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選択と価値観が、老後を決める

★都会か地方か いまの選択と価値観が、老後を決める
***「 (Yahoo!ニュース・AERA編集部)12月28日(月)14時2分配信記事」より転載

こんな生活はもう嫌だ、と地方に移る。
便利な都会で生き残ろう、と決意する。
誰にとっても先が見えないこの時代、老後を少しでも豊かにするために私たちはどうすればよいのか。 『下流老人』の藤田孝典さん、地方移住したブロガーのイケダハヤトさん、経済エッセイストの井戸美枝さんに聞いた。

@貧困率4割の時代 「受援力」で生き抜く *藤田孝典さん(『下流老人』著者)

2015年の新語・流行語大賞にノミネートされた「下流老人」。私の定義は「生活保護基準相当で暮らす高齢者、その恐れがある高齢者」です。NPOで生活困窮者の支援に取り組んでいると、相談に来る人のほとんどが「働けなくなるとは思わなかった」「こんなに年金が低いとは」「病気をするとは思わなかった」と言い、社会の大きな変化に戸惑っています。予想しろというほうが酷なんです。

高齢化は急速に進んでいます。統計上の所得の中央値の半分に満たない額で暮らす「相対的貧困」は国内の全高齢者のうち22%。700万人に達しています。一人暮らしの高齢者に絞ると、男性の38%、女性は52%が相対的貧困に陥っています。預貯金や年金が減り、政府の貧困対策が進まない現状が続けば、将来的には1000万人規模に膨れ上がると予想されます。

現在は労働者の4割が非正規雇用です。夫の年金で暮らしていける専業主婦を除き、多くの人たちは将来、無年金か低年金の「下流老人」になるでしょう。さらに、病気やリストラなどの突発的なリスクによって中間層から下流へ転落する人も。今の30~40代が老後を迎えるときには、少なくとも相対的貧困は40%にのぼるはずです。現役世代も他人事ではいられないのです。

特に都会では「住宅費の高さ」が最大のリスクになります。電車やバスなどのインフラが整備された都会は、本来は高齢になるほど住みやすい場所のはずですが、世界の都市の中でも東京の家賃は高額です。しかも日本は公営住宅が少なく、生活困窮者でも公営住宅に住めないという異常な状態。いったん転落すると家を失い、再就職するのも生活の立て直しも至難の業という悪循環に陥ってしまいます。

最善の方法は「下流予防」です。まず個人でできるのは、老後の生活を年金だけに頼らないこと。予想される年金額を調べ、少なければ貯蓄をし、なるべく早く暮らしをダウンサイジングしておく。病気や介護も想定されます。老後は予想以上に資金が必要だと考えて、現役時代の半分の収入で生活できるように準備しておいたほうがいい。家族や友人、地域やNPOとつながりを持ち、困ったときに相談したり助けてもらったりできるよう「受援力」を高めておくことも必要です。

*ふじた・たかのり/1982年生まれ。特定非営利活動法人ほっとプラス代表理事。ソーシャルワーカーとして現場で活動する。著書に『下流老人』

@生活コスト半減 地方移住は下見がカギ  *イケダハヤトさん(プロブロガー)

2014年に東京から高知県に移住しました。僕のブログには「田舎暮らしをなめんな」という親切なおじさまからの書き込みが多いですが、今の田舎は昔とは全く違います。地域活性化に期待して“移住者ウェルカムモード”全開です。僕の娘なんて地域のアイドルですよ。

ただ、引っ越す前には入念な下見を。「のんびりしたい定年退職後の夫婦」VS「地域活性化に貢献してほしい地元の人」という構図はありがちです。会社選びと一緒で、自分に合った場所を選ぶことが大事です。移住促進のイベントに参加して、その地域の“人”を知ってから移住すれば、失敗は少ないはず。いきなり田舎暮らしをするのではなく、まずは地方都市で様子を見る「ニ段階移住」をおすすめします。僕は今、山里の小さな集落に住んでいますが、はじめは高知市内で1年間暮らすことで、海沿い、山あい、集落によって文化が違うということが理解できました。

仕事の価値観も都会とは変えたほうがいいですね。地方都市はフルタイム正社員でも手取りが月額10万円を切ることも多いのが現実です。一つの雇用先に勤めるサラリーマンではなく、小さな仕事を自分で集めてください。例えば、農業で5万円、林業で3万円、飲食業で3万円、というイメージ。でも、そんな地方だからこそ起業のチャンスがたくさんあります。少子高齢化、過疎化、雇用、空き家、医療など社会問題がすごく身近にあって、課題を解決しようとすることがビジネスにつながるんです。

“都落ち”はもはや死語。僕の場合、東京に住んでいた頃と比べて生活コストは半減、年商は3倍の2000万円になりました。“地方”というコンテンツが新たに加わったことで、仕事もブログ読者の幅も広がったからです。東京より田舎のほうが創造性が高まるのに、大半の人がそれに気づいていません。娘と過ごす時間も増えて、家族関係もよくなって、ホント最高ですよ。特色のある教育をしている地方の公立小中学校もありますし、親のために家を建てて介護移住もいいでしょう。

ダウンサイジングをして浮いた時間とお金で何をやるか? 野望は膨らむばかりです(笑)。年収1000万円でタワマンをローンで買って……そんな小さな夢でいいんですか? まだ東京で消耗してるの?

*いけだ・はやと/1986年生まれ。東京でソーシャルメディアコンサル事業を立ち上げた後、フリーライターに転向。2014年6月から高知県に移住し、ブログで地域情報を発信している。著書に『年収150万円で僕らは自由に生きていく』など

@中流より上の安心感 備えなき老後は危険  *井戸美枝さん(経済エッセイスト)

さまざまな家庭のライフプランニング相談を受ける中で、中流から上流のアッパー層こそ「マネーリテラシー」が低い人が多いと感じます。今の「ステイタス」があれば老後も安泰だという妙な安心感があるからです。ですが、将来の貧困リスクは、アッパー層にももちろんあります。

【リスク①共働き】実は、共働きで財布を分けている家庭ほど貯蓄できていません。住宅ローンや保険料などの固定費は分担していても、食費・交際費などのいわゆる変動費は各自が自由に使っているからです。でも、老後もそれを続けられますか? 隠れ借金・ギャンブルによる浪費などトラブルに発展することもあるので、まずは家計を把握して、貯蓄目標を決めましょう。

【リスク②子どもの教育投資】年収や子どもの年齢でも異なりますが、支出内訳の目安は、住宅ローン25%、生命保険10%、生活費(食費・光熱水費・通信費・雑費など)35%、貯蓄20%です。原則として教育投資は10%に抑えること。少なくとも高校まではこのスタンスを守らないと、貯蓄を削って教育投資をすることで老後資金を貯められず、将来、子どもが親を養うために貧困に陥るという本末転倒な結果となってしまいます。

【リスク③マイホーム・介護】自宅を購入するときにまず考えるべきは、自分や配偶者に介護が必要になったら、そこを終の住処にできるか?ということです。環境は良くても車の運転が必要な郊外の一戸建てか、交通アクセスの良い都心のタワーマンションか。誰にどのような介護をしてもらいたいかを想定して検討しましょう。都会のメリットは、お金さえあればサービスが充実した介護施設を選べることですが、看取りまでしてもらえる有料老人ホームに入りたいなら、3000万〜4000万円は用意しておかなければいけません。いったん上げた生活レベルを老後に落とすのは難しいと肝に銘じておきましょう。

定年や年金受給開始年齢が引き上げられているように、時代は大きく変わっています。職場の先輩が老後をエンジョイしているのを見て安心したり、裕福な家庭に育って養われた金銭感覚をそのまま受け継いでいたりする人は要注意です。今の年収やキャリアに安心せず、ライフプランニングを見つめ直してください。

*いど・みえ/社会保険労務士、ファイナンシャル・プランナー、キャリアカウンセラー。関西と東京を拠点に、個人の相談から企業のマネープラン講習まで幅広く活動。『知ってトクする! 年金の疑問71』など著書多数



今日が今年最後のエントリーになります。

皆さまの御多幸と御健勝を祈念します。
良いお年をお迎え下さい!
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いま政治家が取り組むべきは「中年フリーター対策」だ!

