FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

11月の唄:赤い橋&赤色エレジー

★赤い橋
  
作詞:北山 修
作曲:山本幸三郎
歌唱:淺川マキ

不思議な橋が この町にある
渡った人は 帰らない
昔、 むかしから 橋は変わらない
水は流れない いつの日も
不思議な橋が この町にある
渡った人は 帰らない

いろんな人が この町を出る
渡った人は 帰らない
赤く赤く 塗った
橋のたもとには
赤い赤い花が 咲いている
不思議な橋が この町にある
渡った人は 帰らない

不思議な橋が この町にある
渡った人は 帰らない
みんな何処かへ行った
橋を渡ってから
いつかきっと 私も渡るのさ
いろんな人が この橋を渡る
渡った人は 帰らない

・・・・・・・・・・・・・

★赤色エレジー

作詞:あがた森魚
作曲:八洲秀章
歌唱:あがた森魚

愛は愛とてなんになる
男一郎 まこととて
幸子の幸はどこにある
男一郎 ままよとて
昭和余年は春も宵
桜吹雪けば情も舞う

寂しかったわ どうしたの
お母様の夢見たね
お布団もひとつほしいよね
いえいえ こうしていられたら

あなたの口からさよならは
いえないことと思ってた
はだか電灯 舞踏会
踊りし日々は走馬灯

幸子の幸はどこにある
愛は愛とてなんになる
男一郎 まこととて
幸子の幸はどこにある
男一郎 ままよとて
幸子と一郎の物語
お涙頂戴ありがとう


*11月の更新は・・・これでオシマイもうミセジマイ・・・
スポンサーサイト

 「もう我慢はしない! 立ち上がる宣言」

★「もう我慢はしない! 立ち上がる宣言」 
***「Fb 宇野朗子(うのさえこ)さんのページ」より転載

☆「もう我慢はしない! 立ち上がる宣言」

稲刈りが終わった田んぼに、西風が吹き、森の木々は赤や黄色の葉を落としています。山々は濃いオレンジ色の夕焼けに縁どられ、くっきりと群青色に浮かび上がります。
今年も、美しい福島の秋が終わり、やがて冬へと移り変わろうとしています。

しかし、原発事故が始まってから3年と8ヶ月、原発事故による傷はいたる所に入り込み、私たちはそこから逃れることができません。

原発事故現場では、今も放射性物質が大量に環境中へと流れだし、収束の目途は立っていません。すでにばらまかれてしまった放射性物質が、私たちの日々の暮らしに重くのしかかっています。国は、責任逃れと利権を守るために、放射能汚染の中で生きることを人々に強いています。
過酷な被曝労働に従事する原発作業員は、搾取や待遇の劣悪さに苦しんでいます。
除染作業はもちろん、道路工事も、建築作業も清掃も、ごみ処理場の仕事も、多くの仕事が、被ばくの危険と隣り合わせの労働となりました。
いのちある食べ物をつくる農家や酪農家の歓びは奪われ、苦難と葛藤の中で生きています。

子どもたちの楽しい通学の時間も、体育やマラソン大会も、野の草摘みもドングリ拾いも、被ばくの不安を抱える現実があります。
子どもたちの甲状腺癌とその疑いは104人となりました。これからの健康被害とともに心配されるのは、放射能安全教育により放射能への警戒を解いてしまうことです。

そして、この地に水に空に生きる無数の声なき生き物たちも、命と健康を脅かされています。私たち人間が引き起こしたこの惨禍を、ただ静かに生き抜こうとしています。

避難し、家族離れ離れの中で暮らす人々の苦悩も続いています。

あまりにも深い喪失と先の見えない暮らしの中で、うつ病に苦しむ人や自ら命を絶つ人が増えています。福島県の災害関連死は津波による被害者を上回り、1700人を超えました。私たちはもうこれ以上、犠牲者を出したくはありません。

私たち被害者の健康と安全はどう守られるのか、暮らしと生業の回復はどう補償されるのか、ただ待っていても国は助けてはくれないことがこの3年8ヶ月の間に身に染みてわかりました。

私たち被害者の苦悩をよそに、鹿児島県の川内原発が再稼働されようとしています。大飯原発訴訟の判決は、国民が根を下ろして生活することを奪うことが国富の喪失だと示しました。それを身をもって知っている私たちは、同じ悲劇を二度と繰りかえさせないために、この事故の悲劇を語り次ぐ責任があります。

今日、私たち福島原発事故による被害者は、福島市公会堂に集い、お互いの被害の実情を知り、それぞれの尊厳回復への意志を確認しました。私たちは、さまざまな分断を超えてつながり、国と東電に対し、被害者の本当の救済を求めて、力を合わせ声をあげていくことを誓います。

1、被害者への謝罪
 東京電力と国はこれまでの原発推進政策の間違いを認め、全ての被害者に心から謝罪し、原発の推進を今すぐ止めること。

2、被害の完全賠償、暮らしと生業の回復
 誰もが望む場所において、新たな生活を始められるような誠意ある賠償をすること。

3、被害者の詳細な健康診断と医療保障、被曝低減策の実施
 「避難の権利」を認め、保養の制度化や定期的に詳細な健康診断を行うこと。
 子どもたちに安全と真実を知る機会を保証すること。

4、事故の責任追及
 司法の場で、東京電力福島原発事故の真実を明らかにし、責任を負うべきものが罪を償うこと。

私たちは、原発事故とその後の、国や東電の対応によって傷つけられた尊厳を自らの手で取り戻すため、もう我慢はしない!立ち上がる ことを宣言します。

2014年11月16日                     「原発事故被害者集会」参加者一同 

安倍解散会見から見えた総選挙の本当の論点

★安倍解散会見から見えた総選挙の本当の論点
***「ダイヤモンド・オンライン 11月21日(金)8時0分配信」より転載

● 相変わらず不明な選挙の大義名分

 18日夜、安倍首相が衆議院解散表明を行った記者会見。みなさんは12月の総選挙の“大義名分”がお分かりになられたでしょうか。私は、以下の2つの点から相変らずその“大義名分”を理解することができませんでした。

 第一に、7~9月の成長率がマイナスであった以上、法律の景気条項に基づいて政治の裁量で消費再増税を淡々と延期すれば良いのであり、それを選挙で国民に問う必要はないからです。

 第二に、アベノミクスの是非を国民に問うというのも未だによく分かりません。アベノミクスは金融緩和・財政出動という短期の経済運営と成長戦略という長期の経済運営という、教科書的に当たり前の経済運営を行なっているに過ぎず、+αの足りない部分を議論するならともかく、その是非自体は問う必要もないからです。

● 安倍首相は経済運営の退路を断った

 しかし、安倍首相の会見から、少なくとも選挙戦を通じて与野党にしっかりと議論してもらいたい論点だけは明確になりました。それは、正しい経済運営を行なえる体制を構築できるかということです。

 その理由は、安倍首相が“2017年4月には必ず消費税を10%にし、景気条項も付さない”と断言したからです。この発言はある意味で非常に思い切った発言であり、安倍首相自ら経済運営について退路を断ったとも言えます。

 というのは、今の金融緩和のペースが続けば、2017年4月より前には物価上昇率が2%を超えている可能性が高いと考えられるからです。
.

 物価上昇率が2%を超えたら、日銀は今の大規模な金融緩和を止め、逆に金融引き締めに移行するでしょう。それなしには、とめどもないインフレというデフレとは正反対のリスクが顕在化しかねないからです。即ち、2017年4月に日本経済は、既に金融引き締めに転じている中で増税を行なうという、景気の足を引っ張るダブルパンチに直面することになる可能性があるのです。

 それだけではありません。2017年4月に増税が延期になったというと、財政再建を始めるタイミングも先送りになったように思われかねませんが、現実は逆です。日銀が金融引き締めに転じたら、日銀が吸収する国債の量も減少することになるので、そうなっても国債が市場で円滑に消化されるようにするには、日本の財政規律に対する外国人投資家の信頼が維持されるよう、2017年4月の増税より前の段階から本格的な財政再建に取り組むことが必要となります。

 即ち、2017年4月に増税が延期になったということは、経済運営や財政再建で一息つける時間ができたのではなく、むしろそれまでの2年半の間に日本経済を正しく再生させて成長率を高め、そして本格的な財政再建を始めるという2つの約束をしたに等しいのです。

● 選挙戦で議論すべきは 改革を進める体制かどうか

 それでは、あと2年半で日本経済を再生するには何が必要でしょうか。安倍政権のこれまでの2年間で大した成果を出せていない成長戦略を充実させ、思い切った岩盤規制の改革や法人税減税などの構造改革を進める必要があります。今の金融緩和や財政出動は2年半後まで効果が続くと思えない一方で、成長戦略の効果が出て生産性が上昇するにはある程度の時間がかかることを考えると、できるだけ早く、それこそ来年の前半には成果を出さなければなりません。

