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10月の唄:鉄壁

★鉄壁

詞・曲 薔薇園アヴ様
歌唱 女王蜂

不意に一人で孤独を感じて
崖の上で花束抱いて
爪先立ってるの
落下しない術を覚えたのがやっと
容赦ない名前と足枷
ヒールで鍵穴をぶち壊す
声を殺し泣き腫らすような
出口も無く痛む毎日に
奪われるのには疲れたの
あたしが祈ることは
これ以上

あたしが愛した全てのものに
どうか不幸が訪れませんように
ただひたすら祈っているの
例えばなんて言ってる間に
現実になるような残酷な日々よ
目を閉じ小さく呟いてみるの
「何一つ臆することなどはないと」

喧騒に混じってあたしに残忍な過去が
突然飛び込んで来たとしたら
一番正しい行動はどれ?
その場で膝突き泣きじゃくるあたしを認めていいの?
「何一つ臆することなどはないと」

誰かの言葉覚えてるの
おまじないのように小さな祈りのように
目を逸らさずに鏡を見れば一番可愛い人が立っている
いつもそうでしょ?
「酷い顔じゃない!あなたのせいよ!」
ぶつける先にはあたししかいない

血の味がする程
喚いてみたけれど
何一つ蘇ったりしないし
終わったり始まったりもしない
正しさなんて今は何の役にも立たない
許したい
認めたい
自分を愛したいけれど

誰もがいつか土に還るわ
生き抜いた者を讃える美しい場所だと聞くわ
生きてゆくこと 死が待つことは
何より素晴らしいこと
誰にも奪わせないで

あたしが愛した全てのものに
どうか不幸が訪れませんように
ただひたすら祈っているの

*10月のエントリーはこれが最終更新です。
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「慰安婦」問題に真っ向から取り組まない『安倍政権』

テッサ・モリス=スズキ教授の語る安倍政権と慰安婦問題
***「内田樹の研究室 2014-10/19」より転載

2014年10月18日 —  アジア地域史研究で国際的に知られるオーストラリア国立大学のテッサ・モリス=スズキ教授(歴史学)が、10月10日、安倍政権の動向と今回の大学脅迫事件の関係を論じたうえで、日本が「慰安婦」問題に真っ向から取り組まない限り国際社会のリーダーにはなりえないとする記事を、オーストラリア放送協会ABCのサイトで発表しました。
 参考までに以下に訳出します。誤訳がある可能性がありますので、引用される場合は必ず原文を参照してください。
 大学人はどうかこのような海外の声を決して忘れず、連帯を求めながら勇気をもって学問の自由のために脅威と戦ってください。私たち市民有志はそうした大学人を強く支持することをあらためてここに表明します。

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http://www.abc.net.au/news/2014-10-10/morris-suzuki-the-ugly-face-of-japans-pro-women-policy/5801376

日本の「女性活躍推進」政策の醜悪な面 テッサ・モリス=スズキ

 日本は戦時下の性暴力をなくすことにかけて国際社会を先導していきたいとしている。
 それにも拘わらず安倍政権はいわゆる「慰安婦」の歴史的事実を強く否定しており、そのことについて敢えて語る人物を執拗に攻撃している。

 9月25日、日本の安倍晋三首相は、第69回国連総会にて行った演説で、日本を女性の輝ける社会に変えると固く誓言し、戦時下の性暴力をなくすために国際社会をリードしていきたいと付言した。
 これは安倍首相による「女性活躍推進」政策のうちのひとつに過ぎない。これに先立って、プムズィレ・ムランボ=ヌクカ国連ウィメン事務局長は、報道によれば、安倍首相が全閣僚19名のうち女性閣僚の数を2名から5名へと増やしたことによって「世界に手本を示した」と述べて、首相を称賛したという。

 しかし世界のメディアの視線の届かないところで、日本では別の女性関連政策が同時に進められてきた。
 9月5日、安倍内閣の菅義偉官房長官が、記者会見を開いて、そこでいわゆる「慰安婦」について日本政府の見解を明らかにした。それによれば、第2次世界大戦中、日本軍の慰安所へ集められた何万人もの女性たちのうち誰ひとりとして日本軍または日本警察によって強制的に徴集された者はいなかった、というのだ。
 会見に居合わせた記者たちは、「慰安婦」として勤めさせられた(戦時下捕虜を含む)オランダ人女性たちについて質問を投げかけた。ある記者は、この問題に関してオランダ議会調査委員会によって1994年に念入りに作成された報告書をとりあげた。その報告書は、およそ65名の女性たちが日本軍または警察によって売春を強要されたことを明らかにしたものだった。
 菅官房長官ははじめ質問に答えることを避けたが、やがて次のように述べた。
「日本政府の見解としては、(この問題に関する)政府の調査の結果、軍およびその関連機関の関与した強制連行があったことを証明する記述を見つけることはできなかった」
 安倍首相とその支持者たちは、長い間、日本の近代史におけるこの闇に対する責任を極限まで小さくしようとしつづけてきた。そのために、日本およびその近隣諸地域や戦場で直接とらえられた女性たちと、あっせん業者によってだまされて軍へ引き渡された女性たちのあいだに、線を引こうとしてきた。後者の女性たちは、彼らがいつも言い張るところによれば、「強制連行」されたのではないというのだ。
 そして今や安倍首相とその支持者たちは、強制連行に関する報告をすべて、一切の地域に関して、否定しているのだ。
 つまり、彼らは、今や、第2次世界大戦中の日本の領土全体のうち他の地域でも女性の強制連行があったことを示す多数の証言といっしょに、1994年のオランダの報告書をも否定しているということになる。

 安倍首相とその支持者たちがそのような否定を行う一方で、これまで「慰安婦」に関する歴史を伝えようとしてきた日本の記者、歴史学者、出版者その他のひとびとがいま右翼グループからの激しい攻撃にさらされている。
 朝日新聞は、この問題に関して比較的バランスのとれた報道を行おうとしてきた機関であるが、競争関係にある右翼の報道機関や有力政治家たちによって激しく非難されてしまっている。
 この攻撃の主なきっかけは、朝日新聞がおよそ25年前に行った誤報を最近認めたことだった。当時、朝日新聞は「慰安婦」の強制連行に関与したという元日本軍兵士の発言を報じたが、数年後この元兵士が公に発言を撤回したのだった。
 当時、他の新聞各紙がその元兵士の証言に基づく内容の記事を掲載したにも拘わらず、またその証言が少なくともこの10年来「慰安婦」問題に関する論争において採用されていなかったにも拘わらず、朝日新聞はいま公開処刑の憂き目に会っており、その主筆を国会に証人喚問せよという脅迫じみた声が上がっている。
 最近、安倍首相も菅官房長官もともに、「日本の国際的名誉を損なった」として朝日新聞を断罪した。

 世論がこれに連動して朝日新聞に対する敵意を異常に高めるなか、かつて「慰安婦」問題に関する記事を執筆したことのある元朝日新聞記者を講師として雇っている日本の大学が、右翼グループから、メールや電話を通じた集中砲火を浴びており、その元記者の解雇を要求されている。このせいで、これまでに少なくともひとりの大学教員が突然の「早期退職」に至っている。
 他にも、大学教員が自らの講義中に慰安婦の強制連行について触れた資料を用いたために有力なマスメディアから攻撃された事例がある。この問題の解説者たちや他の関連題目は、右翼の週刊誌によるいわれなき攻撃のターゲットにされてしまっている。大半の有力マスメディアが沈黙を強いられてしまっている。今もなお日本政府による強制連行否定を批判的にとりあげていたり、強制連行されたことを証言している元「慰安婦」の記事を掲載していたりするのは、せいぜい一、ニ社の勇気ある小規模な新聞だけだ。

 日本が活発なリーダーシップを発揮して戦時下性暴力をなくしていくことは、国際社会から歓迎されるだろうし、実際にいま大いに必要とされている。
 しかし日本が、女性に対する過去の重大な暴力を否定しているあいだは、またその歴史について語る自国民たちを攻撃し抑圧しているあいだは、この主導的役割を果たせはしまい。

右からの脱原発?

★長渕ファンたちがデモ! 川内原発再稼働反対を訴えた
***「2014年10月19日 日刊SPA! 」 より編集・転載

10月18日、ミュージシャン・長渕剛さんのファンら約40人が結集し、東京・浅草から上野までをデモ行進した。彼らが訴えたのは川内原発再稼働反対。なぜ、長渕ファンたちが反原発を訴えたのか? 事前に行われた今回のデモの主催者へのインタビューに加え、デモの様子をリポートする。

 今回のデモのタイトルは「男たちの脱原発」。長渕さんが主題歌を歌った2005年の映画『男たちの大和/YAMATO』から着想を得たものだ。デモの主催者である大石規雄さん(45歳)は元々は一水会などの新右翼界隈を「ウロウロしていた」(本人談)人物で、2011年の原発事故以降は「右から考える脱原発デモ」という保守勢力が主催したデモを手伝ったりしていたという脱原発派。最近脱退したというが、「レイシストをしばき隊」やその後身である「C.R.A.C」などにも参加し、ここ1年半ほどはアンチレイシズム運動に力を入れてきたアクティビストだ。なので、反原発デモを主催することはなんの不思議もないのだが、やはりどうしても「なぜ、長渕?」という疑問が沸いてくる。

「実は自分でデモを主催するのは初めてなんです。そのきっかけは、長渕さんの故郷である鹿児島にある川内原発が着々と再稼働に向かっている今、長渕ファンは声を上げなくていいのか、という思いから。震災、そして原発事故以降、長渕さんは積極的に『原発を止めたい』という発言をされていますし、『カモメ』という曲では『止めてくれ/原発を/止めてくれ/今すぐ』と直接的に歌われています。長渕さんは充分に動かれた。では、ファンである我々は動かなくていいのか?」

 原発事故後、長渕さんが報道番組の中で「子供たちにこれからの責任を負わせてしまった。この子供たちの笑顔と原発、どっちが大切なんだろうと言われたら、僕は子供たちが大事。そして、原発を今すぐにでも止めたい」という旨の発言をしていたのを聞いて号泣したという大石さん。さらに大石さんを動かしたのは長渕剛さんの名曲「Captain of the Ship」の一節にある「決めるのは誰だ? やるのは誰だ? 行くのは誰だ? そう、お前だ! お前が舵を取れ/お前が行け! お前が走れ! お前が行くから道になる」という歌詞だという。

「このデモを立ち上げてから、一部の長渕ファンからは『長渕さんを政治利用するのか』という批判も受けています。でも、音楽をただ消費しているだけでいいのか? 僕は『Captain of the Ship』の『お前が行け!』という歌詞を馬鹿正直に受け止めて、行動に出ることにしました。長渕ファンのなかにももちろん、いろいろな考えはあると思いますが、『長渕ファンならば今のこの状況、あなたは平気なの?』と聞きたいぐらいですね。ただ、もしも長渕さん本人から『やめてくれ』と言われたら、すぐにでも長渕ファンとしての脱原発活動はやめますが(笑)」

