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日本の貧困と格差(前篇)

★日本の貧困と格差(前篇) 「年金では生きていけない赤貧の現場」――*亀山早苗(ノンフィクション作家)***「週刊新潮 2015年3月26日号 掲載記事」より転載.
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コツコツと働けば定年後は年金で相応の暮らしが、というのは過去の話だ。年金は引き下げられ、医療費や介護保険料は上昇。ひとたび不慮の事態が発生すれば、赤貧状態に突入する。もはや誰にとっても他人事ではない貧困と格差の現状を、3回にわたり報告する。

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 支給された国民年金からアパートの家賃を支払うと、お金はほぼ残らない。ガスも電気も止められ、野草を食べたり、ホームレスの炊き出しに並んだり……。そんな生活をしている70代男性を民生委員が見つけ、NPO法人「ほっとプラス」の藤田孝典代表理事の元へ連れてきたことがある。

「誰かが見つけてくれれば、まだ救われる。でも、無年金、低年金の人はこうした状態に陥るケースが多いんです。それは今後、ますます増えていくと思います」

 と藤田さん。国民年金を一生懸命払い続けても、老後に支給されるのは、月額6万円になるかどうか。とても暮らしてはいけない。

 70代になって自営の店を廃業。貯金と夫婦ふたりの国民年金でなんとかやっていけると思いきや、アルツハイマー病を発症、妻や子どもたちとトラブルを起こして離婚し、生活保護をもらっていたが、ついにひとりでは暮らせなくなって特別養護老人ホームヘ――。

 こんなケースも枚挙に遑(いとま)がないと藤田さんは言う。

 厚生労働省が行った平成24年の「国民生活基礎調査」によると、高齢者世帯の5割以上が「生活が苦しい」と訴えている。自分は会社員だから関係ないと思っている読者諸氏も多いかもしれないが、決して他人事ではない。今日、いつ誰が「貧困層」に堕ちても不思議はないのだから。

 老後破綻は大まかに言って3つのパターンに分かれる、と言うのは、経済ジャーナリストの岩崎博充さん。1つは前述のような無年金、低年金の人たち。ただ、当時の国民年金は「義務」ではなかった。老後の資金くらい自分で稼げると思っていた人も多い。

 働きに働いたものの、バブルで人生が狂ってしまった男性がいる。坂巻孝雄さん(73)=仮名=だ。

 サラリーマンになったことは、高校を出てから一度もない。百科事典や不動産の営業など、完全歩合制の仕事を転々とし、バブル期には月収が100万円近くあった。都内に購入した大きな一軒家は、近所でも有名な豪邸だったという。

「そのうえ、不動産に投資してさらに稼ぎたいと欲が出て、妻には内緒で、家を担保に銀行から5000万円を借りました。その当時は、自分の老後資金くらい自分で稼げると思っていたから、公的年金も払ってないし、ろくに貯金もしてなかったんですよ」

 ところが、バブルは弾けた。以前ほどの収入は得られず、一方、銀行からの取り立ては厳しくなるばかり。坂巻さんはついに、借金の存在を妻に打ち明ける。それが3年前のことだ。

「離婚騒動にもなりました。それはなんとか免れましたが、家を売る決意をしました。そのときは自殺まで考えましたね。苦労して手に入れた家を売る衝撃と悲しみは、他人にはわかってもらえないと思います」

 まだ1000万円の借金がある。今、坂巻さんは週6日、警備員のアルバイトをしている。収入は月16万円ほど、妻もパートで働いているため、なんとか暮らしている状態だ。ただ、年齢を考えると、いつまで働けるか……。

「老後破綻の2つめのパターンは、残った住宅ローンが払いきれなくなるケース。3つめは単身世帯のケースです。平成19年の『国民生活基礎調査』によると、65歳以上の女性全体における貧困率は28・1%。男性は22・9%です。ただし単身世帯にかぎると、女性は50%、男性でも40%が貧困層になるというデータがあるんです」(岩崎さん)

 貧困率とは、国民を所得順に並べ、順位が真ん中の人の半分未満しか所得がない人の割合、すなわち「相対的貧困率」のこと。単身者の場合、平成24年のデータでは122万円未満になる。今、日本の相対的貧困率は、OECD加盟国の中で第2位。すでに日本は世界でも有数の格差大国で、それは、とりわけ高齢者の間で開く一方だというのだ。

■介護サービスも受けられず

 千葉県在住の浅田容子さん(56)=仮名=の母、栄子さん(80)=同=も、夫の死後は厳しい生活を強いられた。夫は福岡で会社を経営していたが、17年前に突然死。長男が後を継いだものの、不景気のあおりを受けて倒産した。あとには数千万円の債務が残り、連帯保証人になっていた栄子さんと容子さんは、自己破産するしかなかった。

