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5月の唄:蒲田行進曲

★蒲田行進曲(原題: Song of the Vagabonds)

作詞:B. Hooker
作曲:R.Friml
日本語詞:堀内敬三

1 虹の都 光の港 キネマの天地
  花の姿 春の匂い あふるるところ
  カメラの眼に映る かりそめの恋にさえ
  青春もゆる 生命(いのち)はおどる キネマの天地

2 胸を去らぬ 想い出ゆかし キネマの世界
  セットの花と 輝くスター ほほえむところ
  瞳の奥深く 焼き付けた面影の
  消えて結ぶ 幻の国 キネマの世界

3 春の蒲田 花咲く蒲田 キネマの都
  空に描く 白日の夢 あふるるところ
  輝く緑さえ とこしえの憧れに
  生くる蒲田 若き蒲田 キネマの都



Song of the Vagabonds

Come all you Beggars of Paris town,
You lousy rabble of low degree
(Chorus: You rabble of low degree!)
Well spare King Louis to keep his crown
And save our city from Burgundy
(Chorus: Our city from Burgundy)
You and I are good for nothing but to die
We can die for Liberty.

Sons of toil and danger,
Will you serve a stranger
And bow down to Burgundy
Sons of shame and sorrow,
Will you cheer tomorrow
For the crown of Burgundy?
Onward! Onward! Swords against the Foe
Forward! Forward the lily banners go!
Sons of France around us,
Break the chain that bound us,
And to Hell with Burgundy !

Sons of toil and danger,
Will you serve a stranger
And bow down to Burgundy
Sons of shame and sorrow,
Will you cheer tomorrow
For the crown of Burgundy?
Onward! Onward! Swords against the Foe
Forward! Forward the lily banners go!
Sons of France around us,
Break the chain that bound us,
And to Hell with Burgundy !

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「原発被災者に対する支援・賠償打ち切り等の方針に反対し、支援の継続・拡充を求める声明」

★原発被災者に対する支援・賠償打ち切り等の方針に反対し、支援の継続・拡充を求める

福島第一原発事故から四年以上が経過したが、被害者の方々に対する政府の施策は極めて不十分なままである。報道によれば、福島県、政府・与党が今、これまでの不十分な施策をも打ち切ろうと検討を進めているという。ヒューマンライツ・ナウはこれに反対し、支援を継続・拡充することを求める。

1 自主避難者への無償の住宅提供
報道によれば、福島県は、2015年5月、東京電力福島第一原発事故後に政府からの避難指示を受けずに避難したいわゆる「自主避難者」について、福島県は避難先の住宅の無償提供を2016年度で終える方針を固め、関係市町村と調整に入り、反応を見極めた上で、5月末にも表明するという。

いわゆる自主避難者は、原発事故の影響を受ける地域でありながら、政府が決めた年間20メートルという避難基準を下回ることから避難指定されなかった地域から、自らの決断で避難した方々である。そもそも、低線量被ばくに関する国際的な研究や広島・長崎等の疫学的研究に照らせば、年間20mSvという避難基準自体があまりに不十分である。

国内法でも年間5mSvの地域は「放射線管理区域」として一般人の立ち入りや、飲食・就寝が禁止されている。チェルノブイリ事故後は、年間1ミリシーベルト以上の地域に居住している住民には「避難の権利」が認められ、避難を決断した場合は政府から住宅支援や十分な賠償、教育・雇用の支援などが行なわれてきた。

しかし、日本ではこうした支援もないまま、やむなく自主的な避難を決断した人々が多く、推計で3万6000人にも上るとされる。自主避難者への無償の住宅提供は、自主避難者へのほぼ唯一の支援策であったが、この支援策がなくなれば、自主避難者は一層困窮し、帰還を余儀なくされる可能性もある。

避難者からは住宅支援を打ち切らないでほしいとの強い声が上がっている。福島県にはこのような決断を下さず、支援を継続し、むしろ拡充するよう、強く求める。また、政府は、原発事故子ども被災者支援法に基づき、政府は住宅の確保に関する施策(10条)を実施する責務があり、住宅支援が打ち切られないよう措置を講ずるべきである。

2 避難指示の解除
さらに報道によれば、政府与党は、いわゆる「帰還困難区域」を除くすべての避難区域も2017年3月までに解消することを計画していることが明らかになった。自民党の東日本大震災復興加速化本部は、5月21日の総会で、福島第1原発事故にともなう避難指示解除準備区域と、居住制限区域について、「各市町村の復興計画等もふまえ、遅くとも事故から6年後までに避難指示を解除し、住民の帰還を可能にしていく」とし、2017年の3月までに避難指示を解除するなどとする、第5次提言案をまとめた。

自民党は、5月中に政府に提出する方針だとされる。政府はこれまでも原発事故直後に指定した避難区域等を順次整理縮小し、2014年12月には南相馬市の避難勧奨地点を解除し、帰還に向けた政策を推し進めようとしてきた。

このうち、波江、双葉、大熊の原発事故周辺などの、年間積算線量が50mSvを超える「帰還困難区域」のみを避難区域として残し、それ以外の「避難指示解除準備区域」および「居住制限区域」も解除するという計画である。居住制限区域には、飯館村のように今も深刻な汚染が続いている地域が少なくなく、放射線量も高く、インフラ整備も十分に進まないまま、避難指示解除を強行するのでは、住民に健康で安全な生活環境を保障することは到底出来ない。

なお、避難指示が解除されると、その1年後に東京電力は避難者に支払ってきた精神的賠償の支払いを停止している。これでは経済的に立ち行かなくなり、帰還を事実上強要される危険性が高い。

3 精神的賠償の打ち切り
さらに報道によれば、政府・与党は、 福島第一原発事故の避難者のうち、計5万5千人に東京電力が1人月10万円を支払っている精神的賠償について、政府・与党は、避難の期間を「事故から6年」と見なし、その1年後、すなわち2018年3月分までに支給を終えるよう、東電に求める検討に入ったとされる。

これでは、住民の意向や、放射線量の低下が進まない、インフラ整備が進まない、などの事情で、避難指定の解除が進まないとしても、精神的賠償については2018年3月までに打ち切るというのである。

長引く避難生活によって多くの人が疲労を深めている。政府は集団での移転先を提供するなど、放射線量が低く、インフラも整備され、生業をやり直せるようなコミュニティを整備・提供するような措置をまったく講じず、被災者に寄り添った支援をすることなく過酷な避難生活を強いてきた。そのうえ、この段階で賠償を打ち切ることは、住民の有効な選択肢を奪い、未だに放射線量も高く、復興も進まない地域に帰還するよう事実上強要することにほかならない。

4 人権の視点に立った政策を
こうした住民の意向に寄り添わない施策の強行は、被災者の権利を切り捨てるものと言うほかない。放射性物質の健康リスクに最も脆弱な立場に立つ子どもたちや妊婦等への健康被害もいっそう懸念される。2015年5月に福島県は、県民健康管理調査の甲状腺検査の結果、103人の子どもが甲状腺がんと確定し、今年1~3月の検査で新たに16人が甲状腺がんと確定している。

低線量被ばくの健康リスクについて懸念が益々深まる中、年間50ミリシーベルトを超える帰還困難区域以外の地域について全て避難区域を解除し、必要な支援を打ち切り、帰還を強要することは住民の健康に生きる権利を侵害するものである。

2013年5月、国連人権理事会に提出された国連「健康の権利」に関する特別報告者アナンド・グローバー氏の報告書は、「放射線量の限度を設定する場合、「健康に対する権利」に基づき、とくに影響を受けやすい妊婦と子どもについて考慮し、人びとの「健康に対する権利」への影響を最小にすることが必要である。」「低線量の放射線でも健康に悪影響を不える可能性はあるので、避難者は、年間放射線量が1mSv以下で可能な限り低くなったときのみ、帰還することを推奨されるべきである」とし、「原発事故子ども被災者支援法」の実施について、年間放射線量1mSVを超えるすべての地域において、被災者が必要とする、移転、住居の確保、雇用、教育、その他の必要不可欠の支援に関する、財政支援を提供するように、強く要請する」と勧告した。

また、2014年、国連の自由権規約委員会は日本政府に対し、「締約国は福島原発事故の影響を受けた人びとの生命を保護するために必要なあらゆる措置を講ずるべきであり、放射線のレベルが住民にリスクをもたらさないといえる場合でない限り、汚染地域の避難区域の指定を解除すべきでない。」と勧告した。

日本政府には、自主避難者支援の打ち切り、避難区域の解消、精神的賠償の打ち切りを行わないよう強く求める。そして、改めて被災者・避難者の声を十分に聴き、低線量被ばくの健康影響を真剣に向き合い、人権の視点からの国連勧告を考慮し、住民の切実な人権を保障するための政策転換を行うよう要請する。

2015年5月26日   

ヒューマンライツ・ナウ事務局

1億金融資産で富裕層? それよりも資産ゼロ3割がヤバイ!

