会は、一度失敗してしまうと極度に再チャレンジしにくい仕組みになっている。『「10年後失業」に備えるために読んでおきたい話』の著者、城繁幸氏と、『無業社会-働くことができない若者たちの未来』の共著者、西田亮介氏が、日本の「失業・無業」の厳しい実態と、社会的な対応策、そして、「私たちが今できること」を語り合った。 

・・・・・・・・・・・・・

 西田:新刊のタイトルにもした「無業社会」とは、字面としては、ただ単に「仕事がない社会」ということになります。でも、本書ではもう一歩踏み込んで、「仕事を失いやすく、誰もが無業状態になる可能性があるにもかかわらず、いったんその状態になってしまうと抜け出しにくい社会」のことを「無業社会」と呼んでいます。

 15~39歳の若年無業者の数は、200万人にも上るわけですが、これはもう「一部の若者の問題」ではなくて、日本社会全体で解決に知恵を絞るべき「社会問題」だというのが僕たちの認識です。

 城:無業状態に陥る人というのは、何か特徴があったりするのでしょうか。

■ 「怠け」や「やる気不足」で片付けていいのか

 西田:実は無業の人とそうでない人の間に明確な線引きはできません。「無業状態になった」と言うと、日本では基本的に「働かないあなたが悪い」という話になります。「ニート」が注目された時もそうでしたが、多くの人は「どうせ家に引きこもってゲームをしているだけだから仕事が見つからないんでしょう」と思っている。

 でも、厚生労働省の統計を見ても、僕らが独自に2333人にアンケートした結果を見ても、無業状態になるきっかけとしては、病気とケガが主たる原因となっています。つまり、必ずしも自己責任で片付けることはできない理由によって無業状態に追い込まれている人が多い現状があります。

 学歴の観点からみても、四大卒であっても無業状態に陥ってしまう事例はたくさんあります。対人関係の構築が苦手な人が営業職に配属されて何もかもうまくいかなくなってしまったり、就職してみたらブラック企業で、その会社を辞めたら次の就職が見つからなくなってしまったり……。予見不能で、誰にでも「無業状態」に陥る可能性はある。これは個々人の「怠け」や「やる気不足」で片付けていい問題ではないはずです。

西田:あと、僕たちの調査では、(無業状態に陥っている人は)まじめで、しかし自己評価が低い人が多いという結果が出ています。これも不真面目さを追求する通説とは離れた、意外な知見ではないでしょうか。

 城:無業状態に陥る可能性は誰にでもある、というのはよく分かりますね。考えてみると、私のまわりにも大企業に就職してバリバリ働いていたのに、ふとしたきっかけで会社を辞めたと思ったら、その後連絡がつかなくなった……という人が何人かいます。そうなってしまう人たちと、そのまま働き続けている人たちの差がどこにあるのかと言われてもわからない。

■ 資格よりも、組織や機会が大事? 

 城:実は、私自身も20代の中頃に「もう仕事を辞めて、バックパッカーにでもなろうかな」と思った時期があるんです。それで週末に実家へ相談に行ったら、月曜日の朝になって母親から泣きながら「今まで何のためにお前を育ててきたと思ってるんだ」と電話がかかってきて、一週間ブルーな気持ちで過ごした記憶があります。

 ただ今では「あの時辞めなくてよかった」と心底思っています(笑)。7年企業で働いたことで、ものすごくキャリアが身につきましたから。その経験を経たことで「人事の仕事を柱にすればメシは食っていけるな」と思えたので、独立したわけですけど、あの時、なんとなく会社を辞めていたら、今どうなっていたかを考えるとゾッとします。

 西田さんから見て、この「無業社会」を少しでも緩和するためにできることって何だとお考えですか。

 西田:今お話したように誰でも無業状態に陥る可能性はあるわけですが、統計的に言うと、無業状態の人たちは普通自動車の免許証のような、海外で言えばソーシャルセキュリティナンバーに当たるようなものを持っていない率が高いんです。日本では免許証は、身分証明証としての役割を果たしますから、それを持っていないとアルバイトなどでも通りにくかったりします。それから、PCのスキルをまったく持っていない人が多い。経済的な事情などで、そもそもPCに触れたことがない人も結構な割合でいます。

 城:いわゆる「働いていない若者」は、一日中パソコンに張り付いているイメージがあったので、むしろPCスキルが高い人が多いのかと思っていたんですが、そういうわけでもないんですね。

 西田:そうなんです。僕が主張したいのは、とりあえず「入り口の平等」をできるかぎり確保しましょうよということです。今の行政による就職支援というと、どうして「資格取得を手助けします」といった均質的なものになるのですが、それ以前の「最初の一歩」に目を向けて欲しい。つまり、家庭の経済状態が悪かろうが良かろうが、望めば普通免許を取ることができたり、PCを最低限使えるようにする機会を用意する。まずは、そのレベルの土台をしっかり築くことから始めないと、いくら「資格取得支援」をしても意味がないと考えているんです。

西田:それから「たとえ無業状態に陥ったとしても、携帯電話を持っている人は、無業期間が短い」というデータもあります。つまりこれは、仕事を得るためには「誰かとコミュニケーションを取る」ことが非常に大きな要素になりうると言えます。誰かに相談したり、助けを求めたり、もっと直接的には就職活動の電話をかける相手がいる人ということですね。

 学校を中退していたり、学歴が高くてもゼミに入っていなかったりする人は、言い換えれば、「人と接触する機会」を失ってきているわけです。それがある閾値を超えてしまった人は無業状態から抜け出しにくくなっているというわけですね。人間関係、社会関係の形成と、就職活動を、並行して支援していくことの重要さが示唆されます。

 城:その「資格取得には意味がない」という話と、「コミュニケーションを取ることこそ大事」という話は、失業問題でも同じことが言えますね。よく「どういう資格を取っていれば、職に困らなくなりますか」と聞かれるんです。でも企業の人事担当者の視点から言えば、資格所持者に対する特別なニーズはありません。つまり「この資格を持っていれば採用してもらえる」なんて資格はない。もちろん、持っていないよりは持っていた方がいい場面も多いと思います。

 でも基本的に日本企業は、「仕事はOJTで教える」「資格がどうしても必要になれば、会社のおカネで取りにいかせる」というスタンスです。だから、資格よりもコミュニケーション能力が重視される。そしてコミュニケーション能力というのは、組織の中にいることで磨かれていくものですから、とりあえず組織の中で働いた経験を重く見られるんですね。

■ ブラックでもなんでも、20代は実務経験を積むべし

 城:おおげさな話でもなんでもなく、税理士でも、公認会計士でも、弁護士でも、その資格を持っているけれども28歳で職歴がない人と、まったく聞いたことのない中小企業でも実務経験のある28歳なら、人事は99%後者を採用したいと思うものなんです。

 だから、反対に採用される側から考えれば、もし仕事を得たいのであれば、「組織に入ってキャリアを積む」ことが何より大事なんです。とにかく20代のうちに会社の中でキャリアを積む。別に有名企業である必要はありません。暴力団や犯罪行為をしている会社は別ですが、今世の中で問題とされているような、いわゆる"ブラック企業"と呼ばれている企業でも、私はいいと思いますよ。そもそもブラック企業を取り締まるはずの厚生労働省にしたところで、キャリア官僚は月に200時間残業をしている超、"ブラック企業"です。

 結局、いわゆる"ブラック企業"と言われて叩かれているサービス業系の企業と、若手をバリバリ働かせる大企業のどこが違うかというと、大企業は35歳くらいになるとやや仕事の量が落ち着いてきて、40歳を過ぎるとふんぞり返る立場になる。一方で賃金は上がって、ポストや役職もつく。でもサービス業系の場合には、ずっと過酷な労働状態が続く。それだけのことです。

西田:逆に言えば、「30代以降に自分の好きな働き方をするために、20代の間は仕事の基礎を身に付けることが大事なんだ」と割りきって考えれば、どこの企業に入るかはそんなに気にしなくていいと思う。

 「資格貧乏」という言葉があるんです。資格試験の勉強にのめり込んでしまって、たとえ受かったとしても、キャリア全体から考えると逆に追い込まれている人がいる。そういう人の中には、「組織に入ってOJTを積むことから逃げてしまった」人が多いと思うんです。資格の勉強は、コミュニケーションを取らなくてもいいですからね。

■ 日本型雇用が「採用のハードル」を上げている

 西田:勤務先の大学では大学院のキャリア支援の担当をしているのですが、実は司法試験に失敗してしまったロースクールの卒業生が悲惨なことになっていることが問題視されています。学部からあわせて10年近く大学に通って修了したのに、現在の司法試験は受験回数に制限があるため、司法試験に合格できなかった場合には、工場でパンを焼くアルバイトにさえ受からなかったりする。

