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悪夢をつれて「夜」が又来る(コピペ)

★治安維持法制定時の新聞を見て実感~この国はまた同じ時代を繰り返す

@議員会館前で反対の声をあげる市民たち

 永田町駅で電車を降りる。日時は2013年12月6日午後7時30分。議員会館前の舗道には、すでにおおぜいの市民が集まっていて、「特定秘密保護法絶対反対!」「安倍政権の暴挙を許すな!」「戦争のできる国にしてはいけない!」などと書き込んだ手作りのプラカードを掲げながら、シュプレヒコールを叫んでいる。安倍首相の写真をヒトラーになぞらえたデザインのチラシを手にしている年配の女性がいた。「これはどこで入手したんですか?」と訊ねれば、「自分で作りました」との答えが返ってきた。こうしたユーモアや(サウンドデモなどの)センスは、かつての安保や成田闘争などのデモにおいては、決定的に欠けていた要素だ。

 ……と書いたけれど、1956年生まれの緑川南京に、安保や成田闘争の実体験があるわけではない。あくまでも推測だ。そして同時に、少しやり過ぎなのでは、と思うことも事実だ。デモはどうしても過剰になるけれど、ナチスや大日本帝国への安易ななぞらえは、法案に反対する思想や意志を矮小化してしまうと思うのだ。少なくとも彼は、日本をまた戦争当事国にしたいとは思っていない。多くの人を苦しめたいとも思っていない。保守においても右翼においても、そんな人はまずいない。彼らは彼らなりに平和を求めている(はずだ)。ただその方法論と歴史観が問題なのだ。

 延々と続く人々の列に沿って参議院会館前から衆議院会館前までを歩いたけれど、列はまだ途切れない。この一角だけでも1000人以上はいるだろう。ただし(メディアからはデモ隊などと呼称されているが)行進するわけではない。だって今夜にでも参院で、ほぼ1週間前の衆院と同様に強行採決が行われるかもしれないのだ。つまり秘密保護法案は成立目前だ。ならばこの時点で法案の危険性や矛盾や不備を訴える相手は、もはや一般国民ではない。最終的に法案成立を決める国会議員たちだ。

 だから議員会館前に集結した市民たちは、通りを挟んだ国会議事堂に対して、必死に反対の声をあげる。世代的には圧倒的に年配者が多い。これも大学生が中心だった安保や成田闘争とは大きな違いだ。

 バッグからカメラを取り出した南京は何回かシャッターを押してから、しばらくその場に佇んでいた。とはいえ周囲の人たちと一緒になって声をあげるわけではない。昔から集団行動は苦手だった。周囲と同じタイミングで同じ動きができないのだ。どうしてもずれてしまう。だから子ども時代にはフォークソングが嫌いだった。自意識過剰過ぎるせいもあるのかもしれない。大学生のころに一度だけ母校の野球の試合を見るために神宮に行ったことがあるけれど、最前列に陣取った応援団から当然のように応援の声をあげることを強要されるので、嫌気がさして途中で帰ってしまったことがある。応援しながらでは試合に集中できないし、何よりも音痴なので人前で歌いたくない。

 でも今夜は帰らない。まだ帰る気にはなれない。人込みは苦手だけどここに来た。叫んだり歌ったりはできないし原稿の締め切りも抱えているけれど、とにかく今夜はこの場にいようと思う。

@結局、法案はこの日の深夜に可決された

 法案は結局、この日の深夜に可決された。その直後に配信された朝日新聞の記事をネットから引用する。

 国の安全保障の秘密情報を漏らした公務員や民間人に厳罰を科す特定秘密保護法が6日深夜の参院本会議で、自民、公明両与党の賛成多数により可決、成立した。秘密の範囲があいまいで、官僚による恣意(しい)的な秘密指定が可能なうえ、秘密指定の妥当性をチェックする仕組みも不十分だ。国民の「知る権利」が大きく損なわれるおそれがある。

 こうした議論は初めてではない。1985年の国会で自民党は、国家秘密法(スパイ防止法)案を議員立法として衆議院に提出した。ただしこのときは、日本社会党や公明党や日本共産党など当時の野党が強硬に反対を主張し、また自民党内で造反する議員も現れ、12月の閉会に伴って法案は廃案となった。

 でも今回は成立した。法案の内容はほぼ同じだ。だから南京は考える。この28年間で(つまり自分が20代後半から現在に至るまでのあいだに)社会の何が変わったのか。どのように変化したのか。法案成立の夜から数日後、教えている大学のジャーナリズム論の授業で、南京は学生たちに質問した。一人が手をあげた。

「インターネットです」

 なるほど確かに。ジュリアン・アサンジのウィキリークス事件が示すように、ネットを媒介にした機密漏洩リスクの増大は、国家にとって大きな脅威となっている。でもそれだけではない。ネットの影響は他のメディアにも及ぶ。

 28年前までは、テレビと新聞と書籍や雑誌の時代だった。今はそこに、パソコンだけではなくスマートフォンなどの携帯電話やタブレット型端末なども加わった。いわばメディアの身体化だ。この帰結としてメディアの競争原理が増幅された。広告収入の減少やマーケットの縮小に危機感を抱いた既存メディアは、不安や恐怖を煽る傾向をこれまで以上に加速させる。総体としてのメディアの影響力は、28年前とは比べものにならないほどに増大した。ところがリテラシーへの意識や関心はほとんど変わっていない……。

 ここまで説明してから、南京はふいに沈黙した。学生たちはどうしたのだろうというような表情で、じっと話の続きを待っている。大きく息をついてから、南京は再び話し始めた。メディアは今後も進化し続ける。ならば楽観的な要素はまったくない。間違いなく今後はもっと悪化する。