★1億金融資産で富裕層? それよりも資産ゼロ3割がヤバイ!
***「世相を斬る BY あいば達也 2014-11/29日」より転載

昨日の朝日が「金融資産1億円超、100万世帯に ゼロは3割」と云う見出しの記事を書いていた。ここで云う“富裕層”と云う概念の基準値が正しいのかどうか判らなかった。なぜなら、貧相な筆者でも、その資産額が1億円を超えているからである。筆者が富裕層と呼ばれるのであれば、日本の富裕層と云うものは、なんとも貧乏臭いものである。

 Wikipediaによると、富裕層(ふゆうそう)とは、セグメンテーションのひとつであり、一定以上の比較的大きな経済力や購買力を有する個人・世帯を指し示す。国際的に確たる基準はないようで、各金融機関等により、少しずつぶれているようだ。わかり易いので野村総研の基準だと、「超富裕層(世帯の純金融資産5億円以上)」、「富裕層(同・1億円以上、5億円未満)」に分類した調査を報告している。この報告によると、2011年の富裕層マーケットの規模は76万世帯、純金融資産の総額は144兆円、超富裕層マーケットの規模は5万世帯、純金融資産の総額は44兆円である。また、団塊の世代の定年退職、および少子高齢化を背景とする遺産相続の増加に伴い、今後しばらくは富裕層マーケットが拡大していくという予想が示されている。

 なぜ貧乏臭く感じるかと云うと、現在の自主介護とか、年金受給状況を勘案すると、子供のいない老々夫婦は自助で「有料老人ホーム」に入居しようと考える可能性がある。現に、筆者も20年後は、そのような選択をする可能性が高いのである。ところで、極端に贅沢な有料老人ホームを想定しなくても、入居時に3000万円程度は必要になる。夫婦だと5~6000万円が必要になる。また、運営管理費が月額で20万~30万程度請求されるので、受給時に支払われるであろう年金を月割りしても、まず不足が生じる。

 その不足分を、蓄えから切り崩すことになる。何歳で死ぬかが分かっていれば別だが、そういう事はないので、どうしても90歳以上を死期として設定する。入居の月額費用も不足であり、この上に、医療、介護割増、衣服費、娯楽費などは別途である。このように考えていくと、夫婦で月々15万程度の不足が生まれる。年間180万円の不足である。10年で1800万円、20年で3600万円。30年、108歳まで生きたら5400万円不足になる。まあ現実には、10年目以降は当初の10年とは、不足の費用も減るだろうが、理屈上はそうなる。

 つまり、日本人の富裕層基準程度では、有料老人ホームで余生をのんびり過ごすには、1億円の純金融資産を持っていても安心できないと云うことだ。おそらく、筆者の感覚では、純金融資産が2億円程度ある場合に、リッチな老後が約束されるわけで、1億では安心など一切できないのだ。金融関係者の見積もりでは、今後少子高齢化の恩恵で、遺産相続の額が多くなると予測されるので、富裕層の増加が見込まれる、となっているが、これも怪しい。実は意外にも、高齢者と云うもの、現預金を持っていない事が多い。

 良くて1千万円程度で、これでは一軒家を相続した場合、荷物の整理費用、解体更地費用で費消される可能性がある。特に、40年以上両親が暮らした家などは、その荷物の整理だけでも300万近くする場合もある。両親の自慢の庭園の松の木も、奇怪な形状の岩も、トンデモナイ荷物になる。大木いっぽん**万円の見積もりに目を丸くするだろう。両親にとって、自慢の家、家財、庭のすべてが、実は足を引っ張るのだ。

 ところが、現在80歳、90歳の人々にとって、焼け野原のマイナスから出発した人生なのだから、家も土地も家財も庭も、すべて遺産として鼻高々で遺すわけである。特に、キャッシュで遺そうが、現物で遺そうが、同じ価値だと思う傾向がある。ゆえに、美田を残さずではないが、これ以上遺すのは子供たちのためにも善くない、と思うかどうか別にして、意味なくサプリメントなどで費消している。多くの場合、購入したサプリメントの半分も飲んでいないことが多いようだ。

 特養に入れば良いだろうと云う意見もあるが、宝くじに当たるような確率だし、最近では入居基準が制限されているので、(特別養護老人ホーム(特養)は、現在は要介護1から入所する資格がありますが、これからはより介護の必要性の高い「要介護3」以上に限定されます。厳格化の対象は新規の入所者になるため、現在入っている要介護1~2の方はそのまま。)なので、入居できるイコール「要介護3」以上になっていると云うのだから、目出度いのかどうかも判らない。

 公共の老人ホームが根本的にない。自宅介護であるとか、民間で出来ることは民間での前向きな発想に名を借りて、実は福祉の投げ出しが行われているのだろう。国の老人ホーム運営が財政上問題があるとしても、プワービジネスが成り立つとか、民間運営による暴利の貪りなど、有料老人ホームの水準は、ピンキリで野放しに近いと認識している。こういうものこそ、一定の規制は必要なわけで、老人各位の自主的判断と言われても、それは過酷すぎるだろう。

 朝日の記事によると、高額品の販売は好調で、美術品や宝飾品、貴金属、高級時計、海外ブランド品が売れていると言うが、少々怪しい伝聞な気がする。実際問題、筆者と同レベルにいる連中で、そんなバブルな買物をしている連中はいない。あぶく銭が入った連中であり、決して富裕層の動きとは異なる。それよりも、金融資産ゼロ家庭が3割に達した事実が一番重要だ。精々5%程度だった金融資産ゼロ家庭が3割になった事が忌々しいわけだ。彼らが、働かず浪費した末と云うのではないのだから、悲惨なわけである。これがアベノミクスであり、働けど我が暮らしは悪くなるばかりの世の中は、今以上に心が荒み、人を憎む国民が増えることを予感させる。そんなこんなを考える今日この頃だ。

・・・・・・・・・・・・・

【金融資産1億円超、100万世帯に ゼロは3割】

安倍政権下で進んだ株高で、富裕層が増えている。預貯金や株式、投資信託などの金融資産を1億円以上持っている「富裕層世帯」は、2013年に初めて100万世帯を超えた。一方で、資産を持たない「ゼロ世帯」も3割と高止まりしている。
 富裕層の規模は、野村総合研究所が1997年から2~3年に1度、推計している。資産から負債を引いた純金融資産保有額をみると、13年は1億円以上が100万7千世帯で、前回の11年より2割強増えた。全世帯に占める割合は約2%で、50世帯に1世帯は「富裕層」がいる状況だ。
 資産額の増加は株価の値上がりが主な理由だ。13年末の日経平均株価は1万6291円31銭で、11年末の2倍近い。富裕層の資産規模は、13年に計241兆円となり、11年より28・1%増えた。株式や投信をたくさん持っていた世帯ほど、恩恵を受けている。
 野村総研は「リーマン・ショックや東日本大震災後の株価低迷で一時減っていた富裕層が、アベノミクスもあって回復してきた」とみる。
 お金持ち向けのビジネスは盛り上がりを見せており、中堅の岡三証券は、東京・日本橋に富裕層に対象を絞った豪華な店舗を12月に開く。「投資意欲が高い人たちを取り込んでいきたい」という。野村証券や大和証券など大手証券各社も、富裕層向けの運用相談や相続対策に力を入れる。
 百貨店の高額品の販売は好調で、日本百貨店協会の調べでは、美術品や宝飾品、貴金属の13年の売り上げは、12年より15・5%増えた。高級腕時計や海外ブランドの衣類も人気で、資産がふくらんだ富裕層の消費意欲が刺激されている。
 輸入高級車の販売も伸びている。日本自動車輸入組合によると、今年1~10月に売れた1千万円以上の輸入車は、前年の同じ時期に比べて5割増えた。
 日常の生活費以外に預貯金や株式といった金融資産を持たない世帯(2人以上)は、金融広報中央委員会(事務局・日本銀行)の今年6~7月の調査では30・4%あった。過去最高だった昨年の31・0%に次ぐ高水準だ。
 全国8千世帯を調べた推計調査だが、金融資産ゼロの割合は、1970~80年代には5%前後にとどまる年が多かった。バブル崩壊後から増加傾向で、03年に2割、昨年は初めて3割を超えた。
 1人の世帯に限ると、この割合は38・9%に上がる。物価上昇分を差し引いた実質賃金が伸び悩み、給料が少なめの非正社員に収入を頼る家庭が増えていることも背景にありそうだ。
 ファイナンシャルプランナーの藤川太氏は「若者を中心に非正社員が増えた。正社員でも住宅ローンなどを抱えて貯蓄できない世帯も多い」と分析する。

(朝日新聞デジタル:真海喬生、鈴木友里子)

