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然と既視感の海を生きる愚衆の海をクロールで泳げ君。(コピペ)

★然と既視感の海を生きる愚衆の海をクロールで泳げ君。

すでに3日前の6日、ある信頼すべき筋から舛添が対細川ダブルスコアで8時には当確を決めるという情報が入っていたが、投票前にこういったマイナス情報を流すのはよろしくないと思い控えていた。



そういう意味で今日の選挙結果は驚くにあたらぬにしても残念であることに変わりはない。

ただしこの都知事選挙の結果を見るに、私たちはすでにそれをケーススタディとする既視感を持っていることに思いが至る。



つまりそれは先の参議院選挙である。



思うに今回の都知事選は景気政策を前面に打ち出して自民党が大勝した参議院選挙からわずか半年しか経っていないのである。



それを支えたマジョリティを占める国民の指向性がわずか半年で変わるとは思えず、ましてや原発問題は時を経れば経るほど忘却され、それを争点とする条件としては半年前の参議院選挙よりも不利ということになる。



その意味で先の参議院選挙の直後にCatwalkトークで書いた私の選挙に関する観測はそのまま、今回の都知事選への観測としてそっくり当てはまるわけであり、今回の都知事選に関する私のコメントは、そのトークを転載することで十分だろう。



ただし、この平成という時代の”愚衆’の海とそれが醸成する強権政治の渦中において私の「メメント・モリ」の結びの言葉を再確認しておきたい。






            「私は決してあきらめない」





付け加えるならこの度の選挙、原発という人類の作り出した罪悪を子孫の世代、あるいは他の動物たちや自然から追放したいとする、自分のみならず他者への存在に思いを及ぼす大乗的と言える運動が負けたわけではない。



そのような人間としてのあるべき想念を持ち得ない自愛的烏合の衆の方が大乗的想念を持つ衆より数が多かったというだけの話だ。



その意味において人間として私たちは永遠に勝ち続けるだろう。




                            
                 ◉
      






「あちら側の神経系とこちら側の神経系はどうやらどこかでぷっつりと切れている公算が大きい」



今年の夏前にいささかショックを覚える出来事があった。



6月のことだが、夏用のカーテンを作るために工務店の業者を呼んだ。



30代半ばの劇作家の三谷幸喜を小振りにしたような、感じのよい営業の青年がやって来た。

仕事もなかなか誠実で、持って来た資料の中に好みのデザインがないと言うと、わずかな賃金の工事のために暑い最中、大きな重い見本帳を何度も持って来てくれた。

そして二週間後に無事取り付けは完了した。



その日、お礼にと、近くのレストランで昼をごちそうし、四方山話をしたのだが、その折にふと原発のことに話を振ってみた。



「ところであなたのような勤め人は原発なんてどのように考えてるのだろうね」



青年は「えっ」と浮かぬ顔をした。



それからちょっと口ごもって言う。



「原発ってどうなってるんですか?」



「あれっ、知らないの?今福島の人が一つの市の人口の6万人くらい家や土地や仕事を失って全国に逃げているんだけど」



「へーっそんなことがあるんですか」



私は呆然とした。

あまりの無知に一瞬この青年はウソをついているのではなかと疑ったが、そのような青年ではない。



彼は中堅の大学も出て、都内各所に店舗を張る中堅どころの工務店の営業マンである。



頭も良いし、人間的にもすこぶる感じが良い。



それだけにこの”おそるべき”と言って差し支えない無知にはいささかショックを覚え、一瞬しばらく会話が途絶えた。



「あのう、たとえば君たち、お勤めをしている仲間で原発問題とかが話題になったりすることはないの?」



私は気を取り直してあたらな質問をした。



「えー、そういうのぜんぜんないですねぇ」



「ぜんぜんって、まったく話題にならないということ?」



「そうですね、これまで一度も話になったことはありませんね」



悪気もなく彼は淡々と答える。



「じゃどういう話をするの?」



「やっぱり仕事の話が多いですね。

あいつが大口の注文を取ったとか、

下請けはあそこがちゃんとした仕事をするとか、

だけどここ数年はどの会社もよくないですから、仕事の話をしていても暗くなることが多いですけど」





                          
                  ◉





その青年と別れてのちもいささかショックは長引いた。



そのショックとは、このような普通に常識的な会話の出来る青年が、人間の生き方の根幹にかかわる原発問題に関してまったく無関心だったということもあるが、それ以上に、そういう信じ難い人たちがこのような状況下の日常に暮らしてるということをまったく知らなかった私自身の無知にもいささかショックを受けていたのである。



思うにこの青年が置かれているポジションはおそらく企業国家日本という国の就労者におけるマジョリティ層を形成しているという見方が出来るだろう。

ということは日本で暮らすマジョリティを形成する人々は原発問題に無関心ということも出来る。

いやというより、何かを無意識に遮断しているのかも知れない。

意識的に、あるいは無意識に”耳を塞ごうとしている”のかも知れない。

「原発」その言葉は最終ステージの不治の癌のという言葉のように、もう”聞きたくもない”忌語であるのかも知れない。



そして何よりもこの青年とその仲間たちにとって彼らの関心は「原発よりメシの種」なのである。



私はその青年に会って以降、原発問題はこの日本においては広がりを見せないだろうと感じていた。

なぜなら青年はマジョリティ層を確実に形成する一人であるからだ。

つまり今回の選挙の争点のトップが雇用や経済で、原発問題が下位に来ていることは普通のことであり、なんら不思議なことではないのである。



かりに山本太郎が杉並区の選挙に出て、28パーセントの得票があったとするなら、案外それは大出来で、件の青年ショックがいまだに気持ちの中にくすぶっている私としては原発問題を、そして福島をわがことして考えているのは10人に1人、つまり10パーセントくらいではなかろうかと思う。



(日本の)世の中とはそういうもの、とたかをくくるつもりはない。

だが自分の隣に普通の生活を営んでいる人間の”神経系”というものは、あんがい神経系の異なる人々のそれとは繋がらず、ぷっつりとどこかで切れているのではないか、との思いを強くする、今回の選挙結果ではあった。


*****「sinnya talk (藤原新也ブログ) 2014-2/16」より転載
     
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