 実際に長渕ファンが集まって脱原発を訴えたところで、どこまで世論に訴えかけられるかはわからない。だが、「とにかくやる」と決めた大石さんの決意は熱い。「まずは東京でこのデモを開催し、鹿児島の長渕ファンが立ち上がってくれれば」と語る大石さんに、デモ当日も密着した。

 デモ当日。大石さんは長渕さんの名前が書かれたタオルを肩に羽織りながら、集合場所である浅草の花川戸公園に登場した。今回、なぜ浅草から上野というデモコースが選ばれたかといえば、上野公園にある鹿児島県の象徴ともいえる西郷隆盛の像を長渕ファンたちとともに目指すためだという。

 デモに先立ち、大石さんが挨拶。続いて長渕さんが2011年に東日本大震災復興支援のラジオ番組で発表した散文詩『復興』と「原発を止めてくれ」という歌詞がある『カモメ』の朗読が行われたのち、デモ隊は上野を目指して出発した。

 サウンドカーからは長渕さんの曲が大音量で流されるが、長渕さんが歌っているパートではデモ隊は言葉を発せずにプラカードを手に黙々と歩いている。だが、長渕さんの歌声が途切れて間奏部分になると「再稼働反対!」「鹿児島守れ!」とシュプレヒコールが上がるというデモにしては不思議な光景が繰り広げられた。長渕ファンたちが大声で歌いながら歩くのかな、と勝手にイメージしていたが、思っていたよりも大人しい印象だ。

 デモ隊は浅草の雷門前や御徒町から上野にかけての目抜き通りを歩く。デモ隊に遭遇した人々に話を聞いてみると、「原発って再稼働していたんだっけ?」「デモ隊より警察のほうが多いんじゃない?」という反応もある一方で、デモ隊に手を振ったり長渕さんの曲に合わせて手拍子をしている人も見かけた。特に興味深かったのが話を聞いた大学生の男性グループの会話で、1人が「かわうち原発ってどこ?」と言うと、すかさず同行の男性が「バカ、『せんだい』だよ。『艦これ』でいるだろ」と突っ込む。言われた男性は「『艦これ』やってねーし、知らねーよ」と返していたが、記者も知らない。

 さて、デモ隊は約1時間20分ほど行進し、ゴール地点の不忍池に到着して一旦解散。有志たちは西郷隆盛像前に集まり今日のデモを振り返っていた。そこで参加者たちに話を聞くと「長渕さんが3.11以降、さまざまな活動をされているのを知っていたので、今日のデモに馳せ参じました」という人から「長渕さんの歌はあまり聴いてこなかったけど、今回のデモをきっかけに『カモメ』を聴いて、原発についてちゃんと歌っている人がいるんだなと思いました」という人まで、グラデーションはありながらも長渕さんの歌に共感したという声が聞かれた。

 自身で主催する初のデモを終えた大石さんは「進行がつたなく、申し訳なかったです」と反省しきり。だが、今後もこのデモを続けていくのかと聞くと「政府が再稼働をあきらめない限り、僕らはやっていきますね。まだまだ力不足ですが、もっといろいろな人に来ていただけるようにしたい」と今後への決意を見せた。

 長渕さんの「Captain of the Ship」の歌詞に以下のような一節がある。

「眉をひそめられ“でしゃばり”と罵られても『いい人ネ』と言われるよりよっぽどましだ」

 まさにこの歌詞を地で行くような行動に出た大石さん。この「男たちの脱原発」という船をどのようにひっぱって行くのだろうか?

<取材・文/織田曜一郎(本誌)>

民意を無視する安倍政権の政治手法=ファシズム

★ファシズム国家***「『HUNTER』 【僭越ながら論】  2014-9/30」 より転載


特定秘密保護法、武器輸出解禁、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認、米軍普天間飛行場の辺野古移設、そして原発再稼働……。いずれの政治課題も、安倍政権が強引に推し進めてきたものだ。その過程で完全に無視されたのが「民意」。主権者たる国民の声が、安倍晋三という独裁者に押しつぶされているのが現状である。国民より「国家」や独裁者の意向を優先する政治体制の行きつく先を、この国は知っているはずなのだが……。

@首相の民意無視
 
 特定秘密保護法の制定や集団的自衛権行使容認の閣議決定は、国民の反対を無視した安倍首相の暴走である。方針決定の過程では、国民は蚊帳の外。すべて安倍自民党と公明党の密室協議で事が決まった形だ。戦後の日本で、これほど国民の声を無視する政権の存在を、筆者は知らない。

 原発再稼働に対する政権の姿勢も同じだろう。大多数の国民が原発に危機感を抱いているにもかかわらず、財界の意向だけを尊重し、再稼働どころか新設さえ認めそうな勢いだ。“命よりカネ”。安倍政権は、国民の安全より原子力ムラの存続の方が大事なのだ。

 民意無視がもっとも顕著となっているのが沖縄に対する安倍政権の姿勢。今年1月、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設の是非が問われた名護市長選で、移設反対を訴えた現職が勝利。次いで今月7日に投開票が行われた名護市議選(定数27)でも、移設反対派が14議席を獲得して過半数を維持する結果となった。市長も議会も「移設反対」。明確に示された民意を、安倍政権は一顧だにせず、移設に向けた作業を進めている。

 安倍首相は、集団的自衛権の行使容認を決めるにあたっての会見で、フリップを使って米艦に乗った邦人を助ける必要性を強調した。船に乗れる程度の人数を助けるため、国の根幹を変えようという首相が、名護市民6万人の民意を平然と切り捨てるというのだから矛盾している。

 美辞麗句を並べたてる政治家は信用できない。安倍がその典型であることに、国民もそろそろ気付くべきだろう。安倍が言う「美しい国」とは、国民が国が決めたことに盲従する世の中なのである。

@石破も同じ
 
 信用できない政治家といえば、こちらも同じ。過日のNHK日曜討論で、石破茂地方創生担当相が「地方創生」について語っていた。曰く――「公共事業のばらまきはしない。役所の縦割り行政そのままの事業はしない。これまでの“まちづくり”をきちんと検証して、これからの“まちづくり”を進めていく。そこに住む住民の声が一番大事」。笑止の沙汰だ。

 1月の名護市長選、自民党推薦候補の応援に入った石破氏(当時幹事長)は、名護市発展のための財源を確保すると称して500億円の振興基金構想をぶち上げ、露骨な利益誘導を行った。これこそ、まさに「ばらまき」だろう。「移設反対」という名護市の民意を無視しておいて『そこに住む住民の声が一番大事』……。一体どの口が言わせているのやら。

@ファシズムの先
 
 安倍や石破に共通しているのは、国民より国家を尊重するという考え方。両人とも「国益」という言葉が好きだ。国のためなら、個人や地域の意思は無視できると思っており、全体主義的な傾向が強い。戦争を厭わないという点でも同じ。国粋主義者と言っても過言ではあるまい。

 全体主義、国粋主義を「ファシズム」とも呼ぶ。ファシズムとは、イタリアのムッソリーニが用いた思想や、同国で敷いた政治体制のことを指す。国家が最優先。個々の国民は国家に従属すべきものであるとされる。ヒトラーが主導したナチズムも、広義におけるファシズムの一形態であろう。戦前、日本はファシズム国家であったイタリヤ、ドイツと「三国同盟」を結び、第二次世界大戦へとなだれ込んだ。ファシズムが、やがて戦争を志向することを、歴史が証明しているのである。

 民意を無視する安倍政権の政治手法は、まさにファシズム。その先にあるのが「戦争」であることを、私たちはしっかりと認識すべきである。

<中願寺純隆>

なぜ住民は健康被害訴訟で勝てないのか(後編)

★法律や政策を金で動かすアメリカの原子力産業:なぜ住民は健康被害訴訟で勝てないのか(後編)***「JBpress 『ウオッチング・メディア』 2014.-10/2 BY 烏賀陽 弘道 」より転載


前回(「電力会社を訴えてすべてを失ったフロリダの住人」)に続いて、アメリカで原子力問題を専門とする法廷弁護士、ダイアン・カレン氏のインタビューを掲載する。

 原子力発電所の設置や免許延長の許認可をめぐる訴訟を専門に手がける、米国では数少ない原発問題の専門弁護士である。スリーマイル島原発(TMI)事故の健康被害をめぐる訴訟を取材していて、原発への賛否を問わず、ジャーナリストや地元住民から「ダイアンに取材するといい」と彼女の名前をよく聞いた。

 TMI事故の健康被害をめぐる訴訟は、およそ2000件の提訴を数えながら、終結まで30年近くかかり、疫学調査は証拠採用されず、勝訴は1件もないという結果に終わった。力尽きて「和解金」を受け取って判決を待たずに裁判を終える住民が多かった。そこで結ばれる「守秘義務契約」の弊害についてカレン弁護士は指摘した。

@電力会社が和解を秘密にしたがる理由

──守秘義務条項の入った和解がスリーマイル島原発事故の住民訴訟でも多く結ばれたと聞きました。社会にとって何が損害だと思われますか。

ダイアン・カレン氏(以下、敬称略) あなたはジャーナリストですから、当然守秘の内容を知りたいですよね(笑)。でも話してくれません。コミュニティが毒性物質と暮らしていかなくてはいけないのですから、それを知るのは公共の利益に関わる問題に決まっています。もし誰かが病気になったら、その内容を知らなくてはいけない。

 もしあなたが自治体の長だとします。あるいは行政委員会(日本の地方自治体議会に該当する)の長だったとします。もし住民が病気になり、企業を訴え、お金を得たとしたら、ほかの住民を守るために詳しい事情を知りたいと思いませんか? 情報のシェアは公共の健康(Public health)に密接に関わっています。非常に重要な問題です。私たちの環境には非常にたくさんの種類の汚染物質が存在します。民衆がそれについて教育されていることが非常に重要なのです。

 企業が和解金を払うのは、専門家の調査レポートや、法廷での証言が十分有効だからではないでしょうか。それが「口止め料」になってしまっていいのでしょうか。人々に害を与え、お金を払うことが「それがビジネスのコストなのだ」でいいのでしょうか。あなたの隣の家の人が病気になってもあなたがそれを知らないままでいるなら、あなたもまた病気になるでしょう。

──しかし、一般庶民は裁判を続けるお金がない。和解を選ぶしかない現実がある。解決は何でしょうか。

カレン 和解や守秘義務を選ぶべきではなかったということではありません。政府は「それは許されない」という政策を行うべきなのです。裁判所は「秘密にするなら和解は許可しない」と訴訟指揮するべきでした。

 裁判官は私的紛争のアンパイアであるだけではない。人々が日々生きていく法律を作るのです(英米法では判例が法律と同じ効力を持つ。日本では最高裁判例以外はほかの裁判官を拘束しない)。毎回守秘義務条項を認めていたら、結局は法律そのものが秘密になってしまいます。これは個人にどうにかできることではない。裁判所を含めた政府の仕事なのです。私たちは法廷で裁判官に秘密条項を付けないよう求めています。

──電力会社はなぜ和解を秘密にしたがるのでしょうか。

カレン 原子炉が危険だと住民に思われたくないからです。アメリカでは「原子力発電は危険ではない」「安全だ」と宣伝するのに大変な労力を割いています。日本ではどうか知りませんが、アメリカではラジオで「原子力発電所は気候変動を止めるのに役だっています」と広告が多量に流れる。「TMI原発で死んだ人数より、赤い車で死んだ人数のほうが多かったじゃないか」というひどいセリフもあります。メッセージは「原発は誰も傷つけません」ということです。そこで原発のせいで病気になったと主張する人にお金を支払ったという事実が明らかになると、格好があまりよくない。

──つまりは沈黙をカネで買うということであり、公共の利益さえカネで買えてしまうということです。それは不公平、アンフェアではないのか。

カレン まったくその通りです。

@原子力産業にとらわれている原子力規制委員会

──アメリカは「民主主義と社会正義の国」のはずではありませんか? 日本もそのはずですけど(笑)。

カレン 同時に、私たちは資本主義の世界に生きている。お金は政治さえも買ってしまっています。必要とあれば、法律を作る政治家をカネで買うことだってできるのです。

──憂鬱になってきました(笑)。

カレン ひどい話ですよね。私が記事を読んだ限りでは、フクシマでは少し事情が違うのではありませんか。日本では原子力産業と政府はアメリカよりもっと心地よい関係だったように思えます。アメリカでは、原子力規制委員会(NRC)は原子力産業のとらわれの身です。なぜそうなったかというと、原子力産業は連邦議会議員に大量のお金を注ぎ込んでいる。彼らがNRCに誰を任命するか権限を持っているのです。

──そうした構造は日本でもほぼ同じです。こうした腐敗の構造は、日本が民主主義国として歴史が浅いからだと思ったのですが、アメリカでも大差はないように思えます。

カレン フクシマの事故のあと、原子力産業は政府への影響力が低下したと思いますか?