 司法試験の受験者の中には、明らかに法律の知識は人よりもたくさん持っていますが、ヒューマンスキルと言いますか、人と一緒に働くにあたっての総合的な力が足りないと感じることはあります。ただ僕自身も彼らの気持ちはよく分かります。僕も、研究室よりも、自宅の、自分の机で仕事をするのが一番落ち着きますから……。

 年功序列型賃金が基本とされている日本の会社では、年齢が上がっていくほど総合的に価値の高い仕事を担当できる、担当した経験を持っていることが期待されるわけですが、一方で、無業者の年齢もどんどん上の方にシフトしている現実があります。

 つまり、年齢が高いほど、より高度な価値生産の経験と実績を持っていないと採用してもらえないし、転職も困難です。無業状態の人にスキルはまるで積み上がっていない。企業の求める人材像と、職を求める人の現実がどんどん離れていっているわけですね。これも無業者を苦しめている「社会の仕組み」の問題だと思うんです。現在の支援は、就職の入口への支援が中心ですが、高度なスキルや自己尊厳の修得にまでつなげていく連続的な支援が必要に思えます。

 城:無業の人たちは、言い換えれば、「若い時の苦労」をする機会がない人たちとも言えます。そういう人の受け皿をどうするのか。海外だとそこに教育がはさまりますね。「今はよい職が見つからないからMBAでも取りにいこう」という話になる。そして、そこで培った人脈を次の職で活用したりする。でも、日本の場合は一度、会社組織からドロップアウトしてしまうと、たとえMBAを取ってきても、なかなか元には戻れない。

城:なぜかと言えば、終身雇用・年功序列のいわゆる日本型雇用が採用されているからです。この辺りは『「10年後失業」に備えるためにいま読んでおきたい話』でも解説しましたが、大企業や官公庁では、年齢が上がるにつれて賃金が上がっているので、年齢に相応しいスキルのない人は、“悪”なんです。30歳で職歴がない人は“極悪”です。だから、失業をしたり、無業の期間があって履歴書にブランクがある人は採用されない。

 まず、戦後日本の雇用システムの大きな問題は、国が社会保障を企業に丸投げしてしまっていたことです。大企業は、社会保障の一環として、従業員を「終身雇用」することを義務付けられてしまった。「終身雇用」をしなければならないという話になれば、企業はよほど能力のある人しか採らなくなります。ある程度の年齢に達した失業者がなかなか次の職を得ることができなかったり、病気やケガをした人が無業者になってしまう根本的な原因はここにあると私は思います。

 労働者を長い期間を預からなければいけないわけですから、企業としては保守的になるのが当然です。最近は、採用の時にメンタルトラブルを出しやすい傾向の人を試験で把握してはじく人事サービスが売り出されたりしていますが、こうした行き過ぎたサービスも、終身雇用が原因ですよ。

 ではどうすればいいのか。社会保障を企業から切り離して、ある程度労働者を流動化する。そうすると、企業にとっては「採用する人材のハードル」が下がるので、失業者・無業者にとっても、相対的に状況はよくなる。

・・・・・・・・・・・・・

*西田亮介●社会学者。立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘准教授。1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。同大学院政策・メディア研究科助教、(独)中小機構経営支援情報センターリサーチャー、東洋大学、学習院大学非常勤講師等を経て現職。

*城繁幸●人事コンサルティング「Joe's Labo」代表取締役。1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種メディアで発信中。

原発ゼロ1年:新たな価値観の時代へ

★原発ゼロ1年:新たな価値観の時代へ 鈴廣かまぼこ・*鈴木悌介氏
***「神奈川新聞 2014.09.15 10:30:00  配信記事」より転載

国内で稼働している原発がゼロとなって丸1年。原発に頼ることなく地域で自立したエネルギー環境を築こうと取り組む中小企業が小田原市にある。来年で創業150年を迎える老舗かまぼこメーカー「鈴廣かまぼこ」。同社グループの鈴木悌介副社長は、日本の未来は地域が鍵を握っているとみている。

 「いま原発が必要だと言っている人は、これからもツケで酒を飲もうとしているのと同じ」。率直な物言いは、こう続く。「脱原発だ、電力は余っている、言うだけでは何も変わらない。私は地域の中小企業経営者として、できることを考え、地域でやれることをやる」

 この3年間で自社のレストランなどに太陽光発電システムや太陽熱湯沸かし器、地中熱と井戸水を使って空気を冷やしたり暖めたりできる設備を導入した。「冬場は外気を地中熱に当ててから暖房に使う。夏場は外気を井戸水に通すだけで35度の外気が22~23度にはなる。太陽熱湯沸かし器では夏は水を90度近くまで熱くすることができる」。結果、年間のガス使用量は半減したという。

 今秋着工の新本社ビルは徹底した省エネ設備で、従来型の建築物と比べ54%もエネルギー消費が少ないビルになった。井戸水を利用した空調システムの効果が大きいという。

 「こうした節電の知恵はまだまだいくらでもあると思う。構造や仕組みは原発とは比べものにならないほど単純。大量生産できれば格段に初期投資は安くなる」。鈴木はこれを新しいビジネスチャンスと捉えている。「ただ、現状は原発がどうなるのか息を潜めて見据えている中小企業が大半だ。動きだせば一気に拡大するのだが」

 鈴木は震災翌年の2012年に全国の中小企業経営者と「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」(エネ経会議)を立ち上げた。当初は120社ほどだったが、わずか2年で400社を超えた。

 地元の小田原市では、メガソーラー(大規模太陽光発電所)を中核事業にした「ほうとくエネルギー株式会社」を設立した。地元の中小企業50社が出資。1口10万円で1億円分の市民ファンドを募ったところ、わずか2カ月で集まった。「驚くことに1億円のうち半分は県内の出資者。そのうちの半分は小田原市内からだった」。地元市民の意識の高さに目を見張った。

 電力を地域で生み出す同様の取り組みは全国に40ほどあるという。

 一企業として、多額の投資を重ね、自身も全国を奔走する。なぜここまで取り組むのか。

 「食べ物を仕事にしているからだろうか。人の体の内と外とは、どこに境目があるのか、と考えるようになった」。思い返すように切り出した。「体はすべて食べたものでできている。であれば、その境目をつくっているのは人の意識でしかない」

 そして、この店も建物も未来から借りているにすぎない、と鈴木さんは考える。そうであるなら、自分たちのふるさとをどう次世代に残し、バトンを手渡していくのかを考えるのが、いまを生きる者の責任ではないか。「答えはおのずと出る。福島の今をみれば、原発という選択肢はない」

 そして企業経営者として日本のいまをみる。「日本の経済は壮年から老年へと向かっている。今更、老体にむち打って再び全力疾走しようとすれば無理が出る。経済が高度成長するような時代は終わったんだということを直視しなければいけない」

 そしてその先へ目を向ける。「お金ではない豊かさや幸せに新しい価値を見いだす時代がやってくる。そこに未来がある」

◆「今後もゼロ続けられる」

 子どもの手を引く母親、楽器を抱えた若者、家族連れにカップルに笑顔があふれる。14日、藤沢市内で行われた「原発ゼロ1年を祝おう」というパレード。集まった約250人(主催者発表)は、それぞれに原発の必要性に思いをめぐらせた。

 東日本大震災から3年半余り。声高に脱原発を口にする人はずいぶんと減った。風化といわれればそうかもしれない。だが、「1年間ゼロでやってこられたんだから続けられるはず」。ベビーカーを押す母親は仲間と歩き、その思いを強くした。

 イベントを企画した市民グループ「イマジン湘南」の代表、古屋賢悟さん(44)は「東日本大震災が起き、原発が大変なことになり、やはり原発は良くないと多くの人たちと一緒に声を上げてきた。小さな声を集めたその力のおかげで、原発ゼロで丸1年を迎えることができた。これからも問いかけていきたい」と話す。

 3・11以降、デモや勉強会を開き、原発の問題を発信してきた。自身が経営する飲食店では食材にこだわったほうとうが自慢の一品だ。自ら畑を耕し、安心して提供できる野菜を使っている。「土の上に立ち、手間をかけて作物を育てれば、命の大切さに気付く。原発はその対極にある。稼働がゼロになっても江戸時代になんか戻らない。それが分かれば、原発のない未来を僕らは選択することができる」

