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一億総貧困時代がやって来る!

★若い女性は風俗嬢、老人は姨捨て山…一億総貧困時代が来た
***「ダイヤモンド・オンライン 2016-06・17配信記事」より転載

『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』著者の藤田孝典氏と『女子大生風俗嬢 若者貧困大国・日本のリアル』著者の中村淳彦氏。貧困問題に造詣の深い2人の作家が、お互いのフィールドで共通する「若年層及び高齢者貧困」「雇用」「福祉」「介護」をテーマに語り合う。未来にどんな地獄が待っているのか、そして今、何をすべきなのか。

@奨学金返済がきっかけで風俗へ若者たちにも広がる貧困問題

中村 社会の下層を取材していると、若い人たちに明らかな異変を感じます。普通の女子大生がカラダを売り、男の子たちも夜の商売やオレオレ詐欺みたいな犯罪に走り、意識の高い優等生層は宗教紛いの自己啓発にハマったりしている。気持ち悪い違和感を覚えることが多いですね。そこで一貫して貧困問題に取り組んでいる社会起業家の藤田さんにその違和感について聞いてみたいと思ったんです。

藤田 僕は2002年から、ホームレスと生活困窮者の支援にかかわっています。僕自身が就職氷河期世代で、フリーター全盛期時代。「キレる17歳」とか呼ばれました。そういう層が生まれた原因は社会構造でしょう。将来の見通しのなさや、若者に対して自己努力を求めるけど、努力したって報われないという現実を見せつけられた結果ですね。大学時代からホームレスの方々と関わって、貧困の現実を知りました。ホームレス問題を解決したいというより、自分の将来を見ているようで不安に感じた。自分事として見ることも大切だと、活動を発信するようになりました。

中村 NPO法人『ほっとプラス』は、貧困者の救済が目的なのでしょうか?

藤田 社会福祉士なので、諸制度に結びつける活動をしています。当初は、生活保護申請が主でした。やっていくうちに、次から次へと相談が増えて法人化したのです。現在、相談者は年間500件です。

中村 すごい件数ですね。相談者を社会資源につなげていくわけですね。

藤田 福祉はまだまだ不備が多く、全員を助けることはできないですが、「マイナスをゼロに戻す」ように努めています。生活保護とか障害年金とか、いろいろな制度を試行錯誤します。その後、どう幸せに普通に暮らしていけるかを考えて、足りない制度を作りましょうと行政に働きかけています。去年できた、生活困窮者自立支援法に関わらせていたただきましたし、最近だと給付型奨学金を増やすための活動もしています。

中村 奨学金問題の深刻さは、風俗嬢の取材を通じて気づきました。今は高度経済成長期やバブル期だったら、絶対に風俗などで働かない普通の女子大生たちがたくさん風俗で働いています。傾向として上位大学の女の子が奨学金回避のためにカラダを売り、一方でFランク大学の子たちが根拠なく明るい未来を夢見て、フルで奨学金を借りたりしている。おそらくこれから膨大な人数のFランク大学出身者が破綻するような気がします。

藤田 20代後半~30代前半の、いわゆる「底辺校」と呼ばれる大学卒の子たちやノンエリートと呼ばれる高校卒業や中退ぐらいの人たちの相談が目立ちますね。うちでできることは、生活保護やメンタルを患っている人には障害などの手続き的な紹介ですね。

中村 例えば、低賃金で奨学金を返済できないという状況で、生活保護が支給されるケースもあるのですか?

藤田 生活保護は、最低賃金だとだいたい該当しますね、特に首都圏では。

中村 奨学金は親の世帯収入が低いと認められれば、借金することが認められるおかしな制度です。救済の道があるなら、どんどん駆け込んだ方がいいですね。

藤田 返せなくても仕方がないという現状ですから、足りない分は生活保護費もらって転職するという人もいます。そういった制度に結びつけることを僕らはやっています。

@若者支援vs高齢者支援で予算の奪い合いが勃発

中村 貧困どころか奨学金制度によって数百万円の負債を背負っている大学生たちを見ると、もはや風俗で働いて稼いでいる子は問題がない。将来が制限される負債を背負うより、カラダを売った方がいいでしょう。その若者のためを思って「水商売か風俗やれば?」みたいな助言するケースもある。なにか、異常な社会になってしまいましたね。

藤田 貧困問題は、自身の持っている資源を最大限に利用しないと生きられないことを意味しますから、当然、そういうケースもあるでしょうね。それと貧困問題の悪いところは、足の引っ張り合い。僕が『下流老人』を出して、予算が3600億円通って、3万円ずつ高齢者に金銭を配る政策が始まりましたが、若者や子どもを支援する人たちから「高齢者福祉よりも子どもの方が重要だ」というのはよく言われました。取り組む人たちの中で予算の取り合いが始まっていますね。

中村 国は本当にお金がなさそう。限られた予算の中で子どもと高齢者の選択を迫られたら、子どもを選ぶのが一般的でしょうね。

藤田 いやいや、そうではなくて結局、給付は全員に必要なのです。海外だと中間層以下の人たちは、住宅手当を受けている。必要な人に分配し、それにはどのぐらい税が必要なのか考えるんです。しかし、今の日本は、「税がこれぐらいだから必要な人にもこれぐらいしか配れない」という状態。僕はこの論理を逆転させたい。必要なものは必要なんですよ。

中村 結局、国が本気で動かないと貧困は深刻化の一途ということなんですね。普通の女の子がカラダを売るという現実は、かなり黄信号まで来ていますよ。

藤田 なので、僕は少しずつ政府の社会保障審議会に入ったり、税や社会保障の仕組みを変えたいと思っています。本人が選択することのできる社会システムにしたいですね。

中村 僕は2000年代後半に、なにも知らなくて介護事業を始めました。介護の世界は、やってみたら想像を絶する生き地獄みたいなところで(苦笑)。当事者として、労働集約型産業の長時間労働はいちばんマズいと感じました。本当に人が次々と壊れていく。

藤田 長時間労働は介護・保育にかかわらず、全体的に日本に広がっています。うちでは最近、労働相談も受けていて、介護・保育の領域からはもちろん、飲食やIT関係からの相談もあります。生活困窮の根源は雇用。長時間労働でうつや不安神経症になって、みんなメンタルを患って相談にくる。それで、危機感を感じて『貧困世代』を書きました。若者の相談が増えて、生活保護を受給したり、精神障害で障害年金や労災をもらったり。このままでは社会はもたないだろうと誰もが思うでしょう。特に介護業界は疲弊しています。