──影響力が見えにくくなりました。以前は長年の間にすっかり気が緩んで、見えやすかった。「原子力ルネッサンス」「二酸化炭素を出さないので地球にやさしい」と国会議員や経産省が原子力産業寄りを本気で唱えていました。一種のユーフォリアです。事故後、原子力産業はアストロターフィング(サクラを雇って世論を偽造すること。九州電力やらせメール事件など)などで陰に隠れるようになった。

カレン 民衆が原子力発電を支持しているように見せたいのですね。

──私のようにフクシマのことを報道していると匿名のツイッターで攻撃されます(笑)。

@規制委員会から追放された委員長

カレン フクシマが起きたとき、よくないことですが、こう思いました。どこかよその国で起きて、幸運だった。原発事故が起きるとどれほどひどいことになるのか、警告を見ることになった、と。

 事故のあと、NRCは選り抜きの人事を抜擢してフクシマの失敗の教訓がアメリカの原発にどう生かせるのか、調べています。その時の委員長だったグレゴリー・ヤツコは歴代初めて本当の意味で原子力産業に規制的な委員長だった。本当に優秀な人材だったのです。20人ほどのフクシマの調査チームには、原子力産業はおろかNRCの他の委員(4人)ですら接触できなかった。委員長以外は、内容が完成するまで介入が許されなかった。

「TMI事故は『我が国の規制は十分ではない』という第1の警告だった。チェルノブイリは第2の警告だった。そしてフクシマという第3の警告があって、スリーストライクアウトになった。我々はすべての規制手続きを見直さなくてはならない」。そんなレポートが出たあと、ヤツコに何が起きたと思いますか? 彼はNRCから追放されました。それは政府に「我々の規制は十分ではない」というバッドニュースをもたらしたからです。もちろん文面はもっと穏やかです。『より全面的な改善が必要だ』など。でも行間にはもっと強いメッセージがあった。ヤツコは他の委員から孤立し、セクハラで攻撃され、NRCを追われました。

──報告書は刊行されたのですか。

カレン 2011年7月にされました。私が知る限りこれまでで最も強い口調で「我々は改善が必要だ」と書いていた。フクシマで目覚ましが鳴った。しかしまだ他国で起きたから我々はラッキーだ。傷つくことなく教訓を得られる。しかし「すべての規制を見直す」という提案は「未来への課題」として先延ばしにされました。

──なぜヤツコ委員長は追放されたのでしょう。

カレン お金です。規制を強化すると、原子力産業はよりお金が必要になるのです。

──「原子力産業ロビー」はどれほど強い圧力団体なのでしょう。「銃ロビー」や「軍事ロビー」に並ぶのですか。

カレン 順位はよく分かりません。銃ロビーは最強でしょう。原子力ロビーは他の産業ロビーと同じように、豊富な資金力がありパワフルです。原子力ロビーと電力ロビーは別組織です。太陽電池や風力、シェールガスと競争関係にあります。

@企業側と住民側の資金力のギャップ

──資金力のある企業が政策や法律さえカネで買えるなら、カネを持つ者と持たない者で大きな不公平や不公正が起きます。どのようにそれを解決すればよいと思いますか。

カレン 個人的には、世界が原子力発電から遠ざかってくれるといいと思います。代替可能なエネルギー源が進歩して、原子力のように危険な技術に依存する必要は必ずしもない。1950年代からの実験を経て、原子力発電は投資に見合わないと分かってきた。

 当初からずっと、原子力発電は政府からの補助金を受けています。「プライス・アンダーソン法」で、原発の事故保険は政府が保障している。これは事実上、巨大な補助金です。1950年代からずっと、こうした補助金が続いている。中央ファンドにお金をプールしてあるのですが、事故が起きてお金が足りなくなると、政府が保険金を支払います。

ゴルバチョフ(元ソ連書記長)が引退後にCIAの面談調査を受けたことがあります。彼が言うには「ソ連の崩壊を導いた最大の要因はチェルノブイリ事故だ」と言っていたと読みました。あまりに損害が巨額で、精神的なダメージも大きかったため、社会がすっかり不安定化したというのです。政府は完全には回復できないと思ったそうです。

──日本の原発事故での補償制度はアメリカの法律と制度をそっくりそのまま真似ています。

カレン プライス・アンダーソン法は事故が起きるまで作動しません。2008年の原発運転免許更新の時期に、原子力産業は「原子力ルネッサンス」というキャンペーンを始め、新しい原子炉の許可を多数申請した。当時私はアナリストと一緒に調査をしたのですが、その原資は電気消費者のお金または納税者のお金なのです。原子力産業はウォールストリート(金融界)から資金を調達することができませんでした。事故が起きるとあまりにリスキーだからです。いくつかの州では、原発がまだ建設途中でも電気会社にお金が入ります。連邦政府から長期ローンの保証もしてもらえる。コストがかさみすぎた時も連邦政府が払ってくれる。事故を起こして訴訟になっても、政府が費用を払ってくれる。すべては消費者や納税者のお金です。金融界は投資しようとしないのですから。

──企業側と住民側の資金力のギャップはますます絶望的に思えます。何か米国では基金などの解決法は模索されているのですか。

カレン 弁護士の中には大きな訴訟で勝って“War chest”(軍資金の蓄え)のある人もいます。そういう弁護士を雇うしかないのです。

──どれくらいの費用を覚悟しなくてはいけないのですか。

カレン 数十万ドルでしょうか。ものすごく長い時間もかかります。

──なるほど。

カレン 蓄えのある弁護士ならこう言うでしょう。「前払金はいりません。その代わり、勝ったらあなたが得たお金から成功報酬を払ってください」。でも実際にはそういう弁護士はなかなかいません。

なぜ住民は健康被害訴訟で勝てないのか(前篇)

★電力会社を訴えてすべてを失ったフロリダの住人:なぜ住民は健康被害訴訟で勝てないのか(前篇)***「JBpress 『ウオッチング・メディア』 2014.-9/18 BY 烏賀陽 弘道 」より転載

福島第一原発事故関連の取材でアメリカを回った(2014年4~5月)報告を続ける。今回から2回、アメリカで原子力問題を専門とする法廷弁護士、ダイアン・カレン氏のインタビューを掲載する。

 スリーマイル島原発(TMI)事故の健康被害をめぐる訴訟を取材していて、原発への賛否を問わず、ジャーナリストや地元住民からカレン弁護士の名前をよく聞いた。ワシントンDCにある事務所に連絡を取ったところ、インタビューを快諾してくれた。

 TMI事故の健康被害をめぐる訴訟は、およそ2000件の提訴を数えながら、終結まで30年近くかかり、疫学調査は証拠採用されず、勝訴は1件もないという結果に終わった。なぜ原発事故をめぐる訴訟はこれほど難しいのだろうか。インタビューしてみると、日本とアメリカに共通する「企業と個人の力のアンバランス」という問題が見えてきた。

@環境破壊で企業を訴えるのは極めて困難

──カレンさんの弁護士としての仕事の内容を教えてください。

ダイアン・カレン氏(以下、敬称略) ロースクールの学生だったとき手伝った事務所が、TMIの訴訟の住民側代理人をしていたのです。それ以来、原子力関連の安全問題を扱う法廷弁護士(英米では法廷に立たない弁護士も多い)として働いています。私は政府の規制や基準に納得がいかない人たちの代理人をやることが多い。まだ政府の仕事は十分ではない、原子炉運転の免許は与えるべきではない、書き換えるべきだ、更新すべきではない。そんな人たちの代理人です。

──政府側の代理人をすることもあるのですか。

カレン いえ。市民の側です。

──TMIは原発問題に関心を持つ最初のきっかけだったのですか。

カレン まったくの最初ではありません。20代前半のころ、ニューハンプシャー州のシーブルック原発の反対デモに参加したことがあります。私がロースクールにいたころ、州立大学では結核の検査のX線検査が義務付けられていたんです。それを血液検査に変えろと働きかけたこともある。

──なぜ原発事故の健康被害をめぐる訴訟は難航するのでしょうか。

カレン そうした訴訟を“civil damages”(損害賠償を求める民事訴訟)といいます。“A Civil Action”という本を読まれることをお勧めします。マサチューセッツ州で産業廃液が環境を汚染して住民が訴訟を起こした実話です。放射性物質か化学物質かが違うだけで、こうした健康被害をめぐる訴訟の難しさをよく描いています。

──ジョン・トラボルタ主演で映画にもなりましたね。

カレン そうです。本に描かれている実話は映画よりはるかに複雑です。ここで描かれているのは「環境破壊で企業を訴えるのは極端に難しい」ということです。あなたが病気になった。お子さんが病気になった。しかし、それが化学物質や放射性物質が原因で起きたことを証明するのは非常に難しいのです。

 例えば“Trial Lawyers for Public Justice”(公衆の正義のための法廷弁護士)という弁護士のNPO団体は、全米各地に支部を持っていて“Toxic Tort”(毒物による不法行為)の訴訟を担当しています。Tortには、車にはねられたような損害も含まれます。しかし、化学物質による毒で健康を損なわれたことを証明するのは、車にはねられた障害の証明よりはるかに難しい。はるかに複雑で、お金がかかり、時間がかかります。

 数年前フロリダ州の訴訟で、核工場のそばの住民が起こした訴訟がありました。2人の子どもが続けて白血病で亡くなった。放射性物質を帯びた泥を不法投棄したと企業を訴えたのです。しかし何年もかかり、多額のお金を使った。第一審では勝ったのですが、控訴審ではひっくり返された。親はすべてを失いました。さらに電力会社は、その親に弁護士費用を請求する訴訟を起こしました。電力会社は勝ち、お金を取る代わりに、訴訟のことを公に発言しないという条件で和解したのです。電力会社は、マスメディアに取り上げられるのが嫌だったのですね。こうした「守秘義務条項」があると、社会に情報が共有されません。それは公益に反するとして守秘義務条項をなくす運動をしている弁護士すらいるのです。

@「しきい値あり」モデルを使う企業の論法

──そもそも、なぜそんなに証明が難しいのでしょうか。科学的な証明が難しいのでしょうか。それとも法律の問題でしょうか。

カレン いくつかの要因があります。まずリスクファクター。原発事故のあと健康に著しい被害があったとします。私のような弁護士の役割は何でしょう。あまりに長い時間がかかると訴訟をやっているうちに死んでしまう。全財産を使って何も得ることがない。

何か毒物が環境に出ていった場合、その有無や量を報告するのは企業です。例えば事故がないのに周囲の住民が病気になったとしましょう。理由はなんでしょう。こうした毒物の環境への排出は、行政が規制をかけています。企業は「その毒物の排出値は基準値内である」と報告したうえで「あなたが病気になったのは、何か別の原因でしょう」と主張するのです。企業が報告を偽造していた例すらあります。「エリン・ブロコビッチ」という映画はご覧になりましたか?

