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軍靴の響きが聞こえてくる

★集団的自衛権を説明する安倍首相*****(2014年7月1日 毎日新聞)より転載

安倍晋三首相が1日、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定後、記者会見で発言した要旨は次の通り。

 いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしは守り抜く。内閣総理大臣である私にはその大きな責任がある。その覚悟のもと、新しい安全保障法制の整備のための基本方針を閣議決定した。自民党、公明党の連立与党が濃密な協議を積み重ねてきた結果だ。

 抽象的、観念的な議論ではなく、現実に起こり得る事態で現行憲法のもとで何をなすべきかという議論だ。

 例えば、海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を、米国が救助、輸送している時、日本近海で攻撃を受けるかもしれない。わが国への攻撃ではないが、日本人の命を守るため、自衛隊が米国の船を守れるようにするのが今回の閣議決定だ。

 日本国憲法が、こうしたときに国民の命を守る責任を放棄せよと言っているとは私には思えない。この思いを与党と共有し、決定した。

 ただし、こうした行動を取る場合でも、他に手段がないときに限られ、必要最小限度でなければならない。憲法解釈の基本的考えは変わることはない。

 海外派兵は一般に許されないという原則も全く変わらない。自衛隊が、かつての湾岸戦争やイラク戦争の戦闘に参加するようなことは決してない。

 外国を守るために戦争に巻き込まれるという誤解があるが、あり得ない。憲法が許すのは、我が国の存立を全うし、国民を守る自衛の措置だけだ。外国の防衛を目的とする武力行使は行わない。

 むしろ万全の備えが、日本に戦争を仕掛けようとするたくらみをくじく大きな力を持つ。それが抑止力だ。

 今回の閣議決定で、日本が戦争に巻き込まれる恐れは一層なくなっていく。日本が再び戦争をする国になるというようなことは断じてあり得ない。

 閣議決定を踏まえ、関連法案の作成チームを立ち上げ、国民の命と平和な暮らしを守るため直ちに作業を開始したい。国会に法案を提出し、審議いただきたい。私は今後とも丁寧に説明を行いながら、国民の理解を得る努力を続けていく。

 <質疑>

 −−閣議決定された内容は抽象的で、時の政権の判断で武力行使の範囲を拡大解釈できるとの指摘がある。

 武力行使が許されるのは自衛のための必要最小限度でなければならない。憲法解釈の基本的考え方は変わらず、憲法の規範性を変更するものではない。

−−今回の閣議決定は、日本の国防政策の大きな転換だ。首相は日本をどのような国にしていく展望を持っているか。

 わが国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、国民の命と平和な暮らしを守るために何をなすべきか。その観点から、新たな安全保障法制の整備のための基本方針を示すものだ。憲法が掲げる平和主義は守り抜いていく。今回の閣議決定は、日本が戦後一貫して歩んできた平和国家の歩みをさらに力強くすると考えている。


★【集団的自衛権を問う】 志願は激減 徴兵制も:元防衛官僚・加茂市長 小池清彦氏(77)
                          *****(2014年6月25日 朝日新聞)より転載

 集団的自衛権の行使にひとたび道を開いたら、拡大を防ぐ手立てを失うことを自覚すべきです。日本に海外派兵を求める米国の声は次第にエスカレートし、近い将来、日本人が血を流す時代が来ます。自衛隊の志願者は激減しますから、徴兵制を敷かざるを得ないでしょう。

 米国の要求は原則として断れません。防衛庁勤務時代、当時悲願だった国産戦闘機の製造プロジェクトに関わりました。いざ作ろうという段で米大統領から首相に「日米共同開発で」と電話があり頓挫しました。日米関係はそんなものです。

 平和憲法は国の宝です。9条があったから、朝鮮戦争にも、ベトナム戦争にも参戦しなくて済みました。そう自覚したのが1990年、イラクのクウェート侵攻後、自衛隊を初めて海外出動させる国連平和協力法案が議論された時です。

 このとき、「日本が世界の警察になってはだめだ」と事務次官に直談判しました。結局、廃案になりました。3ヵ月後、当時の防衛長官に「廃案になって良かった。通っていればと思うと、いまでもぞっとする」と耳打ちされました。

 全国の多くの首長たちが首相のやり方に異論を唱えていると聞きます。私も防衛庁内で上申して左遷させられた経験があり、国に盾突くのには勇気がいることはわかっています。それでも、集団的自衛権の問題は日本の将来に関わる話。声を上げることは、今を生きるものの責任だと思います。

★僕らの未来 大人が決めるな 中学生 中村 伊希 (香川県 12)
                         *****(2014年7月6日 朝日新聞 「声」)より転載

 憲法の解釈を変えて集団的自衛権の行使を認める閣議決定がなされました。新聞やテレビのニュースを見るたびに、危機感を覚えます。学校では歴史の授業で「戦後」日本の不戦の歩みについて学んできました。でも、いま自分が生きているこの時代が、「戦前」のように思えてなりません。憲法9条の改正に向け、着々と準備が進められているように思えるからです。

 平和憲法が骨抜きにされれば、僕たちは大人になったとき戦争に行かなければなりません。僕は、戦争には行きたくないです。人を殺したくないです。紛争の解決には武力行使以外の方法があると思うし、そういう姿勢を世界に示せる日本であってほしいのです。

 「子どもたちに夢を」と口癖のように言う大人が、僕たちが戦争に行かなければならないような判断をするのは許せません。子どもを、孫を、戦争に行かせたいですか。政治家のみなさん。一度立ち止まって、未来を生きる僕たち若い世代のことを考えてください。

★僕は戦場で人を殺せません 中学生 福島佑樹(東京都15)
                        ***** (2014年6月25日 朝日新聞 「声」)より転載

 日本が憲法の解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認し、戦争ができる国になる可能性が日々ましています。おそらく戦場へむかわされるであろう世代のひとりとして、気持ちを述べさせていだだきます。

 僕の友人の中にも、集団的自衛権の行使が必要だと考える人はいます。しかし僕は反対です。徴兵され、戦場に送られ、人を殺したくないからです。

 人を殺すことは、通常の世界では最も重い罪です。しかし戦場では、その一番重い罪である人殺しを命令されるのです。命令に従うのがよいことで、命令に背けば罰せられます。この矛盾が僕には理解できず、受け入れられません。

 それに、人は何のために生まれてくるのでしょうか。戦いで人を殺したり、殺されたりするためではないはずです。全ての人間に与えられる人生は、たった一度です。人を殺した罪を引きずって生きたり、自分が望まない時に命が無理やり終わったりすることは、あまりにも残念で、悲しいことです。

 集団的自衛権の行使は、海外で人を殺すことを伴います。僕には、それは絶対できません。集団的自衛権の行使の意味を、国全体で考え直す必要があると強く思います。
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