 「ヘイトな馬鹿に鉄槌を」

★「ヘイトな馬鹿に鉄槌を」***「現代ビジネス 2015-5/18 BY * 安田浩一」より転載

@正義の悪徳社長

事務所のドアを開けたら、ちょうど業界紙の取材中だった。

「おお、そうだった。約束重なっていたな。すまん、すまん」

軽く頭こそ下げているが、特段にすまなそうな感じはなく、笑顔で私を部屋の中に招きいれた。

「で・・・・・・誰やったっけ?」

そう言いながら人懐っこそうな表情で私の顔を覗き込む。それが、この人の持ち味なのだろう。悪い感じはしない。

坂本篤紀(49歳)――。大阪市住之江区に本社を持つ「日本城タクシー」社長である。あらためて来意を告げると、「ワシ、悪徳社長やからなあ。金儲けの話なら、いくらでもしまっせ」と大げさに胸を張ってみせた。

この「悪徳社長」、実は地元大阪で少しばかり話題になっていた。今年1月末から、自社で所有するタクシーすべての後部窓に、「ヘイトスピーチ、許さない。」と書かれたステッカーを貼りつけたのだ。いま、大阪市内ではヘイトスピーチに堂々と異を唱える54台のタクシーが街中を流している。

怒号まみれの“差別デモ”だけではなく、うっすらとした排外的な気分が世の中に広がるなか、客商売の民間企業があえてこうした「反ヘイト」を訴えることには、それなりのリスクと覚悟が必要であろうことは想像に難くない。だから興味を持って訪ねてみたのだが、間近で見る坂本は当初予想していたような社会運動家的な空気をまとった人ではなく、算盤をパチパチ弾く音が聞こえてきそうな「浪速の商人」然として私の前に現れた。

雑談を終えると坂本は私を駐車場に連れ出し、停めてあったタクシーの後部窓をポンポンと叩いた。

「目立ちますやろ?」

確かに。

「こんなん貼ってるの、ウチのタクシーだけやから、すぐに『日本城や!』ってわかってもらえますがな」
黄色を背景としたデザインは遠くからでもよくわかる。でも、このデザイン、どこかで目にした記憶があるのだが・・・・・・。

「法務省の啓発ポスターとそっくりやろ?というか、そのまま使わせてもらった(笑)。
もちろん無断使用やない。ステッカー作り終えてから法務省に電話したら、かまへん言うてた。お上のお墨付きや」

今年初め、法務省はヘイトスピーチ防止を目的とした啓発ポスターを製作。1万6000枚を各省庁や出先機関、自治体などに配布したほか、主要ターミナルの液晶広告板にも映し出されるようにしている。

で、この「お墨付き」ステッカーをなぜタクシーに貼ろうと・・・・・・
私の質問が終わらぬうちに、坂本は「商売のためや」と笑いながら答えた。

「大阪はぎょうさんタクシーが走っている。そんななかでヘイトスピーチに反対しているタクシー見つけたら、『ようやってるなあ』と評価してくれるお客さんもいるはずや。わざわざ選んで乗ってくれるお客さんもいるかもしれん。そしたらウチも儲かるがな。な?悪徳社長やろ?」

どこまで本気なのか、たんなる韜晦なのかはよくわからない。だが、小難しい理屈をこねて「反ヘイト」を語らないところに、かえって好感を持った。

そうなのだ、ヘイトスピーチに反対するということに、政治的信念やイデオロギーなど必要ない。そもそも差別する側は、きわめてカジュアルに他者を貶める。ときに差別じたいを娯楽の道具にする。であるならば、それは許されないことなのだと、社会の“常識”として、普通に返せばいいだけだ。たとえ「商売のため」であっても何が悪かろう。だが─当然ながら、その「商売」にケチをつける者も現れる。

「なにがヘイトを許さない、や。いい気になるな」
「在日特権をどう思っているんだ。朝鮮人を批判しろ」

坂本の会社にはそんな嫌がらせ電話が後を絶たない。

「なるほど、これがヘイトっちゅうもんやなあと、むしろ、世の中の気分みたいなもんがようわかりましたよ。だからますますやる気になりましたわ。ナチスみたいな連中をのさばらせてはいかんと」

@大阪市長唯一の手柄

「商売」を繰り返し強調する坂本ではあるが、話し込むうちに彼を衝き動かした二つの風景があることを知った。
一つは“差別デモ”の風景だ。

大阪市内で、坂本は何度か在特会(在日特権を許さない市民の会)などが主催する「日韓断交デモ」を直接目にしている。日の丸や日章旗が林立するなか、デモ参加者は韓国に対して、さらには在日コリアンに対して、耳をふさぎたくなるような罵声を飛ばしていた。

「在日は国に帰れ」「大阪湾に沈めたる」。

一部の者たちはヘラヘラ笑いながら「殺せ」と叫んでいた。

政治的な文脈のなかに収まらない薄っぺらな言葉であるだけに、かえって怖かった。背筋が寒くなった。震えが来た。同じ人間が、なぜあそこまで暴走するのか理解できなかったという。

「社会の何かが崩れていくような、そんな気持ちになったんです」
そう話すときの坂本は、それまでのおどけた表情とは違った、なにか物憂げな顔つきを私に見せた。

そしてもう一つ。昨年10月20日に大阪市役所でおこなわれた橋下徹大阪市長と在特会の桜井誠(本名・高田誠)会長(当時)の“会談”である。

「双方に対して怒りを覚えた」と坂本は言う。

あの日、私もその場にいた。大阪市の広報が事前に配布したプレスリリースには両者の「意見交換」と記されていたが、いざフタを開けてみれば「交換」どころか、プロレスのマイクパフォーマンスまがいの展開となった。

「オマエみたいなのはな、許せねえって言ってんだよ!」「だったらやってみろよ!」

双方が敵意を?き出しにした罵倒の応酬を繰り広げた。激昂した桜井が橋下につかみかかろうとして私服警察官に制止されるといった場面も見られた。

「どっちもどっちだよな。両者ともに下品きわまりない」

その場にいた報道陣からそうした声が漏れたのも致し方なかろう。私自身は、桜井を「差別主義者」と一方的に断じ、大人が子どもを叱りつけるような態度を最後まで崩さなかった橋下を、この点に関してのみ評価したいと思った。橋下の在日コリアンに対する認識や政策に関しては大いなる疑問を感じるが、街の風景を汚し続けてきた在特会の代表に対して、「もう来なくていいから」と諭すのは、けっして間違っていないと思ったのだ。

しかし、坂本は橋下にも桜井にも怒っていた。

「そもそも会談なんてすべきじゃなかった。何の意味もない」とまで言う。
「橋下さんは呼ぶべき相手を間違っている。市役所に招くのであれば、桜井じゃなくて市内に住んでいる在日の子どもたちだと思いますよ。子どもたちを市長室に招き入れて、こう言えばいいねん。『みんな心配せんでもええからな。おっちゃんが、あんたら守ったる。絶対に守ったる』」

しかし橋下は被害者ではなく、加害者を呼んだ。対談相手が違うやろ、というわけだ。そうしたことがあって、坂本は自らがすべきことを決めた。傍観するのではなく、テレビに向かって文句を垂れるばかりではなく、企業経営者として社会に訴えていく必要性を感じたのだという。

坂本自身は日本国籍の日本人であるし、それまで社会運動にかかわった経験もない。若いころは在日コリアンという存在に偏見を持っていたこともある。だが、世の中を知り、ビジネスの経験を積み、生身の在日と交流していくなかで、差別することの愚かさを学んでいく。ヘイトスピーチの飛び交う状況は、商売にも、社会のためにも、何の役にも立たないことを知っていく。

もしも“ヘイトな客”がステッカーに文句をつけてきたらどうするのか。私がそう尋ねると、即座に答えが返ってきた。

「議論すればいいねん。運転手ひとりひとりが、なぜヘイトスピーチに反対するのか、説明すればいい。だから、ウチの運転手は大変や。勉強せなあかん(笑)」

@ヘイトスピーチ包囲網

私が差別デモの主役たる在特会をテーマとしたノンフィクション『ネットと愛国』を出したのは2012年のことだ。
あれから状況は少しずつ変化してきた。

2013年から14年にかけては差別デモも大きな盛り上がりを見せ、それまで関心を寄せることのなかったメディアが、これらを大きく報じるようになった。2013年末には「ヘイトスピーチ」なる言葉が、その年の流行語大賞のトップテンにも選ばれている。

だが一方で、差別デモやヘイトスピーチに対する社会の包囲網も徐々に狭まってきた。
2009年に在特会のメンバーらが京都朝鮮第一初級学校(現・京都朝鮮初級学校)に押しかけた「襲撃事件」の民事裁判では、2014年12月、最高裁が同会の上告を棄却し、約1200万円の高額賠償と街宣差し止めを命じた大阪高裁判決が確定した。

少し遡った同年8月には、国連人種差別撤廃委員会が在特会の活動などを「人種・民族差別」と断じたうえで、日本政府に対して法整備を求める勧告を出している。

私はスイス・ジュネーブで開催された同委員会の日本審査を取材したが、ヘイトスピーチは絶対に許されないと考える国際社会と、消極姿勢を変えない日本政府代表団との温度差が強く印象に残った。