──ジュリア・ロバーツが主演していた映画ですね。

カレン あの映画では、主人公が幸運なことに、汚染物質が大量に排出されたことを証明する記録=証拠を見つけます。しかし、現実には、いかに大量の汚染物質であれ、それが病気の発症とのリンクを示さなくてはなりません。

 放射性物質の場合、2つの説があります。まず「どんなに少量でも放射性物質は健康に影響を与える」「被曝量が増えると健康に影響を与える確率が増えていく」という説。

──「しきい値なし」モデルですね。日本でも「あり」「なし」のどちらのモデルを採用するかで論争が続いています。

カレン そうです。そしてもう1つは「ある量まで放射性物質は健康に影響を与えない」「その量を超えると、被曝量が増えるにつれ健康への影響の確率が増えていく」という「しきい値あり」モデルです。その2つはまだ論争が続いています。私にとっては驚きですが。

──なるほど。

カレン しきい値ありモデルにしても、問題は「放射性物質の量がいくつなら健康に害が出るのか」です。

──TMI事故の健康被害を調査したピッツバーグ大学のエブリン・タルボット教授は「しきい値なし」モデルを使っていました(参考:「住民3万人の健康被害を20年追跡した疫学者」)。タルボット教授によると「Nanational Acamedy of Science」(NAS、米国科学アカデミー)が「しきい値なし」モデルを支持しているからとのことです。

カレン 法律実務の世界は科学の先端よりいつも遅れ気味なのです。「しきい値あり」モデルを使って「すみません。放射性物質漏れがありました。でも、しきい値より下でした」と主張するのです。「漏れましたが、大気や水で薄まったので心配ありません」という論法がよく使われます。

@裁判にかかる膨大な時間と費用

カレン そうした「証明の難しさ」のほかに、重要な要素はお金です。住民側は多数の専門家をお金を払って雇わねばなりません。排出量や被曝量の記録を分析し、どれくらいの被曝量が健康に影響を及ぼすのか、どんな病気が起こり得るのかを示すためには、疫学の専門家も雇わねばなりません。近隣住民の数から、どれくらいの病気が起こる可能性があるのかを示す統計学の専門家も必要です。たくさんのお金がかかります。

日本でもそうではないかと思いますが、アメリカでは富裕な地域には原発を作りません。原発が作られる地域は、あまりお金のない住民が住んでいます。弁護士や専門家を思いのままに雇うようなお金がありません。しかし企業側は違います。原発を所有・運転するのは電力会社です。長年集めた電気料金の蓄積があります。多くの州では、集めた電気料金から一定の金額が会社に入るよう保障されています。お金はたっぷりありますから、最高の弁護士と最高の専門家を大量に雇うのです。最初から非常にしんどい戦いなのです(You are gonna fight uphill)。しかも立証責任は住民側にあります。

──健康被害と被曝の関連を証明する責任は住民側にある、ということですね。

カレン 電力会社が政府から原発運転の免許を得るときには「安全である」ことを立証する責任は電力会社にあります。ところが、いったん運転が始まって、事故を起こすと、立証責任は住民側になるのです。そういう仕組みなのです。

 そして、いくつもの裁判を経なければなりません。一審は長い時間がかかります。電力会社が雇うような頭のいい弁護士はだいたいまず“delay tactics”(遅延戦術)を取ります。「もっと調査が必要だ」「書類を作成することができなかった」と裁判を引き伸ばすのです。よしんば住民側が勝っても、企業側は控訴できます。一審と控訴審、少なくとも2回は裁判をやらねばなりません。控訴審では一審判決がひっくり返されることもあり得す。

──控訴は何回できるのですか。

カレン だいたいの州では2回です。州裁判所ではTrial Court(地方裁判所)とAppeal Court(控訴審裁判所)です。連邦裁判所で審理をやり直すならまた回数は増えます。しかし、それはどちらかというと企業側の作戦ですね。住民側がお金が尽きて諦めるまで、控訴し続けるのです。

 「シビル・アクション」(A Civil Action)という映画(実話がベース)では、主人公の弁護士は廃棄物処理場の周辺で病気になった住民の代理人をして、私財をつぎ込み、最後は自分も破産してしまいます。マサチューセッツ州にいることができなくなり、ハワイに何年も移住せざるを得なくなるのです。

(つづく)

村上春樹氏 公開インタビュー 『ユーモラスに、冗舌に』

★村上春樹氏 公開インタビュー 『ユーモラスに、冗舌に』
***「時事ドットコム 『作家・村上春樹の軌跡』」より転載

 作家の村上春樹氏が2013年5月6日、京都市の京都大百周年記念ホールで「公開インタビュー」に出席した。国内の公の場で語るのは極めて異例。心理学者の故河合隼雄氏の7回忌に「河合隼雄物語賞・学芸賞」が創設されたのを受け、村上氏が河合氏と親交が深かったことから開催が実現した。

 インタビューと前後して行われた講演と「質問コーナー」を通じて、文学への目覚めから過去の作品、新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」、趣味のマラソン、音楽まで、幅広いテーマについて時にユーモラスに、冗舌に語った。村上氏の肉声の一部を紹介したい。

                      ※    ※    ※

 僕は普段、あまり人前に出ません。テレビやラジオに出たことはないし、講演もまずやらない。普段は人前に出ないのは、普通の生活を送る普通の人間で、地下鉄やバスであちこち行くので、声を掛けられるのは困るんです。もともと、そういうことにあまり向いていません。この前は、自宅の近所をジョギングしていたら呼び止められ、「村上春樹の家はこの辺にありますか?」と聞かれ、「分からない」と言って逃げました。

 文章を書くのが仕事だし、他の事にはあまり首を突っ込みたくない。僕のことはイリオモテヤマネコみたいに絶滅危惧種の動物と思っていただけたら、ありがたいです。

 物語とは人の魂の奥底にあるもので、小説を書くときは深いところまで降りていく。そんな僕のイメージを丸ごと受け止めてくれたのは河合先生以外にいませんでした。

 河合先生は臨床の現場でクライアントと向き合い、相手の魂の暗いところに降りていったのでしょう。よく駄洒落を言われましたが、絡みつく闇の気配を振り払うために必要だったのだろうと解釈した。僕の場合、外に出て走ることで、小説を書くことで付いた闇の気配を振り落としてきました。

@生身の人間に興味

・・・・・インタビューでは、新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」についての思いや逸話も数多く聞くことができた。

 「色彩を持たない―」は、主人公の成長物語。昨年2月から半年かけて書き、それから半年ほどの間に何度も書き直した。僕は書き直すことが好きなんです。

 当初は短い小説にするつもりだったが、主人公の友人だった4人のことをどうしても書きたくなりました。また、(主人公のガールフレンドの)木元沙羅は僕を導いてくれた不思議な存在だった。今回は生身の人間に対する興味がすごく出てきて、登場人物のことを考えているうちに(登場人物が)勝手に動き出した。この作品を書いて、頭と意識が別々に動く体験を初めてした。僕にとっては新しい文学的試みだった。3~4年前なら書けなかったかもしれない。

 この作品は、(登場人物の会話を多用した)対話小説という気がする。僕は会話を書くことに苦労したことは一度もない。会話でつないでいくストーリーはわりと好き。難しいのは、会話が重なっていくうちに体温が変化している感じを出さないといけないところです。

 今までの小説では1対1の人間関係を描いてきたけれど、今回は5人という大きなユニット(の関係)だった。「1Q84」という3人称の小説を書いた後だったので、それとはまた違う形で(3人称の物語を)書きたいという気持ちが出てきたのでしょう。

@「1Q84」は総合小説

・・・・・評論家の湯川豊氏の問い掛けに応じ、文学的ルーツや過去の作品についてもコメントした。

 僕は小学4年生ぐらいから急に本を読むようになり、図書館に通って手当たり次第に読みました。中学に入ってからは19世紀文学に浸りっぱなしで、体に染み付いている。「戦争と平和」「カラマーゾフの兄弟」は何度も読んだ。日本の小説は大学に入ってから読むようになった。夏目漱石、谷崎潤一郎など、文章のうまい人たちが好きです。

 最初の長編2作は、ジャズの店をやっていて、仕事が終わってから時間を見つけて書いていた。まとまった物語を書く余裕はなく、小説を書く訓練を全くしていなかったので、書き方が分からなくて。しばらくして店をやめて1日好きなだけ時間を使って書いた。思いつくままに書いていく中で「物語」を書ける喜びにつながり、「僕は向いているんだ」と思うようになりました。

 「羊をめぐる冒険」と「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は、ただただ楽しんで書いた。そして、「ノルウェイの森」を書くときは、ここでリアリズム小説を書かないと、もう一つ上の段階に行けないと思った。僕としてはそれなりにうまく書けたが、実験的だと思っていたものがベストセラーになったことで、ストレスやプレッシャーを感じた。「ねじまき鳥クロニクル」では重層的な世界をつくるという新しい試みをしました。

 小説を書き始めたころ、書きたいけれど書けないことがいっぱいあって、書けることを集めて書いていた。書きたいことを書けるようになったと感じたのは2000年ごろだった。

 「1Q84」は全部3人称で書いたが、長編の3人称はすごく難しい半面、たくさんのことを書ける。どこにでも行けるし、誰にでもなれる。幾つものミクロコスモスが反応し、総合小説という僕のやりたかったことのフォーマットができました。

@ユーモアへのこだわり

・・・・・小説家としてのこだわりについても熱っぽく語った。

 僕の本を読んで「泣きました」と言う人がいますが、どちらかというと、「笑いが止まりませんでした」と言われる方がうれしい。「泣く」というのは個人的なものだけど、笑いはジェネラル(一般的)なものだと思う。「悲しみ」という内向きな感情も大事だが、ユーモアの自然さ、自由さみたいなものがすごく好きで、文章を書くときはユーモアをちりばめていきたい。