中村 介護保険制度がスタートして以降の介護業界はボロボロで、介護職員は本当に使い捨てです。さらに深刻なのが、続々と人を壊している、自分の利益にしか興味がないブラック経営者が「社会起業家」を名乗ってメディアに出たり、行政に入り込んで次々と業界団体を立ち上げたり、適当な美辞麗句を言いまくって、実態を知らない市民から尊敬を集めたりしている。藤田さんのような有名人には、名誉欲にまみれたそういう連中が続々と近づいているはずですよ。

藤田 最近、それをすごく感じます(笑)。目立っている人は悪いことをやっていることもあるんだな、と。新自由主義的というか、儲かるために介護・保育業界に入って、結局、労働をダンピングして事業展開を拡げていく。表面だけを見ると社会的起業の新しさに素晴らしさを感じますが、裏側で労働者を酷使して成り立つ構造もあるのです。介護は、本当に焼け野原です。中村さんの問題意識は、とても痛感します。

中村 昨年の介護報酬の大幅削減を見ていると、もう国は介護職員に普通の生活をさせる気はないみたいだし、将来は暗いですよ。若い人はみんな介護を辞めるのがいいでしょう。社会や高齢者より、自分が大切ですよ。

@ブラック労働でうつになっても労組の団体交渉で300~700万円は取れる!

藤田 本当ですね。介護労働の現場は若い人たちに本当にお勧めできません。まずは退避して、本当に就職する人がいなくなったら、政府が保険料を上げるなり労働環境を整備するなり対策を考えるかもしれませんね。今のままだと労働者を潰してしまうだけ。ここに積極的に学生を勧めるわけにはいきません。

中村 世代格差がヒドイ中、有利子奨学金で介護福祉士を取得させて、さらに低賃金で、恵まれた人生を送った高齢者に対してブラック長時間労働で奉仕させるとか、ありえないでしょう。そんな都合のいいプランに乗っかってはだめですね。目を覚ましてほしい。

藤田 僕はなるべく労働組合で争ってもらいたい。争って、補償金を獲得してほしいですし、労働法が役に立つという自覚を持ってほしい。ただ単に辞めるのではなく、労働組合に加盟させて、一緒に団体交渉して、お金を取って辞めるとか。そうすると、少し余裕を持って次のセカンドキャリアを考えられますよね。

中村 法人規模が小さいほど、ブラック度合いがヒドイ。中小零細の介護や保育経営者は、お金ないですよ。ブラック労働させている経営者自身が貧乏なので、取りようがないケースが多いかと。

藤田 中小は分割で払うケースもあります。ただ、事業展開している大きいところは内部留保を持っていますし、労働者は立ち上がって、金を返してくれと請求するべき。当然のことです。単なる泣き寝入りだと、繰り返し被害者が出てきますし。本当は労働組合がちゃんと機能するような介護現場にしたいですね。

中村 被害に遭う多くの介護職員は、法人に労働組合がない。また、労働組合の存在すら知らなったり、労働基準法も知らない人が多い。介護現場で酷い目に遭っている職員たちは、どこに相談すればいいのでしょう?

藤田 今、僕の仲間や後輩たちが総合サポートユニオンという労働組合を作っています。団体交渉を仕掛けたりしていますね。ブラック労働でうつ病になった人であれば、賠償金まで含めて請求すれば300~700万円は取れますよ。

中村 ええーっ!? 今度は経営者が首を吊りますね。高齢者を巡って現役世代が殺し合いですよ。

藤田 元々、こんな不毛なことをさせずに、ちゃんと出ている介護保険料を労働者に分配してればいいんですよ。労働法規を守れない事業者はなくなったほうがいいとも思います。なくなればいい事業者は本当に多いです。

@業界団体にもブラック経営者が名を連ねる介護業界

中村 去年の介護報酬の減額には、本当に衝撃を受けました。ヒドイ混乱がある程度可視化されていた状況で打つ手じゃないですよね。経営者が搾取しているのではなく、労働基準法をなかなか守れない制度そのものがおかしいわけです。

藤田 介護保険料そのものが低いですし、それをさらに下げるなんて考えられないですね。だから、現状を作っている政府にどうしても介入せざるを得ない。現場レベルで個別には労働組合として争っても、経営者が本当に首を吊るという話になるし、そうさせているのは誰かと言えば、厚労省・財務省です。だからと言って、財源が足りないということを納得するわけにはいかない。税をちゃんと取りましょうよと。

中村 結局、お金が足りないという問題に行きつく。介護に関して優先順位があるとすれば、問題が山積みの中で、まず労働基準法を守って職員が壊れないようにすることです。彼らが普通に生きていける社会にしないと、なにも始まらない。

藤田 今、金持ち優遇の税制がありますが、全体の税率を引き上げなければならないと思います。これからは上下水道や道路などの土建的な生活インフラではなく、住宅とか教育、医療・介護などのソフトの部分に税を流したいですね。そのためにはやはり現場レベルの話が挙がってこないといけません。問題提起をし続けていかなければならないんです。

中村 介護は業界団体に危ないブラック経営者みたいなのが紛れているので、介護職員や市民に有益な政策提言は無理です。優秀なソーシャルワーカーが政策提言をしてくれればいいのに。

藤田 本来なら、現状のひどさに対してソーシャルワーカーも苦悩を抱えてほしい。福祉の支援が誰に必要なのかという、根源的な問いが社会福祉学会などでもされはじめました。日本の社会福祉は端的にいえば、終わっています。そこに関わる人間が、深く考えるより、早く効率的に仕事をこなすことが重要視されている。本来は感情労働ですが、今はベルトコンベアー式になっている。僕もマイナスをゼロに戻すぐらいしかできないので、贖罪の意識を持ちながら信頼できる人たちと共闘して政策を変えようとしています。しかし、本当に福祉関係者は目先の支援に埋没してばかりで信頼できません。

中村 僕は介護福祉で信頼できない人たちを散々眺めて、つくづくウンザリしましたが、社会福祉全体がそのような状態ということですか? そうなると、相当深刻な事態ですね。