「なぜヘイトスピーチを放置しているのか」
「警察はなぜ、差別集団を守っているのか」

各国委員から相次ぐ疑問に、わが政府代表団は「日本には深刻な差別は存在しない」「啓発、啓蒙をしている」と答えるのが精いっぱいで、いわば“フルボッコ”状態から逃れることはできず、結局、早急な対策を求める勧告が出されるに至ったのである。

これを受ける形で、国内でもヘイトスピーチ対策を早急に整備するよう国に求める意見書が、多くの自治体で採決されるようになった。
先駆けとなったのは国立市(東京都)である。

同市議会は2014年9月19日、社会的マイノリティへの差別を禁止する新たな法整備を求める意見書を賛成多数で採択し、衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、法務大臣宛てに届けた。
提案者のひとりである上村和子市議は次のように話す。

「マイノリティが安心して暮らせるような社会を作ることも行政の大事な役割だと思うんです。その使命を放棄したくなかった」

ニュースや新聞記事でヘイトスピーチの現状を知り、それがきっかけで差別問題に関する学習会などに足を運んだ。そこで京都朝鮮学校襲撃事件の映像や差別デモの様子を映した動画を目にした。

「一部の人間による、特別な事件なのだと考えることができませんでした。これは社会の問題であり、また地域の問題だと思ったんです」

素案をつくり、自民党から共産党まで、すべての同僚議員を説得してまわった。反対する者はいなかった。「みんな、わかってくれるんだ」と安心した。

しかし、採択が決まり、それが報道されると、今度は非難の声が上村に寄せられた。
自宅に抗議電話が相次いだ。
几帳面な上村は、そんな電話にも根気強く応対した。
ある女性は「ヘイトスピーチを規制する必要はない」と電話口でまくし立てた。

「在日なんて嫌われて当然。税金だって払っていないんだから!」
もちろん、まったくのデマだ。
上村は「そんなことはない」と説明したが、女性は「あなたがうそを言っている」と聞く耳を持たなかった。

市役所にも決議を非難する電話やメールが届けられた。
すさまじい抗議の嵐に一瞬たじろいだという。

「でも、被差別の当事者であれば、もっと激しい罵倒もされるのだろうと思うと、落ち込むわけにいかなかったんです」

そして、世間はけっして非難一色ではなかった。
国立の動きは全国に知られるようになり、ヘイトスピーチ対策を求める自治体決議が全国に広まっていったのである。2015年4月現在、同様の議会決議をした自治体は全国で40を超える。

@桜井誠「引退の理由」

また、「カウンター」と呼ばれる反差別運動に参加する人々により、醜悪なデモや集会が封じ込められている現状も無視するわけにはいかない。

高校生が、大学生が、会社員が、主婦が、ミュージシャンが、劇団員が、年金生活者が、街頭で在特会などのデモに対して抗議の声をあげる風景は、いまや珍しくなくなった。その多くはこれまで「運動」とは無縁の、しかし理不尽な差別に対しては憤りを抱える者たちである。

ときに中指を立ててデモ隊に罵声を飛ばすカウンターに対し、「カウンターの言動もひどい」と冷めた見方をする人々がいるのも事実だが、私は同意しない。被差別の当事者が「死ね」「殺せ」と、のど元に匕首を突き付けられた状態にあるなかで、運動のあり方を評論している余裕などありはしない。「どっちもどっち」と冷笑するだけでは被害者は救われないのだ。

「差別をやめろ」と言い続けることは、レイシストによって破壊されつつある社会の公平性を取り戻すことでもある。

実際、こうした動きによって、少なくともそれまで差別の主役であった在特会の動員力は落ちている。いや、追い込まれているといってもよいだろう。前出の坂本のように、社会運動と距離を置いてきた者でさえ、危機感を持って立ち上がったのだ。

在特会の設立者であり、8年間にわたって会長を務めてきた桜井誠が同会からの「引退」を表明したのは昨年11月のことだった。桜井は自らが配信する「ニコニコ生放送」の番組で「組織のトップが変わらないと新陳代謝ができない」と引退理由を説明。そのうえで「個人として活動は続けていく」とした。
だが「新陳代謝」を額面通りに受け取る関係者は少ない。

「要するに世間のヘイトスピーチ批判が確実に効いている」と内実を漏らしたのは、ある地方支部幹部だ。

「橋下会談などで確かに桜井の知名度は上がりましたが、同時にヘイトスピーチの代名詞のように会が世間から認識されてしまいました。そう見られることが嫌で、実は活動から離れる会員も後を絶たない。機能停止状態にある地方支部も少なくありません。本来ならば桜井さんが軌道修正を図ればよいのですが、それでは会を支えてきた強硬派の会員が納得しないのです。そこで新しい顔を立てることによって、世間のイメージを変えていきたいといった思惑があるようです」

むろん小手先のテクニックで在特会からヘイトスピーチがなくなるわけでもないし、これまでの蛮行が免罪されるわけでもない。

近頃は「(在日は)出ていけ」ではなく「本国にお帰りください」といったシュプレヒコールを耳にする機会が増えたが、つまりはその程度である。ヘイトの本質は何も変わってはいない。

・・・・・・つづきは『G2(ジーツー) Vol.19』でお読みください。

*安田浩一(やすだ・こういち)/ジャーナリスト
1964年静岡県生まれ。週刊誌、月刊誌記者などを経て2001年よりフリーに。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)、『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館)ほか。主著『ネットと愛国』(小社刊)で2012年度講談社ノンフィクション賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞

『安保法制についての安倍声明』の詭弁と嘘

★神奈川新聞への寄稿(ロング・ヴァージョン)

神奈川新聞に安保法制についての安倍首相の声明の詭弁と嘘について書いた。もう何度も書いたことなので、書いている本人もだんだんうんざりしてきたが、先方が「うんざりさせること」をめざして詭弁を弄している以上、つきあうしかない。



安倍首相の声明は、聞く人、読む人を欺くための作文です。これほど不誠実な政治的文書が公的なものとして通用するということは、それ自体が日本国民と日本の政治文化にとって屈辱的なことだと思います。安倍首相の言葉は詭弁の典型です。キーワードのすべてが読者の誤読を当てにして選択されている。例えば「日本近海」という言葉がそうです。

〈日本が攻撃を受ければ、米軍は日本を防衛するために力を尽くしてくれる。そして、安保条約の義務をまっとうするため、日本近海で適時、適切に警戒、監視の任務に当たっている。私たちのため、その任務に当たる米軍が攻撃を受けても、私たちは日本自身への攻撃がなければ、何もできない。何もしない。これがこれまでの日本の立場だった。本当にこれで良いのでしょうか〉

「日本近海」とは何を意味するのか。近い、遠いというのは主観です。外交の用語でもないし、国際法上の概念でもない。東シナ海でも南シナ海でもマラッカ海峡でもインド洋でも、どこでも「日本にとって死活的に重要な海域」であると首相が認定すれば、それは「日本近海」になる。これは中国大陸侵略を正当化した「満州は日本の生命線」と同じレトリックです。

 「日本近海」という言葉を聴けば、日本国民の多くはそれは日本の「領海」のことだと理解するでしょう。しかし、日本領海なら、そこで米軍が攻撃を受けたら、それは安保条約で規定されたとおり、日米共同で対処すべき事態です。「何もできない、何もしない」というはずがない。だとすれば、ここで安倍首相が言った「日本近海」は日本領海外の公海や他国の領海内のことだということになる。そこで米軍が攻撃されたときに、「何もできない、何もしない」のはそれが日本領土内での出来事でない以上、当たり前のことです。

日米安保条約5条にはこう書かれています。「日本の領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和および安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定および手続きに従って共通の危険に対処する」。安倍首相が日本領海外や外国の領海内にいる米軍への攻撃に対しても、日米が共同的に対処したいと願っているのであれば、何よりもまず日米安保条約第五条を「日本は世界中どこでも米軍への攻撃に対して共同的に対処する」と改定するのがことの筋目でしょう。

 安保条約の条文を知らない日本人が首相の会見を聞いたら、日本の現状を「日本領海内で米軍が攻撃を受けても、共同的に対処することができない(九条のせいで)」と誤解することでしょう。「日本近海」という語は法律をよく知らない国民をミスリードするために意図的に選択されたものです。

 日本領海外でも米軍と共同的に軍事行動をしたいなら、安倍首相ははっきりと「日米安保条約は非現実的な条約だ」と言えばいい。でも、それは日米安保条約を「不磨の大典」として戴いてきた自民党としては口が裂けても言うことができない言葉です。だから、対米的には「日米安保には何の問題もありません」ともみ手しつつ、国内的には「日米安保では危機に対処できない」という脅しをかけている。「日本近海」というのは、日米安保条約には手を着けることができない官邸が思いついた「安保法制による安保条約の拡大解釈」のための地ならしのレトリックです。