★中年フリーターの「老後破産」で生活保護費が5倍に いま政治家が取り組むべきは「中年フリーター対策」だ***「週刊新潮 2015年12月24日号 掲載記事」より転載

少し前まで夢ある子育て世代だったはずの中年の間に、フリーターが激増している。滅入る話は、そこに止まらない。彼らが老後を迎えたとき、一斉に「老後破産」状態に陥って、生活保護費が今の何倍にも膨らみかねないという。日本を覆すような話なのだ。ノンフィクション・ライターの白石新さんがリポートする。

 ***

 フリー・アルバイターを縮めた造語であるフリーターとは本来、少年や青年、いずれにせよ若者を対象とした言葉だったはずだが、最近、“中年”と呼ばれる世代のフリーターが激増している。

 彼らの収入は月15万から20万円程度と、生活保護受給者とあまり変わらず、家賃と光熱費を支払ってしまえば、やっと食べていける程度しか残らない。もちろん、年金を納める余裕などないし、それどころか、健康保険料すら支払えない。

 そんな人たちが増えているのはなぜなのか。そのことは近い将来、想像を上回る「老後破産」社会が到来することを暗示しているのではないだろうか。

■中年フリーター高田さんの場合

「不安は、ないんです。ただ……」

 と言葉を濁したのは、45歳になる高田淳史さん(仮名)だ。ある離島出身の高田さんは、高校卒業と同時に神戸にある石油関連企業に就職した。まだ、バブル真っ盛りの時代である。だが、それから数年して、

「阪神大震災があって、会社の先行きがあやしくなったんです。なにもかもが壊れてしまったあの地震のあとは、ぼくの価値観も大きく変わってしまって」

 勤め先の将来に不安をおぼえて退職し、東京に出てきたという高田さん。いったんは、ある会社に正社員として入社したものの、すぐに退職してしまった。それ以来、ずっとフリーターである。いろんな仕事をしてきたが、ここ5年ほどは、百貨店などの催事で使う冷蔵庫などの什器をリースする会社で働いている。といっても、日雇いである。おもな仕事内容は、冷蔵庫などの設営と撤去だという。

「早くて2週間前に、急なときは当日なんてこともありますが、会社から〈○月○日に○○百貨店○○店へ行けますか〉といった内容のメールが届くんです。自分の体力と相談して、1日にどれだけの仕事を掛け持ちできるか考えてから返信します。賃金は1現場につき4500円です」

 平均すれば、1カ月に30カ所ほどの現場を回る。4500円の“基本給”は1現場につき5時間までの金額で、労働時間がそれを超過すれば1時間1000円の残業代が支払われる。こうした合計で、手取りの月収は多いときで15万円ほどになるという。

「まず家賃を払います。次に光熱費。残りのお金でなんとか生活するという感じですかね」

 高田さんの自宅は東京都内にある。ひとり暮らしだから、なんとかギリギリの生活はできると語るが、

「蓄えはありませんし、年金も払っていません。病気になったりケガをしたりすれば、立ち行かなくなるのはわかっています」

 仕事は軽くない。生活にもまったく余裕がない。しかし、意外にも会社からは、それなりに“いい扱い”も受けているという。

「設営場所の周囲には高価なモノも置かれたりで、それなりに緊張感がある現場なので、なにも考えないで労働できる、というわけではないんです。それに、慣れる前に辞めてしまう人も多いだけに、長続きすると、会社も優先的に仕事を回してくれたり、仕事内容が比較的ラクなところを斡旋してくれたりするんです」

■ブラック企業の正社員にはならない

 会社から一定の評価を得ているのだろう。そうであれば、正社員にならないかと打診されたりしないのだろうか。

「そういう声をかけられることもあります。でも正直なところ、ぼくのような立場の、会社が責任を負わずにすむ人間を大勢雇っている会社は、本質的にブラック企業なんですよ。一部のポストに就ける人は潤っていますが、そうでない人は、精神を病むほど異常な量の雑務をやらされ、追い込まれているのを見ていますから。安易に正社員になったりすれば、それこそ病気やケガをするのと同じ結果が待っていると思います」

 そう冷静に分析する高田さんだが、その口調は重くはなく、意外なほど飄々としている。ただし、達観しているのではない。諦観しているのである。

「この時代にいまから正規雇用されることなんて、まずないと思っていますから。独身ですし、最後は国のセーフティネットに頼るしかないですよね」

■失われた20年で非正規雇用が爆発的に増加

 高田さんのような非正規雇用の、いわゆるフリーターが目立ちはじめたのは1990年代半ばごろのことだった。以来、その数は増えつづけている。

 厚生労働省によると、雇用者に占める非正規雇用者の割合、すなわち非正規雇用率は、80年代半ばには十数%だったものが、今年は40%近くにまで達している。いまや、この国の労働力の5人に2人、実に2000万人以上が非正規雇用者というのが実情なのだ。

 労働経済ジャーナリストの小林美希氏によると、

「80年代後半、自由な働き方を示すものとして“フリーター”という言葉が誕生する一方、労働者派遣法などが改正され、企業が責任を負わずに簡単に労働力を確保できるようになりました。その後、折からのバブル崩壊で、93年大学卒業組からはじまる、いわゆる“就職氷河期組”がどっと社会に出ました。彼らが不本意ながら非正規雇用で就労した結果、非正規雇用者は爆発的に増えたのです」

 それから、およそ20年が経過したが、

「景気は回復せず、“失われた10年”が“失われた20年”になるとともに、フリーターたちは中年世代にさしかかっています。彼らの多くは、老後を考えて生活を変えたくても、いまの職場から動けないという状況におかれている。休んで収入がストップしたら、生活が立ち行かなくなるからです。ほかの可能性を考える精神的な余裕もなくなっています」(同)

■中年フリーター馬場さんの場合

 続いて紹介する馬場弘明さん(仮名)は、現在46歳。すでに同じ仕事を10年以上つづけている“熟練”の中年フリーターである。九州出身で、大学を卒業すると、いったんはコンピューター関連企業にSEとして就職したそうだが、

「企業体質が合わなくて、研修期間中にやめてしまいました。以来、フリーター暮らしで、もう15年間、空調設備のメンテナンスをやっています」

 メンテナンスと一口に言っても、その内容は細分化されており、およそ100項目にものぼるという。仕事に赴くのは都内が中心だが、時に地方への出張もあるそうだ。

「空調設備が置かれているのは、狭い場所がほとんどなので、無理な姿勢がつづくのがつらいですね。時間帯も、相手先の都合などによって早朝から深夜まで不規則なので、体力的には最近、かなりきつくなってきました。そのうえ老眼がすすんできたので、細かい作業の時は、目がつらくて本当に困ります。近視なのでコンタクトレンズを使っているのですが、老眼になると、近くを見るのが本当に難しくなるんです」

 そう言って笑う馬場さんの表情からは、苦悩が透けて見える。それでも、15年間、この仕事ひとすじに磨いてきた腕をもってすれば、それなりの見返りは得られるのではないだろうか。

「毎月、1カ月ほど前に提示される予定表に、働ける日を書き込みます。1現場あたり1万円の日雇いです。夜勤の時は1万2000円になりますが、体力的にきついので、あまりたくさんの仕事を詰めこむことはできません。毎月、だいたい12から13カ所の現場に出ていて、それでなんとか生活できる感じですかね」

 むろん、生活できると言っても、ギリギリである。

「年金も払ってないし、生活に余裕はありません。好きな音楽活動をつづけるためには、自由な働き方はいいんですが、時々、ひとりっきりになると、いろいろ考えますね。友人からはよく“孤独死するよ”と言われるんです」

 それでも馬場さんに、いまの生活を変えようという気持ちはない。

「実家の両親は、僕に結婚してほしいと思っているみたいなんですが、いまは交際している女性もいないし、結婚なんてまったく考えていません。この仕事をやめて、ほかになにかがあるという気もしませんね」

 そこまで語って、馬場さんはぽろっと漏らした。

「“日本は厳しいな”とは思います」

■簡単に立ち行かなくなる

 たしかに、日本の状況は日に日に厳しくなっているが、そのことは、中年フリーターの増加と軌を一にしていると言っていい。

 三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査によると、35歳から54歳までの非正規雇用者(女性は既婚者を除く)の数は今年、273万人を超えた。これは大阪市の人口を若干上回る数字である。前出の小林氏はこう指摘する。

「デフレがつづいているかぎりは、彼ら中年フリーターも、たとえギリギリであっても、衣食住をまかなって生活を維持することができます。しかし、一度物価が上昇すれば、たちまち立ち行かなくなります。それに、いまは働いているからなんとか生活できていても、老後になればすぐに限界が訪れます。たとえば、健康保険料を払っていないから、体調を崩してもなかなか病院に行かない。病状が悪化してようやく医者にかかったときには、自己負担の医療費が大きくのしかかってくる。年金も払っていないから受給できません」

 その結果、どうなるのかと言えば、

「将来、生活保護などの社会保障費が、爆発的に増えることになってしまうと思います」(同)

■中年フリーターの増加で生活保護費が5倍に

 まさに「老後破産」へと向かってひた走っている感のある中年フリーター。これまで時代に翻弄されてきた彼らだが、将来、「老後破産」を迎えるようになった時、日本の社会保障費はいったいどれほど嵩むことになるのだろうか。小林氏はこう予測する。

「2008年に政策研究機関であるNIRA(総合研究開発機構)が発表したレポートでは、今後、就職氷河期世代が老人になった際には、生活保護に必要な予算が、約17兆から19兆円にのぼると試算されていました。非正規雇用の人々が現状のまま放置されつづければ、実際にそのくらい、あるいは、それ以上のコストがかかることになってしまうでしょう」

 ここ数年、生活保護の給付総額は年間3兆円台だから、その増加ぶりは、すさまじいばかりだ。17兆円といえば、先ごろ新規上場した郵政3社株の時価総額と、ほぼ同額であるが、それ以上に、日本の一般会計予算の5分の1に近い金額だと言ったほうが、より衝撃的かもしれない。

 それほどの巨費が、単年度の生活保護費として必要になるというのだ。しかも、それらはまさに、中年フリーターたちの“老後破産対策費”と呼ぶべきものなのである。

■非正規雇用者を正社員にできないのか? 

