FC2ブログ

日本の貧困と格差(中篇) 

★日本の貧困と格差(中篇) 「『貧困の連鎖』から抜け出せない『子どもたち』」――*亀山早苗(ノンフィクション作家)***「週刊新潮 2015年4月2日号 掲載記事」より転載.
.
 これからの日本を担う子どもたちの6人に1人が貧困に喘いでいるという。元来、子どもの可能性は無限大のはずだが、貧しく教育への関心が低い家庭で育つと、学力も自己肯定感も低いままになる。そうして「連鎖」する貧困が今、日本の未来に暗い影を落とす。

 ***

「週に2回しかお風呂に入っていない」

「ごはんは給食がメイン。夜は菓子パンひとつ」

「朝は食べない。夕飯はごはん1杯とふりかけだけ」

 これが18歳未満の子どもたちの声だと信じられるだろうか。21世紀の今、あなたの隣で現実に起きている事態だと想像できるだろうか。日本は今、18歳未満の子どもの6人に1人が貧困だと言われているのだ。

「今日はごちそうが食べられるんだ」

 ボランティアで子どもたちの勉強を見ているTさんに、中学1年のタダシ(13)=仮名=がそう言った。手には300円が握りしめられている。待ち合わせたファストフード店でハンバーガーとコーラを買い、うれしそうに食べ始めた。育ち盛りにそれだけでは足りないだろうと、Tさんが何かごちそうしてあげると言ったが、タダシは頑なに拒否。足りると言い張った。

 彼は幼いころ両親が離婚。母方の祖母とふたりきりで、6畳1間の木造アパートに暮らしている。祖母の年金は6万円弱。アパート代は叔父が払っている。ときおり実母が送金してくるようだが、食べるのがやっとの生活だ。本人は詳細を話さないが、Tさんによれば、

「給食がいちばんの栄養源だから、実際、夏休みは少し痩せていましたね」

 昼間は芝居の稽古、夜は居酒屋でアルバイトをしながら暮らすヨウコ(21)=仮名=もまた、父母が離婚し、母とふたりきりで貧しい生活を送ってきた。

「母は昼も夜も働いてましたね。夕飯はいつもコンビニで菓子パン買って食べてた。学校行事に母が来たことなんてない。私は学校でいつも『臭い』『汚い』といじめられてた。遠足のときだっておやつもなくて……、先生がおやつをくれたこともあったなあ」

 それでも、育ててもらってありがたいと思わなくちゃいけないんだろうけどね、と笑う。実際には、夜中に男を引っ張り込んで喘いでいる母が嫌でしかたなかった、とつぶやいた。

 悪い仲間とつるむようになり高校を中退、家出を繰り返した。夜中の繁華街をほっつき歩き、男とホテルへ行ったこともある。風呂に入れてごはんを食べさせてもらい、あげく小遣いをもらえるなら、「ウリ」も悪くないとさえ思った。家に戻っても貧しい暮らしが待っているだけだから……。

「私は小学校のころ、自殺願望がマックスだった」

 そう言うのはヤスコ(23)=仮名=だ。父は遠方に単身赴任、母のもとに生活費は送られてこなかった。

「給食だけが頼りだった。家で夕飯を作ってもらったことがなく、お腹がすいて野草を食べていました。いちばんおいしいのはクローバーの茎。友だちの家に行くと、キャットフードやドッグフードも食べてた」

 明るくそう話す彼女の顔を、私はまともに見ることができなかった。

 日本で格差社会が広く認識されるようになったのは1990年代のこと。そして2006年、経済協力開発機構(OECD)が対日経済審査報告書で、日本の相対的貧困率がOECD諸国中、アメリカに次いで2位だと報告した。政府は09年、相対的貧困率について初めて大々的に発表し、このときの調査で、子どもの6人に1人が貧困状態にあると推測されたのである。

 前回(日本の貧困と格差(前篇) 「年金では生きていけない赤貧の現場」)も書いたが、相対的貧困率とは、所得が国民の平均値の半分に満たない人の割合。12年の場合、2人世帯で可処分所得が173万円未満、4人世帯で244万円未満の世帯の子どもがそれに当たる。国立社会保障・人口問題研究所の社会保障応用分析研究部長である阿部彩さんは言う。

「大人の社会に格差が存在するなら、当然、子どもの間にも生じます。日本の子どもの貧困率は徐々に上昇していて16%になっている。この数値はOECD諸国の中でも高いことに加え、母子世帯の貧困率が突出して高く、特に母親が働いている母子世帯において高いと報告されたのです」