 〈米国の戦争に巻き込まれることは、絶対にあり得ません〉その直前に首相は「米軍が攻撃を受けても、私たちは何もできない。本当にこれで良いのでしょうか」と言っています。では、米軍が攻撃を受けたときに、日本は何をする気なのか。まさか「祈る」とか「後方から声援を送る」とか言うことではないでしょう。「ともに戦う」以外のどういう行動がありうるのか。「戦争をすること」以外のなにをする気なのでしょう。たしかにそれなら日本がみずから進んで主体的に「戦争に参加する」ことになります。だから、これを「戦争に巻き込まれた」とは言えない、と。首相はそう強弁したいのでしょうか。
もう1点、気になる言葉があります。

 〈今回、PKO協力法を改正し、そして新たに国際平和支援法を整備することにした。これにより、国際貢献の幅を一層広げていく。我が国の平和と安全に資する活動を行う米軍を始めとする外国の軍隊を後方支援するための法改正も行う〉
「後方支援」とは軍事用語では「兵站」業務のことです。武器弾薬の輸送、衛生、糧食、兵員の補給・教育、そして情報、通信管理もここには含まれます。現代の戦争では情報と通信は戦争の核心部分です。距離的に前線からどれだけ離れていようと、情報、通信を管轄する部門は敵からの攻撃の最重要目標となります。

  「後方支援」という言葉の「後方」から、聴く人は前線のはるか彼方で燃料を補給したり、医療活動をしたりする「非戦闘的」なボランティア活動のような微温的なものを想像するかもしれませんが、兵站は軍事活動の重要な一環であり、それに従事する兵員は端的に「殺すべき敵」です。戦闘兵科の兵員と補給兵科の兵員に対しては攻撃の強度が違うというようなことは現実にはありません。
 
 後方支援とは、端的に軍事活動です。「米軍を始めとする外国の軍隊を後方支援する」ということは、まさに「米国が行う戦争に参加する」ということ以外の何ものでもありません。そのための法整備を「戦争法案」と呼ぶ以外にどう呼べばいいのか。「戦争法案などといった無責任なレッテル張りは全くの誤りです」というのは全くの誤りです。

 安倍政権は安保条約に手を付けるつもりもないし、日米地位協定に手を付けるつもりもありません。安保条約に手を着けないまま、安保体制の根本的な変更を国内法だけで処理しようとしている。そこに今回の安保法制の根源的な難点があります。安保条約と矛盾する安保法制はどうやっても整合的には説明できません。だから、首相は嘘をつく以外にないのです。安全保障法制関連法案の閣議決定を受けた会見で、安倍首相は法整備がなぜ緊急に必要なのかの根拠をついに説明しませんでした。そればかりか、いくつもの点で、事実ではないことを述べています。

  〈平和安全法制の整備は不可欠だと確信している。例えば、海外で紛争が発生し、そこから逃れようとする日本人を、同盟国であり、能力を有する米国が救助し、わが国へ輸送しようとしているとき、日本近海で攻撃を受けるかもしれない。このような場合でも、日本自身が攻撃を受けていなければ、救出することはできない〉

 去年7月に集団的自衛権行使容認の閣議決定した際もこれと同様の説明をしていました。しかし、調べてみたら、そもそも過去に紛争国から在留邦人が米軍艦船で脱出したケースは一つもありませんでした。米軍からもそのような事態は想定できないと指摘されている。こういった反証をすべて無視して、「起こり得ない事態」に対処するために法整備が必要だと首相は述べているわけです。これは「同じ嘘でも何度も繰り返すと聴く人は信じるようになる」という詐欺師の経験則を適用しているのでしょうか、それとも国民は短期記憶しかないので、去年の7月に言ったことが反証されたこともすっかり忘れていることを当てにしているのでしょうか。

 その一方で、当たり前のことを例外的なことのように誇大に語ってもいます。〈海外派兵が一般に許されないという従来からの原則も変わりません〉

 これはまったく無意味な言明です。というのは、特段の理由もなく海外派兵した国など歴史上一つもないからです。すべての海外派兵は「自国の存亡にとって死活的に重要である」という大義名分から行われてきました。首相の言う「一般に許されない」というのは「特段の理由があれば許される」ということの言い換えであって、それはまさにあらゆる海外派兵に際して「一般に」使われてきた定型句に過ぎません。言葉のごまかしが多すぎます。

〈日本が武力を行使するのは日本国民を守るため、これは日本と米国の共通認識です。もし、日本が危険にさらされたときには、日米同盟は完全に機能する。そのことを世界に発信することによって、抑止力はさらに高まり、日本が攻撃を受ける可能性は一層なくなっていくと考える〉

 戦後70年の間、日本では外国の軍隊の侵略による国土の侵犯や国民の殺傷といった事態は起きていません。では、抑止力はさらに高まると言うときの「さらに」とは何を基準にしているのでしょうか。 「さらに」というには比較の対象がなければ意味をなさない語です。では、安保法制制定以前のどのような数値、どのような指標を基準にして首相は「高い低い」を判断しているのか。それはまったく明らかにされていません。唯一「国籍不明の航空機に対する自衛隊機の緊急発進、スクランブルの回数は10年前と比べて7倍に増えている」と述べているだけですが、これもデータの恣意的使用という他ない。

 たしかに2004年の年間141回に比べると14年は約7倍に増えていますが、それ以前の1980年代には年間900回を超える年が3回、年間800回を超える年は5回ありました。首相はいったいいつの時期のどの数値と比べての増減であるかを明らかにしないで、あたかも前代未聞の危険が切迫しているかのように印象づけようとしました。

 抑止力が「さらに高まる」というのはいったいいつの時代のどの数値と比較してのことなのか。首相が抑止力の増減について示した指標数値はスクランブル発進数だけです。だとすれば、1984年の944回から、2004年の141回に至る劇的な発進数の減少も「抑止力がさらに高まった」ことの効果として解釈しなければならない。その時期において安保法制以外の理由でも抑止力が高まったであるなら、その理由を究明するのは国防上の重要課題でしょう。けれども、首相はそれには何の関心も示さない。

 仮に今後安保法制整備後もスクランブル発進数が減少しなかった場合、首相はどうつじつまを合わせる気でしょう。首相が自ら抑止力の唯一の数値的指標として選んだ数値に反映されなければ、安保法制は安全保障上無意味だったということになる。その事実を受け容れる覚悟はあるのでしょうか。

 言葉のまやかしはさらに続きます。〈まるで、自衛隊の方々が殉職していない方がおられるという認識を持っている方がいらっしゃるかもしれないが、自衛隊発足以来、今までも1800人の方が殉職されている〉これは、一体どういう命題を帰結したくて口にした言葉なのでしょうか。

  自衛隊の年間殉職者数はここ数年ほぼ一桁台で推移しています。ほとんどが災害派遣と訓練中の事故です。22万人の隊員で事故死者一桁というのは、かなり安全管理の徹底した職場だと言っていいと思います。

 首相が「これからどうやって殉職者をゼロにするのか」という実践的課題に取り組むために「殉職者は1800人いる」という数字を挙げたのであれば、話はわかります。でも、これから先もこれまで通り災害復旧に参加し、訓練も続けながら、それに加えて、これまでしたことのない海外での米軍の戦闘行動への参加に踏み切るとしたら、いったいどうやって「殉職者数を減らす」つもりなのか。これまでしなかった軍事活動を行うことで、殉職者数が減るということは誰が考えてもありえない。だとすれば、ここで引かれた1800人という数字には、「もう1800人も死んでいるのだから、このあと100人や200人死んでも大騒ぎするような話ではない」という方向に世論をリードする以外に目的はありません。

 論争というのは、論理的に首尾一貫し、一つ一つの判断の客観的根拠を明らかにできることが「たいせつだ」と思う人間たち同士の間でのみ成立します。言うことがどんどん変わっても、根拠がなくても、約束が履行されなくても、まったく気にしないという人を相手にして言論は無力です。

 安倍首相は年金問題のときに「最後のひとりまで」と見得を切り、TPPについては「絶対反対」で選挙を制し、原発事故処理では「アンダーコントロール」と国際社会に約束しました。「あの約束はどうなったのか?」という問いを誰も首相に向けないのは、彼からはまともな答えが返ってこないことをもうみんな知っているからです。ここまで知的に不誠実な政治家が国を支配していることに恐怖を感じない国民の鈍感さに私は恐怖を感じます。

***「内田樹の研究室 2015年05月20日」より転載

「ストップ川内原発再稼働! 311キロ・リレーデモ」

★「ストップ川内原発再稼働! 311キロ・リレーデモ」いよいよ出発

鹿児島から、福岡九電本店まで、311キロの長距離を、川内原発の再稼働阻止を訴えて、2本の足で大地を踏みしめながら、灼熱の日差しも、風雨をもものともせず12日間かけてデモ行進します。5/16(土)9:00、照国神社前、いよいよスタートです。全九州はもとより、遠く東京からも参加の連絡が届いています。