藤田 ちゃんとした支援を受けられない質やメニューで、現状を知らない人が動いている。前時代的な法律しか機能していないし、それに基づいて福祉関係者はベルトコンベアー式で動いているからです。社会福祉制度自体が終わっています。このことに社会福祉関係者は大半が気づいていません。

中村 しかし、福祉関係者の良し悪しは、市民にはわからないですよ。言ったもの勝ちの世界で、美辞麗句とか、嘘を平気で吐ける人ほど注目されるみたいな状態だし。

藤田 社会福祉がまったく信用ならないので、日本では困ってはいけないのです。困る手前で、防貧政策を作らなければならない。例えば住宅手当を支給してホームレス化しないようにするべきだし、メンタルを患ってはいけない。いずれにしても、究極的に困ってはいけない。それが、十数年、この現場にかかわって、達した結論ですね。だから現在は防貧政策の策定や中間層崩壊を食い止めたいと、心からそう思います。

中村 薄々感じていたけど、そんなヒドイのですね。

@障害の定義が狭い日本では福祉も守ってはくれない

藤田 中村さんの役割で大切なことは、厳しい現状を繰り返して発信してくれることだと思います。例えば、隠れた障害のある人に障害者手帳を取る支援がないかと、考えることが山ほどある。今、ようやく激安デリヘルで働く風俗嬢に対して、坂爪(真吾)さんが福祉の介入を始めた(風テラス)。僕らが見る限りでも、風俗で働く人のなかには、手帳を取って支援した方がいい方々がいるんですよ。

中村 集客が難しいデリヘルで、1万円を切る価格って安すぎるのです。下層風俗店では女性たちが最終手段のカラダを売っても、生活保護程度しか稼げないみたいな深刻な事態になっています。

藤田 実際、風俗業界を労働の場と認めてもらうことが大事だとも思いますし、労働法規の適用を求めるべきだとも思います。もう一方ではそこで働けなくなった人たちのセカンドキャリアも含めて社会保障の対象として、僕らは介入していければと思っています。日本の障害は定義が狭く、手帳を持っていないと障害と認められない。埼玉では、精神障害だと3級、知的障害だとC(最軽度)とかB(中軽度)、こうした方々が風俗業界にいたりする。B~Cは専門家が見ないとわからないです。支援対象になって生活や生き方が楽になるケースは、風俗業界にはたくさん埋もれているはずです。

中村 風俗嬢で厳しいのは、単身の中高齢の女性。本当に餓死するんじゃないかって追い詰められている人もいます。風俗で稼げなくて追い詰められている女性たちは、相談したら何か社会資源に引っかかるかもしれないんです。

藤田 それを、どう僕らが説得できるかですよね。本人が生活保護を嫌がることもあります。あとは、福祉事務所に行くと、過去の職歴を聞かれる。一応、法律的には虚偽申請をしてはいけないのですが、言いたくなければ言わなくてもいいことにはなっています。しかし、聞く側も対人援助のスキルが低いですし、基本的に公務員なのでエリート、相談者の状況が理解できないんですよ。

中村 福祉現場だけでなく、階層社会になって、上の階層の人たちが下の階層を理解できないという場面が増えましたね。もはや公的な機関も低学歴枠とか風俗嬢枠とかを作って採用していかないと、公的サービスが成立しないですよ。

藤田 うちのNPOでも、元ホームレスの方とか、介護施設で大変な思いをしてきた女性とかいます。その方々の方が、熱心に相談者の話を聞いてくれます。そういった当事者性のある方が福祉現場にはいませんから相談者からの信頼も弱い。実際に福祉事務所で断られた人たちがうちに来ています。まったく的はずれなことで相談者を返したりしている。

中村 水際作戦ですね。行政もお金がないだろうから、必死ですね。まさに福祉崩壊です。

藤田 意図的に「生活保護を受けるのはとんでもない」と植えつけながら、バッシングしています。このままいくと、税金を上げることになるから、どうやったって富裕層からの反対運動は大きい。下流老人の問題もそうでしたが、社会問題が出てくれば出てくるほど、財界を含めた、税を負担する層が困る。政治も反対側に付きますし、難しいです。もっと情報発信して、早めに困窮者を福祉対象にしていくことが大事です。ショック療法ですね。

@このままだと「普通に暮らせる老後」か「姥捨て山」かの二択を迫られる

中村 僕もかかわっている介護関係の媒体で、竹中平蔵氏が「老後を普通に生きたかったら何千万かお金を貯めなさい。それができない人は、幸せな老後は諦めなさい」みたいなことをはっきりと言っていて驚きました。

藤田 竹中さんに限らず、そういった論調は広がっています。

中村 そうなると順調に認知症高齢者が増えたら、列車の線路にゾロゾロと認知症高齢者の方々が…みたいなことになりますよね。

藤田 誰もケアしないので、自殺も多発するし、窃盗も多発します。好き勝手やって儲かるならば良しとなると、社会を構成する意味が分からなくなる。

中村 すでに貧困はヒドイ状態なのに、それでもそんな調子となると、本当に荒れに荒れてからでないと上には気づいてもらえないんですかね。本当に、キツいです。18歳過ぎた美人は売春、認知症は線路…そんな社会は嫌だなぁ。まだまだ社会は荒れるでしょうし、藤田さんの仕事は続きますね。

藤田 官僚、政治家、市民が何も気づいてないのです。市民もまだ経済成長に頼っていますし、社会保障を増やすことに思い切れない。知識人の意見は一致して、誰が見てもヨーロッパ型に転換するしか選択肢はないのですが。そうしないと、米国や韓国のように焼け野原になってしまいます。

中村 新自由主義がいかに生き地獄を生み、人間を壊すかは、介護の現場で身に染みました。ヨーロッパ型にして生涯売春とは無縁に生きて普通の老後を送るか、このまま新自由主義を継続してカラダを売り、高齢になったら絶望の姥捨て山に行くか。市民が選択するわけですね。

藤田 そういうことです。福祉関係者は市民に対して、それぐらいの強力な言葉で迫っていく必要があります。やはり現状をもっと可視化して、危機感をもってどちらの道を選ぶのか、国民一人ひとりが真剣に考えて選択するべきなのです。
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「もんじゅ」に関する市民検討委員会の提言