「その後は母を千葉に呼び寄せ、うちの近くにアパートを借りました。母も清掃の仕事をしていたけど、月に7万円稼ぐのがせいぜい。そのとき、まったく年金にも入っていないことを知りました。家賃が5万ですから、私が面倒を見るしかありません」(容子さん)

 栄子さんは昨年、転倒して骨折。入院中に認知症も発症した。介護認定を受けたところ、要介護1。グループホームにも入れず、自宅で見るしかないという状態になっていた。

「夫は定年になって別の仕事をしていますが、うちも生活はかつかつ。お金がないのは本当にせつない。世の中、金持ちでないとじゅうぶんな介護さえ受けられないんだと、絶望的な気持ちになりました。病院に泣きついてソーシャルワーカーに話を聞いてもらったら、介護度認定見直しによって要介護2になって。さらにケアマネージャーを紹介してくれ、生活保護を申請するよう教えてもらいました。生活保護がおりれば、グループホームの費用もまかなえる。それを知って、ようやくほっとしました」

 今、生活保護受給の報せと、グループホームが見つかるのを待っている。

「自宅で母の面倒を見ていますが、私も仕事があるので、ずっと一緒にはいられない。認知症を発症した母は人格も変わり、怒ってばかりいます。食事を用意して出かけると、『エサを食べさせられている』と文句を言うし。先日も、『いっそ殺してくれ』と言うので、『殺せるものなら殺したいわよ』と言い返して号泣してしまいました」

 容子さんの目から涙がぼろぼろこぼれる。仕事に家事に介護。自分たちの生活だけで手一杯なのに、認知症の母の面倒を見なければならないつらさが伝わってくる。それでも、母をグループホームに入れるあてができただけ、まだマシなのかもしれない。

 千葉県船橋市内の在宅介護支援センターでソーシャルワーカーをしている関山美子さんは、同様のケースが増えていると話す。

「国民年金をもらえたとしても、それだけでは生活保護以下の生活しかできません。そこから消費税や保険料を払わなくてはいけない。結果、介護サービスは、それを受けるべき状態の高齢者が受けられない。貯金を取り崩しながらつましい生活をしている高齢者は本当に多く、生活保護基準以下で暮らしている例も少なくありません。けれども、多くは『御上の世話になるわけにはいかない』『生活保護だけは受けたくない』と頑(かたく)なにおっしゃる。『誰にも迷惑をかけたくない』『貧しいのは自分の責任だ』という言葉を聞くと、とてもせつなくなります。私の立場では、お金がないために病院に行けず、介護サービスも受けられずに命を落とすくらいなら、生活保護を受けたほうがいいとしか言いようがありません」

■厚生年金をもらっていても

 昔は経済が右肩上がりで、高齢者は医療費無料という時代もあった。いざというときには子どもたちが何とかしてくれた。だが、今は子どもたちも非正規雇用が増え、生活に余裕がない。長生きする親と、不安定な生活の子どもたち。そのうち老老介護となって共倒れになる恐れもある。

 実際、高齢の母と娘が同居しているケースも増えている。娘は非正規で働きながら、体の弱ってきた母を支えるしかない。高野美穂さん(51)=仮名=が力なく口を開く。

「短大を出て就職したけど、20年前、過労で体調を崩して退職。結婚を考えていた彼ともうまくいかなくなって……。療養後、再就職しようとしましたが、不景気だったので、正社員にはなれなくて。それ以来、アルバイトでしか働いていません。今は80歳の母の国民年金と私のバイト代、合わせても20万にならない。そこから家賃を払うと、残りは11万あるかないか。光熱費や健康保険料、介護保険料を払うと、食べるのがやっとです。母も、今はまだ自分のことはできるけど、この先、病気になったらどうしたらいいのか……」

 母親が病気になったりケガをしたりすれば、一気に生活は立ちゆかなくなってしまうだろう。美穂さんはときどき将来への不安に耐えきれなくなり、過呼吸に陥ることがあるそうだ。

 では、厚生年金さえもらっていれば生活は安泰なのかといえば、そんなことはない。人生は「まさか」の連続だ。

 都内在住の坂口亮一さん(69)=仮名=は、同い年の妻と息子(40)の3人暮らし。長女は結婚して北海道にいる。

 高校卒業後、とあるメーカーに就職し、60歳の定年まで無事に勤め上げた。大手企業ではなかったから給料は高くなかったが、妻もパートで協力、ふたりの子は大学を出してやることができた。退職金は1000万円ほど。うち500万は自宅のローンの支払いに消えたが、やりくり上手の妻は800万ほど貯金をしておいてくれた。そして、坂口さんは定年後も関連会社で、嘱託として働いた。

「60代後半になったら年金も入ることだし、仕事は週に3日くらいにして、夫婦で旅行をしようと話していたんです」

 だが、65歳になり、ようやく年金が入るようになると同時に、妻が倒れた。心筋梗塞だった。手術を3回もおこなって一命はとりとめたが、入院、転院を繰り返すことになる。

「妻が入っていた医療保険は給付額1日数千円と少なく、貯金を取り崩していくしかありませんでした。しかもその頃、結婚していた息子が離婚して、ひとりで出戻ってきたんです」