「関西電力」が「40年超老朽原発」運転延長へ

★「関西電力」が「40年超老朽原発」運転延長へ経産省はなぜこの暴挙を止めないのか
***「現代ビジネス 11月18日(火)6時2分配信」より転載

東日本大震災以降2度目となる衆議院の解散・総選挙の年内実施が既定路線になる中で、すっかり注目されなくなった争点がある。東京電力の福島第一原子力発電所で未曾有の事故が起きた原子力発電の問題だ。
.
@「脱原発依存」を遅らせる行為

 エネルギーの安定供給の観点から見れば、すべての原発をいきなり廃炉にするのは乱暴だ。その意味では、ようやく九州電力の川内原発に再稼働のメドがついたことは評価できる。

 しかし、その一方で、関西電力は今、間もなく運転開始から40年(設計上の耐用年数)を迎える高浜原発1、2号機の運転再開に強い意欲をみせている。この動きは、震災後のいくつかの選挙で一定のコンセンサスを得たはずだった“脱原発依存”を実現するまでに必要な時間を20年引き延ばす行為に他ならない。

 選挙上手の自民・公明両連立与党は、今回も原発を含むエネルギー問題を争点にしない注意深さをみせているが、われわれ国民はそうした連立与党の戦略を黙認してよいのだろうか。

 新聞各紙が年内の衆議院の解散・総選挙ムードの高まりを報じ続けていた先週木曜日(11月13日)、日本経済新聞は朝刊1面トップで、『原発40年超え運転』の大見出しを付けて「関西電力は運転開始から39年以上たつ高浜原子力発電所1、2号機(福井県)の運転を20年程度延ばす方針を固めた。年末に特別点検を行い、来春にも原子力規制委員会に運転延長を申請する」と報じた。

 運転の開始から39年の歳月を経た“老朽原発”は、全国に7基ある。別表を参照してほしい。その7基とは、右端に並ぶ日本原子力発電・敦賀1号機、関西電力・美浜1、2号機、同・高浜1、2号機、中国電力・島根1号機、九州電力・玄海1号基だ。
原発の運転は原則として、開始から40年に制限されている。例外的に最大20年まで延長が可能だが、その場合は原子力規制委員会の新規制基準に加えて、より厳しい特別点検にも適合する必要がある。

 特別検査に適合するためには、「古い原発ほど燃え易い材質のものを使っている」と言われている電気のケーブルの交換などが必要で、膨大なコストがかかる。このため、一般論としては老朽化した原発の再稼働は難しいことになっている。

 そうした中で延長を目指す動きが報じられたのは、今回の関西電力の高浜1、2号機が初めてだ。同じ関西電力でも、運転開始からの経過期間がより長く、発電の出力が1、2号機の2機合計で84万kW(高浜は1、2機合計で166万kW)と小さい美浜は改修コストをかけると採算が合わず廃炉が避けられないとみられている。

 当の関西電力の八木誠社長(電気事業者連合会会長)は14日の記者会見で、美浜、高浜両原発の扱いを問われ、「どう対応するか検討している」「できるだけ早く方針を出したい」と述べるにとどめた。とはいえ、高浜の2基の運転延長については「ワンオブゼム(複数選択肢の一つ)」と意欲をのぞかせたという。

@関西電力への苛立ちの声

 だが、こうした関西電力の突出には、電力関係者の中からも苛立ちの声が少なくない。

 そもそも、政府は具体的な時期や道のりは示していないものの、それでも「エネルギー基本計画」で、「原発依存度の引き下げ」を掲げている。

 そして、川内原発の再稼働が現実味を帯びる中で、経済産業省は1980年以前に運転を開始した老朽化原発12基を廃炉に追い込み、安全性の観点からの選別強化を鮮明にすることで、残る原発の再稼働を円滑にしようと目論んでいた。実際、小渕優子前経済産業相が9月5日の記者会見で、「円滑な廃炉をすすめることと安全性が確認された原発の再稼働を進めることをあわせて推進したい」と強調したこともあったのだ。

 そんな経済産業省に呼応するかのように、運転開始から40年が経つ島根原発1号機を抱える中国電力や同じく39年が経つ玄海原発1号機を抱える九州電力はそろって、廃炉に柔軟な姿勢を示していた。

 しかし、廃炉には多額の費用が必要だ。電力会社の経営に直結する問題でもある。反発の強い電力会社を抑えきれなかったのだろう。小渕前経産相が9月17日、電気事業連合会会長の八木関電社長に対し、老朽原発の廃炉判断を急ぐよう求めた時には、廃炉対象の原発は1975年以前に運転を開始した“超”老朽化原発に限定され、対象数も7基に減ってしまった。関西電力を例にとれば、保有する原発11基のうち7基の廃炉を迫られるはずが、4基で済んだのである。

 しかし、関西電力は、その4基の廃炉にすら素直に首を縦に振らなかった。冒頭で紹介した新聞報道の通り、高浜原発の2機(1、2号機)を温存し、廃炉を美浜原発の2機(1、2号機)だけに限定する姿勢を打ち出したのである。

 こうした関電の態度について、電力会社の中にも「カネ勘定が好きな関電らしい。が、電力業界の存亡をかけた“暗黙の了解”を台無しにしかねない」と苛立ちを隠さないところがある。

 というのは、思い切って廃炉を受け入れれば、経済産業省が、廃炉によって財政難に陥りかねない立地自治体の理解を得るための後押しや、経営圧迫を避けるために必要な会計上の特別措置の導入に一肌脱いでくれると期待していたからだ。

 老朽原発の廃炉という“出血”を受け入れることで、電力会社としても安全性を重視して原発を選別する姿勢を明確にして、川内原発が再稼働のゴーサインを獲得した流れを確かなものとし、各地の原発の再稼働を加速するのに役立てたいという“戦略”も、台無しになってしまうという。

 全国の電力10社合計の燃料費は、2014年度上半期に約3.5兆円と、過去最大を記録した前年度と同程度の規模に膨らんでいる。原発の再稼働の遅れは、経営を一段と圧迫する見通しだ。電事連会長会社であるにもかかわらず、自社の損得勘定を前面に押し出す関西電力に、同業他社が苛立つのも無理はない。

 ちなみに、川内原発の再稼働後は、関西電力の高浜3、4号機と四国電力の伊方3号機に対する原子力規制委員会の新規制基準の適合性審査が本格化するとみられている。しかし、東日本大震災によって収益面で大打撃を受けた東北電力の女川、東通の両原発や、完成間近だった電源開発(Jパワー)の大間原発などは、いまだに審査開始のめどが立っていない。円安に伴う火力発電用の燃料輸入コストの高騰と相まって、高い電気料金がわれわれの暮らしを圧迫する状況はなかなか解消しそうにない。

@宮沢経産相は「見て見ぬふり」

 もう一つ国民の立場で言えば、関西電力の高浜1、2号機の再稼働は、運転開始から40年を経過した老朽化原発を順次廃炉にして、原発依存度を引き下げていくというシナリオを根底から覆すものだ。安心安全のシナリオを台無しにするものなのである。

 再び別表の左端をご覧いただきたい。廃炉の“40年原則“を厳格に守っていけば、それだけで20年後の2034年に稼働が可能な原発は、東北電力の3機(女川1、2号機、東通1号機)、北海道電力の2機(泊原発2、3号機)など、この左端の11機に縮小するはずだったのだ。立地や地元の電力需要などの要素を勘案すれば、さらなる絞り込みも可能なはずだった。

 しかし、関西電力が高浜原発1、2号機で「(運転の)20年延長」の実績を作り、それが慣例化してしまうと、2034年になっても緑と黄色の背景色をつけた別表の中央部分の30基も存続にも存続の道が開かれる。これでは、政府が「エネルギー基本計画」で掲げた「原発依存度の引き下げ」が骨抜きになることは明らかだろう。

 それにもかかわらず、現在のところ、宮澤洋一経済産業相は、「(運転期間の延長は)原子力規制委員会や電力会社が判断する問題だ」と逃げの姿勢を決め込んでおり、これ以上、個別の電力会社の方針に関知しない姿勢を示している。

 見方を変えれば、今回の関西電力の老朽化原発温存の動きは、安倍政権と与党が発足からの2年間、お題目のように「原発依存度の引き下げ」と唱えながら、何ら具体策を示して来なかったことのツケに他ならない。

 そして、宮澤大臣の発言から伺えるように、経済産業省には電力会社と対峙する気概がない。今後も面倒な調整は避けて、譲歩を続けるのだろう。関西電力の「原発依存度の引き下げ」破りを見て見ぬふりするのは、その証左である。福島第一原発の大事故後も、この役所に電力・原発政策を委ねてきたことが正しかったのか否かという疑問を抱かせずにはおかない。