 僕自身、自分の作品を読み返して胸を打たれたり、涙を流したりすることはない。もっと引いて書いているが、(地下鉄サリン事件の遺族らにインタビューした)「アンダーグラウンド」だけは泣いてしまう。ある遺族に3時間ぐらいインタビューし、その帰りに1時間も泣いた。あの本を書いたのは僕にとって大きな体験で、(それが)小説を書く時によみがえってくるのです。

 物語に深みや奥行きを与えるのはすごく難しい。音楽も同じだが、読者に感応してもらえれば、その周りの人に共鳴し、ネットワークができていく。「どうして僕が考えていることが分かるんですか」と言われると、すごくうれしい。

 小説家の役目とは、少しでも優れたテキストをパブリックに提供すること。そのテキストを、読者は好きなように咀嚼(そしゃく)する権利がある。小説家が、自分の作品を分析し始めることほど具合が悪いことはない。

 小説を書くときは集中し、一生懸命に書いている。朝早く起きて、夜は早く寝る。手抜きをしないのは僕の誇りです。

@音楽に励まされる

・・・・・村上氏は音楽に造詣が深いことでも知られている。

 僕は音楽が好きで、音楽を聴きながら仕事をしていて、音楽に励まされている。小説の書き方は誰にも習っていないが、ジャズのリズム感が染み付いているので、演奏するみたいに書けばいいんだと思った。

 「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」で使ったリストの「ル・マル・デュ・ペイ」は、なぜかリストを聞きたくなって、何日も聞き続けたところ、あの作品にふさわしいと思った。また、ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」は「1Q84」に出したおかげでCDが売れたようで、(指揮者の)小澤征爾さんに「売れてよかった」と言われました。

・・・・・翻訳家としての顔もある。

 どのような小説が翻訳しやすいといえば、物語がどんどん進んでいく作品。地の文が長く、「グレート・ギャツビー」のように描写が濃密な小説は難しいところがある。僕が書くものは、結果的に翻訳しやすいところがあるかもしれません。

 公開インタビューの観覧希望者からは、「ランニングの今後のビジョンは?」という質問が事前に寄せられた。

 30年以上、毎年1回はフルマラソンを走っているけれど、タイムは40代をピークにだんだん落ちている。年を取ってくると体力が落ちるのは仕方がないが、とは言っても走れるように自分を作っていきたい。80歳とか85歳ぐらいまでフルマラソンを走れればいいのだけど。

・・・・・・・・・・・・・

プロフィール:村上春樹(むらかみ・はるき)氏は1949年、京都市生まれ。すぐに兵庫県に転居。神戸高校を経て早稲田大第一文学部に入学。学生時代にジャズ喫茶を開き、陽子夫人と結婚。同大演劇科を卒業した後、1979年にデビュー作「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞した。「羊をめぐる冒険」で野間文芸新人賞。1987年、「ノルウェーの森」がベストセラーに。この作品の単行本、文庫本を合わせた発行部数は1000万部を超えている。

 90年代以降は「ねじまき鳥クロニクル」「スプートニクの恋人」「海辺のカフカ」などの長編小説のほか、地下鉄サリン事件の被害者へのインタビューをまとめた「アンダーグラウンド」も発表。2009年に刊行された長編「1Q84」は爆発的なヒットとなり、シリーズ3巻がそれぞれミリオンセラーを記録した。影響を受けた米国文学の翻訳も数多く手掛け、主な訳書に「グレート・ギャッツビー」「キャッチャー・イン・ザ・ライ」などがある。海外での評価も高く、フランツ・カフカ賞、エルサレム賞、カタルーニャ国際賞などを受賞。米プリンストン大からは名誉博士号を授与された。

外国人労働者受け入れ拡大の政策論点と課題

★外国人労働者受け入れ拡大の政策論点と課題――国際貢献・条件整備・範囲拡大
***「シノドス 2014-10/1 BY *岡伸一 / 社会保障論」より転載

外国人労働者問題は、どこの国においても非常に政治的な議論になっている。欧州では、一方で極右勢力の躍進もあり、外国人排除の動きもある。他方で、移民も含めた人権保護支援勢力も根強い。経済の活性化のためにも外国人受け入れを拡大しようとする意見もあれば、多様な問題を引き起こしているとして受け入れを制限するべきとの意見もある。

受け入れに積極的な国から慎重な国まで、各国で基本姿勢が異なるのも事実である。ただし、多くの先進諸国では外国人はすでに多数になり、外国人を排除したら成り立たなくなってしまう産業や職種もあり、簡単に改革できるものではない。日本とはレベルが違うが示唆することが大きい欧州の事例を紹介しよう。

@労働者の自由移動と欧州 

EUでは創設以来、域内における労働者の自由移動が奨励されてきた。必要とされれば国境を渡って労働者が自由に移動することが、欧州全体の経済活性化につながると理解された。EU28加盟国の間では人の自由移動が認められ、いずれかの加盟国市民であれば、他の加盟国において当該国市民と同じように扱われる。介護や看護に限らず、あらゆる職種、自営業者も自由に移動して就労、営業活動もできる。

もちろん、通常の雇用と同様に、外国からオファーがあって採用されなければ移住には至らない。職業紹介ネットワークは欧州レベルで展開しており、資格認定も欧州基準で統一的に整備されてきた。製造業に限らず、医療、建設、農業、福祉等いたる領域においても外国人労働者は多数入っている。もはや、国内で就職することと他の加盟国で就職することはほとんど違いがない。

以上はEU加盟国域内の話であるが、EU加盟国以外の国々からの移民に関しては主として加盟各国の自治下に入る。最近の傾向としては、EU域外からの移民も拡大している国が多い様に思われる。政府自らが世界中に出て行って、外国政府と労働者の供給を協定している場合もある。

@介護労働者の国際移動 

欧州も高齢社会であり、介護労働者は数少ない成長職種となっている。欧州といっても施設介護が一般的な国もあれば、公的介護施設は少なく家族や個人契約の介護労働者が多い国もある。また、税方式の介護サービスを展開する国から、介護保険で対応している国もある。南欧や東欧では、施設入所型の介護施設は比較的未整備であり、家庭内介護も多い。無報酬の家族による介護から、ボランティア、個人契約の介護労働者の雇用が普及している。その際、比較的低賃金の外国人を雇用する場合が増えている。

例えば、イタリアでは、公的介護施設が比較的不備で、家庭内の在宅介護が根強い。核家族化の進行もあり家族介護者の限界から、個人の家で雇う介護労働者が増えている。家庭内の介護労働者総数のうち外国人の家庭内介護労働者の比率は1991年に16.5%であったが、2003年には83.3%で490,678人に達した。とくに、要介護度の高い高齢者や障害者は、ほとんど外国人の家庭内介護労働者を雇うと言われている。今となっては、イタリア政府や自治体が開発途上国に出向いて、介護労働の職業訓練サービスを提供し、そこで養成された人材をイタリアに送り込んでいる。もはや、家庭内の介護労働者はほぼ外国人となりつつある。

世界同時不況にあり、これを克服するためにさらなる自由化の促進が先進諸国の間で主張されている。とくに、サービス貿易の自由化は新たに強調されてきた領域でもある。日本におけるインドネシアやフィリピンからの看護師や介護士の受け入れも、EPAという自由貿易を促進する協定に基づいて始められたものである。貿易立国である日本は、貿易の自由化には参画していかざるをえない。他方、IT関連技術者をはじめ専門技術者の奪い合いが展開されている。国際競争を有利に進めるためにも世界中の優秀な専門技術者を受け入れることはどこの国も行っている。欧州でも、専門職者の移動はより自由に展開されてきた。さらに、一般の労働者においても、とくに国内で不足する労働力については受け入れが認められやすくなっていた。

外国人人口の総人口に対する比率を見ると、2011年現在で日本は僅かに1.7%であった。ドイツの8.6%、イギリスの7.6%、フランスの6.0%、アメリカの6.8%と比べてもかなり低水準である。韓国でも2.0%である。外国人を受け入れることが国際的な要請であれば、国際比較する限り、日本はもう少し受け入れ拡大しても良いものと思われる。

@日本における政策論点 

外国人労働者問題は多様な側面を伴うものである。重要と思われる論点をここで示したい。

最初に強調したいのは、短いスパンでの経済戦略として議論することは危険が大きいということである。かつて、経済成長期に外国人受け入れが進められ、不況期になると外国人排除した政策が繰り返されてきた。モノやカネと違って、ヒトは権利を持つ。当然、意思も持つ。どのような国であろうと、ヒトを完全に管理することはできない。一度外国人を受け入れてしまえば、もう二度ともとには戻れなくなる可能性が高い。

高度経済成長期に外国人を大量に受け入れた欧州が、経済不況に陥って様々な帰国奨励策を展開したが、多くは帰国しなかった現実がある。新たな受け入れを止めるだけでは不十分であった。長期滞在外国人はより重たい権利を持ち、帰国を強制することは困難となり、家族呼び寄せを拒否することも人道上不可能となる。

第2に、長期的な労働市場への影響である。世界には無尽蔵の労働力がある。入口を一度緩和すると、途中で線引きすることが難しくなる。安い大量の労働力へのニーズは先進諸国側にも無限に存在する。安い労働力を求める国内のニーズが一挙に爆発する危険性がある。イタリアの事例のように、ある時ふと気が付けば、その職種はほとんど外国人によって行われる仕事になっていたと言う事例も少なくない。

また、外国人だと賃金が安くてすむということも、状況はすぐに変わっていく。一部で育児や家事サポーターとして外国人の受け入れが提案されているが、いつまでも安い賃金で運営できるものではない。膨大な貧富の格差が当然となっている開発途上国と比べれば、富の分配が比較的平等な日本とは、状況が違う。国籍による差別は認められない。最低賃金は外国人にも適用される。外国人の賃金も最初は安くても、時間とともに日本人と同じになっていくであろう。外国人の労働供給は無限にあり、賃上げをしなくても労働力が確保されてしまうと、賃上げされないで相対的に低賃金職種にとり残される可能性がある。そうなると、国民がやりたがらない職種は外国人の独占的な職種に近づいていく。

第3に、少子化対策として外国人の受け入れを主張する人もいる。年金の担い手として外国人に期待する意見もある。現在の日本の外国人比率は僅かに1.7%で、先進国では最も低い水準である。少子化の人口対策として効果を持たせるのは、桁違いの受け入れが必要になることは明らかである。また、外国人も年をとる。年とった外国人の年金を支えるためにさらに多くの外国人を受け入れなければならないことになる。多くの外国人は帰国しないで居続ける。人口構成の均衡化のために外国人を入れ続けるなら、無制限の外国人依存社会になってしまう可能性がある。

第4に、社会的コストに言及したい。外国人は労働者としてやってくるが、社会に入れば一人の市民であり、その文化や生活スタイルを受容しなければならない。宗教一つとっても、教会やモスク等が街角に増えて建設されても当該国民は受容できるだろうか。外国人が異国で生活するには多様な労力とコストもかかる。社会統合のために語学教育をはじめ多用なサービスを設ける必要がある。例えば、外国人の多い地域の学校で、外国語対応できるスタッフを雇用している。外国人のためのソーシャルワーカーも必要となる。医療費を払えない外国人の入院費用を自治体が肩代わりすることもある。外国人の受け入れに伴い多大な社会的コストが必要である。この社会的コストは企業でなく、国民が負担することになる。企業の便益だけ考えても不十分である。