 ところで、先に紹介した2人の実例には、驚かれた読者も多いと思うが、

「1カ月で十数万円稼げる中年フリーターは、実はまだ勝ち組なんです」

 そう語るのは、一般社団法人officeドーナツトーク代表、田中俊英氏である。不登校、ニート、引きこもりから貧困問題まで、長年、子どもや若者の支援活動に従事してきた田中氏は、中年フリーターに接して、こう実感するという。

「ようやく仕事に就けても、時給800円程度のアルバイト。グローバリゼーションのなかで、一度この流れにはまってしまったら、もう正社員にはなれないし、月収が手取り15万円を超えたらラッキー、という人々が、非正規雇用者のなかにはかなりいます」

 このような流れを変えるべく、行政も取り組みはじめてはいる。たとえば東京都は、今年から「東京しごと塾~正社員就職プログラム~」を開始した。30歳から44歳という、まさに中年フリーター世代を対象に、3カ月の職務実習を経験させ、正社員として働けるようにうながす、という支援活動である。

 それに対して、前出の小林氏は、

「企業にとって、非正規雇用の労働力はメリットが大きく、大幅に控えることはできませんが、その一方で、雇用の分かれ目が人生の分かれ目になっているのが現状ですから、行政が乗り出して正社員化をうながすことは必要でしょう」

 と、一定の評価をしながら、続けてこうも言う。

「こうした支援に積極的に参加できるのは、おそらくなんらかの方法で、自ら現状を打開できるような人が多い。ですから、むしろこうした取り組みに挑めない人を支援する方法がないかぎり、中年フリーターが減るようなことにはならないと思います」

■最後は国のセーフティネットに

 このままでは中年フリーターと、彼らが行き着く将来の「老後破産」は、増える一方にならざるをえないのか。冒頭で高田さんが「不安は、ないんです」と言って言葉を濁したことに触れたが、彼の言葉は、実はこうつづいていた。

「なんというか、本当に不安は、意外なほどないんです。ただ、それ以前に、希望が、ない」

 その言葉を、田中氏はこう読み解いた。

「いまの若者は、たとえ低収入でも幸福感をおぼえている人が多い。一方、バブルの時代に、それを享受していなくても、少なくとも空気に触れた経験がある人たち、つまり、主として就職氷河期世代の中年フリーターは、いまの日本を見て絶望してしまうんです」

 激増する中年フリーターたちは、こうして絶望しながら「最後は国のセーフティネットに頼る」という流れに逆らえずにいる。このままの状態がつづけば、彼らはそう遠くない将来、具体的にはあと20年もすれば、一斉に「老後破産」状態に陥ることになるだろう。

 だが、そうなったときには、「希望」は中年フリーターのみならず、この国に暮らすあらゆる人たちの前から失われてしまいかねない。だからこそ、いま国家が、政治家が急いで取り組むべきは、中年フリーター対策なのである。

「特別読物 急増の『中年フリーター』で空前の『老後破産』――白石新(ノンフィクション・ライター)」より

白石新(しらいししん):1971年、東京生まれ。一橋大学法学部卒。出版社勤務をへてフリーライターに。社会問題、食、モノなど幅広く執筆。別名義、加藤ジャンプでも活動し、マンガ『今夜は「コの字で」』(原作)がウェブ連載中。

12月の唄:前科者のクリスマス

★前科者のクリスマス

作詞:寺山修司
作曲:山木幸三郎/編曲:山木幸三郎
歌唱:淺川マキ

古いソフト 伊達にかぶり 
笑いながら 出ていった
何も言わず 手だけ振って 
帰るうちも ないくせに
今頃どこに いるのかな 
同じ刑務所を 出たあいつ 
クリスマスに ひとりぼっち 
思い出せば 雪が降る

おれも同じ ひとりぼっち 
酒場の隅の ろくでなし
酒癖 女 からかって 
あとはひとり寝 橋の下
さよならだけの 人生も 
しみじみ奴が 懐かしい 
賛美歌なんか 歌ってみても 
聞いてくれるは 雪ばかり


新国立競技場の新デザイン案:海外紙の評価

★新国立競技場の新デザイン案、日本らしくて良い?海外紙はハディド案とどちらを評価したか
***「NewSphere 2015年12月20日 10時45分 配信記事」より転載

 2020年東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場の新たなデザイン候補2案が、14日、日本スポーツ振興センター(JSC)のウェブサイトで公開された。どちらの案も、寺社など日本の伝統的な木造建築を想起させるかたちで木材を多用している。また、周辺の環境との調和を重視したデザインとなっている。廃案となったザハ・ハディド氏のデザインとは対照的な面が多いようだ。新デザイン案のアプローチについて、海外メディアでは賛否それぞれの意見が紹介されている。

◆「ハンバーガー」「重ねられたサラダ皿」「火の通っていない目玉焼き」
 新国立競技場の事業主体であるJSCは、公募に応じた2つのグループの計画案を公開した。最終決定前の公開は極めて異例だ。応募者の名は明かさず「A案」「B案」としている。朝日新聞によると、両案とも日本らしさを打ち出し、周辺環境と調和する「杜(もり)のスタジアム」というコンセプトを掲げている。

 A案では、屋根の大ひさしの下に、3層の軒ひさしが張り出している。それぞれの軒ひさしの上には植栽ユニットが並べられ、最上層には木を植えるスペースもある。横から見たイメージ図では緑が目立っている。周辺の緑との調和を志向したものである。また観客席を覆う屋根には木材と鉄骨を使用するが、下からは主に木材が目に入る設計になっている。「木と緑のスタジアム」というテーマがある。

 B案は、白磁の器のようなスタンドと屋根を、外部に露出した72本の木柱が支えている。柱は一本木ではなく集成材の角柱で、高さが約19メートル、面幅が1.3~1.5メートルある。横からのイメージ図では、この列柱が大きな存在感を見せている。また、屋根が波打っていることも特徴である。

 ガーディアン紙電子版の建築・デザインブログによると、ザハ・ハディド氏のデザインは、自転車用ヘルメットから「おまる」まで、あらゆるものになぞらえられていた。建築家の磯崎新氏は、修正後のデザインについて、「当初のダイナミズムがうせ、列島の水没を待つ亀のような鈍重な姿」と表現した。

 それでは、2つの新案は、何になぞらえられているだろうか。ガーディアン紙は、A案は、誰かが食べ終わらないうちに片づけられて重ねられたサラダの皿に見える、としている。重なった皿の間からレタスのかけらがはみ出している、と見立てた。

 B案については、上空からのイメージ図をもとに、十分火の通っていない目玉焼きに見える、とした。まっすぐでない白い屋根に、どろどろの卵白っぽい中央部がある、としている。

 サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙(SCMP)はA案について、ハンバーガーを連想させるものだと評されている、と伝えた。

◆環境に溶け込むアプローチとしては理想的との評価
 いきさつから言って当然だが、新提案とハディド氏の旧案を対比する記述が海外メディアで多く見られる。ガーディアン紙は、新デザインのどちらも、ハディド氏のデザインより周囲の環境に溶け込みやすいものだという点を強調している。

 ハディド氏の未来的なデザインは、もし作られていたら、歴史ある神宮外苑でつやつや光る白い「ストーム・トルーパー」(映画『スター・ウォーズ』に登場する白い歩兵)のようにふんぞり返っていただろう、地域独特の建設の慣例を破り、東京に高価な持て余しものを残していただろう、と同紙は語る。

 ハディド氏の目くるめくビジョンの後では、新デザイン2案は、少し安物に見えるかもしれない。しかしどちらも、ハディド氏のデザインより著しくスリムで安価だ。それにそれらは、神宮外苑の緑地の背景によりふさわしいものとなる、より軽量級で控えめなアプローチの模範のように見える、と同紙は語っている。設計者とされる人物の名前を挙げて、彼らは東京の背景を理解している、と語っている。

 全般的に、同紙は、ハディド氏の旧案から新案への移行をプラスに評価しているようだ。木材を前面に出したデザインについても好意的に見ている。

 木材を採用して、日本の伝統的な建築を想起させるという狙いは、海外メディアにも十分に伝わっているようだ。SCMPはB案の木柱について、伝統的な日本建築で使用されている柱を思い起こさせる、と語っている。テレグラフ紙は、新デザイン2案には、寺院のようなタッチが見受けられる、と語っている。A案について、天然素材と形態の面で、伝統的な寺院の設計のなごりがあると語っている。

◆未来志向ではなく伝統回帰を図ったことに不満を持つ人も
 だが、新デザイン案のこうしたアプローチを評価せず、ハディド氏のデザインのほうが優れていたと見る人もいる。SCMPは、日本で20年近く建築家として活動しているイタリア系オーストラリア人のリカルド・トッサーニ氏のそうした見方を詳しく伝えている。

「ザハ・ハディド氏は言うなればひどい目に遭った。彼女のビジョンは日本の平凡なデザインに取って代わられた」「彼女は、あらゆる実用的な性質を備えた、非常に素晴らしいデザインを提案した――さらにいえば、そのデザインはこれらの妥協案よりはるかに優れている」と氏は語る。

 氏の批判は主にデザインの見地からなされているもので、新案がいわば伝統回帰するものであることに不満を抱いている様子だ。「ザハ・ハディド氏が提案したデザインは、21世紀に属するもので、22世紀に突入していくものだったが、この2案は19世紀に逆戻りしつつある20世紀のものだ」と語っている。

 ハディド氏のデザインは「非常に時間を超越し、わくわくさせ、ふさわしいものだと東京の建築家と住民が感じるような東京のあらゆる特質を捉えていた」と評価する一方、新案については、「政治家が日本固有のものだとみなすものについての、国家主義的な幼稚な見方に迎合している」とバッサリ切り捨てている。この批評には、氏の東京観が大きく影響していると思われる。

 トッサーニ氏は、新案が木材を使用していることについても懐疑的だ。特にこれほど大規模な建築物での木材の使用は「ばかげている」と語っている。その理由は、木材を安全に保つことを確実にするために、コンスタントなメンテナンスが求められ、しかも大きな費用がかかるからだという。公開されたB案の企画書によると、木柱の太陽光、風雨による劣化や、カビの発生を防ぐため、5年ごとの保護塗装を計画しているようだ。

◆人はオリンピックスタジアムに何を期待するか
  ガーディアン紙は、人々がオリンピックスタジアムに要求するものは多様であり、時に矛盾するものであることを語る。

 人々はオリンピックスタジアムに、息をのむほどに特徴的であること、テレビを通して開会式で世界中の観客を魅了できるような国の誇りとなることを期待する。それでも人々は、スタジアムは可能なかぎり背景への影響が少なく、特価で建設されなければならないと主張する。これらが両立することはまれだ、と同紙は語る。

 新デザイン案はハディド氏のデザインとは異なった方向を目指していると言えるだろう。朝日新聞は2案について、JSCが示した「周辺環境と調和し、我が国の気候、風土、伝統を現代的に表現する」という新競技場建設への考え方を反映していることを説明している。大野秀敏・東京大名誉教授は、毎日新聞で、「鳥瞰(ちょうかん)図を見て前より地味などの意見が出るかもしれないが、目線の高さで周囲の環境に溶け込んでいるかを議論していくべきだ」と語っている。

 新国立競技場のデザインは年内に最終決定される。

家賃も光熱費もゼロで生きるモバイル生活とは?