 息子は自宅に帰ってくるや、仕事もやめ、ひきこもるようになった。坂口さんは妻の看病に忙しく、息子の様子にまで気が回らなかったという。

「そのうち仕事を探すだろう、今は疲れているのだろうからそっとしておこう、と思ったのが間違いでした。息子は養育費を払うと言いながら、働いてもいないから払えず、結局、私が払うしかなくなったのです」

 妻が蓄えてくれた貯金は、みるみる減っていく。そのうち、家に置いてあったお金がなくなっているのに気づいた。息子である。坂口さんは、何度も息子に「仕事を探せ」「具合が悪いなら病院へ行け」と言ったが、息子はのらくらとしているだけだった。

「妻は今、リハビリ病院にいます。高額療養費制度などを利用していますが、それでも、あれこれ含めると月に6万円以上かかります。妻が倒れてからは年金だけの生活で、月に20万円になりません。息子が払うべき養育費が月に3万円。息子にせびられて1万、2万と渡すこともあります」

 小さな声で、坂口さんは話し続けた。妻が倒れて4年で、彼自身4キロも痩せたという。食事は自炊しているが、妻の料理とはほど遠い。安い米を手に入れ、閉店間際のスーパーで安くなった総菜を買う。60代とは思えないほど皺の多い疲れた表情に胸が痛む。

■相談することもできない

「息子との諍(いさか)いも増えています。『そろそろ働いたらどうだ』と声をかけると、『仕事を探しに行くから金を貸してほしい』と言う。『ちゃんと探しているのか』と叱ると、のそっと私の前に立つんです。今にも殴られそうでね。警察にも相談しましたが、誰かに危害を加えたわけではないので、いかんともしがたいと……。こんな息子になってしまったのも、私たちのせいなんだと思います」

 預貯金はすでに200万円を切っている。妻の病気が長引けば、坂口さんの生活が破綻するのは目に見えている状態だ。

「預金通帳を見るたびに心臓がどきどきするほど、不安でたまりません。妻は私が行かないと食事もとらない。少し認知症が入ってきているかもしれない、と医者に言われました。だけど、もう看病だけしてはいられない。元いた会社にすがりついて、半年前から関連会社で週3日、働かせてもらっています。月に7万円くらいにはなるのですが、それを知った息子にせびられて困っています」

 坂口さんは大きなため息をつくと、「どうしてこんなことになってしまったのか」とつぶやいた。1000万円を超える貯金があったとしても、夫婦どちらかが大病をすれば、あっけなくなくなってしまうのが現実なのだ。

 しかも、こういったケースでは、まだ生活が完全に破綻していないので、どこかに相談することさえできない。坂口さんも、妻が倒れてからは親戚づきあいをほとんどしていないし、病院の相談窓口に行ったこともないそうだ。

「他人に迷惑をかけたくないから」

 今まで社会を支えてきた人たちが、そうやって社会と縁を絶つように孤立していく。彼の場合、息子のことも頭痛のたねだが、誰にも相談できていない。

 厚労省が目安として発表している厚生年金の平均給付額は、約22万7000円。だが、総務省の調査によれば、高齢者世帯の消費支出の平均は約23万4500円にのぼる。最低限の消費支出に、年金がついていっていないのだ。

 しかも、高齢になれば健康を損ねる確率も高くなるし、オレオレ詐欺にあったり、投資だと騙されて預貯金を預けてしまうケースも増えていると、前出の藤田さんは言う。厚生年金だけでは、不慮の事態にはとても対処できない。

 河合克義・明治学院大学社会学部教授は、根本的には、年金制度の水準が低いことが高齢者の貧困を深刻化させていると言う。

「年金額が実質引き下げられていますし、国民健康保険や介護保険など、払わざるを得ない保険料が、生活をさらに圧迫している。それを支える家族も、ぎりぎりの生活をしていることが多い。貧困状態にある高齢者は他者との交流が少なく、生きがいをもっていないケースがよくあります。人間は、ただ生きるだけではなく、たまには旅行に行ったりコンサートに行ったりするような生活をすべきなんです。それが憲法に謳われている『健康で文化的な最低限度の生活』のはず。今は、その権利が崩れ去っていると思います」

 高齢者の貧困問題は、まだまだ表層に出てきていない。しかし、ギリギリの生活に不安を抱えながら、黙って耐えている人が大勢いる。それは、明日のあなたの姿かもしれないのだ。

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* 亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年、東京生まれ。明治大学を卒業後、フリーライターに。幅広く社会問題に取り組む中でも女性の恋愛や生活、性をテーマとした著作を数多く刊行。『女の残り時間』『救う男たち』など著書多数。
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