・・・・・・・・・・・・・

*(おか・しんいち) 社会保障論 :1957年埼玉県生まれ。 立教大学経済学部卒業、早稲田大学大学院博士後期課程単位取得退学(商学博士)、ルーヴァンカトリック大学Ph.D(法学博士)。大分大学経済学部、東洋英和女学院大学人間科学部を経て、2002年より明治学院大学社会学部社会福祉学科教授。専門は社会保障論。主な著書:『欧州統合と社会保障』ミネルヴァ書房(1999年)、『社会保障ハンドブック』学文社(2003年)、『失業保障制度の国際比較』学文社(2004年)、『国際社会保障論』学文社(2005年)、『損得で考える20歳からの年金』旬報社(2011年)、『グローバル化時代の社会保障』創成社、2012年、他多数。

ネット時代の共生の作法

★ネット時代の共生の作法***「内田樹の研究室 2014年9月5日記事」より転載

現在、人口比一人1.3台所持しているといわれる携帯電話。その一方で、出荷数2,610万台のうち、その70%の1,780万台が廃棄されています。これだけ消費されている携帯電話ですが、ケータイやネットによるいじめや犯罪など、現代の社会問題としてもクローズアップされてきています。この膨大な廃棄物となる携帯電話は、何のために利用され、わたしたちのくらしとどう折り合いをつけていくのか。人間の社会活動に造詣の深く日和らない、武道家であり思想家である内田樹氏に、ネット社会のありようやこれからの社会の行方を伺いました。みなさんとともに考えていきたいと思います。

—ケータイやインターネットの発現によって、現在、社会の中でどういった現象が起きていると思われますか?

大きな流れとして、携帯やネットを利用する人たちの間で情報リテラシーの二極化が急速に進行していると思います。
一方に良質な情報を選択的に享受できる人たちがおり、他方にジャンクな情報やデマゴギーを大量に服用させられている人たちがいる。この両者の間の情報格差がかつてなく広がっています。その階層化は、情報量の差によってではなくて、目の前の情報のクオリティを判定できる能力の差によってかたちづくられています。
自分が知らないことについて情報の真偽を判定するということは原理的にできません。でも、その情報をもたらすソースの信頼性や、情報が差し出されるマナーの適否、情報が流れてくる文脈については判定できる。「情報についての情報」をどれだけ持っているかによって情報社会の強者と弱者は差別化されます。
「情報についての情報」、メタ情報とは言い換えると、自分自身の「知のありよう」についてのマップを持っているということです。自分は何を知っていて、何を知らないのかについて俯瞰的に見ることができるということです。図書館の案内図と同じです。どこの書架に行けばどの情報を得られるかを知っている人は、自分が今持たない情報についても必要なときにアクセスできる。それは「潜在的にはすでに知っている」ということに等しい。
情報格差を形成するのは「今所有している情報」の多寡ではなく「潜在的に所有している情報=いつでもアクセス可能な情報」の多寡です。情報弱者というのは、自分が知っていることが知の布置全体のうちのどこに位置づけられるのかを言えない。自分の持っている情報についての客観評価を下す足場を持っていない。

■安売りの全能感

例えば、20年、30年前にはなかったことですけど、街のあんちゃん、おっさんたちがウィキペディアで仕込んだばかりの一知半解の知識で、「こんなことも知らないのか」と学者に向かって喧嘩を売ってくるようになった。この人たちって、単一の論件については偏執的に詳しかったりするのです。数値や日付や書名や人名をぺらぺら諳んじてみせる。そして「自分のような素人でも知っていることを知らない学者にはこの論件について語る資格はない」と一刀両断する。ほとんどこのワンパターンです。彼らにとっては情報というのは「量」ではかるものであって、「質」についての判定がありうるということを知らない。彼らは学者というのをただ「知識を大量に持っている人」だと見なしているので、自分が知っていることを知らない人間はいきなり「自分と同程度かそれ以下」に格付けされる。だから、彼らは必ずまず「私はずぶの素人ですが」とか「ものを知らない人間ですけど」という名乗りをしてきます。別に謙遜しているわけではなく「バカでも知っていることを知らない」というレッテルを他人に貼り付けたいだけです。
これ、やれば簡単なのです。統計数値や年号の一つでも覚えておいて、専門家に「あなた言えますか?」と訊いて、答えられなければ「論ずる資格なし」と切り捨てることができる。この専門家を切り捨てることの全能感はたいへんに強烈なので、一度味をしめた人間は必ずこれにアディクトしてしまう。そして回復不能の情報弱者へと自己形成してしまう。
専門家も知らないような知識にすぐにアクセスできるというのはネットがもたらしたすばらしい恩恵ですけれど、それは同時にある種の全能感を人々に安売りしてしまった。体系的な勉強なんかしなくても、キーボードをちゃかちゃか叩けば、この世のことはすぐに知れると思い込んでいる。

■Wikipediaの罠

何年か前にアメリカの大学で、日本の近世史の授業で「島原の乱」についてのレポートを学生に課したところ、ほとんどの学生が「島原の乱はイエズス会の陰謀だ」って書いてきた(笑)。そんな話専門家の間では聞いたことがないので、先生がもしやと思ってWikipedia調べたら、そう書いてあった。みんな、それ読んでそのまま写して書いていたわけです。それで先生は今後一切Wikipediaからのコピペはまかりならんと(笑)。
ネット検索すると、情報が羅列されていますが、それはアクセス数の順に配列されている。ですから、1頁目に出てくる情報は繰り返し読まれるけれど、2頁以下の情報はほとんど読まれない。一度もののはずみで1位になった情報は繰り返しアクセスされるので、2頁以下の情報とたちまちアクセス数が一万倍くらい違ってくる。たとえ虚偽の情報であっても、一度上位に格付けされると後はポジティブ・フィードバックがかかって世界を席巻する「定見」と見なされてしまう。情報のクオリティがアクセス数という量によって計量される。けっこう怖い話なんです。キーボードを叩けばダイレクトにアクセスできる「知の源泉」では、実は科学的検証に耐えないジャンク情報が大きな顔をしている場合もある。それを知らない人たちがネットにアディクトする。

-ネットがもたらす恐ろしい部分ですよね。でも、どうしてそんな使われ方をされるようになってきたのでしょうか。本来は人々のくらしが便利になるから、どこでも、いつでもつながることにあったのではないのでしょうか。

ネットのもたらした最大の恩恵は、万人がダイレクトに知的な資源にアクセスできるということだと思います。これこそ情報科学がもたらした最大の福音なわけです。キーボード叩くだけで、ジャンルを超えた膨大な情報に無償でアクセスできるわけですから。人間の可能性を大きく拡げた。
でも、全員が同じような情報へのアクセス能力を配分されたあと、今度はこの情報検索能力をどう使うか、その技術が問われることになった。
「情報についての情報」という次数が一つ高い情報はただキーボードを叩いて検索しただけでは手に入らない。これは誰も教えてくれない。マニュアルも、入門書もない。こればかりは身銭を切って、自力で獲得するしかない一種の身体知です。どういう人間が信用できるかできないかの判定は一種の身体知ですから。現実生活で会得するしかない。ネット空間には転がっていないし、金で買うこともできない。でも、この「情報についての情報」こそが情報時代における死活的に重要な知的資源なのです。

■ネット社会における真の情報リテラシー

以前は、「無学な人」というのは、ややこしい問題については、「寅さん」のように「俺は無学な人間だけど、人としてやっていいことと、やっちゃいけないことの違いはわかる」というかたちで判断を下したわけです。人に騙されたり、裏切られたり、あるいは救われたり、支えられたりというさまざまな人生経験の積み重ねを経て、「それは人としてどうかと思うよ」という判断ができた。その適切性はその人の学歴や知識量とは無関係です。人間を一目見て、信用できるかできないかがわかった。それがわからないとえらい目に遭うからです。だから、修羅場の経験を踏んで、「人を見る眼」を養っていた。
かつて「人を見る眼」という言葉がよく口にされたのは、「エビデンスがないときにでもその人のもたらす情報の真偽を判定できる能力」が必要だということを昔の人はよくわかっていたからだと思うんです。生死の境にあって、見知らぬ人に自分の運命を託さなければならない極限状況というのは戦時中には現に頻繁にあったわけです。この人は信用できるのか、うかつに信用すると身ぐるみ剥がれるのか、それを一瞬で判定しなければならなかった。僕の父はその時代の人間ですけれど、人間について外形的な情報、地位だとか業績だとかは、その人間が信頼できるかどうかの判定基準としては使えないということをつねづね言っていました。
情報リテラシーというのは一言で言えば「自分がその真偽を知らないことについても真偽の判定ができる」能力のことです。情報の「コンテンツ」そのものではなく、その情報がもたらされるときの「マナー」を見る能力だと言い換えてもいい。情報そのものではなく、それをもたらす人間を見る。情報そのものより、それを伝える生身の人間の方が圧倒的に情報量が多いからです。
人間は無数のノイズを発しています。嘘をついているときは、「嘘をついている人間」特有のノイズを撒き散らしているし、十分に裏を取っていないことを断定的に語るときも微妙な「自信のなさ」のノイズが出ている。情報リテラシーというのはそのノイズを受信する力のことだと僕は思います。

―ネット以前は、直感力で判断していた。今は、簡単にネットにつながることで、知にアクセスできるようになって、却って、マッピングが出来なくなってしまった? こういう情報収集力とか、コミュニケーション力というのは、ユーザーの意識の問題でしょうか?

ユーザーの個人的努力で何とかなるところと、歴史的に形成されたもっと射程の長い制度問題と両方がまじりあっていると思います。
ネットがもたらした「集合知」というアイディアはすばらしいと思います。「自分の知っていること」をひとりひとりがパブリックドメインに持ち寄って、それを共有する。「三人寄れば文殊の知恵」です。でも、集合知を機能させるためには、「私はこれについては知っているが、これについては知らない」と自分の割り前についてはっきりと申告できるということが一番たいせつなことなんです。
でも、ネット情報がもたらす安価な全能感にアディクトしてしまった人は「自分が長い個人的努力を通じて確信をもって言えるようになったこと」と「Wikipediaで読んだばかりのこと」を区別することができない。それをきちんと区別してしまうと、せっかくの全能感が消失してしまうからです。ですから、情報弱者はなんでも知っているような顔をしているけれど、「あなた以外の誰によっても代替することのできないパーソナルな正味の知として、あなたは集合知に何を供出できるのか?」という問いの前には絶句してしまう。
集合知への参加条件は「マッピングができる」ということです。自分が何を知っていて、何を知らないかについて適切な記述ができるということです。専門家集団が機能するのは「自分にはこれができるが、この辺のことはわからない」とはっきりカミングアウトする人たちの集まりだからです。知りもしないことを「知っている」と言い、できもしないことを「できる」と言い張る専門家というのはありえません。そういう人は決して専門家たちの共同作業には招かれない。邪魔になるだけですから。
でも、自分が知らないことをきちんと言語化するのは非常に難しい。自分が「知っていること」と「知らないこと」の境界線を精密に記述するためにはかなりレベルの高い知性が求められる。でも、この「自分のバカさ」を客観的に表象できる能力というのが最も上質な知性だと僕は思います。それが言えれば、自分は誰を必要としているのか、どのような能力とのコラボレーションを求めているのかがわかる。集合知の形成のためには自分が「知っていること」「知らないこと=知りたいこと」を鮮明に表示するというマナーを身につけておかなければならないということです。

―その「集合知」のところをもう少し詳しくお願いしたいのですが、生き延びるための「集団としてのパフォーマンス」はどうやってあげていくのでしょうか?