★家賃も光熱費もゼロ。自分だけの独立国家で生きるモバイル生活とは?
***「週刊プレーボーイ 2015年02月12日記事」より転載

「モバイルハウス」とは、その名のとおり“動く家”のこと。基礎はなく、車輪がついているので移動が可能。最低限の居住スペースを確保しつつ、自然再生エネルギーなどを利用することによって、どこでも格安ライフを実現できるというシロモノだ。今、そんなモバイルハウスを自作する人が少しずつ増えているらしいのだが…その実態は!

■ホームレスの住居にヒント!

「2011年に僕が最初に建てたモバイルハウスは、幅1.5m、奥行き2.4m、高さ2.1mで、室内の広さは3畳ぐらいです。材料はすべてホームセンターで購入し、費用は2万6000円でした。家賃も敷金も住宅ローンも必要ありません」

そう話すのは、建築家で作家の坂口恭平さん。ホームレスの住居を研究していた坂口さんは、彼らの暮らしにヒントを得た「モバイルハウス」という新しい暮らし方を提案している。

建築基準法における建築物とは、(1)屋根がある、(2)壁または柱がある、(3)土地に固定されている、という3つの条件を満たしているもの。

モバイルハウスには車輪がつけられ、土地に固定されていないので建築物とは見なされない。だから、固定資産税もかからない。また、車輪がついていて道路交通法では軽車両になるが、実際に道路を走らせるわけではないので、車検や自動車税も不要だ。

坂口さんは、製作したモバイルハウスを東京・吉祥寺の駐車場に置いて暮らし始めた。そこで“住むこと”についての定義が法律のどこを探しても見つからないことに気づく。人が寝たら、そこが住居なのか? 車で寝たら? 水道・電気・ガスが接続されていたら住居なのか?

そうした定義がないなら、誰でも自分たちで住む場所を“つくれる”というわけだ。ちなみに、住所があってポストに名前が書いてあれば郵便物も届く。また、駐車場でも住民票は置ける。

■モバイルハウスに暮らしてみる!

「家賃0円、光熱費0円、水道代0円、モバイルハウスの製作費は約7万円でした」

そう話すのは、ミュージシャンの高橋雄也さん(24歳)。都心から電車で約1時間の距離にある山梨県上野原(うえのはら)市で暮らしている。

実際にはモバイルハウスを置く土地を借りるのに月2000円払っているそうだが、それにしても生活にかかるコストは限りなくゼロに近い。

高橋さんは東日本大震災をきっかけに、自然と共存する社会の可能性や暮らし方を考えるようになった。その時に出会ったのが、前出の坂口さんの著書『独立国家のつくりかた』(講談社・12年)だ。

「坂口さんが提唱するモバイルハウスに興味を持ったんですが、実際に暮らしている人がいるのかわからなかったので、自分でやってみようと思ったんです」

さっそく大工職人の友人たちとモバイルハウスづくりをスタート。条件は、移動できることと、駐車スペースに収まること。一般的なワンルームの広さを参考に、利便性を考慮してロフト付きにし、実際の広さは6畳ほど。

しかも、ボルトとビスを使って「分解できる家」にした。組み立てと分解は半日で可能で、2tトラックに積むことができる。

製作日数は約20日間。大学を卒業した14年春から暮らし始めた。生活に必要な電気は照明、iPhoneの充電、オーディオなので、約4万円かけて50Wのソーラーパネルと30Ahのバッテリーでソーラーシステムを組んだ。

「調理は、室外で薪のロケットストーブ、室内でカセットコンロを使い、水は近くの温泉に行ったときに湧き水をくんでおく。20Lのタンク2個、5Lのペットボトル1本で、3、4日はまかなえます」

トイレは近くのコンビニや出かけた先で済ませる。いずれはコンポスト(バイオ)トイレを設置したいそうだ。

ところで、実際に暮らしてみて、困ったところはないのだろうか?

「都会暮らしと比べるとストレスがゼロで、今はプラスしかないほど快適。自然に囲まれ、温泉に入れて、近所の人も新鮮な野菜を持ってきてくれたりする」

今後は物置用モバイルハウスの増築や、軽トラに積んだモバイルハウスで移動カフェを開くプランもある。高橋さんは、モバイルハウスの快適さをもっと多くの人に知ってもらいたいという。

女性ながらモバイルハウスで暮らす人もいる。

アルバイトの井ノ上裕理(ゆり)さん(28歳)は、神奈川の大学を卒業後1年で脱サラして鹿児島へ移住。ひとり暮らしをしようと思ったときにアパートの家賃が高いことに気づき、モバイルハウスに住むことを決意。

友人たちと「ルツボックス」と名づけたモバイルハウスをつくり、12年10月からの約500日間をそこで暮らした。もちろん、家賃、電気代、水道代は0円だった。

「最初はルツボックスを職場の駐車場に置かせてもらって、しばらくしてから民家の庭先を借りました。どちらも月3000円でした」

駐車場で暮らしていた頃は、近所の子供たちがのぞきに来たり、車の出入りの音が気になったり落ち着かなかったというが、民家の庭先に移動してからはプライバシーも確保され、快適だったと振り返る。トイレや水道は、職場や庭先を貸してくれた民家のお世話になった。

「実際に暮らして一番大切だと思ったのは水の確保。20Lのタンクを設置したキッチン設備があったんですが、タンクが重くて入れ替える作業も大変でした」

調理はカセットコンロひとつ。ご飯を炊いて、自家製の漬物をおかずにした。また、水が節約できて洗い物が簡単な蒸し野菜もよく食べたという。冷蔵庫は使わなかったので、室温が高くなる4月から10月は食材や料理の腐敗に気を使ったが、冬は室温が2~5℃になるので2、3日分の保存も可能だ。

「(モバイルハウスを)そろそろ次の人に譲ろうと思って呼びかけたら、声をかけてきたのがみんな女性だったのには驚きました。そのうちのひとりが今は暮らしています。私はアパートに移ったんですが、天井が高くて落ち着きませんでした(笑)」

井ノ上さんは、約500日間のモバイルハウス生活で、寝る場所は最低限でいいと実感したという。あとは江戸時代の長屋みたいに共有スペースをシェアできる仲間が欲しい。もし次にモバイルハウスで暮らすなら、そういう仲間と村をつくりたいと話す。

■軽トラに載せて機動性もアップ!

モバイルハウスは移動が可能だといっても、そうそう気軽に運べない。そこで考えられたのが、軽トラックの荷台にモバイルハウスを載せてしまう方法だ。

千葉県匝瑳(そうさ)市に拠点を置く形川(なりかわ)健一さん(46歳)は、海上自衛隊の任務でアフリカのジブチ共和国に行った際、日本の暮らしとのギャップにショックを受けたという。

12年6月の帰国後は、どういう生き方が幸せなのか考えるようになる。今の仕事や暮らしに疑問を持ち始めた形川さんは、千葉で農作業を手伝うようになって、買ったばかりのBMWを売って新車の軽トラを購入する。

「ちょうどその時(前出の)坂口恭平さんのドキュメンタリー映画『モバイルハウスのつくりかた』(12年)を見たんです。これを軽トラに載せたら機動力もあるし、飲んだ後はそこで寝れば飲酒運転対策にもなると思って(笑)」

翌年1月に完成した「モバハウス1号」の製作費は約2万円。秋にはさらに快適性を追求した「モバハウス2号」を製作。ところが、地上高が3m近くになり、重さも200kgになって積み下ろしの大変さや走行中に風にあおられることが判明。今度は、自分の体の大きさや視線の高さ、使い勝手などを考慮し、床下収納もつけた「モバハウス3号」を完成させた。

キャンピングカーとの大きな違いは、あくまでも荷物であることから改造申請が不要なところ。また、ひとりで積み下ろしできる仕組みにすれば、宿泊場所でモバイルハウスを降ろして、軽トラとして車を活用することもできる。

モバイルハウスを提唱している前出の坂口さんが言う。

「家という空間を極限まで広げ、都市空間全体を生活要素ととらえればいいんです。トイレ、水場、コインランドリー、コンビニはたくさんあるし、図書館や公園など公共施設をもっと活用すればいい。ホテルのラウンジやカフェは冷暖房完備でフリーWi-Fiもあり、電源も使えるようになってきました」

都会の駐車場でも、自然が豊かな場所でも、移動式の軽トラ式でも実際にモバイルハウスで暮らしてみるにはかなりの勇気が必要。

でも、そのハードルさえ乗り越えられれば、もう毎月のバカ高い家賃を払わなくても済む…。思い切ってチャレンジしてみる?