地震、火山、過酷事故、放射能のごみ、避難問題、企業としての九電の責任……多くの未解決の問題点を含んだまま、そして最大の事業責任者である九電は何ら住民に説明をしないまま、再稼働を進めようとしています。説明と同意という、当たり前のことをないがしろにしたまま再稼働するなど、絶対に許されないことです。

311キロを歩きながら、再稼働の不当性を全九州に訴えます。そして、九州全体が事故の際、廃墟となる可能性がある250km圏内に含まれていることを訴えます。5.27福岡九電本店ゴールには、デモの隊列は、大きく拡大しているでしょう。

◎要請事項
1. 途中だけのご参加大歓迎です。
2. 各日程のスタート地点近辺では、前夜交流会が開かれます。ぜひご参加ください。
3. 各日程のスタート集会にぜひご参加ください。
3. 5月27日は、デモの後、九電前で集会を開催し、乗り込みます。

5/16(土)鹿児島 9:00照国神社前集合(スタート集会)10:00出発
5/17(日)鹿児島 9:00伊集院駅前集合(スタート集会)9:30出発
5/18(月)鹿児島 9:00いちき串木野市役所前集合(スタート集会)9:30出発
5/19(火)鹿児島 9:00阿久根市役所前集合(スタート集会)9:30出発
5/20(水)熊 本 9:00新水俣駅西口前集合(スタート集会)9:30出発
5/21(木)熊 本 9:00八代市役所前集合(スタート集会・八代市へ要請行動)10:00出発
5/22(金)熊 本 9:00宇土市役所前集合(スタート集会)9:30出発
5/23(土)熊 本 9:00熊本駅東口前集合(スタート集会)9:30出発
5/24(日)熊 本→福 岡 9:00山鹿市役所前(スタート集会)9:30出発
5/25(月)福 岡→佐 賀→福 岡9:00久留米駅東口前集合(スタート集会)9:30出発
5/26(火)福 岡  9:00西鉄・都府楼前駅前集合(スタート集会)9:30出発
5/27(水)福 岡 12:30出来町公園前集合(スタート集会)13:00出発 14:00九電本店着

備考
※行進当日に途中から参加される方は、岩下団長または平良に連絡をとっていただき、合流地点を確認してください。
<連絡先>*岩下 雅裕(団長) 090-4759-2927 *平良 行雄(補助)090-1348-0952

***「★原発とめよう!九電本店前ひろば★青柳メール」より転載

【備忘録】「信用」と「信頼」

★ 「信用」と「信頼」の違いをご存知ですか?
***「谷誠之の 『カラスは白いかもしれない』(2011/10/28 )」より転載

人を動かすものは何でしょうか?様々な「座右の銘」から、それを探っていきたいと思っています

かなり前に、「『怒る』と『叱る』の違いをご存知ですか?」などという記事を書かせていただきましたが、今日は3年半ぶりに似たような言葉あそびをひとつ。

さて、「信用」と「信頼」、意味の違いをご存知でしょうか。
広辞苑には、以下のように書いてあります。
•信用:信じて任用すること。
•信頼:信じて頼ること。

おい(^^;)。広辞苑は、どうもこういう「熟語をただ分解しただけ」の説明が目立ちます。

よくよく考えると、「信用取引」という言葉はあるけど、「信頼取引」という言葉はない。また、「信頼関係」という言葉はあるけど、「信用関係」という言葉はありませんね。

私は、このふたつの言葉には、大きく2つの違いがあると思っています。



1.過去を「信用」する、未来を「信頼」する

信用とは、何らかの実績や成果物を作成して、その出来栄えに対しての評価のことをいいます。そのため「信用」するためには、実績や成果物が必要不可欠なわけです。この実績や成果物といった、過去の業績に対して「信用」するのです。

一方「信頼」は、そうした過去の実績や業績、あるいはその人の立居振舞を見たうえで、「この人ならこの仕事を任せてもちゃんとしてくれるだろう」とか「この人なら私の秘密を打ち明けても大丈夫だろう」などと、その人の未来の行動を期待する行為や感情のことを指します。もちろん「信頼」するためには何らかの根拠が必要ですが、その根拠を見たうえで、未来を「信頼」するというわけです。

そう考えると、「信頼」してもらうためにはまず「信用」が必要です。「信用」なしには「信頼」を勝ち取るのは難しいでしょう。

2.物理的に「信用」する、精神的に「信頼」する

前述のとおり、「信用」は何らかの実績や成果物を必要とします。その人の過去の行為(事実)や作り上げてきた作品といった物理的なモノに対して「これは大丈夫だ」と信用するわけですね。ですから「信用」は、モノを評価する人から、そのモノを作った人に対する片方向になるのです。

一方「信頼」は、その人の実績や過去の振る舞いを見たうえで、その人の人間性や習慣、クセ、感覚といった目に見えないものに対して期待し、その期待に応えてくれるだろうという気持ちの表れです。気持ちに気持ちで応えるのが「信頼」です。「信頼」は気持ちと気持ちのつながりですから、双方向です。

さて、仕事にしてもプライベートにしても、気持ちよく活動をするためには双方向の信頼関係を構築することが欠かせません。次回は、「相手に信頼してもらうためには?」というテーマで書いてみることにします。

ジブリ・宮崎駿氏「辺野古基金」共同代表へ

★宮崎駿氏「辺野古基金」共同代表へ 新基地阻止、内外に訴え
***「琉球新報 5月8日(金)7時16分配信」より転載

米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設阻止を目的に設立された「辺野古基金」の共同代表に映画監督の宮崎駿氏が就任する意向であることが7日、分かった。琉球新報にスタジオ・ジブリ側が明らかにした。宮崎監督は高い功績を残した世界の映画人に贈られる米アカデミー名誉賞を受賞するなど、アニメ映画の監督として世界的に高い評価を受けている。新基地建設の阻止を掲げる県政を支えるため、島ぐるみ会議など運動側は辺野古移設反対の県民の民意を今後、内外に広くアピールし、訴えを強める考えで、宮崎氏の共同代表就任は今後、大きな影響を与えることになる。

 宮崎氏の共同代表就任については、基金の発足に当たって有力な候補として名前が挙がり、水面下での働き掛けが行われていた。同基金幹部は「名前を連ねていただけるのであれば大変にうれしいことだ」と述べ、今後、正式に就任要請する考え。
 
 宮崎氏は2002年に「千と千尋の神隠し」がベルリン国際映画祭でアニメーションとしては史上初の最高賞の金熊賞を受賞したほか、03年にアカデミー賞長編アニメ賞も獲得した。「ハウルの動く城」「風立ちぬ」でも同賞にノミネートされた。14年には日本人監督として1990年の故黒沢明監督以来2人目となる名誉賞をアカデミー賞主宰の米映画芸術科学アカデミーから贈られている。
 
 沖縄については14年11月、オスプレイの撤去と辺野古新基地建設への反対に賛同する著名人の声を集める運動に「沖縄の非武装地域化こそ、東アジアの平和のために必要です」とした直筆の文章を寄せていた。辺野古基金の共同代表にはこれまで、前嘉手納町長の宮城篤実氏、金秀グループの呉屋守将会長、かりゆしグループの平良朝敬最高経営責任者(CEO)、沖縄ハム総合食品の長浜徳松会長、元外務省主任分析官の佐藤優氏、俳優の故菅原文太さんの妻・文子さんが就任。県出身報道カメラマンの石川文洋氏の就任も決まっている。

(新垣和也、外間愛也@琉球新報社)

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★今さら聞けない「普天間移設問題」 なぜここまでこじれたの?
***「THE PAGE 2013年12月29日(日)12時59分配信」より転載

 沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐって、政府が申請していた埋め立て申請を、沖縄県の仲井真知事が承認しました。普天間返還の日米合意から17年、普天間基地の移設へ向けて前進したと評価する声がある一方、沖縄の市民からは抗議の声も上がっています。埋め立ては承認されても、2014年1月には、辺野古がある名護市で市長選挙が控えています。立候補を表明している有力候補の中で、現職の稲嶺進市長は移設反対派。それに対し、移設推進派は自民党前県議の末松文信氏に一本化し、辺野古移設実現を目指します。

 普天間問題は、なぜこんなに長引いているのでしょうか。いま一度、その経緯を振り返ってみましょう。
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@普天間移設問題のはじまり

 普天間飛行場をめぐる基地問題解決の気運は、1995年9月に発生した「米兵少女暴行事件」で高まりました。日米両政府は「沖縄に関する特別行動委員会(SACO)」を設置し、在沖米軍基地の整備や縮小、統合を検討。翌年、橋本龍太郎首相とビル・クリントン大統領(いずれも当時)の間で、代替施設が5~7年以内に完成して運用可能になれば、普天間飛行場が全面返還されることで合意しました。