@原発政策の立て直しも「重要な争点」

 最後に、前回の総選挙で投票率が過去最低の59.32%にとどまった問題を指摘しておきたい。投票率が低かった原因は、今回もよく似ているが年の瀬が押し迫った12月16日に投票日が設定されたことや、鳴り物入りで政権交代をした民主党の政権運営のあまりのお粗末さへの失望、そして原発問題を争点にしない自民、公明両党の選挙戦略のうまさなど、様々な要因が考えられる。

 しかし、結果として、あの選挙で誕生した安倍晋三政権が、見直しに必要な利害調整の困難を嫌い、お粗末な前政権の電力・原発政策をほぼそのまま踏襲している事実を忘れてはならない。

 われわれ国民は、今回の総選挙で争点にすべきテーマが消費増税だけではないことを肝に銘じるべきだ。そして、政府・連立与党に電力・原発政策の明確な建て直しを公約するよう迫っていく必要がある。
.
町田 徹

沖縄知事選:民意の力で自己決定権を勝ち取る

★自己決定権 民意の力で尊厳回復を 国連で不当性訴えよう
***「琉球新報 社説 【2014年1月3日】」より転載

 ウチナーンチュの多くがわだかまりを抱えたままの年明けであったろう。仲井真弘多知事のあの詭弁(きべん)だらけの会見から5日足らずで新年を迎えざるを得なかった。
 琉球・沖縄史を通じ、沖縄に犠牲を強要する側におもねり、喜々として沖縄を差し出すかのような人物が、沖縄を代表する立場だったことは一度もない。だから、あの知事の姿は信じがたかった。
 だが沖縄は過去17年も埋め立てを許していない。そもそも沖縄の戦後史ほど、意思的に民主主義を獲得し、自力で尊厳を回復してきた歴史は、世界的に見てもそうない。沖縄の民意の力を信じよう。

@無力感は思うつぼ
 
 確かに、「有史以来の予算」と手放しで政府を持ち上げる知事のあの姿は直視しがたいものだった。首相官邸のホームページは沖縄を「乞食(こじき)」「ゆすりたかり」呼ばわりする書き込みにあふれた。
 沖縄への国民的同情という政治的資源は知事自身の手で失われた。県民の尊厳を傷つけた責任も重い。もっと罪深いのは県民を分断し、無力感に陥らせたことだ。
 歴史的に見ると沖縄は始終このような分断工作にさらされてきた。米軍統治下では米国によって、復帰後は日本政府によって。もっと言えば薩摩(さつま)侵攻以来でもある。世界史的に見れば植民地は常にそうだ。宗主国にとっては被植民者が仲間割れしていれば抵抗力が弱まるから好都合である。沖縄は定石通りの展開だったのだ。
 しかし戦後の沖縄はそれを見事にはね返してきた。島ぐるみ闘争、主席公選、そして復帰。民主主義を獲得し、それを駆使して権利と尊厳を勝ち取ってきたのだ。
 中でも特筆すべきは立法院1962年2・1決議だ。1960年国連総会の「植民地主義無条件終止宣言」を引用し、国連加盟国に沖縄の不当な状況へ注意を喚起する内容だった。国連の宣言や国際法を調べ、決議を練り上げる。そんな能力が当時、日本のどこの議会にあっただろう。
 今、県内には怒りと諦めが交錯している。だがこの無力感こそ、沖縄に犠牲を強いたい日米両政府の思うつぼである。国際社会の関心を招いて打開を図る。先人のそうした先見性と自主性に学びたい。
 今こそ国際社会に訴えるときだ。われわれだけでなく次世代の、子や孫の命と尊厳がかかっているからだ。日米両政府が沖縄に差別と犠牲を強いる姿勢を変えようとしないから、政府任せで打開はあり得ない。解決策は沖縄の自己決定権回復しかない。

@普遍的価値

 犠牲の強要をはね返す論理なら、国際法に根拠は数多くある。
 ハーグ陸戦条約(戦時国際法)46条は私有財産の没収禁止をうたう。略奪は厳禁だ。沖縄戦から68年、新基地を造れば1世紀を優に超える。これほど長期の占領は没収に等しい。圧倒的民意を踏みにじる基地新設も略奪に近い。
 1966年の国際人権規約第1条には「すべての人民は自決の権利を有する」とある。79年には日本も批准した。そうであれば、沖縄にとって死活的に重要なことは沖縄の民意に従うのが理にかなう。沖縄の土地と空と海は沖縄自らが自由に使えるべきだ。
 沖縄は、自由と民主主義が普遍的価値であるとの価値観に立っていると言い換えてもいい。米国はこの価値観を共有していないのか。日本政府はどうか。沖縄の代表が国連へ行き、これらを訴えるのは効果的なはずだ。
 今年9月、スコットランドは英国からの独立の是非を問う住民投票を行う。スペインのカタルーニャでも投票の動きがある。グアムも米国との自由連合盟約か州昇格か独立かの選択を模索する。
 沖縄でも自治州や道州制などの構想が復帰後連綿として続いてきた。独立研究学会も発足した。いずれにせよ、自己決定権を拡大しない限り、幸福追求はなしえない。差別的処遇を撤回させ、自らの尊厳を取り戻そう。

消費税増税で財政再建は可能か

★若田部昌澄氏インタビュー:消費税増税で財政再建は可能か
***「シノドス 2014-11/17」より転載

景気への影響は? 消費税ってどんな税? そもそも増税しないと財政再建できないのでは? 消費税率10%への引き上げが議論されている中、疑問は膨らんでいくばかり。そんな素朴な疑問を、消費税再増税をめぐる集中点検会合に参加する経済学者・若田部昌澄教授に伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)

@景気悪化は天候のせい? 

―― 今回は、消費税増税について若田部昌澄さんにお話を伺いたいと思います。今年4月に消費税が8%に上昇しましたよね。その影響はどのように出ているのでしょうか。

景気が悪くなっています。内閣府が9月8日に発表した4~6月期の四半期別GDP 速報によれば、実質経済成長率が年率換算でマイナス7・1%と大きく落ち込んでいます。

―― 「今夏の天候不順が実体経済に影響を及ぼした」という甘利大臣の発言がありましたね。消費税増税ではなく、天候のせいであるという話もあると思います。

だいぶ言い訳が苦しくなってきたなと感じましたね。天候の話をしたら、不順の年はいくらでもあるわけですが、こんなに落ち込むことはほとんど無いです。実質消費支出を見ても、2011年3月に東日本大震災の時に落ちた時に次ぐ減少具合です。かりに天候不順のせいでこんなに落ち込むのならば、ますます増税をする時期ではないでしょう。

―― 消費税は景気に影響を及ぼしているということですね。若田部さんは消費税増税について反対されていますが、「国際公約」だから実行しなければいけないのではないでしょうか。

これは、明らかな認識違いです。野田前首相が、2011年11月7日、衆議院本会議で「国際公約なのか」と自民党の議員から聞かれて、「いや違います。それができなかったらあなた責任を取るの、という話はやっていません。『国際公約』という話ではなく、国内で方針として示していることを国際社会にも説明した」と言っています。

それなのに、増税をしないと国際社会からの信認が失われるというのはおかしな話です。海外の要人が日本の財政政策について様々な発言をしていますが、クルーグマンだけではなく、米国の財務長官ジェイコブ・ルーも内需拡大を維持しなさい、財政再建には気を付けなさい、と言っている。

8月9日のフィナンシャル・タイムズも社説で消費税増税を引き延ばせと言及していましたし、ニューヨーク・タイムスや英エコノミストも同様です。外国の格付け会社であるS&Pの小川隆平ディレクターからも増税が必ずしも必要ではないという発言が出ました。

そう考えると、「国際公約」という言い方は非常に怪しいのではないかと思います。極めつけは、安倍首相の発言です。10月30日の衆議院予算委員会で、「国際公約とは違う。何が何でも絶対という約束は果たせない」と述べています。

@均衡解はあるのか 

―― 若田部さんはなぜ消費税増税に反対しているのでしょうか。財政再建のために、増税は仕方ないと思ってしまうのですが。

財政再建は目標として正しいとしても、このタイミングでの増税には反対です。

アベノミクスの第一の矢による金融緩和で、景気が良くなったとはいえ、まだまだ長年の不況を吹き飛ばすほど解決しているとは言い難い状況です。そんな中、増税すると、景気が悪くなり、成長が鈍化し、税収が上がらなくなってしまう可能性があります。