(取材・文/新井由己)

新国立競技場の知られざる不安

★新国立競技場の知られざる不安。デザイン案にある木材は調達できるのか?
***「ヤフーニュース BY *田中淳夫 2015年12月15日 13時53分配信記事」より転載

2020年の東京オリンピックに向けて新国立競技場のデザインが2案発表された。

新国立競技場に関してのゴタゴタは改めて言うまでもない。莫大な建設費のかかるザハ案が撤回されて、工期も限られる中で出された建築デザインだが、ここで注目されているのは、どちらも「杜のスタジアム」という名称で、木材を豊富に使うことだ。

もともと基本要項の中に「日本らしさ」「木の活用を図る」ことが入っているためだろうが、2案とも木材の使用が目立つ。加えて環境を意識した結果だろう。

実は、この要項には林業・木材関係者からの強力なブッシュがあったと聞く。新国立競技場の建設を通じて林業振興を図りたい意図があったのだ。

おかげで日本の林業界には歓迎の声が上がっている。これを機に木造(正確にはRC造と併用)が見直されれば、長期低迷する林業にも薄日が射す……と期待しているのだ。

だが、新国立競技場が日本林業の後押しに本当になるかどうかは、微妙である。まだどちらのデザイン案になるかも決まっていない中で先走った指摘をするのは心苦しいが、問題点を上げておこう。

まず、どちらのデザインでも、使われる木材は、エンジニアードウッド、つまり張り合わせたり耐火・耐腐朽性を得るために薬剤注入などを行った木材になるだろう。

とくにB案は、72本の巨大な柱を立てるが、これは大断面集成材だ。だが、現在の集成材の多くが外材製である。国産材で集成材をつくっている工場はそんなに多くないし、生産規模も小さい。

A案には、「国産スギを多用」という文言があるが、求められる質の材を、十分に調達できるのか、加えて価格はどうなるのかという心配がある。

そして、これが最大のネックなのだが、オリンピックに使われる木材は、森林認証を取っていることが世界標準になっていることだ。全森林が認証を受けている国さえある。

ここで森林認証制度について説明しておく。

森林認証制度とは、林業は自然破壊だとする世論を受けて、1990年前後から各地で設けられた環境認証の一種だ。森林の経営方針や管理・作業方法などを第三者機関が審査し、合格したところに認定するのである。

そして、認証を受けた森林から出された木材は、製材や流通過程でも区別するよう認証された機関を通さないといけない。エンドユーザーの手元に届くまで認証はつながっていることが肝だ。そして認証を受けた木材には、ロゴマークがつけられる。

すでに世界的には非常に大きな広がりを持ち、世界標準化している。木材貿易のパスポートと言われるほどなのだ。

世界的には森林管理協会FSCの認証のほか、各国の認証制度を相互認証するPEFCがある。また日本には、独自のSGEC(「緑の循環」認証会議)がつくられている。ただしSGECは第三者認証ではなく業界認証なので、国際的には完全な森林認証と認められていない。現在PEFCへの加盟準備中だ。

つまり森林認証のロゴマーク付き木材なら、環境に配慮して生産された木材であることが証明されるシステムなのだ。

そして、オリンピックでは森林認証木材を使うことが標準化されている。義務ではないが、前回のロンドンオリンピックはもちろん、歴代の開催で当たり前とされてきたので、ここで日本が使わねば世界中から不評の声が上がるだろう。

ところが、日本に森林認証を取得した森林はごくわずかなのだ。

FSC認証の森林は、日本で39万9925ヘクタール、SGEC認証でも86万9880ヘクタールしかない。しかも日本の場合、認証森林で必ずしも木材生産しているとは限らないため、現在出荷される認証木材の量はわずかである。

つまり、今のままでは新国立競技場に認証を取得した国産材を使いたくても、極めて厳しいのである。さらに競技場以外のところでも木材は使われるだろうから、それらを全部認証材にするのは絶望的だ。もし認証木材にこだわれば、ほとんど外材になる可能性だってある。

オリンピック会場で(外材使用であっても)木造建築が目立てば、日本人も木造に目覚めて後々国産材の需要も増えるよ……そんな淡い期待の声も業界には出ているが、少々寂しい話である。日本の森林も、もっと積極的に森林認証を取得するべきだろう。また安定供給できる体制をつくるだけでなく、使用する木材の素性がすぐわかるトレーサビリティを流通に確立させる必要がある。

残念ながら日本の林業界は、そうした動きに鈍いままである。



*田中淳夫 :日本唯一にして日本一の森林ジャーナリストとして、自然の象徴としての「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで執筆活動を展開。主に森林、林業、そして山村問題に取り組む。自然だけではなく、人だけでもない、両者の交わるところに真の社会が見えてくる。

たまり続ける日本のプルトニウム

★たまり続ける日本のプルトニウムに募る懸念:原発再稼働で指摘される別の問題
***「AERA  2015年11月23日号記事」より転載
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政府が着々と進める原子力発電所の再稼働。事故への不安から反対運動が続く。しかし国際的には、別の角度から懸念の声が上がっているのだ。

・・・・・・・・・

「(原発からできる)プルトニウムの核拡散リスクを過小評価しているのが、いまの日本。このままいけば、日本が掲げる非核政策にも国際社会から疑念が高まりかねない」

こう話すのは、長崎大学核兵器廃絶研究センター長の鈴木達治郎氏。昨年3月までの4年間、内閣府原子力委員会の委員長代理を務めるなど、最近まで「原子力ムラ」の中心にいた。その鈴木氏ですら、日本の原発で生み出され続けるプルトニウムが、これからの原子力政策を左右しかねないと心配する。

核兵器廃絶を目指す世界の科学者らが集まり、11月5日まで長崎で開かれた「パグウォッシュ会議」でも、日本のプルトニウム問題は議題になった。参加者らは青森県六ケ所村にある再処理工場の稼働を無期限延期するよう安倍晋三首相宛てに要望書を送った。六ケ所村の再処理工場が動き出せば、さらにプルトニウムが増えるからだ。

日本が保有するプルトニウムは約47トン。軍事用も含めた全世界のプルトニウム約500トンの10%近くを占め、核兵器保有国以外では圧倒的に多い。うち約10トンは国内の原発などに保管され、残り37トンは再処理を頼んだイギリスとフランスにある。

では、なぜそんなに日本にはプルトニウムがたくさんあり、その何が問題にされるのか。

原子力発電所で使用済みになった核燃料には、重量で約1%のプルトニウムが含まれている。プルトニウムを分離し、再び原発で使えるように加工する作業を「再処理」と呼ぶ。

再処理されて生まれた分離プルトニウムを含む核燃料は、高速増殖炉やMОX炉と呼ばれる原子炉で使われる。なかでも高速増殖炉は、燃料に多く含まれる燃えないウランをプルトニウムに効率よく転換させる能力があり、使った分以上のプルトニウムを生み出すことから、何度でもリサイクルが可能。それが「核燃料サイクル」だが、実用化した国はいまだない。

高速増殖炉では、熱をよく伝えるナトリウムを冷却剤に使う必要があるが、ナトリウムは水と反応すると爆発するため技術的なハードルが高い。1995年に「もんじゅ」で起きた火災事故もナトリウム漏れが原因だった。

鈴木氏はさらに指摘する。

「もともとはウランの枯渇に備えてできた計画ですが、今ではウランは採掘可能年数が増し、海水にも無尽蔵にあることがわかってきた。早急に開発する必要性が薄まってしまったのです」

先進各国の多くが80~90年代に次々と高速増殖炉の開発をやめる中、日本はあきらめず、核燃料サイクルを続けるために、使用済み燃料をすべて再処理する政策を維持する。

一方、肝心のもんじゅも事実上の「レッドカード」が見え隠れする状況に追い込まれている。試験運転中に燃料交換用機器を炉内に落とすトラブルで2010年から長期停止中。その後も約1万点の機器の点検漏れが発覚し、業を煮やした原子力規制委員会は11月13日、運営主体を日本原子力研究開発機構以外に代えるよう勧告した。代わる運営主体が見つからなければ、廃炉も現実味を帯びる。

@世界の心配は核兵器への転用

ただ、国際的に心配されているのは、日本の核燃料サイクルの破綻ではない。プルトニウムが核兵器に転用される恐れだ。テロリストが盗み出して核兵器を作る。もしくは、再処理施設を核兵器製造の隠れみのにする国家が出るかもしれない。


米ローレンス・リバモア国立研究所の国家安全保障政策研究所副所長を務めるブルース・グッドウィン氏は、最近東京で開かれたシンポジウムでこう断言した。

「核兵器を作る初期の技術があれば、再処理されたプルトニウムから広島型原爆の破壊半径の3分の1以上になる核兵器が作れる。原子炉で生まれたプルトニウムでは核兵器が作れないというのは誤解にすぎず、現に米国では62年に成功している」

実際、複数の核の専門家にも聞いたところ、テロリストが脅しに使う程度には十分な威力を発揮する核兵器が、再処理されたプルトニウムから作れるという。コンピューターの計算能力が飛躍的に向上したためだ。

国際原子力機関(IAEA)は、プルトニウムが8キロあれば核兵器が製造できるとみている。日本国内の保有量は1350発分に相当する。

IAEAには、核物質の兵器転用を防ぐ目的で査察に入る権利が認められているが、

「査察に入るまでは準備などに4週間が必要。一方、核兵器転用には1~3週間あれば十分。これでは間に合わない」(米・核不拡散政策教育センター理事のヘンリー・ソコルスキー氏)