 稲嶺知事(当時)は、「飛行場の軍民共用」「15年の使用期限」を条件に移設候補地として名護市辺野古沿岸域を表明し、岸本名護市長(当時)もそれに同意。代替施設は、沖縄本島の東海岸沖に建設されることが決定しました。つまり、「どこに造るか」という点では、一度は決着がついていたのです。
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@政府と沖縄で「溝」深まる

 政府と沖縄はさまざまな協議で話し合いを続けていたものの、両者の大きな溝となったのが普天間代替施設の受け入れ条件である「15年の使用期限」です。沖縄側は基地の固定化を嫌う県民感情に配慮し、期限を設ける必要性がありました。

 しかし、政府はアメリカとの関係性を考慮。アメリカ側は15年後の国際情勢の見通しが立たないこともあり、使用期限の設定には否定的な立場を取りました。国内でも、使用期限について田中真紀子外相(当時)が疑問を呈したり、麻生太郎自民党政調会長(当時)が批判をしたりするなど、波紋を投げかけました。結果、移設は膠着(こうちゃく)状態となったのです。

@動き出した代替施設建設案

 移設の計画が一向に進まない中、沖縄国際大学の構内に2004年8月13日、普天間基地所属の米軍ヘリが墜落する事故が起こりました。基地が人口過密地域にあることの危険性が改めて露呈し、普天間基地の閉鎖を求める声が高まったのです。

 また、アメリカ側も9.11以降、米軍再編に向けて動き出し、沖縄の負担軽減の観点から普天間基地移設問題が改めてクローズアップされました。日米両政府は2006年、「再編実施のための日米のロードマップ」を発表。住宅の上空の飛行ルートを回避するV字滑走路は、辺野古岬とそれに隣接する大浦湾と辺野古湾を結ぶ形で合意しました。島袋名護市長(当時)もこの案を承認。その後、沖縄県や名護市から滑走路の沖合移設などの修正が求められましたが、2014年までに代替施設建設という問題解決に向けた一定の方向性は出ていたのです。
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@政権交代で移設は白紙に

 ところが2009年、「普天間基地の県外、国外移設」を公約に掲げた鳩山由紀夫代表率いる民主党が政権を獲得。既定路線となっていた辺野古移設案は白紙に戻されました。しかし、鳩山政権は県外移設案で主に検討したものの、具体的な代替案を打ち出せずに迷走。最終的にはアメリカに押し切られる形で、移設先を「辺野古周辺」とする日米共同声明を発表しました。

 「県外移設」に期待を寄せていた沖縄は、なぜ辺野古に戻ったのかという政府の明確な説明がないことに態度を硬化させます。結局、辺野古移設案の実現は事実上不可能との考えを示し、米軍普天間基地移設問題は振り出しに戻ってしまったのです。
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@自民政権奪還で再び動き

 2012年の衆院選で再び自民党が与党となり、第2次安倍内閣が発足。政府は辺野古移設への手続きを進めるため、基地建設における公有水面埋め立て申請を沖縄県に提出しました。県内移設反対を主張していた仲井真知事は、年内に「承認」「不承認」の判断を示すとしていましたが、結局「承認」という結論を出しました。

 辺野古への移設を進めたい政府と、県外移設と早期返還を希望してきた沖縄県。とはいえ、沖縄県内でも移設容認、反対それぞれの主張があり、一筋縄ではいかない状況が続いているのです。

 普天間基地の周辺には、住宅や学校、病院などの公共施設も集中しており、「世界一危険な基地」と称されるほど。安全性を重視して一刻も早い移設が望まれる一方、基地の負担を沖縄だけに押し付けて良いのか、そもそも基地の存在は必要なのかなど、この議論はまだまだ尽きることがなさそうです。

(南澤悠佳/ノオト)

川内原発のスイッチは押させない!

★ストップ再稼働!6.7 3万人大集会 in 福岡★
    ~川内原発のスイッチは押させない!~

@2015年6月7日のプログラム

 11:00    オープン・マルシェ
 12:30    アトラクション
 13:00    本集会オープニング
 終了後 デモ・パレード 

[本集会]

 ◆はじめの挨拶
 ◆基調報告
  ・福島原発現地から
  ・川内原発現地から
 ◆協賛団体からの挨拶
  ・さようなら原発1000万人アクション
  ・首都圏反原発連合
  ・原発をなくす全国連絡会
  ・再稼働阻止全国ネットワーク
 ◆全国呼びかけ人からの挨拶(3人)
 ◆九州各県呼びかけ人からの挨拶(7人)
 ◆高浜、伊方原発現地からの挨拶
 ◆金曜行動からの挨拶
 ◆集会宣言
 ◆終わりの挨拶

 ※ 集会と並行して「避難者ひろば」 開設

[パレード]

 デモの説明/コールの練習
 デモ・パレードの出発
 
 ※ プログラムは変更になる場合があります。

[集会会場 ]

 福岡市中央区城内1番  舞鶴公園

◆福岡空港または博多駅から来られる場合は、地下鉄「空港線」姪浜方面行きに乗り「赤坂」または「大濠公園」で降りてください。
◆大手門から橋を渡って「出入口16」または「出入口17」から会場に入ります。下車地下鉄駅地図にて確認してください。

**6.7 3万人大集会メッセージ**

☆鳥原良子(川内原発建設反対連絡協議会会長)
 福島原発事故は、私たちに「原発とは共存できない」ことを福島の人々を犠牲にして教えてくれました。川内原発を再稼働させることは、住民と原発で働く人の命つまり、人権を無視することです。今さえよければ、という判断は、やがては地域を破壊し、ふるさとを失ってもいいということを意味します。経済より、まずは住民の命です

★集会成功のため ご賛同 ご協力 お願いします! 

 郵便振込み:口座記号番号  01710-4-143553
 加入者名   原発いらない九州実行委員会

 詳細は http://bye-nukes.com でダウンロード。

小泉純一郎:「原発ゼロ、やればできる」

★「原発ゼロ、やればできる」 小泉元首相 @2015-3/13喜多方市講演会【主催:会津電力】

@子や孫に安全な社会をつくろう

東日本大震災から4年の3月11日。「原発ゼロ」を求める小泉純一郎元首相が福島県喜多方市で講演し、安倍政権の原発再稼働方針について「本当にあきれる」などと批判した。今も変わらぬ「小泉節」を報告する。(時事通信編集委員 村田純一)

 その日、福島県会津地方には積雪50センチの大雪が降った。在来線の一部は運休し、高速道路も通行止め。太陽光エネルギーの発電会社「会津電力」に招かれた小泉氏の講演は雪の話から始まった。

 「住んでいる方の日常生活は大変ですけど、たまに雪景色を見るときれいですね。雪を見ると感銘を受けた和歌を思い出す。昭和21年正月、敗戦から半年もたってない。歌会始が皇居で行われた。その時、昭和天皇が次のように詠まれた。

 降り積もる深雪に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

 皇居の庭に何百本という松が植えられている。松は常緑樹で色を変えない。動じない。(日本は戦争で)敗れたけど、打ちひしがれることなく、松のように雄々しく国民も頑張ってくれ、と思いを込めた歌だと思っています。

 地震、津波、原発事故による大災害。何万人もの方が命を落とされ、いまだに行方不明(の人がおられる)。あの大災害にめげず、ピンチをチャンスに変えてやろうと立ち上げたのが、会津電力だと思いました。くじけない。この大災害のピンチを何とかチャンスに変えられないか。もう原発はやめよう。自然界に無限にある太陽光、風、水、植物、地熱、そのような自然のエネルギーをこれからの福島に生かしていこうと、自分たちの子や孫に安全な社会をつくろうと思って、いま努力されている」

 小泉氏は会津電力の取り組みに感銘を受けたことを語った後、本題に入った。

@三つの原発推進論「全部ウソだ!」

 「私は今でも『首相在任中、原発推進していたじゃないか。辞めたら(原発)ゼロにする(と言うのは)、無責任じゃないか』という批判を受けている。『原子力はこれから日本にとってなくてはならない電源。日本に資源はない、経済成長を遂げるためには原発はなくてはならないものだ』という専門家の話をうかがい、『その通りかなあ』と思って推進してきた。

 原発推進者が言ってきた主なものが3点ある。

 原発は安全だ。事故を起こさない
 原発のコストは他の電源に比べて一番安い。
 原発はクリーンエネルギーだ。

 この三つそろった産業は経済成長に欠かすことができない、日本がぜひとも進めていかなければならない大事な産業だ、ということを真に受けていた。

 しかし、4年前。この地域での地震、津波、原発事故を見て、専門家が言ってきたことは違っているのではないかと思い始めた。自分なりに書物を読んだり、専門家の意見を聞いたり、調べていくうちに、分かってきた。

 原発は安全、コストは安い、クリーンエネルギー。これらは全部ウソだ! ということが分かった。よくもこういうことをいまだに政府は言っているな、とあきれている」

@原発再稼働「あきれるね」

 「原発を導入してから約50年が経過した。1979年、米国のスリーマイル島で事故を起こした。いまだに人が住めない。1986年、ソ連のチェルノブイリで事故を起こした。いまだに帰れない。ふるさとを壊された。