実際に、景気の悪い時に増税して、財政再建が成功した例は世界的にみてもありません。仮に、消費税収が上がっても、他の部分の税収が下がってしまったら本末転倒です。

―― 景気の悪い時には増税すべきではないということですね。

一方で、景気が良い時の増税は、成功する可能性があります。日本における1989年の消費税導入時は景気が良かったですから、それに近い状況だったと言えます。

1989年、97年、今回の2014年と導入と3回の消費税増税がありました。3回の経験の中で、景気の良かった1989年は置いといて、景気が悪かった1997年、2014年は明らかに失敗でした。

仮に増税することで財政再建を図ろうとする人を「増税再建派」と呼ぶとするならば、彼らが本当に、均衡解があってやっているのか、と疑問に思っています。めどもつかないまま、それこそ「見果てぬ夢」のようなことをやっている印象です。

―― 中期財政フレームでは、均衡解を示しているのではないでしょうか。

中期財政フレームは、2015年度までに、基礎的財政収支の赤字をGDP比でもって半減するという目標ですよね。2010年の段階で6.6%、2015年の段階で3.3%を達成すると。でも、それを達成することはまさに消費税増税によってほとんど不可能になってきました。

増税再建派の人の一番の問題点は、彼らの言う増税再建路線は現状で破綻しているということです。その大元には、そもそも均衡解があってやっているのか、ということに尽きると思います。歴史的にも、名目GDPが増えない限り、財政再建には成功しません。日本でもかつて2005年から2008年くらいまで、名目GDPが多少増えた時には、基礎的財政収支の対GDP比が減りました。

@変な独創性 

―― 消費税という手段そのものについてはどう思いますか。「消費税収は安定しているので、福祉の財源に優れている」という声もあります。

今、アベノミクスで伸びているのは消費です。設備投資はほとんど増えていないですし、純輸出はマイナスです。最大のエンジンである消費に直撃する税を導入する必要はあるのかと感じてしまいます。

消費税そのものが悪いか、といわれると、ものの使いようによっては、悪くないと思います。ただ、何を目的にするのかですよね。社会保障の目的税として消費税を使うのは、あまり適していないですね。

消費税は薄く広くとる性質があります。負担は広範に薄くなっているのに、社会保障は限られた人たちに行くわけです。負担と給付のバランスが崩れています。

実際に、他国で消費税だけを社会保障の目的税にしているところはありません。社会保険料のような形でやっていて、足りない分を他の税金で補充するのはまれです。やろうとしていることが出来なくなったから、税金で補おうとしている。そこにねじれがあります。本来ならば税制の改正や社会保障改革をやってからやるべきですよね。

日本の政策全体に言えるんですが、海外で成功していることはあまりやらないで、海外でやっていないことをあえてやる。変な独創性があるんですよね。たいがいそれは裏目に出ています。

@成り立たない議論 

―― 社会保障に適していない税ということは分かりましたが、社会保障に使うなら仕方ないのでは、と思ってしまいます。

社会保障が大事だから、消費税を増税するという考え方は短絡的だと思います。社会保障の財源の話と、消費税の話は分けて考えるべきです。財源が必要ならば、景気に悪い影響を与えないような取り方もあるわけですよ。

消費税を上げて、消費税収があがり社会保障が上手くいったとしても、景気に悪影響を及ぼし、他の税収が下がる可能性があるわけです。人々の所得と雇用が減ってしまうと、貧困者層には大きな打撃が来る。そうなってしまうと増税の意味がありません。しかも消費税は逆進性があって低所得者層に厳しい。

いまの議論って、社会保障か、消費税増税か? といった、どちらかが痛みを負わなければいけない、みたいな変なトレードオフの関係になっているわけです。これが「悪魔の選択」というか、不幸な選択になっている。でも、本当にその2択しかないのでしょうか。もっと痛みを負わずに済む方法があれば、それに越したことはないです。

一番大事なのは、まず経済が成長することだと思うんです。成長することで税収を増やしていく。実際に13年度に関しては、経済成長のおかげで3.6兆円ほど税収が増えています。

―― 少子高齢化によって、もう経済は成長しないから、やっぱりどこかで痛みを負わなければいけないと思うのですが。

でも、実際、消費税増税前のアベノミクスでは経済成長していたわけですよね。たしかに、少子高齢化の影響が全くないと言うつもりはありません。ですが、少子高齢化するのであれば、その対策を打ちながら経済成長を目指すべきです。

経済は成長できない、でも社会保障費は必要だ、という考えに落ち込む必要はないと思います。経済成長できないという議論をあまりにも鵜呑みにしているのではないでしょうか。

経済成長がないと、分配をめぐるものすごく熾烈な対立が出てきます。お金をあっちによこせ、こっちによこせとなる。それは、経済が成長しているところでも、起こる話なのだけど、全体が成長していれば、もっと分配は楽になるはずなんですよね。

そもそも、仮に経済が縮小していくとします。だとしたら、消費税にしろ何にしろ増税して社会保障費に充てるなんて成り立たない議論です。

社会保障を維持することで、むしろ経済を持続させることができる。政府の規模が大きくなっても経済成長はできる。と、いう話だったらまだわかります。

でも、経済がしぼんで社会保障関連費を維持できないと思っているのに、増税はする。本当に縮むと思うのであれば、維持ができない年金を見直すなど、制度改革をするべきです。増税をしても、次世代に負担がかかるだけで、何の解決にもなっていません。

@今あるデンジャー 

―― とはいえ、日本の社会保障は歳出と歳入のバランスが取れていない。つまり、「借金している」ということになりますよね。普通に考えたら、収入を増やすために増税、ってそんな変な話ではないと思うんですが。そして、この借金をはやく返済しないと、ギリシャのように財政破たんしてしまうのではないでしょうか。

国の財政を、家計に例えると、そういう話になってしまいますが、良い例えではないですね。国家の場合の借金=国債ですよね。日本の場合、国債の9割を日本国内で保有しています。つまり、日本国民に借金をしていることになりますね。

もし、無理やり家計に例えるとするならば、同じ家庭にいるお父さんとお母さんがいて、お父さんにお母さんがお金をかしていると言うこともできます。とはいえ、この例えは完璧ではなく、お母さんはお父さんに借金の返済を要求して、どこか違うところに行ってしまう可能性はあり得るわけです。

もっと大事なのは、1000兆円もあると言われているこの借金は何に対して大きいのかということです。ものすごく貧しい国にとって1000兆円は巨額です。

ですが、日本にとってみれば、GDPの二倍強にあたります。相対関係が大事なので、額ではなく見込みがあるかどうかが大事だと思うんですよね。

―― 年収100万円の人がかりる1000万と、年収500万円の人がかりる1000万では、意味が違うということですね。

1000兆円というと空前の数字だから感覚としてつかめないわけですよ。日本のGDPは480兆円で、一方で政府の資産は630兆円あります。このまま家計に例えると、この日本国という家計は、借金もありながら、資産も持っているわけです。ですから、ギリシャの例を日本にあてはめるのは適当ではないと思います。

日本の場合、財政危機だと言っているわりに、政府の資産をあまり売らないんですよね。イギリスなんかは、持っている軍艦を売ろうかという話までする。資産を売ることは危機の場合仕方なくやらざるを得ないんですよ。でも、日本の場合、それをしません。まだ、余裕があるのでは、と思ってしまいますね。

そうすると、家財道具を売るのとは違って、簡単に国有財産を売れるものではない、という意見も出てきます。しかし、売らないでも貸すことはできるし、不動産に関しては家賃収入を得ることもできる。あと、政府には現預金もあるし、出資金もあるわけです。財政学者の中には「売れない」という方もいますが、原則的には売ることが可能ですし、危機になったら売らざるを得ないのではないですか。

「財政危機」というのであれば、もっと色んなものを売っているだろうし、膨張している社会保障費を維持できないと訴えることもできると思うんです。ですが、増税の方に舵を取っているのは不思議です。

消費税増税の議論を見ていると、増税しなければ、日本の国債の信用があぶなくなるというような、テールリスクを懸念している声が多くあります。テールリスクとは、発生すると大きなダメージを与えることになりますが、起る確率は極めて低いリスクのことです。

もちろん、これを考慮することは大切です。でも、やはりテールリスクはテールリスクなのです。問題なのは現状に起きていることで、消費税増税で消費が伸びずに景気が悪化してしまった。しかも財政再建から遠ざかっている。これはリスクどころか、現実化している危険(デンジャー)なわけです。

現状をどんどん悪化させているのに、「でも、国債の暴落がなくて良かったね」と言えるのか。起きる可能性が非常に少ないリスクと、現実に起っているデンジャーを比較するなら、後者に対応するべきではないでしょうか。私は現在のデンジャーを悪化させないためにも、今回の増税には反対です。

(2014年10月28日 若田部昌澄研究室にて)