学術的なイノベーションにしても、集団全体がイノベーターになれるわけではないし、そうである必要もありません。「イノベーターが生まれやすい環境」をみんなで作り上げてゆけばよい。そういう環境を適切に整備できる管理能力のある人だってイノベーターと同じくらいに有用なわけです。イノベーションは集団的な創造だからです。
イノベーションというのは「そんなところから、そんなものが出てくるとは思わなかった」というかたちを取るものですから、原理的には「マッド・サイエンティスト」によって担われる。でも、すべてのマッドサイエンティストがイノベーティヴであるわけではない。ただのマッドサイエンティストで、結局何の役にも立たない人でした終わり、ということも多々あるわけです。でも、これを嫌っていてはイノベーションはできません。イノベーションは「歩留まりの悪いプロジェクト」なんです。マッドサイエンティストが100人いて、そのうち5人がイノベーターで残りの95人はただの無駄飯食らいでした・・・というくらいの比率でも結果的には「とんとん」だと思います。
ですから、共同研究組織では「あいつ、ホント働かないな、いったい何やってんだよ」とまわりから思われるような人間を相当数「放し飼い」にしておく必要がある。そういう人たちが好き勝手なことができるように、他方にはこつこつと日常業務をこなして「イノベーションができやすい環境」を整備する人たちがいる。両方揃っていないと学術的なイノベーションはあり得ないんです。何を生み出すかは個人ベースではなく集団ベースで見るからです。ある集団からイノベーター2人、3人出てきら、それはきわめてうまく設計され運営された学術集団だったということになる。
今は科学者の業績を個人単位で計りますね。あれがいけないんです。科学の発展は個人が担うものじゃない、集団で担う事業です。卓越した研究者が一人出るときは、それを生み出すだけの土壌の厚みがあるものなんです。それを分断して、すべてを個人の業績に還元しようとする。そうなると研究者たちも集団のパフォーマンスを上げることよりも個人の業績を積み上げることを優先するようになる。それは学術的創造に逆行する発想なんです。

■マンガ界の集合知

この間、京都精華大学の学長でマンガ家の竹宮恵子さんと対談したのですが、マンガが他のジャンルと比べてすごいところは、マンガ家たちが、著作権とかオリジナリティーとかいうことを基本的に言わないっていう点なんです。ストーリパターンとか、キャラクター設定とか、コマ割りとか、吹き出しの使い方とか、顔の描き方とか、そういうマンガを描く技術はすべて「パブリックドメイン」なんだそうです。
マンガの技術はみんなのものだ、と。先人から伝えられたものを後続世代が工夫して育てているジャンルなんだから、ひとりで囲い込まないで、使えるものはみんなで共有しよう。そうすればマンガのクオリティーがどんどん上がっていって、読者も増えるし、本の発行部数も増える。結果的にマンガ家全員が力量をつけることで業界全体が潤うんだ、と。
だから、お互いの技法をどんどん模倣するし、パロディやスピンオフ(二次創作)も基本的には許している。その結果、マンガは今世界中に広がって、英語やフランス語だけじゃなくて、中国語、ロシア語、アラビア語にまで訳されて、総発行部数が何億部というような作品が次々と生まれている。これは新しい技術の発明を個人の業績に還元して、「囲い込み」をしなかったことのみごとな成果だと思うんです。
これはマンガ制作と流通にかかわる全員が一個の「運命共同体」を形成して、集団として生き延びることを最優先に考えたからだと竹宮先生は説明してくれました。めざすものが個人の名声とか収入とかじゃない。音楽にしても文学にしても、そこにかかわっている人たちが個人的成功よりも自分たちの「運命共同体」のパフォーマンスを高めることを優先すれば、スケールの大きな、すばらしいものができあがる。自己利益を確保しようとするとジャンル全体が衰退する。そういうものなんです。ですから、平凡な結論なんですけれども、よい仕事をしようと思ったらみんなで力をあわせましょうってことなんです(笑)。

―お話を伺って、この集合知を機能させるというのが、ネット世代の「知のありよう」のように思ったのですが、しかし、現実はネット依存やネットの繋がりで疲れている若い人たちも多い。どうしてこのようなことになったのでしょうか?

サッカーとか、ワールドカップの様子を見ていると、「日本戦見てない奴は非国民」みたいな攻撃的な同調圧力が異常に高まっていましたね。全員が同じものに、同じように熱狂することを強制する。この同調圧力がこの20年くらいどんどん高まっている。
均質化圧と同調化圧。それはやはり学校教育のせいなんだと思います。学校はどこかで子どもの成熟を支援するという本務を忘れて、子どもたちを能力別に格付けして、キャリアパスを振り分けるためのセレクション装置機関になってしまった。
子どもたちを格付けするためには、他の条件を全部同じにして、計測可能な差異だけを見る必要がある。
問題は「差異を見る」ことじゃなくて、「他の条件を全部同じにする」ことなんです。みんな叩いて曲げて同じかたちにはめ込んでしまう。そうしないと考量可能にならないから。同じ価値観を持ち、同じようなふるまい方をして、同じようなしゃべり方をする子どもをまず作り上げておいて、その上で考量可能な数値で比較する。
見落とされているのは、この均質化圧が財界からの強い要請で進められているということです。
彼らからすれば労働者も消費者もできるだけ定型的であって欲しい。労働者は互換可能であればあるほど雇用条件を引き下げることができるからです。「君の替えなんか他にいくらでもいるんだ」と言えれば、いくらでも賃金を下げ、労働条件を過酷なものにできる。消費者もできるだけ欲望は均質的である方がいい。全員が同じ欲望に駆り立てられて、同じ商品に殺到すれば、製造コストは最小化でき、収益は最大化するからです。ですから、労働者として消費者として、子どもたちにはできるだけ均質的であって欲しいというのは市場からのストレートな要請なんです。政治家や文科省の役人たちはその市場の意向を体して学校に向かって「子どもたちを均質化しろ」と命令してくる。

―均質化と同調圧力を押し返し、本来の「知のありよう」を取り戻すのには、やはり教育がキーワードになっているのでしょうか?

教育だとは思いますよ。でも、今の学校教育は閉ざされた集団内部での相対的な優劣を競わせているだけですから、そんなことをいくらやっても子どもは成熟しないし、集団として支え合って生きて行く共生の知恵も身につかない。保護者も子どもたちも、どうすれば一番費用対効果の良い方法で単位や学位を手に入れるかを考える。最少の学習努力で最大のリターンを得ることが最も「クレバーな」生き方だと思い込んでいる。
でも、学校教育を受けることの目的が自己利益の増大だと考えている限り、知性も感性も育つはずがない。人間が能力を開花させるのは自己利益のためではなくて、何度も言っているように、まわりの人たちと手を携えて、集団として活動するときなんですから。でも、今の学校教育では、自分とは異質の能力や個性を持つ子どもたちと協働して、集団的なパフォーマンスを高めるための技術というものを教えていない。共生の作法を教えていない。それが生きてゆく上で一番たいせつなことなのに。
僕は人間の達成を集団単位でとらえています。ですから、「集団的叡智」というものがあると信じている。長期にわたって、広範囲に見てゆけば、人間たちの集団的な叡智は必ず機能している。エゴイズムや暴力や社会的不公正は長くは続かず、必ずそれを補正されるような力が働く。
ですから、長期的には適切な判断を下すことのできるこの集団的叡智をどうやって維持し、どうやって最大化するのか、それが学校でも最優先に配慮すべき教育的課題であるはずなのに、そういうふうな言葉づかいで学校教育を語る人って、今の日本に一人もいないでしょう。学校教育を通じて日本人全体としての叡智をどう高めていくのか、そんな問いかけ誰もしない。
今の学校教育が育成しようとしているのは「稼ぐ力」ですよ。金融について教育しろとか、グローバル人材育成だとか、「英語が使える日本人」とか、言っていることはみんな同じです。グローバル企業の収益が上がるような、低賃金・高能力の労働者を大量に作り出せということです。
文科省はもうずいぶん前から「金の話」しかしなくなりました。経済のグローバル化に最適化した人材育成が最優先の教育課題だと堂々と言い放っている。子どもたちの市民的成熟をどうやって支援するのかという学校教育の最大の課題については一言も語っていない。子どもたちの市民的成熟に教育行政の当局が何の関心も持っていない。ほんとうに末期的だと思います。

―モノや資源のレベルでも、教育のレベルでも、色んな意味での持続可能性というのは、一人一人がそういった知のマップを作ることだと思います。このマッピングをどうやって可能にして、共生の知恵をもった社会に作ることができると思われますか。

今の日本の制度劣化は危険水域にまで進行しています。いずれ崩壊するでしょう。ですから、目端の利いた連中はもうどんどん海外に逃げ出している。シンガポールや香港に租税回避して、子どもを中等教育から海外に留学させて、ビジネスネットワークも海外に形成して、日本列島が住めなくなっても困らないように手配している。彼らは自分たちが現にそこから受益している日本のシステムが「先がない」ということがわかっているんです。でも、「先がない」からどうやって再建するかじゃなくて、「火事場」から持ち出せるだけのものを持ち出して逃げる算段をしている。
僕は日本でしか暮らせない人間をデフォルトにして国民国家のシステムは制度設計されなければならないと思っています。でも、日本語しか話せない、日本食しか食えない、日本の伝統文化や生活習慣の中にいないと「生きた心地がしない」という人間はグローバル化した社会では社会の最下層に格付けされます。最高位には、英語ができて、海外に家があり、海外に知人友人がおり、海外にビジネスネットワークがあり、日本列島に住めなくなっても、日本語がなくなっても、日本文化が消えても「オレは別に困らない」人たちが格付けされている。こういう人たちが日本人全体の集団としてのパフォーマンスを高めるためにどうしたらいいのかというようなことを考えるはずがない。どうやって日本人から収奪しようかしか考えてないんですから。
この仕組みを何とかしないといけない。そのために学校教育とは別のラインに、若い人たちの市民的成熟を支援する場を立ち上げなければならないと思って凱風館という私塾を僕は始めたわけです。でも、こういうことを考えたのは僕一人ではなくて、ほとんど同時期にまわりの友人たちも次々と私塾を立ち上げて若い世代のための教育事業に取り組んでいます。鷲田清一、平川克美、釈徹宗、名越康文、茂木健一郎・・・みんなこの二三年の間に、凱風館と相前後して私塾を開設しています。そういう流れが来ているんだと思います。
ネット社会というのはどういう「ハブ」に繋がるのかで力量が問われるわけです。「誰に繋がっているのか」ということが死活的に重要なわけです。ツィッターがそうですけれど、「誰をフォローするか」によってその人の情報リテラシーの質が決定される。数百万の発信者のうちから、良質な情報発信源を「この人」と特定するためにはそれなりの力が要ります。そして、自分自身も流れ込んでくる無数の情報の中から「これ」というものを選別して次に流してゆく。そういう何層かのスクリーニングを通過して伝播した情報は良質のものと見てよい。これも集合知です。複数の人のピア・レビューを経て伝播する情報は信頼性が高い。
ジャンク情報というのは情報のスクリーニングを経由しない情報のことです。均質的なイデオロギーや言葉づかいの人たちの間だけで共有されている情報は、どれほど拡散していてもいずれ厳密なレビューには耐えられない。だから、情報の階層化は急速に進行することになる。
ネット社会では「誰とネットワークを結ぶか」という集団の選択がその人の情報リテラシーだけでなく、その後のキャリアパスの広がりや、社会的地位までをも決定することになります。
個人ではなく集団が社会的活動の単位となるべきだというのは人類史的な経験知ですが、それが現代ではさらに切迫したものとなってきたということでしょう。

―−−−本日は長時間にわたり非常に内容の濃いお話を盛りだくさんお話ししていただき、どうもありがとうございました。

「ウクライナ危機」で歴史の潮目は変わったのか?