 いや、日本は違う。日本の技術者はレベルが高い。日本人は誠実だ。技術力も高いし、日本の原発は安全だ。違うと思ったところ、あの事故。4年たって、いまだに事故の原因究明がきちんとされていない。50年間に3回も大きな事故を起こして、何十年も人が住めない、帰れない。技術的なミス、人為的ミスも含む故障や事故は枚挙にいとまがない。

 核燃料を燃やしたゴミを(再び)燃料に使う「核燃料サイクル」はとっくに完成しているはずが、(施設の稼働は)延期に延期を重ね、今は中止している。これで安全と言えるのか。もとより絶対安全な産業はない。『飛行機の方が事故は起きる。自動車事故だってしょっちゅうあるじゃないか。それに比べると(原発は)安全だ』と言うが、原発事故はひとたび事故を起こしたら取り返しがつかない。

 (原発を)早く再稼働させようという動きが顕著になってきた。九州電力(川内原発1、2号機の再稼働に向けた申請)に対して、原子力規制委員会の(田中俊一)委員長が新しい基準に合格したと(言った)。しかし、委員長は『安全とは言えない』と言っている。にもかかわらず、政府は『原発は安全だ』とし、できるだけ早く再稼働させたいと準備させている。再稼働させると言ったって、『安全とは言えない』というのに、どうして安全と言えるのか。

 しかも、(政府は)日本の原発の安全基準は世界で一番厳しいと言いながら、米国、フランスの原発と比べ、どこが一番厳しいのか一つも説明していない。

 世界の人はみんな言っている。『日本の原発、一番テロに弱い』。テロであの米国の世界貿易センターみたいなことをやられたら、もう日本の原発はおしまいだ、福島どころ(の被害)ではすまないと言っている。一番厳しいなら、他の国と比べどこが一番厳しいのか国民に説明があってしかるべきだが、何もない。それでまた再稼働させようとしている。あきれるね」

@「原発のコストが一番安い? とんでもない

 「(原発の)コストが一番安い。これもなかなか経産省や電気事業連合会は直そうとしない。何でコストが安いのか。とんでもない。一番コストがかかるのが原発だ。

 被害者に対する賠償。『原発会社』だけで負担しきれない。廃炉するにしても、40年、50年もかかる。さらに原発の立地自治体に設置を了承してもらうため、ばく大なお金をかけないといけない。ちょっと考えると、こんなにカネのかかる原発が電源のコストが一番安いと、よく言えるなと。

 安倍晋三首相が防護マスクをして、防護服を着て、福島(第1原発)の視察に来たとき(2013年9月19日)、1日約3000人の作業員が汚染水対策をしていると報じられていた。今は6000、7000人ぐらいの作業員が福島原発で除染作業などを進めている。

 あの防護服は使い回しできない。毎回新しい防護服に着替えなければならない。その費用だって大変だ。この防護服をどうやって処理するかまだ確定していない。こういうことを考えただけでも、原発のコストが一番安い、クリーンエネルギーだ(と言うのは)、とんでもない。

 今、民間金融機関は『原発会社』に融資しない。なぜか。不良債権(になる)と分かっているから。事故を起こしたら廃炉。いつ倒産するか分からない。政府が保証しない限り民間金融機関は融資しない。安全じゃないと分かっている(からだ)」

@核のゴミの最終処分は?

 「核燃料を燃やして電力を供給するときに出る際の核の廃棄物。いわゆる核のゴミ。このゴミの最終処分場は日本だけじゃなく、世界で一つもいまだに完成していない。

 フィンランドのオンカロでもうじき最終処分場が完成するというので、一昨年視察に行った。岩盤の島400メートル地下に2キロ四方の広場をつくっている。そこに、円筒形の筒をつくり何重も防御して核のゴミを埋め込む。それでも原発2基分しか処分できない。まだ検査しなければならないという。岩盤の壁に少し湿気がにじんでいて、水分が漏れる可能性がある。水が漏れたら汚染水が地下に浸透する。10万年後も水が漏れないか、審査が残っている。

 放射能は人間にとって色がみえない。においがない。しかし、近づけば必ず死ぬ。だからここは絶対掘り出してはいけないと、危険な地域だと(最終処分場の)入口に書かなければいけないが、英語、フランス語、ドイツ語、国連の公用語を書いても、千年、万年後に人類が読めるか。(フィンランドでは)どう書くか、真剣に考えている。

 今の原発、クリーンエネルギーでCO2を出さないという。確かに核燃料を燃やす時はCO2を出さないが、原発産業全体の地域では油、天然ガス、石炭を使ってCO2を出している。原発産業は全部沿岸にある。核燃料を燃やすとき熱が出る。冷却水で冷やさなければならない。海岸の水でパイプを使って冷やす。大量の水を取り込むため、プランクトンや微生物が大量に吸い込まれ、パイプを長年使うと、プランクトンや微生物の死骸がパイプに詰まる。その死骸を溶かすために薬品を使う。冷却水のあとに温水を大量にまた海に流す。海の温度が変わり魚の生態系が変わる。海の生態系を壊している。クリーンでも何でもない」

@汚染水コントロール?

  「(私が首相の時)核のゴミの捨て場を決めなかったのは政治の怠慢だと(言われる)。原発を再稼働させればまた核のゴミは増えてくる。今までの核のゴミも捨てる場所が決まらない。そういう中で、政府が(最終処分場の設置場所を)決めるから(地元自治体は)OKしろと、そんな風に考える方が私は無責任で楽観的だと思う。

 中間貯蔵施設をつくるにしても、もうこれ以上(核のゴミを)増やさないと宣言をした方が、国民が協力しやすい環境がつくれるんじゃないか。いまだに最終処分場は一つもできていない。4年前に起きた汚染土や除染のゴミ。汚染水コントロールされているとか、どなたか言っていたけど、全然(コントロール)されていない。よくもああいうことが言えるなと思っている。

 あのタンク(の汚染水)。どこへ捨てればいいのか。防護服どこにどうやって捨てればいいのか。放射線が出るから燃やすこともできない。捨て場所も決まっていない。本当にあきれる。

 日本はもう1年半、原発ゼロでやっている。暑い夏も寒い冬も原発ゼロで停電一つ起こらない。ドイツやデンマークやスペインは自然再生エネルギーに対する依存度は20%を超えている。今、日本は数%。やればすぐに20%、30%自然再生エネルギーでやっていける。太陽、風、バイオマス、地熱、さまざまな自然の無限にあるエネルギーを使って、原発依存度を自然再生エネルギーでまかなえる可能性は十分ある。

@政治が「原発ゼロ」にかじを

 日本はいつもピンチをチャンスに変えてきた。敗戦後(がそうだ)。東京大空襲、広島・長崎に原爆。300万人以上の国民が命を落とした。しかし屈しなかった。満州、朝鮮、台湾を失って、戦前より発展してきている。最大の敵の米国を最大の味方にした。石油ショックがあったからこそ環境先進国になった。政治が原発ゼロにかじを切れば、必ず自然エネルギーで経済成長できる国になると思う。

この原発ゼロの社会は今よりも必ず良い社会になると思う。政治が決めればできる。政治が決めれば、企業も国民も協力する一つの大きな課題が原発問題。何千年、何万年も(残る)ゴミが出続ける産業から撤退し、クリーンなエネルギーを使って、自然を壊さない、自然と共生できる社会をつくるために少しでもできることをやらなければいけない。必ずやればできる。実現可能な大きな目標が原発ゼロの社会だと私は思っている。原発ゼロの社会は、やればできる夢のある事業だから、若者も、男だけでなく女性も、高齢者も大きな夢の実現に向けて努力しなければいけないと思う」

@安倍首相? 「指導者として惜しいね」

 講演後、小泉氏は記者団の取材に対し、重ねて政治決断の必要性を強調した。

 「原発ゼロを政治が判断すれば、国民も企業も大方支持する環境にはあると思う。その環境を生かしていないというのは惜しいよ。政治的判断として。久しぶりにピンチをチャンスに生かせる環境は整っている。これを生かしてほしいね」

 ―安倍首相が(原発ゼロを)決断できない理由は?

「それが分からないんだ。総理もいろいろあるし…分かんないね」

 ―日本は再生エネルギーでは劣等国になっているというが、その理由は。

 「やればできるのにやろうとしないことだ。洞察力が足りない。判断力が落ちている」

 「今、安倍首相が原発ゼロと(言うと)、これはやっぱり状況は変わってね。原発は安全でもない、コストも安くない、クリーンエネルギーでもない、と分かったからゼロにしよう(と言うと)、自民党の多数は協力するし、野党も協力する。一国の指導者として、日本が自然エネルギー大国になる環境が整っているにもかかわらず、やらないのは惜しいね」

***「時事ドットコム 2015-5/3記事」より転載
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