★「もんじゅ」に関する市民検討委員会提言書

原子力規制委員会は2015年11月13日、日本原子力研究開発機構を所管する文部科学大臣に対し、機構には高速増殖原型炉「もんじゅ」の設置者としての能力がないとしての勧告を行ないました。文部科学省は、原子力規制委員会の勧告にこたえるために「『もんじゅ』の在り方に関する検討委員会」を設置しましたが、文部科学大臣や委員たちの言動からは、正しい結論を導けるとは思えません。
 そこで、原水爆禁止日本国民会議と原子力発電に反対する福井県民会議の委託を受け、原子力資料情報室を中軸として結成した「『もんじゅ』に関する市民検討委員会」では、東京と敦賀で集中的な議論を行ない、早急に有効な提言を行なうこととし、5月9日、提言を発表しました。

◆「もんじゅ」に関する市民検討委員会◆
委員長 伴 英幸(原子力資料情報室)
特別委員 小林 圭二(元京都大学原子炉実験所)
委員 福武 公子(弁護士)
筒井 哲郎(プラント技術者の会)
田窪 雅文(核情報)
西尾 漠(原子力資料情報室)
事務局 松久保 肇(原子力資料情報室研究員)
研究委託者 原水爆禁止日本国民会議・原子力発電に反対する福井県民会議



原子力規制委員会(以下、規制委員会)は2015年11月13日、日本原子力研究開発機構(以下、機構)を主管する文部科学大臣に対し、「機構はもんじゅの出力運転を安全に行う主体として必要な資質を有していない」として、以下の勧告を行なった。
貴職において、次の事項について検討の上、おおむね半年を目途として、これらについて講ずる措置の内容を示されたい。

1 機構に代わってもんじゅの出力運転を安全に行う能力を有すると認められる者を具体的に特定すること。
2 もんじゅの出力運転を安全に行う能力を有する者を具体的に特定することが困難であるのならば、もんじゅが有する安全上のリスクを明確に減少させるよう、もんじゅという発電用原子炉施設の在り方を抜本的に見直すこと。

 これを受けて、文部科学省(以下、文科省)は、有馬朗人武蔵学園学園長・もと文部大臣を座長とする「『もんじゅ』の在り方に関する検討会」(以下、検討会)を設置した。
 「『もんじゅ』に関する市民検討委員会」は、2015年12月28日に始まった検討会の進め方が規制委員会の勧告の趣旨に従っていないことについての危惧から2016年1月に組織されたもので、議論の結果、冒頭に掲げた二つの提言に合意するに至った。


@規制委員会勧告の背景
 規制委員会は勧告を出すに至った背景を以下のように説明している。
 「もんじゅについては、当委員会発足前においても、平成7年のナトリウム漏えい事故を契機として、近年に至るまで、品質保証活動を含む安全確保上の課題について……種々の取組が行われ、……[改組を重ねた当事者による]対策に加え、規制官庁(旧科学技術庁及び旧原子力安全・保安院)による指導も再三にわたって行われてきたものの、結果的に具体的な成果を上げることなく推移し……当委員会発足後においても……保守管理等の不備に係る種々の問題が次々と発覚したため……機構の主務省である文部科学省に対しても適切な監督を行うよう二度にわたり要請してきたが、現在に至るも十分な改善は見られていない。……このようなことから、当委員会は、機構のもんじゅの運転、なかんずく出力運転……の主体としての適格性に関し、原子力利用における安全の確保の観点から重大な懸念を生ずるに至った……」。

@変わらない体質
 機構および文科省は、規制委員会による問題点の指摘に関し「改善は着実に前進している」と主張し続けた。規制委員会の勧告を受けた後になって「保全プログラムの中核を2ヵ月足らずの期間で策定」しており、「実践しながら修正していく計画であった」などの言いわけがなされている。それならなぜ「着実に前進している」などと主張していたのかは説明されていない。
 また、機構は、指摘された事項については既に対応済みなので「プラントの安全に影響を及ぼさない」と検討会で説明をしている。指摘されないと自主的に改善しようとしない体質が問われていることが理解されていない。1995年のナトリウム漏洩・火災事故から20年もそのような安全軽視の姿勢が続いていることを規制委員は指摘し、「保守管理や品質保証などの保安上の措置は原子力利用における安全の確保の大前提である」と強調している。未だにこのような姿勢が変わっていないという事実は、機構に技術および安全文化面での資質がないばかりでなく、文科省に主管省としての必要な能力がないことを如実に示している。

@「『もんじゅ』の在り方に関する検討会」には期待できない
 2015年11月17日、馳浩文部科学大臣は、検討会の設置について「勧告文書に廃炉という言葉はなかった」として最初から廃炉の検討を排除し、機構「に代わる運営主体を半年以内に探す」という方針を示して、勧告2については考えていないことを示唆した。これまでの計画のままでの「もんじゅ」延命というあらかじめ用意された結論のもとで設置されたのが検討会である。規制委員会の設定した期限については、「きっちり半年というよりも……来年の夏前ぐらいにはと時間感覚は捉えて」いると述べている。
 後に馳大臣は、勧告1について、「三段階で検討を進める」とし、第一段階で、「いったい何があったのか、これまでの課題の総括を行う」、第二段階で「『もんじゅ』の在り方、運営主体のあるべき姿を示し」、第三段階で「具体的な運営主体の検討を行う」と説明している(馳浩「『もんじゅ』に対する勧告を受けての思い」――『日本原子力学会誌』2016年4月号)。
 検討会は、2016年4月6日の第6回会合から第二段階に入ったという。だが、4月28日の第7回会合に出された「『もんじゅ』の運営主体の在り方について(骨子案)」を見れば、「あるべき姿」の具体性からは遥かに遠い。
 第三段階について、馳大臣は第1回検討会の終了後、「具体論については、また違ったメンバーを加えた方がいいかと思う」と述べ、有馬座長は、「最終的に受け皿をどうするかは政治的決着をつけないといけない」と言っている。つまり、検討会としては第二段階までと考えられているようである。結論が出される時期については、7月の参議院議員選挙後という見方もあり、有馬座長が8月と話しているとの報道もあった(2016年2月8日付『電気新聞』)。
 8月まで延びれば、次年度政府予算の概算要求に文科省の結論が間に合わず、むだな予算要求がずるずると続いていくことになりかねない。「もんじゅ」の維持だけで毎年約200億円の予算が付けられている。再稼働させる場合、これとは別に新規制基準適合性対応に最低でも約432億円がかかると機構が試算していることが明らかになっている(文科省に対する『共同通信』の情報公開請求による)。これは「もんじゅ」用の規制基準が未だ策定されていないために通常の原子力発電所(軽水炉)のケースから算定した額であり、実際はもっとかかることになるだろう。ほかにも関連する予算は多く、高速増殖炉開発プロジェクト全体の予算総額はきわめて大きなものとなる。
 三段階の検討は、規制委員会の勧告の「真意」を探り、「落としどころ」を見出すための時間稼ぎであるかに見える。それこそ、規制委員会が軽水炉の新規制基準適合性審査において「基準を満たす最低線を探ろうとするもの」と忌み嫌った手法であり、勧告の趣旨に反するものだろう。
このような状況に鑑み、私たち「『もんじゅ』に関する市民検討委員会」は早急に方向性を示すことを目的に、東京と敦賀での集中的な議論(現地の方々との意見交換を含む)とインターネットを通じた頻繁な意見交換を行ない、以下の結論に達した。