 鹿児島県の九州電力川内原発が再稼働に向け手続きが進む。原子力規制委員会の審査も通過した。

 都内在住で、ベビーカーを押しながら2人の子どもとパレードの列に加わった女性(34)は「初めてデモに参加したけど思ったより楽しかった。同じ気持ちの人がこんなに大勢いて、沿道から手を振ってくれる人もたくさんいた。危険な原発がすべて止まり、なおかつ電気が足りているならもういらないと感じてきたが、子どもたちに原発のない未来を残したいとあらためて思えた」と話した。

・・・・・・・・・

*すずき・ていすけ 県立湘南高校卒、上智大経済学部卒。1981年に米国でかまぼこ普及のための現地法人を設立し10年間経営。2000年度、01年度小田原箱根商工会議所青年部会長、03年度日本商工会議所青年部会長、13年から小田原箱根商工会議所会頭。58歳。

原発ゼロ1年:議論なき再稼働に危機感

★原発ゼロ1年:議論なき再稼働に危機感=環境エネルギー政策研究所長・*飯田哲也氏
***「神奈川新聞  9月14日(日)14時4分配信記事」より転載

国内で稼働している原発がゼロとなり15日で丸1年を迎える。政府、経済界は再稼働への動きを加速させるが、原発ゼロで夏を乗り切った今、立ち止まって考えてみたい。原発は本当に必要だろうか。

 NPO法人環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長は「原発がなくても電力は足りる」と唱え続けてきた。

 原発ゼロで初めて夏を乗り切り、それが証明された格好だが、大きな要因として挙げるのが節電だ。

 「企業が無理なく節電でき、しかも儲(もう)かる形のノウハウが浸透してきた。例えば商業ビルやデパートで今まで冷房を効かせすぎていた。室温28度設定を徹底することで大きな節電効果が得られる」

 震災後最初の夏は計画停電が実施され、工場の操業を一時停止させた企業もあった。各企業はその後、ガス発電機や電力や熱を同時に供給するコージェネレーションシステムなどを導入していき、「こうした発電機は震災後だけで原発2~5基分くらいの総量になっている」と指摘する。

 太陽光発電システムも13年の1年間で原発約10基分に当たる約700万キロワット分が設置され、この1年でおよそ倍増した計算だ。飯田さんが続ける。「『日が陰ると発電量が下がる太陽光は当てにならない』と言われるが、日本全国に雲がかかることはないということを考えれば、広範囲に大量に設置することで、十分にピークを補う電力になる」

 喧伝(けんでん)された電力不足の懸念も、需要量が急増する夏場のごく限られた時間帯にすぎない。太陽が照りつけ、気温が上がる7~8月の午後1~4時は太陽光発電の能力が最大化される時間帯とも重なっている。今夏(7~8月)の実績をみても、東電が「やや厳しい」と位置付ける使用率90%を超えた日は8日間で、「厳しい」とする95%を超えることはなかった。

 それでも政府、経済界は原発の再稼働への動きをやめない。飯田さんは「冷静な議論がなされていない」と危機感を抱いている一人だ。

 国は電力会社に対し、「再稼働か、倒産か」の二者択一を迫り、電力会社は消費者に「再稼働か、電気料金引き上げ」を選べと詰め寄る。経済界は電気料金が上がり利益が目減りするのを恐れ、再稼働しかないと思い込む。

 「本来なら、住民避難や損害賠償、技術審査基準、老朽化原発の廃炉計画、核燃料廃棄物の処理など再稼働の前に合意しておかなければならないことが数多くある」

 九州電力川内原発(鹿児島県)は原子力規制委員会が規制基準への適合を認め、政府も原子力防災会議を開き、再稼働への手続きが進む。10月にも地元自治体の同意を得て政府が判断を下し、早ければ年明けにも再稼働される見通しだ。

 「再稼働一辺倒の議論のまま川内原発が動きだせば、必要な議論が抜け落ちたままそれ以外の原発も動きだす」と危機感を募らせる飯田さんは再稼働を前提に、廃炉まで見据えた一時的な稼働を議論すべきだと提案する。

 止まらない再稼働の流れを前にした妥協にも映るが、「放射性物質で汚染され、いまも人が住めない地域があり、19万人が仮設に暮らしている現実がある」。

 何より飯田さんはエネルギー政策の転換は避けられない、とみている。

 「経済、社会が同時代的に全世界で変化する中、エネルギー事情も必然的に大きく変化していく。日本だけがいまのままでいられるはずがない。地域から、企業から、異業種から、新しい技術、仕組みが生まれ、自由でオープンなエネルギー環境が出来上がっていく」

 長い目でみれば、大規模集中、独占型の原発はやがて旧型のシステムとして、すたれてゆくと考えている。

■就業時間を変え節電
 
扉を開けた瞬間、ごう音が耳をつんざく。小学校の体育館を一回り小さくした広さの建屋に据え置かれた2基のガス発電機。猛烈な熱気をまといフル稼働していた。

 日産自動車追浜工場(横須賀市夏島町)の一画に発電機が設置されたのは2003年。発電量は2基合わせて1万1500キロワットで、約7千世帯の電力を賄う。約400度の排ガスを給湯や蒸気に変えて工場内の塗装ラインなどで使い切るコージェネレーションシステムだ。工場内で使う電力の約3割を担っているという。

 「東京電力の需給に貢献できるよう、今夏はさらに就業時間まで変えた」と説明するのは工場内のエネルギー管理を担当している工務部の山口和男さん(47)。始業は通常午前7時のところ、今夏は午前8時に変更し、昼の休憩時間を午後1時からの1時間にずらした。

 「東京電力の電力供給がピークとなるのは午後1~4時。これまでもガス発電機の稼働時間を変化させて対応してきたが、就業時間にまで手を入れるのは異例のこと」と話す。

 手の込んだ策を講じるのには、東電への貢献以外に別の理由がある。「電力使用が一定量を超えると電気料金が上がる契約になっている。一方でピーク時の使用量を減らすことで2~3%の割引を受けられる。いまはまだぎりぎりコストメリットがある」と明かす。

 こうした企業の取り組みの積み重ねについて、東電の広報担当者は「原発ゼロで乗り切れた最も大きな要因になった」との認識を示す。夏季に工場の操業時間を夜間にずらし冷房を抑えたりしている企業もあるという。日産自動車のような工場内発電機によるピーク時のカバーも「節電」という枠で計算される。

 東電管内では、東日本大震災前と比べ需要量が約1千万キロワット減少しているという。全原発の停止によって東電供給量の2~3割が失われているが、その大半を節電で補っているのが実態だ。

・・・・・・・・・

*いいだ・てつなり 1983年京都大大学院工学研究科原子核工学専攻修士課程修了、神戸製鋼入社。電力中央研究所出向を経て32歳のときスウェーデンへ留学、ルンド大学環境エネルギーシステム研究所客員研究員。2000年環境エネルギー政策研究所を設立。環境省の中央環境審議会、経産相諮問機関の総合資源エネルギー調査会などの委員を歴任。55歳。

疫学者ハッチ博士がフクシマを調査したら-②

★疫学者ハッチ博士がフクシマを調査したら-②:科学者は住民の不安を鎮められない
***「JBpress  ウオッチング・メディア 2014.-9/4 BY  烏賀陽 弘道」より転載

前回(2014-9/3掲載分)に引き続き、首都ワシントンにある国立がん研究所(National Cancer Institute = NCI)に勤務する疫学者であるモーリーン・ハッチ博士のインタビューをお届けする。

 ハッチ博士はコロンビア大学の調査チームの責任者として、スリーマイル島原発事故の疫学調査を行った。その後、チェルノブイリ原発事故の疫学調査にも参加している。つまりハッチ博士は、世界で3例しかない原発事故のうち2例の調査をしたことがあるという世界でもほぼただ1人の疫学者なのである。

 ハッチ博士は福島第一原発事故の影響をどう評価するのだろうか。今回のインタビュー部分で注目すべき点は次の通りだ。

(1)「疫学者が甲状腺がん以外のがん=(例えば)乳がんを調査しないからといって、それは『乳がんが発生しないから』あるいは『安全だと判断しているから』ではない」ということだ。フクシマでの調査でもそうなっているが、甲状腺がんは「被曝との関係を比較的特定しやすいから」調査が優先される。乳がんは発生要因が被曝のほかに多すぎて、関係性を論じにくい。また潜伏期も長い。甲状腺がんは被曝との関係が比較的明確なので、論じやすい。だから甲状腺がんが優先して調査される。残りは資源(時間や労力、予算など)の問題で調査するかどうかが決まる。

(2)がんの潜伏期間を考えると、調査には最短でも5~10年はかかる。最低でも10年あるいはもっとでしょうか。先ほど言ったように甲状腺は4~7年。白血病は比較的早い。他のがんならもっと長い。