「オスプレイ」、佐賀空港配備の裏側

★自衛隊・オスプレイ、佐賀空港配備の裏側:基地の佐賀移転はすでに米国側が提案していた
***「東洋経済オンライン 安全保障 2014-7/24」より転載

佐賀県民にとって、まさに寝耳に水の話である。安倍晋三政権は7月22日、自衛隊に新たに導入される新型輸送機「オスプレイ」の配備先として佐賀空港(佐賀市)を選定、佐賀県に移転に関する検討を要請した。さらに、同空港には米海兵隊が利用することも考えていることを明らかにした。

同日、防衛省の武田良太副大臣が佐賀県庁で古川康知事と会談、正式に要請した。さらに「米海兵隊が佐賀空港を利用することも日本政府として考えている」(武田副大臣)と述べるなど、沖縄の基地負担軽減の観点から米軍が利用することも明言した。

これに対し、古川知事は態度を明確にしなかった。武田副大臣は記者会見で、古川知事からは「政府の方針、また考えというものを聞いたということにとどめておいてほしい」と言われたと言う。佐賀県や佐賀市にとっては、寝耳の水の要請として受け止められたようだ。

だが、海兵隊など米軍が本土へ移転するという考え自体は新しいものではない。特に今回の佐賀空港への移転は、実は一度、米軍側から日本政府に提案されたことがあるという。

沖縄タイムス論説委員を務めたジャーナリストの屋良朝博氏によれば、2002年から06年ごろまで、米国のラムズフェルド元国防長官がリードした米軍再編に関する日米協議が行われていた当時、この交渉に直接携わった米外交官から「日米間の長年の懸案である沖縄の海兵隊普天間飛行場を、佐賀空港に移転させるアイディアを日本に提起したと聞いた」と打ち明ける。それは、「佐賀空港は発着便が少ない。周辺に住宅もない」と述べ、「沖縄 の普天間飛行場を移転するのにもってこいだからだ」(屋良氏)。

この米外交官の説明は、首肯できる部分が多い。屋良氏はこの証言を記した自著(『砂上の同盟-米軍再編が明かすウソ』2009年)を引用しながら、米国側が佐賀空港への移転を提案した理由を次のように述べる。

まず、佐世保の海軍基地(自衛隊もある)に配備されている艦船と合わせて、機能を集約できる。九州には自衛隊の訓練場がいくつもあるので、狭くて演習の制限が多い沖縄にこもるよりも条件がいい。また、佐賀空港から強襲揚陸艦の母港である佐世保までは55キロメートルと近い。同空港は滑走路は有明海に面しており、ヘリコプターは海上を飛べば騒音問題も少ない。

@北朝鮮有事でも、沖縄より佐賀が有利

また、自衛隊にとっても、陸上自衛隊西部方面隊総監部がある熊本県・健軍駐屯地まで58キロメートル、近場には福岡駐屯地が45キロメートルの距離にある。実際に演習場も近く、西日本最大の日出生台演習場(大分県、4900ヘクタール)まで98キロメートル。自衛官と海兵隊員が寝食を共にしながら共同訓練することも可能だ。

沖縄本島の延長120キロメートルを半径にして、佐賀空港を起点に円を描くと、九州中北部に演習場、港、駐屯地の全機能がすっぽり入るという。小さな沖縄と比べて広い演習場がある九州なら、海兵隊も十分に訓練して、自衛隊との「インターオペラビリティ」(相互運用性)も高めることができる。しかも、日本が最も脅威を感じる北朝鮮に対しても、佐賀空港との距離は760キロメートル。沖縄からの距離1400キロメートルのほぼ半分。まさに、ナイス・ロケーションである。

だが、日本政府はこの提案をしたときに「黙って聞いているだけで何も反応がなかったと(米外交官に)聞いた」(屋良氏)。それ以後は話題にもならず、「その後の取材でも佐賀空港について耳にすることはなかった」と屋良氏は振り返る。

武田副大臣は、「なぜ佐賀なのか」という質問には、「地理的な要素、環境面、運用面などなど、総合的に判断した結果」と記者会見で述べた。また、沖縄の基地負担軽減についても、「(移転先として)可能性のあるさまざまな地域を検討してきたが、(前述のような理由を元に)佐賀空港がベストと判断した」と話す。

また、佐賀県には陸上自衛隊西部方面総監部、海上自衛隊の佐世保地方総監部、そして、航空自衛隊の西部航空方面隊司令部などもあり、統合運用に資する地域にあると答えるなど、屋良氏の説明とほぼ重なる発言を行っている。

政府が佐賀空港への移転を決めた背景には、足元では今年11月の沖縄知事選があるためだという指摘がある。佐賀空港への配属や米海兵隊の同空港利用となれば、基地の本土移転による沖縄の負担軽減を求めてきた沖縄県にとっては、ある種の朗報ともなる。

@「沖縄が最適という政府の説明が瓦解」

しかし屋良氏は「長らく日米同盟維持と安全保障上の抑止力を保つためには沖縄県が最適と言ってきた政府側の説明が瓦解する」と指摘する。日本の防衛政策や日米同盟の関係は、言葉の一つ一つをきちんと検証しないまま続けられてきた。そんな安易な発想から佐賀空港への配置が決められたのではないかと疑問を呈する。

防衛省によれば、佐賀空港の西側に2016~18年度にオスプレイの駐機場を整備。武田副大臣は配置規模について、ティルトローター(オスプレイ)17機、陸上自衛隊目達原駐屯地のヘリコプター50機、最大70機と佐賀県に伝えている。自衛隊の駐屯部隊としては700~800人規模を考慮しているという。

南相馬市の内部被曝はどうなっているか?

★南相馬市の内部被曝はどうなっているか? 
***「シノドス 2011-11/25 *上昌広 / 医療ガバナンス論」より転載

わたしは東日本大震災以降、福島県・浜通りの医療支援をしている。これまで現地で、被災地の健康診断や放射線の相談会、医師派遣といった活動をしてきた。 現地の状況は時々刻々と変化しているが、現在、問題となっているのは、放射線対策と、被災地で長期的に勤務してくれる医師の確保だ。

 10月28日、南相馬市は、小児を対象としたホールボディーカウンター(WBC)による内部被曝調査の結果を公表した。この検査は、南相馬市立総合病院で行われたもので、8月1日から10月11日までに2884人の小児(6才~15才)が受診した。

 特筆すべきは、9月以降に検査を受けた小児 527人のうち、268人(51%)にセシウム137の内部被曝が認められたことだ。マスメディアが大きく取り上げたため、ご記憶の方も多いだろう。8月以前にセシウムが検出されたのは、2357人中、わずか6人だった。桁違いに検出者が多い。

 このような差が生じたのは、南相馬市立総合病院がWBCの機種を変更したためだ。新しく導入されたWBCはキャンベラ社製のもの。この器機を用いた場合、セシウム137の検出感度は約200ベクレルで、8月まで使っていた国産WBCの7倍の感度となる。キャンベラ社とは、フランス原子力庁のもとに設立されたアレバ社のグループ会社。国産WBCでは物足りないと感じた地元の産科医である高橋亨平医師らが中心となって導入した。

 今回の発表で注目すべきは、セシウム137の検出量が、1.6~31.3 ベクレル/kg(中央値7.2 ベクレル/kg)と低いことだ。京都大学の今中哲二氏は、朝日新聞の取材に答え、「人体には1キロあたり50-60ベクレルのカリウム40という放射能が自然にある。その変動の範囲の10や20なら、神経質になっても仕方ないだろう」とコメントしている。政府・福島県の放射線対策に否定的であった今中氏の発言だけに、説得力がある。

 ただ、ここで問題になるのは、4人の子どもで、20 ベクレル/kg以上のセシウム137が検出されたことだ。最高は30-35 ベクレル/kgに達する。今中氏も「30ベクレルあったら、少し気になるので、減らした方がいい」と慎重な見解を付け加えている。

@チェルノブイリと比較して 

内部被曝調査を担当した坪倉正治医師(東大医科研、南相馬市立総合病院非常勤医師)は、「(南相馬市とは)別の地域ですが、セシウムが検出された子どもの中には、野山の野草や山菜を食べつづけていた子がいます。また、服装が汚れていたので、試しにガイガーカウンターで測定したところ 、1000ベクレル程度のガンマ線が検出された子どもいました。服を脱いでもらったところ半分になりました」という。いずれも、親が放射線に関する知識が十分でなく、適切な放射能対策を施していなかったのだろう。その保護者に対して、放射能対策について十分に説明したらしい。除染や避難などが話題に上がりやすいが、現実に生活を営んでいる市民に対しては、このような個別の対応によって、少しでも子どもの被曝を減らすことも重要だ。