@結論1.機構に能力はなく、機構に代われる主体もありえない
 規制委員会の勧告は、「もんじゅは、高速増殖炉であることに伴う固有のリスクを有するとともに、研究開発段階とはいえその出力の規模は商用の原子炉に近いものであって、そのリスクも軽視することはできない」とし、「機構がこれにふさわしい安全確保能力をもつとは考えられない」と述べている。
 しかし機構は、なお「もんじゅ」の開発成果を出していくのは自分たちの責務だと、検討会でも繰り返し主張している。機構の看板を掛け替えたのでは新たな主体として認められないという規制委員会の考えに対し、検討会の文科省側メンバーである高谷浩樹研究開発戦略官は、「特殊なもんじゅの知見を持っているのは原子力機構の職員。そこも加味して考えないと…」と、2015年11月14日付『福井新聞』にコメントを寄せた。東京大学大学院の岡本孝司教授も、『日本原子力学会誌』2016年3月号の座談会で「ナトリウムとFBR[高速増殖炉]が扱えるのは、原子力機構以外にありません」と強調し、『エネルギーフォーラム』2015年12月号では、「from原子力業界」という匿名コラムが「原子力機構以外の組織に運営を任せる方が、リスクが高まる可能性すらある」と述べている。
 すなわち、機構に代わる新たな主体がありえないことは、ほかならぬ「もんじゅ」存続・推進論者らによって言い尽くされている。新法人を設立し、その下で「もんじゅ」の運転部門と研究開発部門を分離し、機構の職員が引き続いて運転部門で働く案が出されているとも報じられているが、それでは看板の掛け替え以外の何物でもない。しかも、保守管理を軽視してきた原因ともされる「研究開発と保守運転は陽の当たりやすさが違う」(検討会資料)実態からすれば、機構職員が研究開発から切り離された運転部門で意欲的に安全確保に専念できるとは、とうてい考えられない。
いずれにせよ、機構を分割したり「もんじゅ」を譲渡したりするには、「もんじゅ」を設置する技術的能力及び重大事故の発生拡大防止措置に必要な技術的能力があること、災害の防止上必要な基準に適合していることを確認するための審査を規制委員会から受けなくてはならない。これに合格できる者は存在しないだろう。
 勧告の第1項は、もともとありえないことを求めているのである。よって、ありえない主体探しに時間と労力を費やし、税金を無駄遣いすることは、やめるべきである。

@結論2.「もんじゅ」は廃炉しかない
 そもそも「もんじゅ」は、元来がきわめて危険な原子炉である。これは高速炉という特性と、水や空気に触れると激しく反応する液体ナトリウムを冷却材としているという「もんじゅ」の特徴から来る。

1)炉心にはプルトニウムを18パーセントも含んだ燃料を詰め込んでおり、燃料棒が互いに近づくと出力が上がる性質をもつ。また、冷却材の液体ナトリウムが沸騰してボイドが発生すると、軽水炉の場合と異なり、ますます出力が上がって出力暴走事故を起こしやすい。さらに、福島原発事故のような炉心溶融が起こると、再臨界の危険性が大きい。
2)ナトリウムが空気中に漏洩すると激しく燃焼し、鋼製床ライナーを損傷する。実際に「もんじゅ」は1995年12月8日にナトリウム漏洩火災事故を起こしている。漏洩がさらに継続していればコンクリートと反応して爆発し、建物を損傷する危険性があった。
3)蒸気発生器で細管が破断すると、高圧の水がナトリウム中に噴出して反応し、他の細管を大量に破断する事故が起こりやすい。
4)ナトリウムは熱しやすく冷めやすいので、配管は熱衝撃を避けるために肉厚を薄くし、曲がりくねって天井からつり下げられている。そのため地震には極端に弱い。
5)原子炉を停止する装置としては、軽水炉のようなホウ酸投入装置はなく、制御棒のみである。
6)冷却材が喪失したときのための緊急炉心冷却装置がない。福島原発事故のように外部から冷却材を注入することもできない。液体ナトリウムを掛けるわけにも、水を掛けるわけにもいかない。
 加えて、上述の1995年のナトリウム漏洩・火災事故で停止し、2010年5月から7月にかけて一時的に試運転を再開したものの、8月26日に炉内中継装置の落下事故を起こして以来、また、長期停止が続いているために、燃料の劣化はもとより、冷却材のナトリウムも、機器も、劣化・老朽化している。東北地方太平洋沖地震、熊本地震と地震の脅威が現実のものであることを思い知らせる事態が続いていることを教訓としなければならない。
 また当初から開発に携わってきた、「もんじゅ」をよく知る技術者もいなくなってしまった。つまり、安全な運転を確保できる者も、事故が起きた場合に適切な助言等をできる者もいないということである。
 このような危険性は、「夢の原子炉」と宣伝してきた高速増殖炉の実用化に向けた発電用原型炉の役割を放棄し、「もんじゅという発電用原子炉施設の在り方を抜本的に見直すこと」という規制委員会勧告2の文言に頼って、仮に「発電用ではなく研究炉にする」と言ってみても、まったく変わらない。発電はせずに「もんじゅ」を動かすことは、技術的に困難な施設改造を必要とし、さらに余分な投資を伴うことになる(むろん、発電用原子炉として利用する場合も、新規制基準に適合させるためには多額の費用を伴う施設の改修が必至だということは先に指摘した通りである)。
 また、なし崩し的に「もんじゅ」のうたい文句が変えられてきていることも問題である。もともと「もんじゅ」は、希少なウラン資源を活用するために新たな燃料(プルトニウム)を増殖しながら発電する高速増殖炉、すなわち「夢の原子炉」のはずだった。当初予測されたウラン不足は到来せず、夢の原子炉はいつまで経っても実用化されないということで、いまでは機構や日本政府はこの「夢」については多くを語らず、放射性廃棄物の量や有害度を減らす「ゴミ焼却用」の「高速炉」という、さらに現実性のない「夢」をうたい文句にし始めている(ただし、「もんじゅ研究計画」に従えば「高速増殖炉プラントの技術成立性の確認を含む高速増殖炉技術開発の成果の取りまとめ」はしなければならない)。どちらの「夢」も技術的実現性と経済性を無視しているという点では同じである。
 さらに、日本がプルトニウムという核兵器利用可能物質を再処理によって大量に分離していることが、核不拡散・核セキュリティ上の国際的な懸念を増大させているという状況を忘れてはならない。最初は、高速増殖炉の初期装荷燃料用のプルトニウムを使用済み燃料から取り出すために再処理が必要と言われた。プルトニウムをできるだけ増やそうという計画である。今度は、プルトニウムなど超ウラン元素を核分裂させて減らすのに高速炉が必要だと主張されている。高速増殖炉の燃料のために必要と言うにせよ、放射性廃棄物の減容化・有害度低減のために必要と言うにせよ、六ヶ所再処理工場に加えて、さらに次の再処理工場を建設すべきということになる。再処理も高速増殖炉・高速炉計画も惰性で続け、再処理によって核兵器利用可能物質のストックを増やし続ける政策は国際的理解を得られないだろう。
 「もんじゅ」の在り方をめぐっては、今回の規制委員会勧告を待つまでもなく、会計検査院の検査や予算要求の政策仕分けなどで厳しく問われてきた。2011年12月8日の衆議院決算行政監視委員会では、起立総員での委員会決議の中で、こう指摘されている。「高速増殖炉については、[中略]もんじゅナトリウム事故の収束もままならないまま、約40年後の2050年までの実現を予測するなど、その費用規模と技術的な実現性を国民に説明することは極めて困難である」。ゴミ焼却をうたう高速炉についても同じことが言えるだろう。
 むだな予算をつぎ込む前に廃炉とすることが、あらゆる意味で望ましい。規制委員会の勧告から得られる論理的帰結は廃炉以外にない。