(3)現在フクシマで観察されている甲状腺がんは潜伏期間から考えて、被曝が原因ではない。

(4)疫学調査は本来「後追い」である。病気が発生したあとに因果関係の有無を調べる。よって本来「病気になるかどうか」という「未来」を予測するのには向かない。

*乳がんは被曝との関係を論じるのが難しい

──もし博士がフクシマの疫学調査をするなら、造血細胞がんや乳がんを調べますか。

モーリーン・ハッチ博士(以下、敬称略) おそらく2次的になるでしょう。何事も資源が限られていますから、優先順位をつけねばなりません。第1は甲状腺です。そして私なら心理的ストレスが次に来るでしょう。理想が何もかもかなえば全部調べるのですが(笑)

 付け加えると、甲状腺がんは乳がんよりはるかにまれです。一方、乳がんは被曝以外の多数の要因によっても起きる。甲状腺がんの方が被曝との関係を論じやすい。乳がんはたくさんの要因がありすぎて、被曝との関係を論じるのが難しいです。

──なるほど。多くの要因の中から「被曝が原因だ」と特定するのはそれほど難しいものなのでしょうか。

ハッチ サンプルの中から、統計的に「強い」要因を証明する十分な数の症例を見つけなくてはならないのです。乳がんのリスクファクターは多数あります。その中で抜きんでるほど被曝が多量だったか? それを見つけ出すためには、調査を始める前に、有効なデータを予測できる合理的なプランを作らねばなりません。

──なるほど。調査対象になる母集団の数だけが問題なのではないのですね。

ハッチ そうです。成人女性の数、がんの発生数、症例、その特徴、全部一から調べていくのです。「何か関係がありそうだ」と思っても「統計学的に証明できない」ということも多いのです。

*疫学調査に10年は必要

──私がTMI事故の疫学調査で学んだのは、健康被害の結論が出るには長い時間がかかるということです。潜伏期を考えると、疫学的な調査にはどれくらいの時間が必要だとお考えですか。

ハッチ 最短でも4~7年でしょうか。ご存じのことでしょうが、いまフクシマでも甲状腺の超音波検査が1年目、2年目、3年目と行われています。その結果について懸念が上がっていると聞きます。科学者は「被曝と関係があるとは考えないでください。まだ期間が早すぎます」と言っているはずです。

──4年は待つべきだということでしょうか。

ハッチ 最短でも4年ですね。白血病は人によって2年だったり5年だったり7年だったします。私は乳がんは研究していないのですが、乳がんはもっと長くかかります。

──まだ事故から3年しか経っていないのに、日本の世論はすでにパニックが起きています。

ハッチ そのようですね。私が2013年2月に東京でのワークショップ(環境省、福島県立医科大学、経済協力開発機構原子力機関が主催した『放射線と甲状腺がんに関する国際ワークショップ』=The International Workshop on Radiation and Thyroid Cancer。2月21~23日、東京・品川のホテルで開かれた)に出席したのは、そうした知識を一般に理解してもらう意図もあります。バックグランド調査(原発事故の被曝がなくても発生する症例数調査)は有用です。しかし、現在観察されている甲状腺がんは被曝が原因ではありません。早すぎるからです。

──ヨウ素の甲状腺への影響の次に、セシウムの影響について教えてください。どんな病気を起こすのでしょうか。

ハッチ 内部被曝のヨウ素が甲状腺に選択的に影響するのとは違って、外部被曝のセシウムは体の様々な臓器や細胞に影響を与えます。いろいろな形を取るでしょう。

──TMIの疫学調査には20年がかかりました。フクシマでもそれぐらいは覚悟すべきでしょうか。

ハッチ そうですね・・・最低でも10年あるいはもっとでしょうか。先ほど言ったように甲状腺は4~7年。白血病は比較的早い。他のがんならもっと長い。チェルノブイリは25年調査していますしね。

*「影響があること」を信じたがる住民たち

──どのようなきっかけでチェルノブイリとTMIの調査に関わることになったのですか?

ハッチ NCIがチェルノブイリの調査をしたことがきっかけです。私がTMI調査の経験があったので、2002年にマウントサイナイ医科大学からNCIに移籍しました。

──TMI調査はいかがですか。

ハッチ 当時は原発事故の影響をめぐって、政治的な問題になっていました。地元のピッツバーグ大学やペンシルベニア州立大学ではない、州外の学者を招いた方がいいという判断になったのです。裁判所のお膳立てで、TMI公衆衛生基金(Public Health Fund)が設立され、資金を提供した。その要請で、私たちコロンビア大学のチームが調査方法を考え、任務を果たしたというわけです。

──TMI事故の心理的なストレスと発がんの関係を調べられた論文のサマリーを読みました。

ハッチ それはTMI周辺で実施した2つの調査のうちの1つですね。1つは被曝の影響です。もう1つは、心理的ストレスの影響です。TMI周辺では多大な量の心理的ストレスが社会的な懸念を呼んでいると観察しました。心理的ストレスががんの原因の1つになるのではないかと考えた。そこで原発からの距離との関係を調べたのです。原発に近い方がストレスは高くなりますから。

──被曝の影響についてはどのような結論だったのですか。

ハッチ 小さなトレンドが散見されました。が、全体としては被曝との関連性を説得し確信できるような傾向を見つけることができなかった。

──それは先ほど言われたように放出量そのものが小さかったからですか?

ハッチ そうです。非常に小さかった。できるだけオープンマインドでデータを見ました。被曝量とのインデックスを作ってみました。しかし一義的な仮説は「影響なし」でした。

──疫学者として「健康への影響は見つからなかった」と言うのは難しいことなのでしょうか。TMI周辺の住民を取材してみると、あなたの調査結果を喜ばなかった人たちもいることが分かりました。

ハッチ 承知しています。被曝が起きて住民の懸念が非常に高まっている時に、疫学者がやって来て「健康への影響は見つからなかった」と言うのは非常に難しいことです。「あなたは病気にはなりません」「死ぬことはありません」と言うことの方が歓迎されないのです。どういうわけか、逆を信じたいのですね。

──証拠がないから、そういう結論を出してもですか?

ハッチ そうです。病院の記録を調べてみると、極めて丁寧な診断と完璧な記録が見つかった。それを基にしています。

──日本でも同じことが起きています。科学者が「心配はない」と言うと人々が怒るのです。

ハッチ それも承知しています。どうやら人間の性(human nature)のようですね。TMIではもう1つの原子炉を再稼働させることになったとき、住民は激しく怒りました。電話帳の最初のページには今も避難ルートが書いてあります。それを見ると住民は不安になるのですね。

原子力規制委の審査「厳正でない」=元安全委技術参与

★インタビュー:原子力規制委の審査「厳正でない」=元安全委技術参与
***「ロイター通信 2014年 07月 28日 16:33 発信記事」より転載

7月28日、原子力規制員会の新規制基準審査に合格した九州電力川内原発について、旧原子力安全委員会で技術参与を務めた滝谷紘一氏(71)は、「(規制委は)科学的、技術的に厳正な審査をやっていない」と批判した。

[東京 28日 ロイター] - 原子力規制員会の新規制基準審査に合格し、再稼働に向け動き出した九州電力川内原発(鹿児島県)について、旧原子力安全委員会で技術参与を務めた滝谷紘一氏(71)は、ロイターのインタビューで、「(規制委は)科学的、技術的に厳正な審査をやっていない。政治や産業界からの要請に応えるべきということが支配しているのでは」と、批判の声を上げた。

滝谷氏は、川崎重工業の原子力研究開発関連部門で長年、技術者として勤務し、高速増殖炉「もんじゅ」のプロジェクトにも出向。旧安全委(2012年9月廃止、原子力規制委員会に移行)には、茨城県東海村JCO臨界事故(1999年)を機に民間技術者として加わり、2000年から08年まで技術参与を務めた。

引退後に発生した東京電力福島第1原発事故を受け、「贖罪の思いで」(滝谷氏)で原子力に批判的な有識者グループに加わった。同氏は、川内原発の重大事故対策が「基準に適合している」とした規制委の審査書案には多数の疑問点があるとし、連携する専門家らとともに、規制委に意見を出す構えだ。

インタビューの主なやり取りは次の通り。

──川内原発の審査書案はどこに問題があるのか。

「重大事故対策が有効であるか(の判断)には、(設備などの挙動を分析する)解析コードによる計算が介在しているが、過酷事故に関しては解析コードの不確かさが非常に大きい。現象そのものが非常に複雑で、炉心燃料が溶けたり、流れ落ちたり、原子炉容器が破損したり、格納容器内に溶融燃料が落ちて溜まるなど、そうした現象は再現しがたい」