★世界史的に見る「ウクライナ危機」: 歴史の潮目は変わったのか /国際政治学者・六辻彰二
***「THE PAGE 10月3日15時25分 配信記事」より転載

2014年3月18日、ロシアがクリミアを併合しました。これは各国の警戒を強め、「新冷戦」や「新帝国主義」の言葉も飛び交うなど、ヨーロッパは第二次世界大戦終結後、最大の危機を迎えているともいわれます。変動するウクライナ情勢は、歴史的にどのように位置づけられるのでしょうか。帝国主義時代、冷戦時代と比較しながら考えます。

@そもそもウクライナ危機とは

 ウクライナ危機の直接的なきっかけは、2013年12月にEUがウクライナを含む旧ソ連6か国に対して、EU加盟を視野に入れた「東方パートナーシップ首脳会合」を呼びかけたことでした。当時のヤヌコーヴィチ大統領は一旦参加を決定しましたが、自らの「縄張り」を失うことを警戒するロシアからの買収や威圧を受けて、後にそれを撤回。これに、ロシアの影響から逃れたい親欧米派が反発。抗議デモが暴徒化し、各地で政府庁舎などが占拠されるなか、ヤヌコーヴィチ大統領も亡命し、ウクライナ全土が無政府状態に陥りました。

 その中で2014年2月27日、ロシア系住民が多いクリミア半島では、親ロシア派の武装集団が地方議会を占拠。混乱のなか、親ロシア派から「クリミアのロシア系人の保護」の要請を受け、3月1日にロシア軍がクリミアへの展開を開始。欧米諸国はこれを非難しましたが、ウクライナ軍が戦闘を避けて撤退し、ロシア軍が治安を事実上掌握した中で、独立を問う住民投票が実施され、それを受けてロシアはクリミアを併合したのです。

 これと前後して、ウクライナ東部ドネツク州では親ロシア派がやはり市庁舎を占拠して、4月7日に「ドネツク自治共和国」の建国を宣言。5月11日には完全な独立国家になることの賛否を問う住民投票が行われ、9割の賛成を得たと親ロシア派の選挙管理委員会が発表。その上でロシア政府に併合を求めましたが、ロシアはドネツク併合に踏み切っていません。

 一方、5月25日のウクライナ大統領選挙で当選したポロシェンコ氏は、ドネツクの武装勢力を「テロ組織」と認定。ウクライナ軍が親ロシア派への攻勢を強めました。しかし、8月28日にポロシェンコ大統領はドネツクに1000人のロシア軍が侵入していると発表。ロシア政府は「パトロール中の事故」と釈明しましたが、ウクライナや欧米諸国は非難を強めました。その一方で、ロシアの直接介入でウクライナ軍は後退。9月5日にウクライナ政府と親ロシア派が停戦に合意したのです。

@「帝国主義」時代の復活なのか

 ウクライナ危機をきっかけに、欧米諸国のメディアではロシアの行動を「帝国主義」と形容されることが珍しくありません。その多くは、「軍事力を用いてでも勢力圏を拡大すること」というニュアンスで「帝国主義」の語を用いています。

 第一次(1914~1918)、第二次(1939~1945)の両世界大戦だけでなく、19世紀から20世紀の前半にかけて、列強間の戦争は絶えませんでしたが、その大きな背景としては、

・列強は自らの経済成長のために、農産物などを独占的に手に入れる供給地であるともに、本国の工業製品を売りさばく市場でもある植民地を必要としたこと、
・しかし、植民地争奪戦の結果、20世紀の初めにはもはや植民地にできる土地が少なくなり、これが逆に列強間の対立を加熱させたこと、
・格差や貧困を背景に、列強の内部ではナショナリズムが高揚し、国民が政府に海外進出を求めたこと、などがあります。

 軍事力とナショナリズムを背景とするロシアのクリミア併合は、当時の列強の行動パターンに近いものといえるでしょう。その一方で、帝国主義時代との類似性は、ウクライナ危機の構図そのものにも見受けられます。

 もともと、ウクライナを含む旧ソ連圏ヨーロッパ諸国は、西欧とロシアの緩衝地帯でした。冷戦末期には、西側の影響力が広がることを懸念するソ連に、米国や西ドイツが「NATOの東方拡大はない」と説得した経緯があります。

 しかしその後、東欧諸国からの要請のもと、NATOとEUはなし崩し的に東方に拡大。冷戦終結段階で16か国だったNATO加盟国は、2009年までに28か国にまで増加しました。その中で、米国主導のNATOはウクライナの加盟申請を事実上断り続けましたが、それはロシアを刺激しすぎることを恐れたためでした。一方、EUは1993年の発足当初12か国でしたが、近年では基準を緩和してでも加盟国を増やしており、2013年7月には「人権状況や汚職に問題がある」とされながらもクロアチアの28番目の加盟が実現しました。

 冷戦終結後のグローバル化は当初、「世界が一つの経済圏になる」と想定されていました。しかし、競争が非常に厳しくなる中、各国は確実な利益を目指してFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)に向かうようになりました。特に2008年の金融危機で大打撃を受けたEUにとって、加盟国増加を念頭に置いた東方拡大は経済回復を図る手段ですが、これがロシアには経済圏の浸食と映ります。政治的にデリケートな旧ソ連圏にまでEUが手を広げ、これがロシアからの強い反発を招いたことは、「限りある経済圏」をめぐって争った帝国主義時代と共通する構図といえます。

@新しい「冷戦」時代なのか

 その一方で、ウクライナ危機には冷戦時代との類似性もあります。 帝国主義時代と比較した冷戦時代の主な特徴をあげると、

・核兵器の開発などにより戦争のコストが高くなりすぎたため、大国同士が全面衝突を避けるようになったこと、
・冷戦期の東西両陣営は、経済圏ではなく、友好国の確保を通じたイデオロギー圏の拡大を目指し、宇宙開発レースや世界的なスポーツ大会でのメダル数争いなどを含めた宣伝戦が激化したこと、
・どちらの陣営に属するかが明確になった国に対して、相手陣営はほとんど関与しなくなり、それが結果的に両陣営の「住み分け」を可能にした(ヴェトナム戦争後のインドシナ3か国と米国など)こと、があげられます。

 このうち、特に最初の点は、ウクライナ危機でもみられる特徴です。
冷戦期、少なくとも大国同士の間では、核兵器に代表されるように、軍事力は「大規模に行使する」より「見せつけたり、小規模に使用したりすることで相手に方針を変更させる」ことが主な役割となりました。一方、米ソいずれかが第三国で大々的に軍事行動を起こした場合、もう片方は相手を非難し、これと敵対する勢力を支援しながらも、直接の軍事的関与は避けました(ヴェトナム戦争やアフガニスタン侵攻など)。

 ロシアはドネツクに直接介入する一方、ウクライナ危機に関して公式には「即時停戦」、「全ての勢力間の無条件の対話」、「高度な連邦制の採用」を提案し続けました。これは、ロシア系住民の人口が過半数に届かないドネツクを併合して欧米諸国とさらに対立を深めるよりむしろ、親ロシア派の影響力を保たせてウクライナ全土が欧米圏に組み込まれることを避ける方針といえるでしょう。9月16日、ウクライナ政府はドネツクに「特別な地位」を2年間認め、親ロシア派に配慮を示しました。限定的とはいえロシアの直接介入は、親ロシア派との停戦や協議に消極的だったポロシェンコ大統領に、方針転換を余儀なくさせる圧力になったのです。

 その一方で、同じく16日にウクライナ議会はEUとの政治、貿易に関する連合協定に調印を決定。さらに、それに先立って8月29日には、ヤツェニュク首相がNATO加盟の是非を問う住民投票を10月26日に実施すると発表。ロシアの圧力が強まる中、ウクライナ政府は欧米諸国への傾斜を強めています。

 しかし、それに対する欧米諸国の反応は、ウクライナ政府の期待と隔たりがあります。9月20日、NATOはウクライナで合同軍事演習を行ってロシア軍をけん制しましたが、その前日19日、ポロシェンコ大統領と会談したオバマ大統領は4600万ドルの軍事支援を約束したものの、ウクライナ政府が求めた「NATO外の特別な同盟国」の地位を与えることを拒絶。ヨーロッパでも、かつてソ連の一部だったバルト3国を中心にロシアへの強硬意見があがっているものの、ドイツのメルケル首相は9月4日のNATO首脳会合を前に「ウクライナの加盟はNATOの主要議題でない」と明言。ウクライナを「同盟国」にしないことで大国間の全面衝突を避ける姿勢は、冷戦時代に共通する行動パターンといえます。

@2つの時代との共通点と転換点

 ウクライナ危機は、「限られた経済圏」をめぐって二つの勢力が対立し、それが抜き差しならない緊張をもたらした点で、帝国主義時代と共通します。一方、全面衝突を避けなければならない大国同士が、有利に外交を展開するための手段として軍事力を用いる点で、むしろ冷戦時代と同様です。

 それが「はったり」と思われては効果が薄いため、双方は「いざという場合には全面衝突も辞さない」という「本気度」を相手にアピールせざるを得ません。そのため、軍事的な威嚇、限定的な軍事行動、経済制裁、宣伝などを通じて緊張がエスカレートする状況は、全面的な軍事衝突を避ける必要が大国間の外交を動かした冷戦期と共通する特徴です。しかし、経済や情報のグローバル化が進んだ現代、それらが世界全体にもたらす影響は、「住み分け」が可能だった冷戦期と比べものになりません。その結果、緊張を高めたり、和らげたりすることが外交の手段になりやすくなるといえます。

 ウクライナ危機は、帝国主義時代のように大国間で摩擦が起こりやすく、冷戦時代のように全面衝突への緊張が外交の手段となりやすい時代への転換を象徴する出来事といえるでしょう。
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