90年代にホワイトハウスで科学技術政策局次長を務めたフランク・フォンヒッペル米プリンストン大学名誉教授は、強い調子で指摘する。

「日本の核施設は武装した警備員がいないなど、セキュリティーレベルが高いとはいえない。警備員が銃を携帯している米国ですら、核施設の警備体制を検査する模擬攻撃で特殊部隊が原発に潜入し、プルトニウムを“盗み出す”ことに成功してしまったことが一度ならずある。米国はすでに再処理をやめた。日本が再処理を続けようとするのは危険すぎる」

米国だけではない。中国の軍縮大使は10月に開かれた国連総会の第1委員会で、日本の余剰プルトニウムが核武装につながる可能性があると言及した。

また、対北朝鮮に向けて核武装を望む国民が過半数を占めると言われる韓国。

「日本が再処理をこのまま進めれば、米韓原子力協定で韓国も再処理の権利を主張するだろう」(米・天然資源防護協議会のジョンミン・カン氏)

核拡散ドミノを防ぐ打開策はあるのか。

鈴木氏やフォンヒッペル氏は、全量再処理した後の放射性廃棄物を地下深くに埋めるという政策をやめて、使用済み燃料をそのまま廃棄物として埋設する直接処分(ワンススルー)を採り入れるべきだと提案する。

「地下深くに、拡張される前の羽田空港ぐらいの広さの処分場を一つ作れば、国内で発生する使用済み核燃料をすべて片づけられる」(鈴木氏)

@原発再稼働でさらに増加へ

その場合、使用済み燃料を二重構造の乾式キャスクに50~100年程度、中間貯蔵して熱が下がるのを待ってから埋めることになる。使用済み燃料プールよりも頑丈なキャスクに納めて保管したほうが災害や盗難に対する安全性が高まるうえ、「埋設前に冷ますことで燃料同士の距離を詰められ、貯蔵スペースの節約にもなる」(フォンヒッペル氏)という。

政府は昨年4月のエネルギー基本計画で、使用済み核燃料に関して直接処分の調査研究を進めると明言したものの、この調査研究はあくまでも「選択肢の幅を広げる意味」(資源エネルギー庁放射性廃棄物対策課)との位置づけで、核燃料サイクルの堅持の方針は変えていない。

経済産業省によると、東京電力福島第一原発の事故で国内の全原発が停止中だった昨年3月末時点で、約1万7千トンの使用済み燃料が国内の原発などに貯蔵されていた。その3分の2が再処理を待っている状態だ。

加えて、今年8月の九州電力川内原発1号機を皮切りに始まった再稼働の流れが強まれば、再処理を待つ使用済み核燃料がますます増えることになる。

核兵器問題を扱うアナリストの田窪雅文氏はこう強調する。

「核兵器に利用可能なプルトニウムがあり余っている状態で再処理工場を動かして、さらにプルトニウムを取り出そうなどというのはもってのほか。他の多数の国々がやっているように使用済み燃料を中間貯蔵した後、直接処分するという政策に変えるべきです」

(文:ジャーナリスト・桐島瞬)

小出裕章さんに聞く:日印原子力協定の道義的問題とは

★<小出裕章さんに聞く>日印原子力協定の道義的問題とは
***「アジアプレス・ネットワーク 12月9日(水)15時55分配信」記事より転載

原発輸出に前のめりになっている日本政府。ベトナムをはじめ数か国に輸出をしようとしているが、その中でもNPT(核兵器不拡散条約)に加盟しておらず、プルトニウムを取り出す再処理技術を持っているインドへの輸出には、慎重さが求められるべきだ。この問題について、元京都大学原子炉実験所・助教の小出裕章さんに聞いた。(ラジオフォーラム)

◆核保有国インドに原発を売る意味

ラジオフォーラム(以下R): インドとの原子力協定とは、どのようなものなのでしょうか。

小出:世界は今つながっているというか、多数の国の間で貿易等が行われています。原子力関連の機材を輸入したり輸出したりする、あるいは技術協力をするというような時には、「原子力協定」というのをはじめに結ぶことになっています。日本は現在14か国と原子力協定を結んでいて、原子力の機材を輸出したり、あるいは技術的な協力をしたり、あるいは受けたりというようなことをやっているわけです。

インドとの原子力協定締結は、日本が原発を輸出することが何よりの目的となっています。しかし、そこには大変複雑な問題があります。インドは1974年に核兵器を造って、実際にそれを爆発させたことがあったからです。

インドは、カナダから原子炉を輸入して、そこで作られた原爆材料のプルトニウムを取り出して(再処理)、実際に原爆を造り上げたわけです。当時の米国のカーター大統領がそれを見て、平和利用として原子炉などを渡してしまうと、原爆を造る技術力が世界中に行き渡ってしまう。これは大変な危機だと気付きました。そして原子炉で生み出されたプルトニウムを取り出す技術が「再処理」と呼ばれる技術ですが、米国は自国ではもう商業用の再処理をやらないということを決めたわけです。少なくともインドに関しては、もう原子力の協力は一切しないということで、原子力協定を破棄したのです。

R:それほど核拡散を恐れたわけですね。

小出:それほど大切なことだったわけです。年が経ちまして、父親の方ではなく息子のブッシュ大統領の時代、米国の原子力産業はすでに崩壊に瀕していました。もう米国国内では原子力発電所を造ることができないということで、何とか海外に原子力発電所を輸出しなければいけない。そうなると、インドというのは最大の顧客になるのだから、インドとの原子力協定を再度結ぼう。もう核兵器の拡散のことよりも金儲けの方が大切だということで、インドだけを例外的に優遇して、また原子力協定を結び、米国の原子力発電所を輸出するという道を敷いたのです。

日本は、米国の属国だと私はずっと言っていますけれども、米国の意に沿って日本もそのインドとの原子力協定を結んで、原子力発電所を輸出していくという方向に今、向かっているわけです。でも、それは、カナダの原子炉輸出でインドが原爆を作るに至った時代に再度戻ってしまうということになってしまいます。本当にそれをやっていいのかどうかということに関しては、きちんと考えなければいけないことだと思います。

◆核拡散に積極的な日本

R:商売繁盛のためにはなりふりを構わない原子力ムラの姿勢がよくわかるのですが、では、日本はなぜインドに対して再処理を認める方針なのでしょうか。

小出:インドは、カナダから輸入した原子炉を動かしてプルトニウムを作り、それを取り出すための独自の再処理技術をつくって、実際にプルトニウムを取り出したのです。ですから日本が認めるとか認めないとか言う前に、インド自身は再処理という力を持っているのです。つまり、インドと原子力協定を結ぼうとする限りは、もうインドが再処理技術を持っているということは前提にするしかなく、原子力発電所を輸出してしまえば、核兵器を造れてしまうということが初めから分ってしまっているということです。

ですから、もし核不拡散ということを重視するのであれば、再処理能力を持っている国に原子力発電所を売ること自体が、とんでもないことになってしまうわけです。けれども、インドという国はいい国だから特別に認めると。かつて核兵器を造って爆発させたこともあるけれども、もう今はいい国なのだからというようなことで、米国はインドと原子力協定を結んだわけです。日本もその尻馬に乗って、インドは再処理技術を持っているけれども、インドだけは原子力発電所を輸出してもいいということにしてしまっているわけです。

R:これでは、日本が掲げている原子力の平和利用という原則が破られてしまうことになりませんか。

小出:もちろん破られるわけです。インド自身は核不拡散条約(NPT)にも加盟していません。そういうところに原子力発電所を売りつけるわけですから、核拡散を認めてしまうということは、初めからわかっています。

ですから、何か日本は原子力平和利用とか、自分自身は核兵器を持たず造らず持ち込ませずというようなことを言っているわけですけれども、実際には積極的に核の拡散に加担していくということになるわけです。

ただし、私自身は、インドという国が核兵器を造った、あるいは、これから造ろうとしていることよりも、もっと大きな問題が存在していると思います。

もちろん核兵器なんて持つことは本来的に悪いことだし、そんなことは私はやってほしくありません。けれども、いわゆる国連常任理事国の米・露・英・仏・中の5か国だけが核兵器を持ってよくて、他の国は絶対に持ってはいけないという核不拡散条約そのもの自体が圧倒的な不平等条約だと私は思っています。インドは持ってはいけない、あるいはその他の国も持ってはいけないという、そういうまず不平等な状態を解消に向けて動くということの方が大切なことだと思います。

R:今、安倍総理をはじめとする日本政府は、インドだけでなくトルコですとかベトナムにも原発輸出に積極的になっていますけれども、核軍縮に対する考え方というのはあまりないのでしょうか。

小出:安倍さんには、根本的な政治理念がありません。あるとすれば、ひたすら米国の属国として、米国のご機嫌をうかがって、自分も経済的に発展していく、あるいは儲けをすればいいという、そのぐらいの気持ちしかありません。米国がインドに原子力発電所を売りつけるということを決めたのであれば、日本も原子力協定を結んで、米国と一緒になってインドに原発を輸出すると。そのことしか、もう彼の頭にはないのです。それが彼の言う「経済最優先」ということです。

安倍政治の暴走をゆるさない!

