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『みずから我が涙をぬぐいたまう日』

★田原総一朗 「天皇陛下のパラオ訪問ににじむ戦火への危機感」

 9日、天皇、皇后両陛下がパラオを慰霊のために訪問された。このことを通じて、ジャーナリストの田原総一朗氏は、天皇、皇后両陛下が今の日本に危機を感じているのだと分析する。

* * * * *
 
戦後70年の首相談話が話題になっている最中、天皇、皇后両陛下が太平洋戦争で激戦地となったパラオ共和国を訪ねた。「慰霊の旅」である。

 8日に羽田空港を出発した際、陛下は安倍晋三首相たちを前にして、「祖国を守るべく戦地に赴き、帰らぬ身となった人々のことが深く偲ばれます」と表明した。そして最大の激戦地となったペリリュー島のことにも触れた。

「日本軍は約1万人、米軍は約1700人の戦死者を出しています。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」

 両陛下は、8日の夜は海上保安庁の巡視船で泊まり、9日の朝にヘリコプターに乗ってペリリュー島に向かった。陛下は80歳を超え、心臓病と闘ったお体での激務である。

 風化しがちな戦争の歴史と向き合わねばならないという、強い思いが込められているのであろう。

 ヘリコプターでペリリュー島の飛行場に到着した両陛下は、バスに乗り換えて島の南端に日本政府が1985年に設置した「西太平洋戦没者の碑」へ向かい、供花台に日本から持参した白菊の花束を供えて深く拝礼した。また、沖合に見えるやはり日米の激しい戦闘が行われたアンガウル島に向かって、再び拝礼した。

陛下は今年の新年のご感想で、「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」と記している。戦争の風化と集団的自衛権の行使容認などで戦火のにおいが濃くなる時代に、ある危機感を抱いておられるのではないだろうか。

 両陛下は戦後50年に当たる95年には、長崎、広島、そして沖縄の糸満市に「慰霊の旅」を行い、戦後60年にあたる2005年6月にはサイパン島を訪問して、民間人や兵士たちの多くが身を投じたバンザイクリフなどで深く黙祷(もくとう)をしている。そして、戦争から70年の今年、パラオ訪問となったのである。

 あの戦争とは、いったい何だったのか。敗戦のとき、私は小学校5年生であった。陛下は私より1歳年上で、小学校6年生だったわけだ。父親である昭和天皇は皇太子に、昭和の戦争についてどのような説明をしたのだろうか。

 私の父親は、太平洋戦争が勃発すると、原料が来なくなって工場を閉鎖せざるを得なくなり、本人は徴用によって名古屋の工場で働かされ、しかも空襲で危うく生命を失いそうになるなど、戦争に振り回された人生であった。

 昭和天皇は東京裁判にかけられることはなかったが、ご自身は戦争責任について強く感じておられたはずで、戦後はじめてのマッカーサー元帥との会見などでも、そのことを率直に述べておられる。それだけに、どんなことがあっても日本を再び戦争に巻き込むことがあってはならないと強く思い、そのことを皇太子にも託しておられたはずだ。

 陛下は父親の戦争責任を強く感じ、だからこそ、あえて激務の「慰霊の旅」を続けているのではないか。

 また、昭和天皇も現在の天皇陛下も、占領下にGHQによってつくられた平和憲法を、その事情も十分承知の上で、あくまで守るべきだという考えでおられるようだ。日本が再び戦争に巻き込まれることがないようにとの、強い思いからであろう。

***「週刊朝日 2015年4月24日号」より転載
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