 日本の母子家庭では、母親の8割以上が働いている。この数字もOECD諸国の中で突出して高い。つまり父親や国からの援助が少ないのだ。日本では子どもの貧困は、そのままシングルマザーの貧困なのだ。現在、シングルマザーは108万人いると言われ、その平均年収は223万円。ちなみにシングルファーザーは380万円。子どもがいる世帯全体の平均年収658万円に対し、シングルマザーのそれは約34%で、シングルファーザーは約58%(11年母子世帯等調査)。シングルファーザーの世帯も経済的に苦しいが、シングルマザーの苦境は察するにあまりある。

■DVが絡んでいる

 もちろん、シングルマザーは以前からいるが、昔は今よりも、彼女たちを社会が支えていた。

「離婚した母親には、給食の調理員とか学校の用務員とかの仕事があったものです。社会がどんどん効率化され、そういう仕事がなくなってしまったんですね」(阿部さん)

 バブル直後に離婚が増加したとき、シングルマザーを積極的に採用する企業もあった。理由は「シングルマザーのほうが若い女性より一生懸命に働くから」だった。以前はそういう立場の女性を応援する社会の許容度が、今より高かったと思われる。しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事長の赤石千衣子さんも言う。

「シングルマザーの7割が、生活が苦しいと言っている。母子家庭の半数が貯金50万円以下という状態。年金や健康保険に未加入の人も1割います」

 さらには、約8割が電気やガスを止められた経験があるというデータもあるが、どうしてそれほど生活が苦しくなるのか。親元へ帰ればいいじゃないか。我慢して離婚しなければよかったじゃないか。そう思った読者諸氏、実は、多くにDVが絡んでいるのだ。子どもがいて生活の見通しもたたないのに、単なる女性たちのわがままで離婚するケースは少数だといっていい。

 北関東に住むヨリコさん(35)=仮名=は、26歳のとき2歳年上の男性と同棲。すぐに妊娠して結婚した。

「優しかった夫が、気に入らないことがあると目の前でモノを壊したりするようになったんです。私が友人と連絡をとるのも嫌がって、携帯電話のメモリを全部消されたことも。最初に暴力をふるわれたのは些細な口げんかからでしたが、その後、なし崩しに殴ったり蹴ったりするようになった。一度はお腹を蹴られて流産しかかりました」

 彼女はある国家資格をもって働いていたが、流産の危機で入院。仕事も辞めざるを得なくなった。入院中に、夫が家にデリヘル嬢を連れ込んでいたこともわかったが、それでも「子どもが生まれれば変わってくれる」と信じていたという。

 だが、息子が生まれても夫はまったく世話をしない。あげく借金が発覚。それでも夫のギャンブルや浮気は止まらない。同時に暴力は加速し、ヨリコさんは常に全身打撲の状態だった。

「子どもを検診に連れていったとき、困っていることはないかと役所の方に聞かれ、夫に暴力をふるわれると話したんです。そこでDVについて教わってやっと、それがいけないことだとわかりました。姑に相談しても『夫に暴力をふるわれるのは嫁がいけないから』と言われ、私の我慢が足りないんだと思っていた」

 あとから、実は姑も舅から暴力をふるわれていたことを知った。それを見て育った夫は、女は力でねじ伏せればいいと思い込んでいたのだろう。

■貧困は連鎖する

 その後、仕事を辞めて彼女を見張るようになった夫から、「殺してやる」などと脅され、ヨリコさんは心身ともに追いつめられていく。ついにある日、10カ月にもならない息子を抱いて逃げた。気づいて追ってきた夫に後ろから蹴られ、玄関に置いてあったバットが息子に振り下ろされそうになったとき、彼女は必死に息子に覆い被さった。そしてバランスを失った夫を突き飛ばし、息子を抱いて飛び出した。走りながら携帯で110番に通報し、目についた一軒家に走り込んでかくまってもらったのち、警察に保護される。

「全身の写真を撮られ、アザだらけで肋骨も2本折れていました。その日は友だちの家に泊めてもらい、翌日、シェルターに行きましたが、入ったとたん、ほっとして涙が出ました」

 DVシェルターで2週間をすごし、隣県の実家におそるおそる戻ったが、両親はともに病気療養中。物心ともに頼るわけにはいかず、寮のある水商売へ。だが、DVの後遺症で、ものが壊れる音や男性の大きな声が聞こえると、耳鳴りや吐き気がひどくなる。フラッシュバックにも苦しみ、リストカットを繰り返した。

「接客することもできなくなり、困り果てて生活保護を受けたいと役所に伝えました。『資格もあるし、両親もいるから無理』と言われましたが、後日、友人が役所に付き添ってくれ、私の手首の傷を見せて、『自殺未遂を繰り返している彼女を見捨てるんですか』と」

 こうして半年ほど生活保護を受給したのち、もとの国家資格を生かせる仕事に復帰。だが、心身の不調は続き、何度も仕事を辞めざるを得なかった。子どもに食事を作ることもままならず、ご飯と具のない味噌汁で数日しのいだことも。息子の成長が同じ年の子に比べて遅いと思い込み、自身を責め続け、摂食障害になった時期もあった。