「内外で(複数の)解析コードを作っているが、私がみる範囲では研究開発段階で、実際の重要な安全問題を審査するレベルのところまで仕上がっていない。解析コードの不確かさについては規制委でも着目していると記載があり、(規制委も)認識している」

「(九電など)PWR(加圧水型原子炉)事業者は全社共通して『MAAP(マープ)』という米国で作られたコードを使っている。全ての格納容器破損防止対策にかかわる事象の解析は、MAAPを使っている。審査結果には、解析コードの不確かさを考慮しても格納容器の場合、限界圧力・限界温度以下であり、水素爆轟(ばくごう=爆発の際に音速を超えて火炎が伝搬する現象)は起こさないとの事業者の主張を追認しているだけだ。計算結果に対する不確かさの幅がこれだけあって、(安全寄りに)最大側で考えても基準をクリアするとか、そうした記載が一切なく、確認のしかたに説明性を欠いている」

──審査書案では「入力パラメーターを動かしてこれだけの不確かさの幅があったが、それらは問題ない」という言い方もしていないのか。

「入力値を変えて、結果として圧力は基準ケースとほとんど変わらないといった『感度解析』は事業者はやっていて、それでよいと規制委員会は(審査を)通している。私が強調したいのは、MAAPによる解析結果の妥当性及び不確かさを、規制委として科学的、技術的、客観的に評価するためには、同じような機能を持つ別の解析コードを使ってクロスチェック解析を行うべきということだ」

「原子力規制庁は今年3月に、JNES(旧独立行政法人原子力安全基盤機構)を統合したが、JNESは数年前に国の予算を取って、クロスチェック解析用に『MELCOR(メルコア)』という、米国原子力規制委員会が持つ解析コードを整備していた。MAAPとMELCORのどちらが正しいかまでは詰め切れないとは思うが、厳しい側に出た値で判断したと規制委が説明すれば、客観性や定量的な信頼性が増す」

──MELCORで解析していたら、川内原発の審査でより厳しい解析結果が出ていた可能性があったか。

「旧原子力安全・保安院が、福島事故後の2011年6月に、『東京電力福島第1原発事故に係る1号機、2号機、3号機の炉心の状態に関する評価のクロスチェック解析』という資料を公表している。東電はMAAPで解析して、それを保安院がJNESの支援を受けてMELCORによるクロスチェックを行った結果、地震発生後の1号機原子炉圧力容器の破損時間はMAAPでは約15時間、MELCORでは約5時間と、3倍の差異が生じた」

「川内原発での事故シーケンス(進展)におけるMAAP解析では原子炉圧力容器の破損時間は、事故発生から約1.5時間。問題となるのが、『溶融炉心・コンクリート相互作用』という、(超高温の)溶融炉心が格納容器下部に落下し、コンクリートを溶かして破損させる現象だが、九州電力の対策では(原子炉格納容器上部の)格納容器スプレーで注水して、溶融燃料が落ちてきた時点で、格納容器下部に水を張るから、溶融燃料は水の中に沈積されて、コンクリートと燃料の反応は軽微に止まるとしている」

「しかし、MELCORで解析すれば、原子炉圧力容器破損に至る時間がもっと短い可能性がある。仮に(福島事故でみられた両コードの解析の差異と)同じような特性があるとすれば、川内原発におけるMAAP値での圧力容器破損が1.5時間ならば、MELCORでは30分。川内原発の場合、(事故発生から)格納容器スプレー開始まで49分で、30分で原子炉容器破損が起きたら、(格納容器下部に)水が溜まっていない」

──その場合、溶融燃料が落ちて格納容器のコンクリートと反応するのか。

「大量の水素が出るし、一酸化炭素も出るし、爆発性のガスが出るとともに、床のコンクリートもどんどん浸食されていく。解析コードの不確かさの検討というのは重要で、きちんとやるべきだ」

──ほかに問題だと感じる点は。

「原子炉内外での構造物・水反応による水素の発生量が考慮されていないことだ。これを考慮して評価すべきだ。JNESのさらに前身の『財団法人原子力発電技術機構』が2003年3月に『重要構造物安全性評価に関する総括報告書』という分厚い報告書を出していて、これが今回の過酷事故関連の基準作りの参照データのもとになっている」

「その報告書では、過酷事故時に予想される水素の発生源として、『ジルコニウム・水反応、炉内構造物・水反応、溶融炉心・コンクリート反応、水の放射線分解、亜鉛メッキ/アルミニウム・苛性ソーダ反応等が考えられる』と記載されている。しかし、申請者の評価にはこれらのうち、炉内構造物・水反応だけが入っていない」

「炉内構造物の材料の主成分は鉄で、その存在量は多量にある。また、炉外の機器、構造物にも鉄は大量に含まれている。従って、炉内及び炉外における鉄・水反応による水素発生量を評価に入れるべきだ。これにより、格納容器内の水素濃度が爆轟の判断基準の13%を超える可能性もある」

──もし炉内構造物・水反応の部分を含めていれば、水素の濃度が13%を超えた可能性はかなり高くあるのか。

 「私はそのように思っている」

──指摘している内容は専門的で、審査書案やデータが公表されても専門家でないと妥当性を判断できない。

「私は、原子力安全委員会事務局に8年間いた。福島原発事故以前だったから、当時は安全審査、変更申請が多かったが、そうしたときにクロスチェック解析をしていた。今回はその話がひとつも出てこないなと、おかしいなと思ったのがきっかけで、調べてみたら、いま引用したものが出てきた」

──審査の経験者でないとわからいことばかりだ。

「審査である程度、馴染んている人でなかったら、規制委員会が黙っていたら誰も気づかないレベルの話だと思う」

「いま2つの市民運動に関わっている。1つは(元東芝(6502.T: 株価, ニュース, レポート)原子力技術者の)後藤政志さんと活動している『原子力規制を監視する市民の会』と、井野博満さん(東大名誉教授)が参加する『原子力市民委員会』で、意見を持ち寄っている。規制委は8月15日まで科学的、技術的な意見を求めているので、意見を出していきたい」

──規制委員会の田中俊一委員長は、川内原発など再稼動を目指す原発を審査する際の新規制基準を「世界最高レベルの厳しさ」と強調している。審査を通じて原発の安全性が高まったのか。

「規制委員会が掲げている科学的、技術的に厳正な審査をやっていないと言いたい。何をもってそうかというと、これまで指摘した具体的なことによるが、政治的、産業界からの要請や期待に応えるべきということが(規制委を)支配しているのではないか」

(インタビュアー:浜田健太郎 編集:北松克朗 インタビューは26日)

*「101年目のロバート・キャパ」展

「101年目のロバート・キャパ~戦場に生き、恋に生きた写真家」というタイトルの写真展を、九州芸文館(9/15まで開催)で、観てきた。先ず驚いたのは、『ロバート・キャパ』という名前が「個人」ではなく「チーム」としてのそれであった、ということだった。その事実から、「戦場に生き、恋に生きた」物語が始まるのだった。

***

ロバート・キャパの名前を世界に知らしめたのは、「崩れ落ちる兵士」と呼ばれる1枚だった。スペインで1936年に共和国政府が成立すると、それに反対するフランコ将軍派との間で内戦が起きた。共和国軍の兵士が撃たれた瞬間をとらえ、ニュース誌に幾度となく掲載されたこの写真は、キャパの代表作となった。

しかし、弾が飛び交う戦場で、このような決定的な瞬間を撮れるものだろうか、という疑問がつねにささやかれてきた。

長年この疑惑を追究してきたノンフィクション作家の沢木耕太郎さんは、『文藝春秋』2013年1月号に「キャパの十字架」を発表した。綿密な取材で謎に迫るスリリングな長編ノンフィクションだ。その中に出てくるのが、これは演習中の写真ではないか、撮影者はキャパではなく、同行していた女性写真家ゲルダ・タローではないか、という問いである。

ゲルダ・タロー(本名はゲルダ・ポホイル)はキャパの恋人だった。2人は1934年にパリで出会った。タローはドイツ生まれ、キャパはハンガリー生まれのユダヤ系だったため、ナチスの台頭によって、それぞれフランスへ逃れてきていたのである。

キャパの3歳年上のタローは、美しく魅力的な女性だった。キャパのほうも好男子。2人は恋に落ち、仕事上でもパートナーとなる。キャパの本名はアンドレ・フリードマンだ。移民の二人はフランスの編集者に写真を高く売り込むために、ロバート・キャパ(名前は映画監督のフランク・キャプラにちなんだとされる)という架空のアメリカ人写真家を作り上げた。

(タローという「源氏名」は、アンドレと親交のあった『岡本太郎』に、由来しているらしい。)