 じつは、原発事故でWBCを稼働させるのは、今回がはじめてだ。よく、福島とチェルノブイリが比較されるが、チェルノブイリでWBCが導入されたのは1991年。原発事故から5年も経てば、急性被曝の推計などやりようがないため、おもに食事からの慢性被曝を評価するのが目的だった。

 「当時、ソ連は体制崩壊が進み、チェルノブイリ周囲は食糧難だった。このため、汚染食品の流通を規制することができず、内部被曝が広まった」そうだ(ウクライナ在住、放射線専門家)。一方で、日本では原発事故後、食の流通に対して多くの関係者や市民が注意を高めている。そのため 福島県において、原発周辺の放射能汚染はチェルノブイリの厳戒制限区域(55.5万Bq/m2)と遜色ないが 、内部被曝は遙かに軽い。

 余談だが、ウクライナの専門家は「現時点でセシウムが発癌を起こすことを示す証拠はないが、ソ連政府がすべての情報を開示しなかった可能性は十分にある」と指摘する。また、幼少時の被曝が、高齢化してからの発癌に影響するか否かは、十分に検証できているとは言い難い。被曝に対するわたしたちの知識は、まだまだ不十分だ。

 今回の南相馬の内部被曝調査は貴重だ。南相馬市で行われている内部被曝調査は、検査を受けた市民にとってはもちろんのこと、医学的に貴重な資料でもある 。わたしはこのようなデータを発表した南相馬市立総合病院のスタッフの皆さんに、最大限の敬意を払いたい。

@「病院は孤立した船だった」 

南相馬市立総合病院は、250床を抱える相双地区最大の急性期病院だ。原発事故後も中心的な役割を担うことが期待された。この病院は原発30キロ圏内に位置したため、想像を絶する苦難を経験する。多くの市民が屋内退避を指示され、現地に留まったのに、救急車、ドクターヘリ、DMAT(災害派遣医療チーム)、さらに食料・ガソリン薬などの補給が入ってこなくなかったからだ。

 一方、病院で働く派遣職員は全員、病院スタッフは三分の二が病院を立ち去った。医師は震災前の12人から、4人まで減ったという。自衛隊が食料などを補給したのは、3月16日だ。南相馬市立総合病院の及川友好副院長は「病院は孤立した船だった」と述べる。及川副院長は、自分の子どもたちを福島市に避難させ、病院に戻った。その際に形見を渡した。相当な覚悟だったのだろう。

 南相馬市立総合病院は、今でもスタッフ不足に悩んでいる。この規模の病院なら、通常50名程度の常勤医が必要だが、現在、同院にいる常勤医は7名だ。このような中、政府が全面的に支援する放医研・福島県立医大よりも早く、地域住民の内部被曝を調査し、迅速に社会に公開した。医師・技師・看護師、事務職員の苦労は並大抵ではなかったはずだ。地域の医師会長である高橋亨平医師、彼らを支援しつづけた桜井勝延市長の存在も大きかった。

 余談だが、南相馬市の市役所の一部は、彼らの足を引っ張っている。その中心は霞ヶ関からの出向官僚だ。「市立病院と市長が暴走している」「市民病院のお陰で福島県と県立医大が迷惑している」と言って憚らない。彼は、何事も福島県・福島医大と協力して進めなければならないと信じているようだ。

 住民の健康、現場のスタッフのサポートよりも、福島県庁との関係が重要だという官僚に、わたしは呆れ果てた。南相馬市は緊急事態がつづいている。市民の健康を守るには医療体制を整備しなければならない。その際、県や役所の面子などどうでもいい。

@「検査結果だけ送られてきても、どうしていいかわからない」 

南相馬市立総合病院の次の課題は、WBC検査でセシウム137が陽性となった小児のフォローアップだ。すでに、セシウムの取り込み量がある程度多かった小児6名のうち3名について、3ヶ月程度の間隔をおいた後の再検査を完了しており、全員でセシウム量は1000-2000 Bq/Bodyから半減した という。この事実は、小児の被曝が、食事などによる慢性被曝よりも、原発事故直後の急性被爆の影響である可能性を示唆する。しっかりフォローすれば、被曝の影響を最小限に食いとめることができる。

 さらに、住民への説明・心理ケアも重要だ。南相馬市立総合病院は、当初、検査を受けた住民や父兄に対して個別に結果を説明してきた。このころ、市民の多くは結果を聞いて安心したという。政府が「安心です」と繰り返したり、有識者がチェルノブイリのデータをつまみ食いして説明したりするよりも、自分自身の検査結果を知る方が遙かに納得するらしい。

 しかしながら、南相馬市立総合病院では人手が足りず、最近は書面での結果通知に変更した。それ以降、各地から不満・不安の声が聞こえてくる 。もっとも多いのが、「検査結果だけ送られてきても、どうしていいかわからない」だ。みな、具体的な対策を求めている。それには個別対応が必要だ。病院スタッフたちは何とかしたいと思っているが、とても手が回らない。絶対的にスタッフが不足している。

 どうすれば解決できるか、皆目検討がつかない。ただ、南相馬での勤務・活動は被災者のためだけでなく、医療にとってもきわめて貴重な経験となるはずだ。「我こそは」と思う方々、ぜひ、南相馬市に来ていただきたい。わたしまで連絡いただければ、いつでも現地関係者におつなぎしたい。



* 上昌広(かみ・まさひろ):医師・医学博士。医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門特任教授。93年東大医学部卒。97年同大学院修了。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事。05年より東大医科研探索医療ヒューマンネットワークシステム(現 先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。帝京大学医療情報システム研究センター客員教授、周産期医療の崩壊をくい止める会事務局長、現場からの医療改革推進協議会事務局長を務める。

川内原発再稼働をしてはいけない5つの理由    

★川内原発再稼働をしてはいけない5つの理由       BY 満田夏花氏【FoE Japan】

1.民意を無視した再稼働

1)鹿児島県民の6割が再稼働反対
日経新聞が今年8月に実施した世論調査によれば、「再稼働を進めるべきではない」とする意見は56%であり、「進めるべきだ」は32%にとどまっています(「原発再稼働「進めて」32% 本社世論調査」日経新聞2014年8月24日)。
また、南日本新聞が今年5月に実施した世論調査によれば、鹿児島県民の約6割が再稼働に関して「反対」もしくは「どちらかといえば反対」と回答しています。すなわち、地元でも全国的にも、民意は再稼働に反対なのです。

2)民意をくみ取る場がない
10月9日、薩摩川内市で行われた審査書に対する説明会。発言した10人のうち、9人が審査書に対して、また再稼働に対して、強い疑問と反対意見を述べました。翌日の日置市での説明会では、9人の発言者がすべて再稼働に反対。まだまだたくさんの手が上がる中、質疑は打ち切られました。
この説明会は、「審査書」に限定した一方的な説明会であり、住民の意見を十分に聞き、再稼働に関する意思決定に反映させるものではありませんでした。ひとたび事故が起これば、その影響は広範囲に長時間続きます。故郷が失われる可能性もあるのです。それなのに、住民の意見を意思決定に反映させる仕組みがありません。鹿児島県内の複数の市民団体およびFoE Japanも含む全国の市民団体が、「説明会」のみならず、「公聴会」や「公開討論会」の開催を求める署名を集め、10月3日に薩摩川内市、鹿児島県に一次提出しました。

3)「地元同意」は拡大すべき
事業者が再稼働するにあたって地元同意が必要ということになっています。鹿児島県は、「薩摩川内市と県」が同意すればよいとしていますが、いざ事故が生じた時、広範囲に影響が及ぶことを考えれば、まったく不十分です。薩摩川内市に隣接するいちき串木野市、日置市の市議会では、住民陳情に後押しされる形で、市議会が「地元同意を広げるべき」という決議を採択しました。「地元同意」の範囲の拡大とともに、十分に民意を踏まえる制度が必要です。

2.被ばくを前提とした避難計画

避難計画についてはさらに問題です。9月12日の内閣府の「原子力防災会議」が開催され、ここで、川内原発の避難計画が「具体的かつ合理的になっている」ことが了承・確認されました。しかし、川内原発の避難計画については、30キロ圏限定の避難計画となっている点、避難経路が水没するなど複合災害を考慮していない点、10キロ以遠の要援護者の避難計画が立案されていない点、スクリーニング・除染場所が決まっていない点など、その実効性には大きな疑問があります。
5km圏内の在宅要援護者で、避難が難しい人は、原発近隣の施設に「退避」することになっています。5箇所の「退避所」の一つ、旧滄浪小学校は、原発から1.6kmです。一時退待避所には燃料が4日間分しかたくわえていません。いったいいつ救出がくるというのでしょうか。これは体のよい「置き去り」にも等しい行為です。さらに、原子力規制委員会のシミュレーションでも、2日間に最高190ミリシーベルトの被ばくを強いられる計算になります。