★安倍政治の暴走をゆるさない 国民の力に確信を
***「内田樹の研究室 2015年12月06日」より転載 

@内田樹神戸女学院大学名誉教授に聞きました

ー安保法制改悪案の強行採決から二ヶ月になりますがいまの状況をどのように判断されていますか

その後に大阪の知事・市長のダブル選挙での維新の勝利もあり、安倍政権の支持率が四七〜四八%という結果も出ています。正直言って、日本国民が今の政治をどう評価しているのか理解に苦しむところです。
どう考えてみても国民生活にとってははっきり不利益になる方向に政治は進んでいます。政権運営は安保法制の強行採決、辺野古基地の工事の強行に見られるように際立って強権的・抑圧的ですし、アベノミクスはあらゆる経済指標が失敗を告げており、メディアや大学に対する干渉もどんどん現場を萎縮させている。市民生活が直接攻撃されているにもかかわらず、当の国民が自分たちの生活をおしつぶそうとしている政権に支持を与えている。論理的に考えるとありえないことです。なぜこんなことがまかり通っているのか。
思想的には「戦前回帰」ですが、戦前の日本には軍部と治安維持法という実効的な暴力装置がありました。今の日本にはそういうものはありません。ですから、市民が政府に怯えて政府の暴走を看過しているということではい。市民自身がその暴走を「よいこと」だと思っているということです。

国民の半数が政権の暴走にある種の期待や好感を寄せているという事実を私たちはまず冷静に見つめる必要があります。
当否の判断はさておき、多くの国民は「今のシステムを根本から変えたい」という強烈な「リセット願望」を持っている。安倍政権は「戦後レジームからの脱却」を掲げて登場してきた過激な改革派政権です。現在の自民党は保守ではなく革新なのです。その点を見落とすと高い支持率の意味が理解できなくなる。

政権は憲法という国の骨格の背骨の部分を否定し、それに基づく立憲デモクラシー、教育、メディアなどのありかたをほとんど否定しようとしています。彼らがめざすのは「革新」であり、ほとんど「革命」に近い。
そして、それに対する国民の側からの反対運動も看板では「革新」を掲げている。現状の日本のシステムはダメだ、改革しなければならないと言っている。つまり、政権も政権に反対する側も「劇的な変化」を望むという言葉のレベルでは同じことを言っているのです。

ですから、従来のような右翼/左翼、保守/革新、独裁/民主という二項対立では現状は説明できません。安倍政権の暴走を止める理論的根拠を示すためには、それとは違う新しい構図を持ってこなければならない。

-国民の意識が反転されたような形で出てくる原因はどこにあるのでしょうか

戦後70年の最も大きな変化の一つはかつては人口の50%を占めていた農村人口が人口比1.5%にまで激減したということです。それは農村共同体的な合意形成の仕組みが放棄され、「会社」の仕組みがマジョリティを形成するに至ったということです。
統治のスタイルもそれに応じて変化しました。それが社会のすべての制度の「株式会社化」をもたらした。

株式会社は民主主義によっては運営されていません。
CEOに権限情報も集中させ、すべてが上意下達のトップダウン組織です。従業員の合意を取り付けてから経営方針を決めるというような鈍くさい企業は生き残ることができません。経営政策の適否について従業員は判断することが許されない。それはCEOの専管事項です。

でも、そのようなワンマン経営が是とされるのは、その「独裁的経営者」のさらに市場が存在するからです。経営判断の適否は市場がただちに売り上げや株価として評価する。商品がどれほどジャンクなものであっても、雇用環境が非人間的であっても、市場が評価して売り上げが伸び、株価が上がる限り、CEOは「成功者」とみなされる。
そういう仕組みに現代日本人は慣れ切っている。生まれてから、そういう組織しか見たことがないという人がもう人口の過半です。彼らにしてみると「民主主義的合意形成って何?」というのが実感でしょう。家庭でも学校でもクラブ活動でもバイト先でも、これまでの人生でそんなもの一度も経験したことがないのですから。知っているのは株式会社的トップダウン組織だけであり、その経営の適否は組織成員たちの判断によってではなく、上位にある市場が決定する。
自分の生き方が正しかったかどうかを決めるのは、試験の成績であり、入学した学校の偏差値であり、就職した会社のグレードや年収であるという「成果主義」「結果主義」にサラリーマンは慣れ切っています。
その心性が安倍政権を批判することができない知的な無能を生み出す土壌だと私は考えています。

安倍晋三も橋下徹も「文句があったら選挙で落とせばいい」という言葉をよく使います。これは彼らが選挙を市場と同じものだと考えていることをはしなくも露呈しています。
選挙とは市場における競合他社とのシェア争いと同じものである。それに勝てば政策は正しかったことになる。どんなジャンクな商品でも、パッケージデザインや広告がうまければシェア争いで勝つことができ、勝てばそれは「よい商品」だったということになる。
「大阪都」構想をめぐる住民投票で負けた後、橋下市長は「負けたということは政策が間違っていたということでしょう」と言い放ちました。しかし、選挙の勝ち負けと政策の良否は次元の違う話です。政策の良否はそれが実施された後の何年、何十年のちの、本当の意味での「成果」を見なければ判定できない。でも、彼らはそんなことには関心がない。次の選挙の勝敗だけが重要であるというのは株式会社の「当期利益至上主義」と同質のものです。

ーSEALDsの活動はそういう状態に風穴をあけた感じがありますね
 
SEALDsの活動の際立った特性はそれが現代日本の政治状況における例外的な「保守」の運動だということです。彼らの主張は「憲法を護れ」「戦争反対」「議会制民主主義を守れ」ということです。国民主権、立憲デモクラシー、三権分立の「現状」を護ることを若者たちが叫んでいる。
老人たちのつくる政権はあとさき考えずに暴走し、若者たちが「少し落ち着け」と彼らに冷水を浴びせている。まるで反対です。こんな不思議な構図を私たちはかつて見たことがない。だから、今起きていることをよく理解できないのです。

この夏に国会内外で起きたのは、国会内では年寄りの過激派たちが殴り合い、国会外では保守的な若者たちが「冷静に」と呼びかけたという私たちがかつて見たことのない光景でした。あれを60年安保になぞらえるのは不適切だと私は思います。日本人は「あんな光景」をかつて見たことないのですから。
それに気がつかないと今何が起きているのかがわからなくなる。今の日本の政治状況の対立図式はひとことで言えば「暴走/停止」なのです。

この保守的な護憲運動の特徴は、支持者のウィングを拡げるために「安保法制反対」という「ワン・イシュー」に限定したことです。通常の市民運動はそこから原理的に同一の政策をどんどん綱領に取り込みます。原発問題、沖縄基地問題、人権問題、移民問題、LGBT問題へとどんどん横に拡げて、網羅的な政策リストを作ろうとする。けれども、そうやって政策の幅を拡げることで、市民運動への参加者のハードルはむしろ上がってしまう。

「学者の会」に対しでも、安保法案反対という以外の政策についても会としての統一見解を語るべきだという人がいました。他の政策について意見の違う会員を「除名しろ」という意見を述べた会員もいました。彼らはそうやって政策の整合性や精密性を追求すればするほど仲間が減って行くということはあまり気にならないらしい。
SEALDsはその点ではむしろ「大人」だったという気がします。彼らは政治目標を法案反対一点に絞って政策集団としての綱領的な純粋性や整合性をめざさなかった。だから、あれだけ多くの賛同者を惹きつけることができたのだと思います。
彼らは法案に反対しているだけで「よく戦わないもの」を罵倒したり、冷笑したりすることがなかった。できる範囲のことだけでいいから自分たちの運動を支援して欲しいとていねいに、実に礼儀正しく市民たちに訴えた。世間の耳目を集める政治運動がこれほど謙虚であった例を私は過去に知りません。それだけ彼らの危機感が強かったということだと私は思います。文字通り「猫の手も借りたい」くらいに彼らはせっぱ詰まっていた。だから、「これこれの条件を満たさないような人からの支援は要らない」というような欲張ったことを言わなかった。その例外的な礼儀正しさに、彼らがほんとうに肌に粟を生じるほどに安倍政権の暴走を恐怖していることが私には伝わってきました。

-年があけて二〇一六年は夏に参院選があり、ここでまた国民の次の判断が求められます。改悪戦争法の破棄、集団的自衛権容認の閣議取り消しをもとめる一点集中の政府実現のために野党共闘が呼びかけられています。また、戦争法廃止、憲法九条守れの二〇〇〇万人署名が総がかり運動としてすすめられています。いま大事なことはどういうことでしょうか

「保守と革新」という対立軸がいつのまにか逆転していることに気づかなければ、何をすべきかは見えてこないと思います。市民生活を守るために、私たちがまず言わなければならないのは「落ち着け」ということです。「止まれ」と言うことです。議論なんかしている暇はない、全権を官邸に委ねてお前たちは黙ってついてくればいいんだという前のめりの政治家たちに対して「少し落ち着きなさい。ゆっくり時間をかけて議論して、ていねいに合意形成をはかりましょう」と告げることだと思います。暴走する政治家たちの決まり文句はいつでも「一刻の遅れも許されない」「バスに乗り遅れるな」ですけれど、これまでの経緯を振り返れば、それが「嘘」だということははっきりしています。決定に要した時間と政策の適切性の間には何の関係もありません。

逆説的ですが、今の市民運動に求められるのは「急激には変化しないこと」です。国のかたちの根本部分は浮き足立って変えてはならない。そのための惰性的な力として市民運動は存在します。それは市民運動のベースが生身の身体であり、生身の身体は急激な変化を望まないからです。
痛み、傷つき、飢え、渇き、病む、脆い生身の身体をベースにしている運動は独特の時間を刻んで進みます。その「人間的な時間」の上に展開される市民運動がいま一番必要とされているものだと私は思います。
まずは来夏の参院選で政権の暴走を止めるために、「立ち止まって、ゆっくり考える」というただ一つの政治目標の下にできるだけ多くの国民を結集させることが最優先だと思います。 