スペイン内戦が始まると、キャパはスペイン語のできるタローと戦場に向かった。タローも写真を撮り、自分の名で雑誌に発表するようになる。カメラは、キャパはライカ、タローは正方形の写真が撮れるローライフレックスを主に使っていた。

タローは女性兵士や戦争孤児、農民、犠牲になった遺体にも臆することなくカメラを向けた。写真からは20代のタローが夢中でシャッターを切っている熱が伝わってくる。そのタローがカメラを手に活動したのは、1936年8月~37年7月のわずか1年間だった。

スペイン内戦の取材中に、戦車にひかれて亡くなってしまったからだ。27歳の誕生日の6日前だった。彼女は戦場を取材中に死亡した初めての女性写真家となった。



タローの死はキャパにとって衝撃だったに違いない。彼はその後も熱心に戦争の取材を続けた。ファシズムとデモクラシーの戦いだと言われる第2次世界大戦では、連合国軍の第1陣とともにノルマンディーのオマハ・ビーチに上陸し、命がけで戦争写真の傑作を残した。

大戦後、キャパは女優のイングリッド・バーグマンと恋に落ち、映画出演中の彼女の写真も撮影している。

1954年には毎日新聞社の招きで日本を訪れた。そして『ライフ』誌の要請を受け、東京からバンコク経由でインドシナ戦争の取材に向かう。インドシナ戦争は最後の取材となった。

最期は田んぼを前進するフランス兵を撮ろうとして道からそれ、地雷を踏んで亡くなった。

まだ40歳だった。

***

写真を見て感じられるのは、対象へ注がれる視線の『暖かさ』だ。それを際立たせる、絵画のような『構図』の巧みさ。そしてこの瞬間のショットを伝えたいという強い意志。・・・そのココロは、写真家というよりジャーナリストである。

撮られる対象たちには『貌:かお』がある。男はタバコをふかして、男らしく。女は男を見据えて、女らしく。デモクラシーを留保することなく信じられた時代の『貌』がある。『貌』から発せられる、リアルなニオイが、充満している。キャパとタローは、モノクロームのフイルムの粒子に、そんな時代の気分を定着させた。

現在の報道は客観性が求められるが、ロバート・キャパの写真は主観的なものであった。つまり反フランコ的、反ファシズム的な立場を支持した報道だったと言える。そういう意味では、報道写真の黎明期は彼らにとって幸せな時代だった、と言えるかもしれない。

『川内原発再稼働』:地元市議3氏に聞く

★薩摩川内市議、"再稼働"めぐり賛否両論:地元市議3氏に聞く、川内原発再稼働の是非
***「東洋経済オンライン 2014-9/7 BY 中村 稔:東洋経済編集局記者」より転載

新規制基準の下での再稼働第1号候補と目されている九州電力の川内原子力発電所1、2号機は、今なお原子力規制委員会による審査が続いている。これまでの規制委による審査や自治体が独自に策定する避難計画に対しては、地元からもさまざまな問題点が指摘されている。

川内原発が立地する薩摩川内市は、鹿児島県とともに原発再稼働の要件となる「地元同意」を判断する自治体である。その市議会は26人で構成されるが、大多数は市長と共に再稼働賛成派。もし今、採決すれば、圧倒的多数で「同意」が決まる公算が大きい。

ただ、薩摩川内市民の間では福島第一原発事故を経て、再稼働に反対ないし慎重な市民が増えているともいわれる。それをうかがわせる市民アンケートの結果も出ている。また、同市を含め、鹿児島県民を対象に南日本新聞社が5月に行った世論調査では、再稼働に「反対」もしくは「どちらかといえば反対」と答えた人は59.5%を占めた(前年調査比2.8ポイント増)。住民の思いは揺れ動いている。

薩摩川内市議会の議員はどう考えているのか。議会の川内原子力発電所対策調査特別委員会のメンバーである3氏に話を聞いた。佃氏、井上氏は再稼働反対派、成川氏は賛成派である。

① 避難計画は再稼働の必須条件であるべき 市議会と市民の間に"ねじれ現象"

 BY 佃 昌樹(企画経済委員会委員長、川内原発対策調査特別委員会委員、社会民主党)

避難計画は原発再稼働のための必須条件だと考えている。国や規制委は必須条件ではないという立場だが、地元住民にとっては命や財産を守るためにこれ以上なく重要だ。避難計画を度外視した再稼働はありえない。

避難計画自体にも問題が多い。現在の避難計画では避難所での1人当たりのスペースは約2平方メートルと、畳1畳分しかない。一時退避ではなく避難なのだから、1週間とか10日間、そこで生活することになる。プライバシーもない状況の中で長時間生活するとなれば、みんな出て行ってしまうだろう。

避難先の受け入れ施設側も、場所を提供するだけといった認識で、避難物資のことなど具体的な話は人任せだ。避難民の地元と受け入れる側が十分協力し合えるような態勢にはなっていない。

市民の中には原発と共生してきた人も多い。自分の家族や親戚に原発関係者がいる人が多く、原発からメリットを受ける事業者も少なくない。それだけに、原発のないほかの地域と比べて、住民が本音をあまり口にしない。内々では原発がないほうがいいと思っている人がそうでない人よりも多いと見られる。市議会は再稼働賛成派が圧倒的多数だが、一般市民との間に“ねじれ現象”がある。

市長もねじれ現象を承知のうえで、議会の意見を聞いて(再稼働同意を)決めると言っている。われわれが求める住民投票は「しない」と言い、公聴会も「やらない」と拒否している。今の議会は(原発賛成派の)保守系に取り込まれており、市民の声を拾い上げる姿勢に乏しい。民主的な手続きを踏めば、状況がひっくり返りかねないと恐れている。

福島事故では、誰に責任があるのかも明らかになっていない。先日、検察審査会が東京電力の元幹部3人を起訴相当としたが、いろんな制度を作った行政機関は責任を取らない。責任の所在がはっきりしないものを再稼働していいのか、非常に疑問だ。

今後、地元住民に対する規制委や政府の説明会が開かれるというが、「説明のための説明」にすぎない。避難計画については対象外で、(審査合格に関する)形だけの説明では市民の多くが納得しないだろう。(談)

② 視察してわかった実効性なき避難計画 市民は福島事故から学んでいる

 BY 井上 勝博(川内原発対策調査特別委員会委員、日本共産党)

7月29日に市議会の特別委員会で緊急時の避難先や避難経路を視察し、問題点の多いことが改めてわかった。

原発から5キロメートル圏内の要援護者(高齢者や障害者など)のための一時的な屋内退避施設は、52人収容にしては狭く、密閉されて圧迫感があり、かえって不安感の高まるような場所だった。医師が駆けつける態勢もできていない。

また、川内川に沿った避難経路を視察したが、道路が低いところにあるため、高潮や津波で寸断されやすく脆弱だ。スクリーニングポイント(放射能汚染検査の場所)も決まっていない。大渋滞のうえにスクリーニングをしたら、避難にはかなりの時間がかかりそうだ。避難用のバスについては、バス協会との交渉が難航しており、バスを何台手配し、運転手をどう確保できるかが決まっていない。

30キロメートル圏外の避難先として、鹿児島市と南さつま市の避難施設も訪れた。鹿児島市内の施設は大きなホールだったが、ホールの管理者は「われわれは場所を提供するだけ。それ以外のことは聞いていない」と言っていた。単に場所があるだけで、受け入れる側の態勢ができていない。

南さつま市の避難施設は、1200人以上を収容するとしていたが、本来収容人員に入らないホールの固定椅子482席をカウントしていた。薩摩川内市側はミスを認めたが、すべての施設を現場で確認しているわけではない。これでは単なる机上の計画だ。急いで計画を作ったものだからこうなる。

鹿児島県知事は10キロメートル以遠の要援護者の避難計画は作らないなどと言っている。健康な人は逃げられるのに、要援護者の計画を立てないのは無責任だ。また、現段階で5キロメートル圏内までの要援護者の避難計画は立てたと言っているが、どの福祉施設に行くのかを公表していない。これでは事前にチェックもできず、計画を立てたことにはならない。

薩摩川内市の市民団体が6月に行った市民アンケートでは、1133通の回答が寄せられ、85%が川内原発の再稼働に反対していることが分かった。「福島第1原発のような事故が川内原発でも起こると思うか」との問いには、「起こる」「起こるかもしれない」と回答した人が合わせて89%に上った。市長は「回収率が低すぎる」として軽視しているが、市民は福島事故からだんだんと学んできている。(談)

③原発は代替エネルギーができるまでの「つなぎ」 地元経済にとって原発の存在は大

 BY 成川 幸太郎(川内原発対策調査特別委員会副委員長、民主党)