3.審査書は穴だらけ

原子力規制委員会が実施した川内原発の適合性審査には、約1万8千件のパブリック・コメントが寄せられましたが、審査の内容に疑義を示した重要なコメントはすべて無視されてしまいました。適合性審査は、いわば「通すための試験」となっており、その範囲もいざ事故が生じた時の原子力防災計画が含まれていないなど限定されたものです。とりわけ批判が集中したのは、火山リスクに関する審査です。

1)火山噴火リスク
南九州には有名な桜島も含む「姶良(あいら)カルデラ」など複数のカルデラ火山があります。約7000年前に鹿児島沖で巨大噴火が発生しています。多くの火山学者が、火山噴火が川内原発に与える壊滅的な影響について警鐘をならしてきました。原子力規制委員会の審査では、原発から数キロの近傍に火砕流の痕跡があり、九州電力でさえ最終的には火砕流が到達する可能性を認め、その前提で審査が進みました。
原子力規制委員会の「火山影響評価ガイド」にもとづけば、①原発まで火砕流が到達するような巨大噴火が原発の「運用期間中(運転期間中および核燃料の保管期間中)」に発生する可能性が十分低いかどうか、②モニタリングで前兆現象を把握したときに、③原発をとめ、燃料棒の運びだしを行うなどの対処方針が策定されているかどうかをチェックすることになっています。
①については科学的な根拠が十分示されていない上、②が可能なのかについても疑問が多く、③については、九州電力の補正申請には「核燃料を搬出する方針である」としか書かれていません。保安規定でも、具体的な核燃料の搬出計画は記載されていません。原発をとめ、燃料棒を冷却し、搬送先をみつけ、搬送するまでには長い年月が必要で、専門家は「少なくとも5年は必要」としています。原子力規制委員会の川内原発の審査は、火山リスクが大きな争点だったにも関わらず、火山専門家を入れずに行われました。川内原発の火山噴火リスクについて、改めて審査をやりなおすべきではないでしょうか。

2)具体的な対策は先送り
多くの点において、具体的な対策は、「方針」のみしか示されておらず、保安規定や工事計画に先送りにされてしまいました。たとえば、新たな基準地震動に伴う具体的な対策、施設の耐震が大丈夫なのかは工事計画で、また巨大噴火の前兆現象がとらえられたときの核燃料の冷却、搬出方法、搬出先などは保安規定に盛り込まれることになっています。しかし後者について、九電が提出した保安規定には具体的なことは記述されていません。

4.電気は足りている

電気事業連合会によれば、今年7~8月の電力需給について、電力10社が最も電力を供給した日でも、需要に対する供給のゆとり(予備率)が10%あったと発表しました。原発が一基も動いていない状況でこの夏も電気は足りていたのです。
さらに、九州電力は9月25日から、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度に基づく新たな接続申し込みに対する回答を保留するとしました。再生可能エネルギー導入を積極的に進めている事業者や投資家にとって大きな打撃となりました。九電によれば、今年3月だけで、従来の1年分に匹敵する、約7万件の太陽光の接続契約申し込みが殺到。契約申し込み前の設備認定分も合わせると、太陽光と風力で夏のピーク需要約1600万キロワットをも超えるとのこと。ただし、実際の導入量はでも401万キロワット(2014年8月末、太陽光+風力)であり、「回答保留」には川内原発、玄海原発の再稼働を見込んでいると考えられます。送電網や需給調整の仕組みを整えれば、すでに再生可能エネルギーは、原発に優に匹敵する実力をつけてきているのです。

5.福島原発事故は継続中
福島原発事故は未だ継続中です。汚染水はとめどなく流出し、対策のめどがたっていません。ふるさとを失い、避難を余儀なくされている人たちが未だ10万人以上もいます。事故原因も究明されてはいません。こうした中、「審査」「住民説明」「地元合意」の形式だけが先行し、川内原発の再稼働の強行は許されるものではありません。

増田寛也レポート「地方が消滅する」は本当か? 

★「地方創生」論議で注目、増田レポート「地方が消滅する」は本当か? 
***「『THE PAGE 2014-10/27』 BY *木下斉氏」より転載

安倍政権は、今国会を「地方創生国会」と位置づけ、国会では地方活性化に向けた政策についての議論が始まった。「地方創生」という考え方に大きな影響を与えたとされているのが、「2040年までに896の自治体が消滅する」と予測した日本創生会議(増田寛也座長)の発表である。これに対し、数々の地方都市の街づくりのプロジェクトにかかわる、木下斉(きのした・ひとし)氏は、「地方消滅という言葉が一人歩きしている」と警鐘をならす。地方が抱える課題とは何か。木下氏に聞いた。

・・・・・・・・・

元総務大臣の増田寛也氏が代表を務める、日本創生会議が「地方消滅」を唱えたことで、「人口減少社会」、そして「消滅可能性自治体」の議論が大きくクローズアップされています。そして、安倍政権は、今国会を「地方創生国会」と位置づけ、地方活性化に向けた政策について議論するとしています。

 大筋として「地方が消滅する可能性がある」という話は自体は間違っていないのです。しかし、一連の「地方消滅」の議論では、「地方そのものの衰退問題」と、「地方自治体の経営破綻の問題」、さらに「国単位での少子化問題」、この3つが全て混在して取り扱われてしまっています。しかも、東京から地方への人口移動を中心に据えれば、地方も活性化、地方自治体も存続、さらに少子化まで解消するという話になっています。そんなうまい話はないわけです。



1 . 消えるのは、「地方そのもの」ではない

 まず「地方消滅」という表現には大きな問題があります。地方消滅と言えば、地方そのものが消滅してしまうようなショッキングな印象を与えますが、正確には、増田氏は、人口減少により「今の単位の地方自治体が、今のまま経営していたら潰れる」ということを唱えているに過ぎません。あくまで人口減少が続き、半減したら、その自治体は今のままでは立ち行かないから消滅してしまうと言っているわけで、その地方から人そのものが消し飛んでしまうなんてことは書かれていません。つまり、地方消滅ではなく、「地方自治体の破綻」を彼なりの人口統計分析から警告を発したにすぎません。

 しかし、この「地方消滅」という言葉はマジックワードとなってひとり歩きし、今の「地方創生」論議の発端となり、その内容を規定しています。

 ここに問題があります。まず、「自治体消滅=地方消滅」というように、地方自治体と地方を同一視していることが問題です。あくまで自治体はその地域における行政のサービス単位であり、その単位は常に組み替えを含めて環境に対応して再編され、人々の生活を支えていくのが基本。人々は、自治体が人々の生活を支えるという「機能」のために納税をしているのです。自治体のために地方に住んでいるわけでも、自治体を支えるために納税しているわけでもありません。

 もう一つの問題は、「地方が消滅してしまう」という危機感を煽り、少子化問題や、地方自治体の経営問題などを全て人口問題に置き換えてしまうこと。合計特殊出生率を急激にあげ、さらに大都市から地方へ人が移動すれば、地方問題が解決するといった議論になっています。人口統計だけを軸にした「地方消滅」論は、地方が抱える様々な問題を棚上げし、本質から目を背けさせてしまうことにも繋がりかねないミスリードを引き起こす可能性があります。

2. 自治体は直近の財政破綻を危惧すべき

 自治体の破綻は、人口減少だけが要因なのでしょうか。いいえ、それより先に財政破綻の問題と向き合う必要があります。財政非常事態宣言を発し、解除できていない自治体は既に全国各地に存在しています。夕張市のような自治体破綻の事例は決して稀なケースではなく、今後は多くの自治体が直面する可能性が多くあります。先日も千葉県富津市が、2018年には財政破綻に陥り、夕張市同様の財政再生団体に転落する見通しであることを明らかにして衝撃が走りました。2050年などを待たずしても、自治体自体が財政問題が原因で消滅する可能性があるのです。

 過去の失政によって生み出された膨大な自治体債務をどうするか、福祉を含めた今後の支出増に対し、減少し続ける、限りある税収でどのように対応していくのか。破綻しない社会を実現する自治体経営の課題と向き合うことが先です。地方自治体の財政問題を人口減少問題に置き換えてしまうことは、本来、多くの自治体では直近の懸念事項である財政問題への対応を遅らせる懸念さえあります。なんでも人口減少が悪い、人口減少が改善されれば全て解決する、というのは幻想です。

3. 国民を移動させる前に、自治体経営の見直しを

 「地方消滅」論での処方箋では、地方自治体の経営改革には全く触れられていません。

 人口が少なくなるのであれば、公務員の絶対数の削減も必要でしょうし、人口が減少してもサービスは最低限維持できるように、複数の自治体が事業組合などを組織して共同で広域での公共サービスを提供するなどして、従来の分散かつ非効率なやり方を見直す必要があります。さらに遊休公共施設や道路・公園などの利活用促進などによって、新たな公共収入を生み出すことも積極的に検討されるべきと思います。