@提言
上記の結論に基づき、関係各大臣・各機関に、また、広く社会に向けて、以下の提言をする。
1.「もんじゅ」の新たな主体はありえない。ありえない主体探しに無駄な時間をかけるべきではない。
2.「もんじゅ」は廃炉にすべきである。

以上

電通は日本のメディアを支配しているのか?

★電通は日本のメディアを支配しているのか?(訳:内田樹氏)

Mathieu GAULÈNE • Publié le 13.05.2016
http://www.inaglobal.fr/television/article/le-publicitaire-dentsu-tire-t-il-les-ficelles-des-medias-japonais-9000

電通は世界第五位のコミュニケーショングループで、日本の広告市場の過半を握っている。日本のメディアの自由に、とりわけ原子力産業について語る場合のメディアの自由に、強い影響力を行使している。

参院選の夜、型破りの反原発候補者であった元俳優の山本太郎はどこの政党の支持も受けず、ツイッターで選挙運動を展開してきたが、東京の参院議席を獲得した。メディアの検閲を受けながら、この熱情的な若い候補者は原発と並んでメディアに対しても激しい批判を向けていた。メディアは「広告代理店の支配下にあり、それゆえ電力会社に買収されている」「原発に関するすべての情報をシステマティックに検閲している」と彼は主張したのである。
あるテレビ局が彼に放送の最後に発言機会を与えたが、まずスタジオにいるジャーナリストに業界擁護の弁明をさせた。画面では、若い参院議員は返答のために1分弱の時間しか与えられなかった。「僕は簡単な例を挙げます。これから食糧はキロ当たり100ベクレルまで含有することができる。それは食事を摂るだけで被曝するということを意味しています。しかし、このことをテレビは放送していない」そこまで言ったところで山本は発言を遮られた。番組終了のジングルが鳴り、スタジオの司会者は嘲笑しながら番組の終了を告げた。
広告は文字通り日本全土を覆い尽くしている。列車の中も駅構内もポスターが所狭しと貼られ、スクリーンが並んでいる。ビルの上には巨大な看板が立ち、車には巨大なポスターが貼り付けられ、街路にはコマーシャルソングが響き渡っている。小便器の上に広告のスクリーンがあるレストランさえある。この広告の帝国においてメディアも例外ではいられない。新聞雑誌は、フランスと同じく、相当の頁数を広告に割いているが、それ以上なのがテレビである。
放送はスポンサーの告知から始まり、以後、五分おきに短時間のスポット広告が、それも同一スポンサーの広告が番組を中断する。
考える時間などない。ほとんどのテレビ局はパチンコ業界のようなプログラムを提供している。目障りな色彩、絶えざる騒音、中学生なみの俗悪な笑い。
このテレビという曲馬館のような騒ぎにおいて、広告は世界的な巨人、電通によってコントロールされている。電通は世界第五位のグループ企業であり、広告業界トップの代理店である。
日本における第二位の会社であるライバル博報堂と共に、二社は「電博」と呼ばれ、広告、PR,メディアの監視を集中的に行い、国内外の大企業・自治体、政党あるいは政府のための危機管理を担当し、マーケットの70%を占有している。この広告帝国が日本のメディアの論調を決定していると批判する人々がいる。
電通の重要性を表わす数値を掲げる。2015年において、グループは70億ユーロの売り上げを達成した。これは同時期のFrançais Publicis の売り上げ96億ユーロに続く数字である。ビジネスの中心はテレビ広告。どれもいずれ劣らず突飛なものである。例えば電通は10年前にSoftbankの「白戸家」シリーズを始めた。このCMでは父親が犬で、長男がアメリカの黒人俳優で、家政婦がトミー・リー・ジョーンズである。
2013年、グループは英国のAegis を37億ユーロで買収し、ロンドンに電通Aegisネットワークを立ち上げて、国際的な企業に拡大した。この国際的なネットワークは世界140カ国に拡がる10社ほどの広告代理店を擁し、デジタル・マーケティングを中心に、盛んな活動を展開している。国際市場で存在感を示し、その売り上げはグループの半分以上(2015年で54.3%)に及ぶ。電通の社員は世界で47000人、日本に7000人いる。
汐留のビジネス街、日本テレビ、フジテレビ、朝日新聞に隣接して電通タワーがあり、その偉容は辺りを圧している。デザインはフランスの建築家ジャン・ヌーヴェル、軽やかな曲線とガラスの仕切り壁にはいかなる突起物もない。建物の中では、グループの広報部長河南周作が満面の笑みで私たちを迎えてくれる。一階はオノ・ヨーコの白いチェスボードをはじめとする現代美術作品が並べられている。そこからエレベーターで社員たちは違う階のそれぞれの部署に向かう。グループはそれぞれの業界のトップ5を顧客に持っている。
