26.おとなの遠足

 大阪で地域計画関係の仕事をしているO君が福岡に帰省したというので、五月四日、共通の友人M君と三人、能古島へ出かけた。二人とも大学時代のクラスメートで、O君の実家は姪浜にある。建築設計の仕事をしているM君は山梨出身だが、ずっと筑紫野市に住んでいる。M君とはずいぶん前、宝満山に登ったことがあり、今回も彼は宝満登山を提案していたが、O君の希望にそって能古島行となった。能古島へは姪浜の渡船場から十分たらず、船を利用しての通勤、通学など、島と陸(福岡市域)相互の利便性は高い。不景気な時勢のせいか、安・近・短と三拍子そろった行楽地へ向う家族連れや若者で、フェリーはすぐに満杯となった。たいていの行楽客は島へ渡ると、北端の高台にあるアイランドパークへ送迎バスで直行するのだが、自然探索派の我々のコースは異なる。港の売店でアサリめし弁当(タケノコめしも入って七百円)とお茶を買い、周回道路を東へ向ってスタート。すぐに左手の郵便局を指してO君が、「(井上)陽水の〈心もよう〉のプロモーションビデオに使われていたよ」と教えてくれる。そういえば、「能古島の片想い」というのがあったなあ。海岸沿いのゆるい坂道を進んでいくと、背丈ほどの藪の切れ間から薄曇りの博多湾と福岡の市街地が見えた。「どんたくには雨が降る」ジンクスどおり?雨になるけはいがある。そのせいか、蜜柑やトベラの花の匂いも濃厚な気がする。能古島の夏みかんは甘くてみずみずしく、よく知られているが、海へ下る斜面の蜜柑畑は放置され、蔓がからまっていた。さらに進むと、崖下がキャンプ場となっている見晴らしのよい場所に、洒落たウッドデッキと四畳半ほどの広さの小屋があった。食っていければ、島にこのような小さな小屋を建てて住むのもいいなあ、と三人。キャンプ場に植えられたヤシの木の間から島では数少ない砂浜が見える。海水浴場になっているらしい。ただ、バンガローのような施設がものすごく高密度に建っていて興醒めである。八月、ここを会場にして国内最大級のラテンフェステイバルが行われているらしい。しかし、普段はひとけの無い浜に建つ施設の群れは異様でさえある。M君が、ぼそっと呟いた。「ハワイの収容所だな」、同感。このあたりから島の北側へ廻り込むのだが、雨がぱらつき始める。アイランドパーク直下の道をのぼって行くと、そのゲートの前に出た。ちょうど正午、一時間あまり歩いたことになる。防風生垣のすきまから見えるアイランドパークの花壇が、きわめて単調に思える。ゲート近くの明るい園地に行くと、広くて立派な休憩所があり、ここで昼食。アサリもタケノコも旬でなかなかの味だった。雨はしばらく上がりそうもない。園地の木立の向こうに、南側へ伸びる起伏が見える。白く煙っているためか、遠く感じる。三人とも、久しぶりの再会だからといって、ベラベラ喋りはしない。長くつきあっていると、自然とそうなる。午後は港まで二時間ほどの行程と思われる。タブやシイの林の中にある檀一雄の歌碑に寄る。西にひろがる海原と糸島半島が見える。晴れた日なら、波光きらめく、といった形容がピッタリだが、雨の半島はミルクの中に浮いているようだった。引き返して、周回路を南へ歩く。鬱蒼とした樹林の林床に、マムシグサが群生し、次第に、マダケが目立ちはじめた。樹林保全の立場からは、竹の侵入は実にやっかいであるが、やはり温暖化によるものだろう。タブの大木の周りに、すきまなくマダケが繁っているのを見たときは、唖然となった。3kmほど歩いたろうか、まもなく樹林を抜け、海岸線が見えた。O君が、能古島には学生時代に講義を受けた先生の設計した住宅が三戸ある、と教えてくれる。その先生は亡くなられたが、しばらく歩くとその一つである先生の自邸が見えた。博多湾を望むように建てられた家の庭にロープの長いブランコがあり、小学生の女の子が空へ飛び出すみたいに漕いでいるのがわかった。海岸沿いの道へ出ると、コナラの林と別荘らしき建物があった。以前、建築雑誌に掲載された写真家の別荘らしい。能古島を訪れ、島の自然や食材、住民、利便性などに惹かれてのことだろう。でも、なぜコナラの林なのだろうか、読者にはおわかりだろう。我々は渡船場の店に入り、生ビールとたこ焼きで乾杯した。姪浜港へ着き、O君の実家へ寄ることになった。埋立て・移転に伴って建てられた地元漁師たちの新居が建つエリアの奥に、昔の漁港が残っている。昭和三十年代、姪浜港には鯨や海豚が入ってきて捕獲したらしく、その海豚碑が建っていた。O君は最近、ものがたり観光行動学会設立に向けて、忙しい。これについては、また機会を見つけて書いてみたい。


 




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