 子どもが4歳になったとき、とうとう彼女は児童相談所と話し合って息子を施設に預けた。まずは自分の心身を立て直すことにしたのだ。そしてこの春、ようやく子どもを引き取れるまでになった。

 DVを受けた期間は1年でも、その後、立ち直るまでに7年近い月日を要している。その間に貧困は定着していく。だが、シングルマザーの貧困は、その世代だけではおさまらない。

 学歴だけで人生は決まらないときれいごとを言っても、高校ぐらい出ていないと就職もできない。高校中退で正規職員になれないシングルマザーは教育費も捻出できず、子どももまた低学歴になる。

「その負の連鎖が怖い。しかも今、子どもを救わないと、経済的な損失が大きくなります。その子たちが大きくなったとき、きちんと税金を払えなければコストがかかるだけ。だから今、投資するべきなんです」(阿部さん)

■継続的に働ける社会を

 実際、取材を進めてみると、親が貧困状態で教育に関心がない家庭では、子どもも勉強する習慣をもてないことが多い。

「私がそうでした」

 と、アケミさん(25)=仮名=は言う。

「3歳のとき両親が離婚して、母と年子の妹の3人暮らし。父は気が向くとお金を送ってきたようですが、ぎりぎりの生活でした。なんとか食べることはできても、母は『女の子は勉強なんかしなくていい』と。地元の最低レベルの商業高校を卒業して、契約社員として大手企業に勤めました。すると周りの正社員は女性もみんな大卒。私は営業アシスタントの仕事だったけど、いつまでたっても仕事の内容がわからないし、周りの女性たちの話についていけない。いかに自分が勉強してこなかったかがわかった。それまでは同レベルの人たちとしか接してこなかったから、これでいいと思っていたんです」

 母と同じような人生は送りたくないと一念発起。仕事をしながらひとりで受験勉強を重ね、ついに3年前、大学に合格した。

「これでやっと貧困の連鎖から抜けられる。やはり人間は、基本として知識がなければ、自分を変えることはできないんだと思う。環境を変えるきっかけがあったのは幸せでした」(同)

 しかし、貧困家庭で育った、学力も自己肯定感も低い子どもたちの中で、アケミさんのように“貧困の連鎖”から抜け出ることができたケースは例外的だ。

 子どもたちを貧困から救い出すもっとも簡単な方法は、経済的支援だが、教育支援もまた重要だ。ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんが言うように、「1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。教育こそがただ一つの解決策」という面があるのかもしれない。

「公立の学校は高校まで無償化されたけど、それはあくまでも授業料だけ。制服、体操服、鞄、靴など、学校生活全般に意外と費用がかかるんです。母子家庭にはそれがきつい」

 前出の赤石さんが言う。

 シングルマザーたちの多くは、パソコンを買う余裕もないため、情報が行き届かないことも多い。

 現在、就学援助の制度を使えば給食費が出るし、さまざまな団体が食料支援をしている。月に何度か子どもたちを招いて無料で食事をさせる「子ども食堂」の輪も広がっている。塾に行けない子どものための無料塾も、自治体ボランティアやNPO、あるいは完全に有志によるものなど、さまざまだ。しかし、こうした救済ネットの存在を知らない人もいる。

「そうした情報を知っている人は、ちょっとおせっかいでも、知らなそうなシングルマザーに知らせてあげてほしい。また、シングルマザー側も、助けが必要なら声を上げてほしい」

 自身もシングルで子どもを育てた経験のある赤石さんが、切々と訴える。

「日本のシングルマザーの就労率は世界的に見ても非常に高い。年配の人たちは、ほんの少しでいいから温かい目を注いでください」

 そこには、非正規社員として働く女性たちの現実も見える。就労率こそ高くても、契約社員として働きながら日給が時給になり、収入は右肩下がりになる。あるいは、派遣社員として働くものの、年を追って仕事がとれなくなる。

 ある研究によると、社会経済的な階層の下位4分の1に属する子どもが、毎日3時間以上勉強して得られる学力は、上位4分の1に属してまったく勉強しない子どもの平均より低いという。こうして貧困の連鎖はやまない。

「本来は女性が継続的に働けて、賃金格差がない社会にならないといけない」

 赤石さんがそう言うように、貧困家庭の就労状況を改善し、加えて経済支援をすることが、子どもの貧困率を下げるうえで欠かせない。だが、今の日本の財政状況で、どこまで可能だろうか。放置された貧困は連鎖しつづける。それが将来の日本に暗い影を落とすことだけは間違いない。

 ***

*亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年、東京生まれ。明治大学を卒業後、フリーライターに。幅広く社会問題に取り組む中でも女性の恋愛や生活、性をテーマとした著作を数多く刊行。『女の残り時間』『救う男たち』など著書多数。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

としとんどん

Author:としとんどん
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード