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日本のリベラリズムの危機①:天皇は、なぜ「満州事変」に言及したのか?

★「日本のリベラリズムの危機」を考える①:天皇は、なぜ「満州事変」に言及したのか 
  BY ジェフリー・キングストン (テンプル大学【日本校】教授)

 ☆(平成27年新年に当たり)天皇陛下のご感想

昨年は大雪や大雨,さらに御嶽山の噴火による災害で多くの人命が失われ,家族や住む家をなくした人々の気持ちを察しています。

また,東日本大震災からは4度目の冬になり,放射能汚染により,かつて住んだ土地に戻れずにいる人々や仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々もいまだ多いことも案じられます。昨今の状況を思う時,それぞれの地域で人々が防災に関心を寄せ,地域を守っていくことが,いかに重要かということを感じています。

本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています。

この1年が,我が国の人々,そして世界の人々にとり,幸せな年となることを心より祈ります。

 *

ジェフリー・キングストン氏は日本在住の政治学者でリベラルな視点を持つ識者として知られている。テンプル大学日本校で主にアジアの政治について教えている同氏は、天皇の1月1日の新年所感に注目した。「満州事変に始まるこの戦争の歴史」と、あえて満州事変に言及したからだ。

これまでも誕生日祝賀会などにおいて満州事変に言及したことがあるが、新年の挨拶でこのことに触れたのは今回が初めて。「これは政治的なことに立ち入らないよう配慮しながらも、安倍政権に対して牽制しようとする意思が込められているのではないか」とキングストン氏は推量している。

むろん、天皇の発言を政治利用することはあってはならない。メディアがことさら、その意味を詮索することも、政治利用の類である。しかし、天皇の発言は一般国民の認識、東アジアにおけるコンセンサスとかい離しているわけではない。そのため、天皇の発言を起点に戦後問題を考えることは有意義であると判断した。今回、3日連続でキングストン氏の論考を掲載する。今回はその第1回である。(東洋経済編集部)

 *

2015年の新年の所感で天皇が満州事変に言及した意図は、正確にはわかるわけではない。政治的な問題への天皇の介入を防ぐ憲法上の制限に違反しているという印象を与えないために、天皇の言葉は非常に曖昧なものになっているためだ。

鍵となるのは次の一節だ。「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」。

宮内庁は天皇の言葉を事前に注意深くチェックしているため、天皇が伝えようとしているメッセージの意図については文面から推測することしかできない。天皇がこの話題を取り上げた背景には、戦争責任とアジア全域における残虐行為について、過去四半世紀の間、日本の侵略の犠牲となった国々に対し天皇が行ってきた反省の意の表明という実績があり、満州事変への言及はこの文脈で考えなければならない、というのが私の意見だ。

@天皇が一貫して目指してきたこと

過去において、日本の政治家は、自国が与えた恐怖について、事実から目を逸らすことなく、深く悔いていることを示す努力をしてきた。だが、天皇はこうした多くの政治家よりも多くのことをしてきたといえる。現在、歴史修正主義の政治家や対外強硬主義のマスコミは、天皇の関係修復外交への努力を懸命に抑えこもうとしているようにみえる。しかし、明仁天皇はこれを昭和天皇が果たしえず自身が引き継いだ責務と考えている。そのため、天皇の限られた役割において、自分にできることを行うことにこだわっているのだ。

天皇のこれまでの記録を見れば、長らく行われてこなかった、誠意ある清算を天皇が奨励していることがわかる。1978年以後、昭和天皇が靖国神社の参拝を拒否していたのは、同年のA級戦犯合祀が原因だと明仁天皇は明言している。

また、2004年秋の園遊会では、東京都教育委員会の委員が天皇に話しかけ、教育現場において、起立し、国旗(日の丸)に向かって国歌(君が代)を斉唱するという規定を教員に遵守させることが自身の仕事だと説明したが、天皇はこの委員に苦言を呈した。天皇は国旗国歌について、これを強制するのは望ましいことではなく、個人の判断に任すべきだと述べた。2005年春の園遊会でも天皇は同様のコメントをしている。

宮内庁は天皇の発言は政治的な意味合いを持つものではなく、憲法上の権利が侵害されたと主張していた教員たちへの精神的な支えとなるメッセージを含んだものだと説明しているが、果たしてそうだろうか。

@石原莞爾が目指していたこと

今、満州事変に言及するならば、天皇は現在起こっている歴史的な論争に立ち入っていることになる。なぜならば安倍首相や、同様の歴史修正主義の立場をとる他の政治家は、日本の侵略を正当化し、それが西欧諸国の征服という圧力を解消することを狙った汎アジアの解放を目指す戦争だったと主張しているからだ。歴史修正主義者は、(アメリカ、イギリス、中国、オランダによる)ABCD包囲網と呼ばれる西欧列強からの圧力の高まりに対する防衛戦争だったとも主張している。

しかし、戦争の開始が1931年だったと明言したことにより、天皇は奉天市における関東軍の策略に原点を求めたことになる。

関東軍は、自ら南満州鉄道の爆破を実行しておきながら、中国人テロリストの仕業である、と主張。この事件を口実に全面的な侵略と満州鎮圧に乗り出した。この解釈は学者たちが十五年戦争(1931年~45年)と呼ぶものだ。十五年戦争は、中国における日本軍の侵略の拡大と、中国を征服するために必要な資源を確保するために東南アジアにおいても戦争を展開するという1940年の決定を指す。