今後、原子力規制委員会などによる地元での説明会を経て、市議会の議決などの地元同意のプロセスが必要となる。こちらとしては、規制委の「審査書」が確定しないと動きが取れない。説明会は鹿児島県と薩摩川内市による共催となるが、具体的な日程などは決まっていない。

個人的に川内原発の再稼働に関しては、代替エネルギーが見つかるまでは安全性を確認したうえで再稼働させることに賛成している。原発に頼らない状況になるまでの「つなぎ」という位置づけ。民主党は2030年代の原発ゼロを掲げている。

避難計画を完璧にするのは至難の業。特別委として避難先や避難ルートの視察も行ったが、細かい問題点を挙げればいっぱいある。再稼働が決まっても、もっと地元に即した形で内容を詰めていく必要がある。避難計画への国の関与を強めるため、経済産業省の職員派遣が決まったことは心強い。火山の問題についても、桜島が大噴火すれば鹿児島が焼け野原になりかねないので、国の問題として全体的な防災計画を作るべきだ。

特別委は議決する前に、審査書をまとめた経緯などを説明できる原子力規制庁幹部を呼ぶことで、すでに規制庁側から同意が取れている。特別委では各委員に400ページに及ぶ審査書案を配って準備しているところだ。それとは別に、規制委・規制庁による市民説明会が開かれる。市民説明会は、200~300人の応募枠で抽選となろうが、議員枠もできるだけ多く取ってもらいたい。

市民説明会を経たうえで特別委が議決し、市議会での議決となる。10月9日までの9月議会(定例議会)では決算審査もあるので難しく、その後に臨時議会を開いて議決することになるかもしれない。それもまず、規制委が「審査書」をいつ確定するかにかかっている。

地元の経済にとって原発の存在は大きい。最近も火力発電所が水漏れ事故を起こし、電力供給に不安があった。今は川内原発の安全対策工事で約3000人の作業員が原発内に入っているので、市内のホテルや飲食店関係はどこも満杯だ。ただ、工事が終わっても原発の停止が続けば、その反動が予想される。将来的には、水素エネルギーなど新エネルギーによって原発に頼らない社会を実現していく必要がある。(談)

恐るべし、原子力ムラ!

★官々愕々 凍らない凍土壁
***「古賀茂明『日本再生に挑む』:週刊現代』2014-9/6号」より転載

東京電力福島第一原子力発電所の汚染水対策が暗礁に乗り上げてしまった。何が問題だったのか。

まず、2011年の事故直後、菅内閣の馬淵澄夫総理補佐官が遮水壁の設計をするように東電に指示したのに、海江田万里経産相(当時)は東電がこれを先送りすることを認めてしまった。1000億円の巨額費用負担公表が、東電の破綻につながることを心配したからだ。破綻処理は、経産官僚にとって、絶対に許されない選択肢だった。何故か。

原発事故直後に、経産省の松永和夫事務次官は、東電のメインバンク三井住友銀行に対して、緊急融資を求め、見返りに東電は破綻させないことを確約したとされる。東電と銀行を丸ごと守り、経産省は東電ばかりか銀行にも恩を売って天下り先の拡大を狙った。これ以降、東電を破綻させないことが、経産省の事務方に課された至上命題となった。

'13年春以降に汚染水問題が再びクローズアップされた時も、この制約があったため専門家でもない官僚が一番安上がりで済む方法を検討し、凍土壁方式に決めた。そこには安いこと以外にもう一つ必要条件があった。それはできるかどうかわからないということだ。

というのは、鉄とコンクリートの壁だと誰でもできる。しかし、巨大な凍土壁は研究開発的要素が大きくてリスクが高く、東電にやらせるのは酷だ。だから国の研究開発事業としてやるという理屈をつけた。それで税金投入が可能となった。本末転倒も甚だしい。

9月には、'20年のオリンピック招致のために、経産省が安倍総理に、福島の状況はアンダーコントロール、汚染水は完全ブロックという大嘘発言を世界に向けて発信させ、国際公約だから国が前面に出るべきだと言って、税金の大々的投入を実現する。実は、同時期に民間金融機関からの東電の借金の借り換えが必要となっていて、国費をどんどん投入するから東電は安泰だと銀行に示すことが必要だという事情もあった。

税金投入決定で、当初の縛りであった、金をかけられないという制約と、そのために研究開発に見せかけなければならないという制約が二ついっぺんになくなったため、本来は凍土壁にこだわる必要はなくなった。

しかし、凍土壁については、以前から鹿島建設に落札させる前提で作業を進めてきた。他の方式に変えては鹿島が困る。そこで、秋の臨時国会が始まる前に慌てて超短期間の入札を行って、凍土壁方式で鹿島(と東電の共同事業)に落札させてしまった。

基本的には、この時の構造が今も続いている。海側の工事でうまく地面全体が凍らず諦めるしかない状況になったが、今さら止められないので氷やドライアイスを大量に投入するという漫画のような話になった。それでもダメなので、凍らない部分にコンクリートなどを注入して壁を作ると言い出した。最初から全部コンクリートでやればよかった。子どもの泥んこ遊びとは訳が違う。その費用は数百億円にもなるのだ。

実は、新たな廃炉方式として日本で最も有力な専門家たちが茂木敏充経産相などに、「空冷式」の廃炉をずっと前に提言している。経産省は新たな廃炉方式を検討すると言いながら、その事業への補助金はたったの5000万円。これでは、世界の有力企業は見向きもしない。真剣に考えるふりをするだけのアリバイ事業だ。

残暑はいつか終わるが、終わらない官僚の利権温存本能と場当たり的無責任。そのツケは、税金と電力料金で国民に回される。福島の被災者達の不安解消も遠い夢のままだ。

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★官々愕々 原子力ムラの最終兵器
***「古賀茂明『日本再生に挑む』:週刊現代』2014-9/13号」より転載

今週も原発の話だが、ご容赦いただきたい。原子力ムラの最終兵器が登場したので、どうしても書かざるを得ないのだ。

先だって新聞に、「電力自由化後も原発支援」「原発の電気価格保証 自由化に備え・・・・・・」などという見出しが躍った。一言で言えば、電力自由化が進むと、原子力発電による電力がそのコストに見合った価格で売れる保証がなくなるので、赤字になる場合はその分だけ電力需要家に電気料金として上乗せして請求することを認めようという話だ。

実は、これと類似の制度が、今年から英国で導入される。英国は地震がほとんどないこともあり、福島事故後も突出した原発推進路線を採る珍しい国である。しかし、他の欧州諸国同様、安全基準厳格化によって原発のコストが高くなり、民間事業としては成り立たなくなった。そのため、政府が特別の助成措置を認めたのである。もちろん他の欧州先進国にこんな馬鹿げた制度はない。

この話は原子力ムラの住人にとって、痛し痒しだった。「英国がやっているのだから日本も原発に補助金を出そう」と言えそうだが、一方で、原発が火力や水力などに比べて高いということを認めることになる。「原発は安い!」と叫んできた原子力ムラとしては、原発は高いと認めた途端に、「だったら、原発は止めろ!」と言われてしまうのが怖かった。

では、何故、今は堂々とこの話を出せるのか。

それは、4月に閣議決定された「エネルギー基本計画」で、原発は「重要なベースロード電源」であると宣言され、原発の存続が国の正式な方針として確定したからだ。原子力ムラは、閣議決定後すぐに、「原発は重要なんだから維持が必要ですよね。でも、原発は事故の補償、廃炉、核のゴミ、いろんなコストがかさんで民間では維持できないんですよ。だから、税金か電気料金によるサポートが必要ですよね」と言い出した。

そして、ここへきて、この話が正式に経産省の審議会で検討の俎上に載ったのだ。

これは、実は、大変な意味を持つ。何故なら、「原発はどんなに高くても維持する」という宣言になるからだ。そうなると、原子力ムラはあらゆるコストを、「実はこんなにかかるんです」と言って申告し、それを全て税金と電気料金につけ回しすることができる。

その動きはあらゆる分野でいっせいに表に出てきている。廃炉コストのつけ回しについて、有識者会議を設置する。事故が起きた時の電力会社の損害賠償の負担を軽くしたり、免責にしてあとは税金につけ回しするための有識者会議も設置する。原子力損害賠償支援機構を改組して、廃炉に税金を投入して支援する制度も始まった。福島の事故による汚染土中間貯蔵施設の建設に関連して3000億円の地元支援も決まったが、本来は東電が負担すべきものを国が負担する。

原発は何から何まで、事故を起こしてもコストは全て税金と電気料金で面倒を見るという話だ。

賢明な読者は、「そもそも『原発は安い』から、エネルギー基本計画で重要だと言っていたはずだ!」「今さら『高い』とは、全く話が違う!」と言うだろう。しかし、原子力ムラはこうあざ笑う。「計画には、『運転コストが低廉』としか書いてない。つまり、『建設コスト』を入れた総コストでは高いという意味だ。原発が高いのは世界の常識だよ! 知らなかったの?」。

その他のことも、全部そうだ。2年前から温められたいくつもの卵がいっせいに孵化し、合体してモンスターとなる。

恐るべし、原子力ムラ。

「川内原発・審査書は不合格」~火山影響評価の根拠は崩れた!