「それぞれの業界で競合する会社のために働く社員は決して交わらないようにされております」と河南は私たちに保証してくれた。電通は見たところ透明である。だが、そのイメージはそれほどに滑らかなものだろうか。
2012年に出版されたある本の中で、本間龍は電通の装飾の裏側についてある程度のことを書いた。電通がその上得意の一つである東京電力のためにメディアをきびしく統制していることである。本間は広告代理店のハーレムの外側にいる人間ではない。彼は18年間業界二位の博報堂で働いていた。詐欺罪で1年の禁固刑を受けた後、彼は作家生活に身を投じ、最初にまず自身の監獄体験を書き、次に彼が広告業界で過ごした日々について書いた。彼がメディアを丸め込むために用いたさまざまな方法について。2012年、彼の著書『電通と原発報道』はほとんどのメディアが黙殺したにもかかわらず、数ヶ月の間ベストセラーとなった。
本間は著書で無視することのできない媒介者である電通がメディアに対して、原発について書いてよいことと書いていけないこと、どういう条件の場合にそうなるかを暗黙裏に指示するメカニズムを仔細に記述した。
「電通は特別な地位を占めています。日本における原子力広告市場の80%を占有しているからです。」本間龍氏は上野駅の喫茶店で行われたインタビューで私たちにそう指摘した。
2012年、広告市場において、地域企業である東電は広告費については10位に過ぎず、三菱重工業より下位にいた。その知、福島原発事故の直前に、東電は200万ユーロ以上を広告に投じた。10社ある地域の電力会社の広告費総額は700万ユーロに達した。
この数十年、とりわけいくつも事故が続いて原子力に対する疑念が高まってきた1990年以降、東電と他の電力会社は広告スポットとジャーナリズムへの広告記事を増大させていった。
テレビでは、この広告出稿はそれだけであらゆる批判を封じることができる。大企業はトークショーや1クール丸ごとのシリーズをしばしば提供する。自己検閲は一般に行われており、これに異議を唱えることは事実上不可能となっている。しばしばドキュメンタリー番組が電力会社の連合組織であり、原子力ロビーの中心的なアクターである電事連によって製作され、原発事業の利点を宣伝する。
原発反対の声はなかなか聞き届けられない。それをすれば貴重なスポンサーを失う怖れがあるからである。福島の事故後、山本太郎はその犠牲にされた。彼はタレントとしてそれまでスタジオにレギュラー出演していたが、反原発の立場を明らかにしたために、いきなりテレビ界そして映画界においてさえ、「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)に認定された。今に始まったことではない。ずっと以前から、広瀬隆や小出裕章のような反原発運動の中心人物たち、ベストセラー作家は事実上テレビスタジオに登場することがなかった。福島の事故以後も。
本間が告発するこの「メディア支配」は原発にのみかかわるものではない。彼の著書では、トヨタのアクセルペダルの不良についてのリコール事件についても言及している。事件が日本のメディアで報道されるのは、トヨタの社長がアメリカ議会で謝罪した後のことである。「広告代理店が彼らのクライアントの企業イメージに傷がつかないように報道を抑えていたことが確かだ。しかし、スキャンダルがあまりにも大きく、海外でも報じられたので、日本のメディアはやむなくこれを報道することになったのである。」と本間は語る。
テレビ朝日の『報道ステーション』は質の高い報道番組で、しばしば政府批判を行っているが、これを除くと、テレビのニュース番組はどれも凡庸なもので、雑報的なものを前面に報道し、特定の企業の評判にかかわるような主題はまれにしか扱わず、政府発表をそのまま留保なしに中継し、国際ニュースは日本人の在外国民がかかわる場合にしか報道しない。
これらの民間のメディアの中にあって、NHKだけが受信者から直接受信料を徴収することで、この広告帝国の支配を免れており、独立性を誇っている。だが、残念ながら、NHKの状況はさらに劣悪である。会長籾井勝人はNHKは安倍政権のスポークスマンであるべきだと何の遠慮もなく繰り返し断言している。
200人の退職者を前にした最近の宣言の中で、籾井はNHKの記者たちに九州での地震については当局からの確かな公式発表と地震が列島南部のみを伝えることで満足するように、また列島南部で稼働中の原発に地震が与えるリスクについては独立的な専門家の意見には耳を貸さないように厳命した。