国はなぜ「もんじゅ」にこだわるのか

★「忘災」の原発列島 組織いじりでまた延命? 国はなぜ「もんじゅ」にこだわるのか
***「毎日新聞 2015年12月04日 東京夕刊」より転載

 原子力規制委員会が、高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)を運営する日本原子力研究開発機構に「レッドカード」を突き付けている。半年後をめどに代わる運営主体を見つけるよう、機構を所管する文部科学省に迫っているのだ。打開策はなさそうに見えるのだが、国はなぜ「夢の原子炉」にこだわるのか。【葛西大博】

@「電力会社が(運営を)引き受けるのは大変難しい」

 電気事業連合会の八木誠会長(関西電力社長)は11月20日の記者会見で、もんじゅの引き取りを拒む意向を示した。もんじゅが研究開発段階であることや、電力会社は通常の原発とは違う高速増殖炉の技術的知見を持っていないことが主な理由。会長の発言はいわば大手電力会社の「総意」なので、原発を持つ9電力がもんじゅの担い手になる可能性はほぼ消えたといえる。では、八木氏は誰が運営を担うべきだと考えているのか。答えは「国の領域」だった。

 もんじゅを中核施設とする核燃料サイクルを推進してきた政府にとって厳しい勧告になったのは間違いない。それでも、菅義偉官房長官は勧告が出された11月13日の記者会見で核燃料サイクル政策を推進する方針を強調した。「国民の信頼を得る最後の機会と思うので、勧告を重く受け止めて文科省をはじめとして関係機関で真摯(しんし)に対応を検討する」

 当事者の文科省は、有識者会合を今月中旬にも設置し、新しい運営主体を検討する。今月2日には、馳浩文科相がもんじゅを視察、福井県の西川一誠知事らと面会した。馳文科相は「専門家の意見や立地自治体の率直な声も聞きながら、検討を進めていく」などと述べた。政府は精力的に動いているようだが、新しい運営主体を示す期限は来年夏ごろで、あまり時間はない。示せない場合は廃炉を含めた抜本的見直しが迫られ、核燃料サイクル政策が頓挫することになりかねない。

 ここで核燃料サイクルの流れは以下のようになっている。再処理工場で原発の使用済み核燃料からウランやプルトニウムを取り出し、ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料に加工して、高速増殖炉で使う。そうすれば、消費した以上の核燃料を生み出せる−−。もんじゅは「夢の原子炉」との期待を背負い1994年に運転を始めたが、95年12月に冷却材の液体ナトリウム漏れによる火災事故を起こした。2010年に運転を再開するも、3カ月後に燃料を交換する機器が炉内に落下する事故を起こし、再び運転を停止。稼働したのはわずか250日間なのに、これまでの事業費は約1兆円に膨らんだ。それでも政府は延命を諦めない。

 そうであれば、政府は新たな運営主体をどのように設立しようと考えているのか。

 民主党の平野博文衆院議員は、民主党政権時代に文科相を務めた経験を踏まえてこう語る。「もんじゅの運営を海外に売り飛ばすわけにはいかない。原子力機構は20年近くもんじゅを扱ってきて成果を上げられなかったが、スペシャリストで構成された組織でなければ運営できない以上、機構からもんじゅに特化させた組織を分離させ、受け皿を作るしかないでしょう」

 この見方に「ちょっと待ってほしい。組織の分離は、動燃に逆戻りするのと同じ」と批判するのが、脱原発を訴えているNPO法人原子力資料情報室の伴英幸共同代表だ。

 動燃とは「動力炉・核燃料開発事業団」の略称で、原子力機構の前身になる。事故の隠蔽(いんぺい)工作や虚偽報告が発覚し、批判を浴びたのだが、名称変更や他の組織との統合を経て事実上、旧動燃の組織は生き残った。それが再び、今回の勧告を契機に動燃復活につながる見方が出ているのだ。

 原発の維持を目的に電力会社や中央官庁などが築いた「原子力ムラ」のやり方を熟知する伴さんは、もんじゅ存続策をこう推測する。「原子力機構の上に別法人を作り、その法人がもんじゅの運営を担うことにすれば勧告はクリアする可能性はあります。ただ、実態は機構の人間に任せるはず」

 この別法人化案とも呼べる案は、青森県六ケ所村に建設されている使用済み核燃料の再処理工場の運営見直し案として議論されている。この工場も核燃料サイクルの中核だが、もんじゅ同様に「劣等生」。トラブル続きで完成時期は23回も延期され、18年度上期の稼働を目指す。建設費は既に当初の3倍の2・2兆円までに拡大している。

 これでは当然、この工場の事業主体となる、電力会社が共同出資した日本原燃の負担は重くなる。そこで、日本原燃を所管する経済産業省は、国が監督する認可法人を新たに設立し、新法人が日本原燃に再処理事業を委託する−−という案を検討している。国が関与を強めれば、電力会社の撤退を防ぎ、核燃料サイクル政策を継続させることができると考えているのだ。

 同様の枠組みをもんじゅに当てはめれば、もんじゅ存続は可能と政府は考えているというのが、伴さんの見立てだ。その上で「機構の上にもんじゅを運営する組織を作っても、結局は屋上屋を架すようなことでうまくいくとは思えない」と批判する。

@核燃料サイクルという「錦の御旗」

 もんじゅを廃炉にする−−という思い切った決断はあり得ないのだろうか。

 平野氏は「六ケ所村の再処理工場をどうするかをはじめ、核燃料サイクルを含めた日本の原子力政策全体を見直さない限り、もんじゅだけの廃炉という選択肢はあり得ないだろう。ただ、日本のエネルギー政策は今、大きな岐路に立っていることは間違いない」と見ている。

 そもそも民主党政権では、12年9月にエネルギー政策のかじを切り、「30年代の原発稼働ゼロ」を打ち出した。その一方で「核燃サイクル政策の維持」という政策は続けた。この狙いについて平野氏は「もんじゅは増殖炉という概念を捨て、原発から出るプルトニウムを燃やして廃棄物処理を加速させる研究機関に切り替えようとした」と打ち明ける。

 もんじゅに新たな道を歩ませようと模索したのだが、民主党政権は崩壊。再び政権を奪った自民党の安倍晋三政権は「原発ゼロ」を撤回し、核燃料サイクル政策を手放そうとはしない。

 核燃料サイクル政策を検証していくと既に破綻しているように思えるのだが、それでも政府が維持したいと考える動機を知りたくなった。

 米原発会社「ゼネラル・エレクトリック」で18年間、原発技術者として働いていた原子力コンサルタントの佐藤暁さんが解説する。

 「原発の運転が可能なのは、将来、使用済み核燃料を再処理して高速増殖炉で使い、核燃料サイクルを回していくという前提があるからです。核のゴミの最終処分場のめどが立たない中、もんじゅが駄目になってサイクルが破綻すると、原発の稼働も危ぶまれる。だから政府は何とかして、もんじゅが続いている状態にすることが必要なのです」

 佐藤さんは「当事者は、事故が相次いだもんじゅを動かしたくないのが本音でしょうね」とも口にした。それなのに20年の年月を重ねてもストップできないのはなぜか。

 その要因については、師弟制度や先輩、後輩の関係があると語る。「日本では企業や学問の分野でも、先輩の言うことはつべこべ言わずに従えという雰囲気があり、議論することさえ嫌がる風潮がある。それが結局、安全文化の未熟さにつながってしまうわけです」。日本人の気質が、核燃料サイクル政策の推進に「ノー」と言えない土壌を作っているというのだ。

 伴さんは日本の官僚機構に焦点を当てる。「一度方向が決まると、止めるという判断を下すことが難しくなる政策構造です。もんじゅ担当の役人はせいぜい2、3年で交代するので、自分の担当時に『見直す』という逆向きの政策判断はしたくない。それがズルズルと続けてきた原因なのです」

 原発のコスト計算を専門とする立命館大教授の大島堅一さん(環境経済学)は「もんじゅは運転停止しているのに維持費だけで年間200億円かかっています。またもんじゅを動かせば何らかの事故は起きると予想されるので、誰も動かしたくないはず。でも『核燃料サイクル』という錦の御旗(みはた)は下ろせないのです」と語る。

 核燃料サイクル政策は成功しないと分かっていても、この国は巨額を投じて、破れた夢を追い続けている。

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 ◇核燃料サイクル政策をめぐる主な動き

1955年 原子力基本法が成立

  56年 原子力委員会が発足。原子力開発利用長期計画に核燃料サイクル確立を明記

  67年 動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が発足

  85年 高速増殖原型炉「もんじゅ」の本体工事着手

  94年 もんじゅの運転開始

  95年 もんじゅナトリウム漏れ火災事故

  98年 動燃が核燃料サイクル開発機構へ改組

2005年 核燃料サイクル開発機構と日本原子力研究所が統合し、日本原子力研究開発機構誕生

  10年 もんじゅ運転再開、核燃料交換装置が炉内に落下する事故

  11年 東京電力福島第1原発事故

  12年 民主党政権が「30年代原発ゼロ」と「核燃料サイクル推進」を打ち出す

  14年 安倍政権が原発再稼働と核燃料サイクル推進のエネルギー基本計画決定

  15年 原子力規制委員会が文部科学相に原子力機構の変更を勧告
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