★川内原発の火山審査に専門家から疑義噴出:審査「合格」の根拠崩れた形に
***「東洋経済オンライン 2014-9/3 BY 中村 稔:東洋経済編集局記者」より転載

九州電力・川内原子力発電所1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の火山審査の妥当性が、極めて怪しくなっている。

原子力規制委員会は8月25日と9月2日に、原子力施設における火山活動のモニタリングに関する検討チームの会合を開催。実質的に川内原発の新規制基準適合審査・火山影響評価についての検討の場となったが、そこで火山専門家から規制委の判断結果に対し、その前提を根本的に否定するような意見が相次いだためだ。

火山リスクは、川内原発審査における最重要検討課題の一つ。過去に火砕流が敷地近辺まで到達した痕跡もある。その火山リスクに対する規制委の認識が誤っているとすれば、火山審査を初めからやり直す必要性が生じる。規制委は7月、川内原発の設置変更許可申請が新規制基準に適合しているとして、事実上の”審査合格証”を与えたが、それ対しても多くの専門家から根本的な疑義が表明された形だ。

@海外の一論文を無理やり一般化し適用

そもそもの間違いは、川内原発の火山審査の場に専門家を入れなかったことにある。審査が終わった後になって、規制委は火山活動のモニタリング方法をどうするかということに関し、検討チームをつくって火山学者などの専門家を集めたが、そこで認識の根本的な誤りを指摘されるという失態を演じている。

規制委の火山審査では、「Druitt et al.(2012)(以下、ドルイット論文)がVEI7以上(VEIは噴火規模の単位)の噴火直前の100年程度の間に急激にマグマが供給されたと推定している知見」を主要な根拠として、川内原発の運用期間中にVEI7以上の巨大噴火が起こる可能性は十分に小さい、と結論づけた。さらに同論文を根拠に、モニタリングを行うことで巨大噴火を予知でき、さらに予知してから噴火までに核燃料を搬出する十分な時間があると判断している。

だが、8月25日の第1回会合において、火山噴火予知連絡会会長でもある藤井敏嗣・東京大学名誉教授は、「ドルイット論文は、3500年前のサントリーニ火山のミノア噴火では、準備過程の最終段階の100年間に数立方キロメートルから10立方キロメートルのマグマ供給があったということを述べただけで、カルデラ噴火一般について述べたものではない。これは本人にも確認した」と指摘。ドルイット論文という一例を、川内原発周辺を含めたカルデラ一般に適用しようとする、九電や規制委の判断根拠に疑念を示した。

また九電は、巨大噴火の早期の段階であるマグマ供給時の地殻変動や地震活動を観測することでモニタリングを行う計画とし、規制委もこれを妥当と認めた。しかし、藤井氏はドルイット論文を踏まえ、「マグマ供給に見合うだけの隆起が起こるとは限らず、マグマだまりの沈降による拡大で隆起が生じないか少ない可能性がある」と指摘した。これらは九電と規制委の判断根拠に重大な欠陥があることを示すものだ。

東京大学地震研究所の中田節也教授は、「巨大噴火の時期や規模を予測することは、現在の火山学では極めて困難、無理である」と、予知は可能とする九電、規制委の認識を根本的に否定した。

規制委は、昨年6月に自らが作成した「原子力発電所の火山影響評価ガイド」(以下、火山ガイド)を用いて、火山審査を行っている。その火山ガイドでは、火山性地震や地殻変動、火山ガスなどを監視することでモニタリングを行い、火山活動の兆候を把握した場合、原子炉の停止、適切な核燃料の搬出などを実施するとし、事業者にその対処方針を定めることを求めている(九電の対処方針は未定)。

中田氏は、「火山ガイドでは異常を検知するとしているが、異常があっても噴火しない例や、ずっとタイムラグを置いて噴火する例もあり、異常を検知するバックグラウンドの理解が非常に不足している」と述べ、火山ガイドの前提自体に疑問を表明した。前兆現象を把握したとしても、数カ月後など短期で噴火するケースもあり、核燃料の冷却・搬出に必要な数年~10年程度より前にわかるとは限らないと指摘した。

@真に兆候が出たら「異常あり」といえるか

同様に、防災科学技術研究所の棚田俊収・総括主任研究員は、「事業主(電力会社)が巨大噴火モニタリングと評価システムから、『異常なし』と判断した時、われわれ火山学者は、その判定を科学的に検証するだけの実力を持ち合わせているのだろうか。巨大噴火に至らない兆候が繰り返し観測され、何度も異常なしと判断が続いた時、真の兆候が出てきた時に、『異常あり』と、事業主はタイミング良く発表できるのだろうか」と、火山モニタリングの実効性に懸念を示した。

第1回の会合では、こうした専門家の意見に対し、議長を務める島崎邦彦・委員長代理や規制委事務局の規制庁サイドから、特に反論はなかった。噴火の兆候を把握した場合の九電の対処方針について、規制庁の桜田道夫・原子力規制部長は、「今後審査していく保安規定(認可申請)の中で具体的に九電側から示されることになろう」と説明した。そもそも、こうした重要な問題を議論することなく、基本方針としての設置変更許可申請を了承し、パブリックコメントに付すということ自体、妥当性が疑われる問題だ。

こうした第1回の会合を踏まえて、9月2日の第2回会合では、規制庁からモニタリングに関する「基本的考え方」の案が提出された。

この中で規制庁は、まず川内原発の審査結果について、「現状、運用期間中(核燃料が存在する期間)にカルデラ噴火に至るような状況ではないと判断しており」とし、判断の修正は行わなかった。この点、会合の中でも藤井氏が「火山ガイドへの疑義や、カルデラ噴火に至る状況ではないとの判断も今後の議論の対象にするのか」と質問したが、島崎氏は「そこまでひっくり返すことはない」とし、火山ガイドや川内原発の火山審査結果を既定事実として譲らなかった。専門家側と規制委・規制庁側との認識のギャップを印象づけた。

モニタリングに関しては、「万が一、異常な状況が認められた場合、規制委としては安全側に判断し、原子炉の停止を求めるなどの対応を行うこととしている」との考え方を示した。

@モニタリングによる検知は限界

そのうえで、「他方、巨大噴火については観測例が少なく、現在の火山学上の知見では、モニタリングによってその時期や規模を予測することは困難であるが、巨大噴火には何らかの前駆現象が発生する可能性が高い。ただし、モニタリングで異常が認められたとしても、それを巨大噴火の予兆と判断できるか、あるいはバックグラウンドの情報がないために、定常状態からの“ゆらぎ”の範囲と判断してしまうおそれがあるのではないか、といった懸念もある」とし、第1回の会合の議論を一定程度、反映させた。

しかし、あくまで「何らかの前駆現象が発生する」という前提。そして、「何らかの異常が検知された場合にはモニタリングによる検知の限界を考慮して、空振りも覚悟のうえで巨大噴火の可能性を考慮した処置を講ずることが必要である。また、その判断は規制委、規制庁が責任を持って行うべきである」とした。

こうした案に対して専門家からは、「(火山学者でもわからないのに)事業者が本当に異常を判定できるのか」(棚田氏)、「規制委・規制庁が責任を持って判断を行うべきというのは非常に重い。そうした判断ができると言っていいのか」(石原和弘・京都大学名誉教授)、といった疑問が改めて示された。

結局、根本的な認識のギャップを残したまま、第2回会合の結論としては、異常の指標化などモニタリング方法の具体化や精度の向上、国家主導も含めたモニタリング体制などの方法論、組織論的な対応について第3回会合から検討していく、という方向になった。

しかし、遅ればせながら火山専門家を議論に入れたことによって、川内原発の火山審査の根拠や結論に大いなる疑義が生じたことには変わりない。規制委・規制庁は現状、専門家の疑問や意見を十分受け止めたとは言いがたい。また、九電が保安規定の中で、異常検知時における燃料搬出などの対処方針をどう策定し、規制委がいかに審査するのかも焦点となる。川内原発の規制委審査は、今なお重大な課題が残されたままだ。
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