@この28年間で変わったもうひとつの要素

 この28年間で変わった要素のもうひとつは、テロという言葉や概念に対しての認識だ。1985年以前にもテロはいくらでもあった。ただしこの時代のテロリズムには、政治的弱者の最後の手段としての示威行為的な気配が残されていた。でも日本では1995年の地下鉄サリン事件(サリン事件がテロか否かであるかについてはとりあえず措く)、そして世界では2001年のアメリカ同時多発テロ以降、そんなニュアンスは綺麗さっぱり消えた。テロは何よりも卑劣であり、危険や邪悪の代名詞として使われるようになった。

 つまり絶対悪だ。

 だからこそテロ対策やテロ防止などを理由にされると反対しづらい。危機を煽るメディアの報道と相まってテロへの不安や恐怖ばかりが増大し、対策としての監視強化や管理統制が整合化される。治安や安全保障などの言葉をまぶした法律や委員会が雨後の筍のように増殖する。実際に秘密保護法成立の根拠として、テロ対策的なレトリックは頻繁に使われた。要するに「伝家の宝刀」だ。でもこの宝刀は抜きっ放し。テロ警戒中などの貼り紙やステッカーをいたるところで目にするようになった。街の監視カメラと同じように、増えれば増えるほど不安や恐怖が強くなる。こうして負のスパイラルが加速する。

@差し出された新聞の見出しに呆然とした

 授業終了後、早稲田大学の4年生で南京の授業をモグって聴講している杉森祐幸が、「先生これ見てください」と言いながら、手にしたスマホを南京の目の前に差し出した。何で学生のスマホを見なくてはならないんだ。僕の携帯はガラケーだからバカにしているのか。

「違いますよ。写真を見てほしいんです。治安維持法成立直前の新聞を大学の図書館で検索して、その見出しを撮影したんです」

 言われてしぶしぶ見た。次の授業の準備があるから忙しいのに。でも見ると同時に呆然とした。(1)の見出しは「世論の反対に背いて治安維持法可決さる」(朝日新聞 1925年3月8日)。そして(2)は「無理矢理に質問全部終了」(朝日新聞 1925年3月7日)。どちらもどこかで目にしたばかりのフレーズだ。思わず南京は訊いた。

「……本当にこれは当時の新聞の見出しなのか?」
「当時です」
「ここ数日の見出しと変わらないじゃないか」
「まだあります」

 言いながら杉本は、画面に当てた指をスライドさせながら次の写真を見せる。ガラケーしか持たない南京は、この気取ったような指の動きがどうにも憎らしいのだけど(しかも操作するときの顔も何となくドヤ顔に見える)、今はそんなことを言っている場合じゃない。(3)の見出しは「治安維持法は伝家の宝刀に過ぎぬ」。……伝家の宝刀? 一瞬だけ過去と現在がさらに入り混じったような感覚に襲われて混乱したけれど、続く小見出しの「社会運動が同法案のため抑制せられることはない」との記述で理解できた。要するに法案を拡大解釈して国民を縛ることなどありえないと(政権は)主張しているのだ。

@これを見て実感した。時代はまた繰り返す

 見出し(4)は「日露国交回復に火に『赤』の定義で押し問答」(朝日新聞 1925年2月27日)。治安維持法が成立した時期は、大正デモクラシーの全盛期だ。このときの首相は護憲派のシンボル的存在であり、ロシアとの国交回復の立役者でもあった加藤高明(憲政会)だ。だからこそ政府は、ロシアの無政府主義や共産主義思想の流入に神経を尖らせた。そうした時代背景をベースにすれば、(4)の見出し「日露国交回復の日に『赤』の定義で押し問答~定義はハッキリ下せぬが、この法案だけは必要だと言う治安維持法委員会」の意味はより明確になる。「アカ」(共産主義者)は当時、やはり国家に害を為す「絶対的な悪」の代名詞だった。ちょうど今の「テロ」のように。

 ……数秒だけ沈黙してから、「ここまで同じ状況だとは思わなかったな」と南京はつぶやいた。神妙な表情で杉森はうなずいた。

「いろんな人が日本はまた同じ時代を繰り返すって言っていたけれど、今ひとつピンとこなかったんです。でもこれを見て実感しました。この国はこの先どうなるのでしょう」
「……ボクはもう50代半ばを過ぎたから」
 南京が不意に言った。
「もし戦争が始まっても、もうさすがに前線に行くことはないはずだ」
 杉森は首をかしげる。南京が何を言おうとしているのかわからない。
「行くのはおれたち若い世代ということですか」
「そうなるね。仕方がないよ。この政権をあれほどに支持したのだから」
「支持したのは俺たちの世代だけじゃないです」
「選挙に行かないのが悪い」
「いや先生、今は誰が悪いとか悪くないとか論ずべきではなくて……」
「うるさいうるさい。とにかく悪いのはおまえたちだ!」

 そう言ってから南京は、両手両足を奇妙な仕草で振りながら教室を飛び出した。どうやらパニックになったらしい。その後姿を見送りながら杉森は、こういう人はいつの時代にも一定数いたのだろうなと考えた。ぎりぎりまではそれらしく頑張るけれど、最後の瞬間にだらしなく取り乱して保身に走る。あるいは忘れたふりをする。

 ……とにかく何とかしなければ。スマホをポケットにいれながら杉森は思う。だってここは他人の家ではない。自分たちが暮らしている自分たちの家なのだから。遠くで南京の悲鳴が聞こえる。どうやら階段から転げ落ちたらしい。

*****ダイヤモンドオンライン「森達也 リアル共同幻想論 2014-1/27」より転載
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