 「地方消滅」論は、自治体はサービス提供のやり方も変えるというわけでもなく、今の自治体単位もそのままにしたまま、人口問題で地方が消滅するかもしれないから危険だ、と言っているのです。今のままで消滅しないためには、国民を大都市から地方へ移動させよう、また受け入れる地方の都合も無視して、都市から地方に人を受け入れろ、というのは、単に帳尻を合わそうという発想かつ、政治・行政を中心においた都合のよい社会の見方ではないかと思うのです。

 少なくとも少子高齢化問題は20年以上前から指摘されてきた問題です。私が小学生の頃から学校の教科書にのっていた社会問題でした。予測されていたのです。これからも人口は一定の予測が可能なものごとです。それに対応して、自治体経営そのものを見直していくことのほうが確実かつ必要な政策であると思います。

 大手予備校の代々木ゼミナールは、20年以上前から、来たるべく少子高齢化による生徒数減少を想定し、ホテルや高齢者住居への転用等を想定して自社ビルを建てていました。昨今、地方の代々木ゼミナールを閉校し、計画通りにリノベーションして使うようになっています。一方で、全国の地方都市の駅前には、この10年以内に開業したにも関わらず、ほぼ廃墟になっている公共施設が入った再開発施設が山ほどあります。この差はどこからくるのか。経営の持続可能性に対する意識の差であると言わざるをえません。

 自治体経営のミスの積み重ね、将来の変化は見えているにもかかわらず、過去の方法の見直しをしない姿勢が、今の自治体の深刻な財政問題を引き起こしているのです。間違いの見直しをせずに、国民が移住し、それを地域の人々が迎え入れれば全てが解決するということはないと思います。ザルに水を注ぐような話で、むしろ移住したとしても自治体が破綻する可能性はあるわけですから、とても無責任な話です。

4. 大都市部の少子化問題と向き合うべき

 「地方創生」の議論で見落とされている問題は他にもあります。地方の魅力を高め、地方に移住する人が増加すること自体はもちろん、良いことですが、大都市部における少子化問題と人口減問題を考えなくてはなりません。具体的にいえば、大都市における出生率をどう改善するか、です。国単位での少子化を問題とするのであれば、すでに人口の半数が居住する大都市部での出生率低下の原因を解消し、出生率改善に務めるというのが本筋でしょう。例えば、少子化の要因としては、都市化によって生計費や養育費が地方よりも上昇していることが長らく指摘されています。これは大都市に生まれる子供と地方に生まれる子供の「逆差別」になっているとも言えます。この問題を、国レベルで福祉政策として向き合って解消し、出生数の増加に繋げていく、という視点も重要でしょう。

 こうした大都市部における出生率低下の原因を分析し、対応することが大切であり、大都市だから出生率が改善できないと放棄し、地方にいけというのは極めて無責任です。大きな流れは都市への人口流入なのですから、その現実にそった少子化対策をとっていくことが大切であると思います。大都市であるから出生率の改善は実現できないわけではありません。世界をみれば、パリ、ロンドン、ベルリンといった世界の大都市では、この10年、出生率が改善してきており、OECD加盟国にみられる、人口密度が高くなればなるほど出生率が低くなるという負の相関関係は確実に改善されてきています。

5. ギャンブルのような一発逆転ではなく、潰れない地方政策を

 仮に、地方から大都市圏への人口移動が止まり、多くの若者が地方で子供を生むようになったとしても、それが国全体の労働力として成長するまでには一定の時間がかかります。それまで、深刻な財政問題を抱える地方自治体が今の経営のままで維持される保証は全くありません。今の経営を続けることを前提としたうえで、「地方に人が移住したり、爆発的に出生率が改善しなければ、地方自治体は潰れて、地方そのものを支えることは放棄せざるを得ない」という現在の議論ほど無責任な話はないでしょう。

 「地方消滅」論の大変わかりにくいところは、地方自治体が今のままでは破綻する、という警告は重要ではあるものの、その根拠と処方箋に大いなる問題があるという点です。指摘自体は正しい。しかし、これまで述べてきたように、問題の所在は、人口問題だけではなく、処方箋としては、人口問題だけでは解決せず、むしろ政治・行政の運営・経営に関する問題が大きいのです。人口問題については、地方から考えるのではなく、大都市部の出生率問題と向き合うべきです。日本より人口が少ない国でも公共サービスを立派にやっている国はあるわけですから、できないはずはありません。

 今必要なのは、人口が爆発的に増加する時代に対応した自治体経営や各種社会制度を見直すことではないでしょうか。人口移動だとか、地方創生交付金の創設といった、一発逆転を狙うギャンブルのような非効率な「量」を追う施策ではなく、自治体経営の構造を社会の変化に適応させて「潰れない地方自治体」の構築を可能にする、生産性の高い地方のあり方を検討することでしょう。


6. 繰り返される地方政策の間違いと向きあおう

 地方はそう簡単に再生も創生もしないと思います。けれども、そこに生まれ、そこに育ち、そこで生計をたてられるようにする人を1人でも多くすること。人口がたとえ減ったとしても、苦しくとも破綻しない行政サービスを実現するために、様々な工夫をするべきと思います。

 私はこの16年ほど地域での取り組みをしてきています。地方の大都市部である札幌、熊本、北九州における中心部再生のためのまちづくり会社の経営から、岩手県の紫波町、人口が3万4000人で、財政が決してよくない自治体でのプロジェクトにも協力しています。紫波町では、地元の方々が中心となり、財源のない自治体に代わり、民間が公共施設と民間施設を一体化した施設を銀行融資等で事業的に開発し、雇用まで生み出しています。公民連携事業などの推進を通じて、小さくても、また財政力がなくても、新たな方法で地方を魅力的にし、仕事をつくり、若者が戻り、さらに固定資産税などの税収増まで実現するのです。人口が減ることを前提としつつも、新たな仕事づくりを地方で行うことは十分可能です。

(参考) 「岩手県紫波町「オガールプロジェクト」 補助金に頼らない新しい公民連携の未来予想図」
http://www.huffingtonpost.jp/2014/09/10/shiwan5795002.html


 このように、地方では、国に頼らず、地方自治体の経営を見直し、さらに地域自体に新たな経済を生み出すという知恵が既に生まれています。必要なのは手助けではなく、現実と向き合い、未来に対して行動する地域の人たちの決意と知恵にあります。私は現場で取り組みをする中で、その可能性を強く感じています。

 しかしながら、政策的には幾度と無く、地方政策は盛り上がってはしぼむことの繰り返しでした。そして、多数の失敗事例が起きていてもそれらをメディアが取り上げることも少なく、行政の知見としても残らず、反省なき地方政策がながらく展開されて、今の地方の姿が生まれています。

 この10年ほどだけでも、地域再生法、都市再生法、中心市街地活性化法などをはじめとして、今回の地方創生で語られているような施策と予算が山ほど供給されてきました。しかし、役所の縦割りを解消するため内閣府に地域活性化統合本部が設置されたものの抜本的には変わらず、地方活性化のためにコンパクトシティといいつつ、単に中心部に立派な箱モノ建設がされるだけで、しかもそれらは破綻懸念になるなど、むしろ、施策が原因で、地方の負担を増やして衰退を招いていることもあります。掛け声の内容は正しいものであったとしても、実際に行ってきた内容や結果を精査しなければなりません。

 国のモデル事業に取り組んで幸せになった地域はどれだけあるでしょうか。私はあまり知りません。むしろ、せっかく地道な努力を行って成果を出していた取り組みが、ある日、国からの莫大な予算を与えられ、それが要因になって潰れてしまった事例を目の当たりにしたこともあります。「地方消滅」と煽り、国が積極的に関与して、自治体に計画をたてさせ、それに予算をつけるといった従来型の政策を今回もまた繰り返せば、ますます地方の消滅を早めてしまいかねないと思います。だからこそ、「地方消滅」の中身を今一度しっかりと中身を分類して精査し、過去の施策の過ちと正面から向き合うことが必要です。「地方創生」に必要な方法論は、意識的に国からの支援や方法論から出来る限り自立して、人口の縮小と向き合い、それを打開しようとしている地方にこそ見て取れると思います。

・・・・・・・・・

*木下斉(きのした・ひとし):一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス代表理事。内閣官房地域活性化伝道師。全国各地でまち会社の経営や新規事業立ち上げなどを行い、調査研究や政策提言も行う。『まちづくり:デッドライン』(日経BP)など。ブログ「経営からの地域再生・都市再生」http://blog.revitalization.jp/
プロフィール

としとんどん

Author:としとんどん
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。