電通は共同通信、時事通信というふたつの通信社と特別な関係を持っている。いずれも電通の歴史的な株主であり、それには理由がある。この三つの会社は戦前は同一の企業体を形成していたのである。新聞報道はテレビに比べると統制がむずかしい。この点においては電通は広告出稿しかできないが、ある種のアフターサービスを提供している。メディアの監視、危機管理コンサルティング、広告サービスを経由しての新聞への間接的な圧力の行使である。
フランスでは企業グループによる出版社の買収は企業からメディアへ直接的な圧力のリスクがかかることを意味しているが、日本では、圧力の行使は広告代理店を経由して行われている。広告代理店がメディアに対する企業サイドの「大使」の役割を演じているからである。
「どういうようにそれが行われているか、私は熟知しています」と本間は言う。
「私は博報堂にいたとき、まさにそのような仕事をしていたからです。工場や発電所で何かトラブルが起きる。メディアがそれについて報道すると、電通がただちに介入してきます。そして、問題になっている新聞の営業部門を訪れます。」
別に声を荒立てるわけではない。ことは「日本的」に行われる。「ただ、この件についての報道をもう少し抑制してくれないかとお願いする。記事にしないか、あるいは読者の少ない夕刊に記事を掲載してくれないか、と」。新聞の営業部門はそのメッセージを編集部門に伝える。
記者たちはそのプロセスについては何も知らない。翌日になって続報はさらに小さな扱いになるか、まったく報道されなくなる。その場合には紙面に余裕がなかったという理由が用いられる。
しかし、疑惑は無数にある。本間によれば、彼の著書の出版の後、多くの記者たちが彼のところに取材に来て、検閲の事例について確認を求めた。
「少なくとも私が知っている例が一つあります。それはある自動車メーカーが三大日刊紙の一つである毎日新聞に対して検閲を成功させたことです」と彼は言う。原発に関しては、検閲はさらに広がり、週刊誌や地方紙にまで及んでいる。
福島の原発事故以来、広告は停止している。しかし、電通にとってはこれは新しいビジネスチャンスの到来を意味していた。福島県産の農作物のプロモーションである。テレビ広告、新聞広告、駅貼りポスターなどなど。2011年以来、有名歌手の参加を得て、福島県は県産の桃や米やトマトについて「福島のプライド」「福島は元気だ」といったプロモーションに対する出費を惜しまなかった。
こういったことのすべてには電通と電通PR(電通のPR担当子会社)という日本第一位の広告代理店が関与している。「電通PRは経産省の仕事もしている」と電通PRの広報部長の藤井京子は私たちに説明した。
「私たちは海外のジャーナリストたち、タイとマレーシアのジャーナリストたちのために、被災地が被害からすでに立ち直っていることを示すために、東北地方への無料訪問を企画しました。」それは周辺の放射能を忘れさせるためでもあった。
電通はまた原発広告においても、東電のためにまた強力な経産省と自民党の傍らにあって特異な地位を占めてきた。この二つも電通の広告のクライアントである。
このような状況において、電通が「原子力ムラ」の立場に与していると考えることは可能だろうか。この問いに私たちを電通タワーの上層階にある彼のオフィスに迎えた河南周作氏は「われわれはメディアに対する影響力を持ちませんし、政治にも関与しません」と即答した。しかし、私たちがではなぜ電通は日本の電気会社やEDF(フランス電力)と並んで原子力ロビーの中心組織である日本原子力産業協会のメンバーであるのかと問うと、河南周作氏はより用心深くなった。「そのような団体のことは存じませんが、それは確かなのですか」と彼は困惑した様子で答えてからスマートフォンを手にした。
「ああ、そうですか。私たちはメンバーです。けれども、私たちはさまざまな協会のメンバーになっております。誰かを会議に出席させてくれと言って来る。誰かが言ってサインする。それだけのことです。」ややあってから、彼は「私たちは木材製造協会の会員でもあります」と付け加えた。明らかに彼自身自分の説明に説得力がないと感じていたらしく、他の理屈を見つけ出した。「ご覧なさい、博報堂も会員です!」と彼は突然声を上げた。原子力ロビーに関与しているのが電通だけではないことを知って彼はほっとしたようだった。
本間龍によれば、これは原発促進活動の再開の徴である。「博報堂は二年前から日本原子力産業協会の主要メンバーです」と言いつつ、彼は福島の事故後に博報堂がこのような関心を示したことに驚いていた。明らかに、何十年にもわたって原発広告という「金鉱」から遠ざけられていた博報堂は、福島事故の後に強化されるはずの原発促進広告という「ケーキの分け前」にありつこうとしているのである。原発促進広告は2011年の3月11日の事故以来完全に消えている。東電によるテレビと新聞を使った謝罪広告のあと、原発の開発事業者と建設事業者たちは広告には消極的であり、5年間原発についての広告は一つの配信されていない。
だが、原発再稼働がいくつかも法廷で争われ、高浜原発のように稼働停止判決が下され、国民の多くが原発再稼働に逡巡しているうちに、原発促進の賭け金はどんどん吊り上がっていった。2015年の原発再稼働の後、2016年は原発広告のひそやかな再稼働の年となった。広告はまず原発が設置された地方の地方紙と地方テレビ局に登場した。本間龍氏は彼の最近の発見を誇らしげに見せてくれた。「2016年2月から、関西電力は福井新聞に何度か全面広告を打ちました。福井は高浜原発が再稼働してから一月後に稼働停止の仮処分を受けたところである。新潟日報と新潟の地方テレビ局では、東電の世界最大の原発柏崎刈羽原発再稼働のための広告が独特の文脈で登場した。現在の新潟県知事ははっきりとした反原発の立場にあり、再稼働一般に反対しているが、彼の任期が終わる年末に選挙がある。東電による原発広告の再開は新潟の市民たちの怒りに火を点けずにはいなかった。とくに福島からの避難民たちは広告の停止を求める請願を行った。
これらの広告の伝えるメッセージはどれも同じであり、電通がその背後にいることを思わせる。電力会社は原発の安全性を保証するためにあらゆる手立てを尽くしていると約束し、その一方で、写真は原発労働者たちの姿を前面に押し出して、福井のような産業の乏しく、原発に依存している地域の雇用問題の琴線に触れてくる。

本間龍氏によれば、これらの広告は氷山の一角に過ぎない。これらの広告は原子力に関するすべての広報と緊密な関係を持っている。これらの地方紙は原発反対派の発言についてはごくわずかな紙数しか割かない。
先月公表された報道の自由度についての報告で「国境なき記者団」は日本を世界72位に格付けした。これはハンガリーやタンザニアよりも下位である。日本は6年前はこのランキングで世界11位であった。東京を訪れた国連の調査員もまた日本のジャーナリストたちが受けている圧力が、民間でもNHKでも、日々強まっていることについて警告を発した。問題になっているのは政府による圧力の強化である。これは特定秘密保護法の施行によって一層強まった。特定秘密のうちには原子力に関するものも含まれている。この規定の曖昧な法律は「秘密」情報を漏洩したジャーナリストを投獄すると恫喝している。この状況を象徴するように、三人のジャーナリスト、それぞれ硬骨で知られた人々がテレビのレギュラーを辞職するということが起きた。その中の一人『報道ステーション』のキャスターであった古舘伊知郎は、本間龍氏によれば、数年前から原発政策と安倍政権の政治に対する批判的な態度ゆえに、電通の標的になっていた。
日本の巨大企業の特権大使である電通が、これから後も、日本で今起きているメディアに対する大がかりな締め付けにおいて負託された役割を演じ続けることには疑いの余地はない。
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