満州事変を起点とする解釈は、日本の帝国主義を隠蔽する道具としてのアジアの解放というテーマを棄却するものだ。また、1931年の日本は包囲された状態にはなく、むしろ中国の一部に進攻し、独裁政治を推し進め、太平洋における覇権をめぐる米国との来るべき戦争に備えていたといえる。満州事変を計画した石原莞爾は、日本を率いる軍事戦略家だったが、第一次世界大戦の教訓を仔細に研究していた。総力戦は、勝利へ向けた無制限のアプローチを意味する。そこでは、市民が攻撃の対象となり、経済制裁が戦争上の武器となった。

第一次世界大戦におけるドイツの敗戦は経済制裁が原因であり、戦争の遂行に必要となる軍事力をドイツが失ったのは経済制裁のためだと石原は考えた。石原が満州を支配下に置くことを主張したのは、そのためだった。日本がその軍事力のために必要としながらも、国内では確保できない資源に満州は恵まれていた。

日本が独裁体制を推し進めた狙いは満州の資源を奪取し、来るべき戦いに備えることだったのだ。汎アジアというテーマは、今日の保守主義者にとってはさらに魅力的だ。というのも、汎アジアを持ち出すことによって、私欲を持たず他国の利益のために自らを犠牲にする国として日本を位置づけることができるからだ。だが一方で、満州の構想により、日本は他の帝国主義国家と同様、資源と市場を確保するために国々を侵略する強欲な略奪者のように映っている。

したがって、天皇が発した一見穏当な言葉は、歴史編纂の領域に大きく影響を及ぼすものであり、日本の侵略、そして安倍首相のような現代の歴史修正主義者を批判する彼の立場を浮き彫りにしている。歴史修正主義者は、戦時中の日本を復活させ、日本の価値を高め、自国を正当化する歴史観を主張しようとしている。

天皇の歴史観は、日本(そして他国)におけるコンセンサスとして長らく大勢を占めている考え方と一致するものだ。しかし、歴史修正主義者は、日本だけを批難するこの「マゾヒスティック」な歴史観に苛立ち、戦争を遂行した戦前・戦中の政治指導者を過大評価している。歴史修正主義者は、大勢のコンセンサスが極東国際軍事裁判(以下「極東裁判」という)の判決に基づいており、「戦勝国の正義」に立った歴史観によって歪められたものだと主張する。

たしかに極東裁判における司法手続きは実際に多くの問題を含んだものであり、有罪判決は予め決められていた。しかし、だからといって日本の軍部、すなわちA級戦犯と呼ばれる計画者たちが無罪だとはいえない。歴史修正主義者は、ラダ・ビノード・パールによる反対意見を日本の戦争責任を免れるための見解としてしばしば引用するが、現実にはパールはそのような意見は述べていない。彼の顕彰碑は靖国神社に隣接する遊就館にあるが、遊就館は日本の侵略に対する肯定的な歴史観を守る本拠地のような場所だ。

パールは、国際法における法的地位を欠き、根拠なく法の遡及適用を認めたという観点から極東裁判の判決を批判したが、日本による戦争犯罪があったことは認めており、同盟国が日本と共に判決を受けなかったことを批難し、それら同盟国にも責任を追求すべきだと指摘した。

極東裁判の判決は、確かに重大な不備を孕んでいたが、米国の占領を終わらせ、他の調印国と共に平和を築くために日本が調印したサンフランシスコ講和条約の本質に関係している。同条約の調印を以って日本は極東裁判の判決を受け入れたのだ。安倍首相は「戦後レジーム」からの脱却についてしばしば語るが、日本人の多くは戦後の体制を誇りに思っている。安倍首相は戦時中の日本に対する自虐史観と米国によって作成された憲法に不満を感じている。この2つはどちらも、戦後秩序の重大要素であり、日本に恥辱を与え、従属国としての日本の位置づけを維持するためのものだと安倍首相は考えているのだ。

@多くの日本人は憲法9条改正に反対している

安倍首相とは対照的に、天皇や大半の真摯な日本人は、20世紀後半における日本の模範的ともいえる功績が、償いを実行し、国家の尊厳を取り戻すための指針として役立つものだったと感じている。安倍首相は現行の平和憲法を批判するが、実際には、日本のアイデンティティの基準を担保するものとしてこの憲法を捉え誇りに感じている日本人も多い。第9条の改正への安倍首相の取り組みが不興を買うのはこのためだ。

集団的自衛権を認めるための第9条の再解釈を支持する日本人は極めて少数である。というのも多くの日本人は、集団的自衛権を認めることによって、米国政府が日本を戦争に引きずり込むことを懸念しており、見直しが行われた「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」がこの可能性を高めるものであることを理解しているからだ。

日米両政府がガイドラインの正式採択に至っていないのはまさにこのためであり、ガイドラインの採択が、選挙において自民党の不利に働くことを避ける意味もあったのである。

(構成:ピーター・エニス記者)

***「東洋経済オンライン 『アメリカから見た世界 2015-1/23』」より転載
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