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日本の貧困と格差(後篇) 

★日本の貧困と格差(後篇) 「風俗でも抜け出せない『独身女性』の貧困地獄」――*亀山早苗(ノンフィクション作家)***「週刊新潮 2015年4月9日号 掲載記事」より転載.

「女性の活躍」をめざす安倍政権下で今、独身女性の多くが貧困状態にある。晩婚化が進み、離婚率も上昇。働きつづけなければならない女性は増えているが、正社員など夢のまた夢。AVや風俗に身を投じたとしても、赤貧から抜け出せないでいる。
 
 ***

 東京のとある下町。駅から3分の場所にある女性専用シェアハウス。エリコさん(33)=仮名=はここに住んでいる。現在、スーパーと弁当屋でアルバイトをかけ持ちしているが、月収は約11万円だ。

「ここは光熱費込みで家賃4万5000円。だからなんとか暮らしていけるんですけどね」

 彼女の個室に案内された。いまどき珍しい3畳だ。座る場所にまごついていると、折りたたみマットレスの上を勧められる。小さなテーブルがひとつ。段ボールが5つほど重ねられ、小物や衣服はすべてそこにしまってある。

 地方の高校から東京の大学へ。卒業後は正社員として就職。そこまではごく普通の人生だったが、

「上司のモラハラがひどかった。今だからモラハラだとわかるけど、当時は自分がいけないんだと思い続け、ストレスから胃腸炎になって血を吐いて……。仕事は続けられなかったですね」

 3年で退職。だが実家には戻りたくなかった。子どものころ、継父から性的虐待を受けたことがあるからだ。継父は罪滅ぼしの思いからか、進学費用は出してくれたが、彼女は心の中で実家と縁を切っている。

「3カ月ほど失業保険をもらいながら療養し、元気になったので、いざ就職活動をと思って張り切ったけど、働く場所はなかった」

 数カ月で30社あまりを受けたが採用されず、派遣会社に登録。正社員への道を模索しながら仕事をしていたものの、派遣切りが社会問題になった6年ほど前、彼女も仕事を失った。

「自分は生きる価値がないのかと落ち込みました。それからは派遣会社に登録するのが怖くなって、アルバイトをかけ持ちしています。30代も半ば近くなってこのままでいいのかと、常に不安と焦りがある」

 シェアハウスには、人生を語り合える友人はいない。

「もう一度、正社員として働きたい。そのためのキャリアアップもしたいけど、今は余裕がない。マイナスのスパイラルに陥っていることはわかっています」

 役所に相談に行ったこともある。もっと努力するように言われたそうだが、

「どうやって努力すればいいのか、もうわからない」

 彼女は小さい声でそう言い、ため息をついた。

 2012年の国税庁の調査によれば、女性の平均年収は268万円。一方、男性は502万円で、男女の賃金格差は驚くほど大きい。今なお、女性の労働は「家計の助け」としかとらえられていないのだろう。

 だが、現実の社会では、晩婚化、非婚化が進むとともに、離婚率も上昇。女性も働きつづけなければ生きていけなくなっている。安倍内閣は「すべての女性が輝く社会づくり」を掲げている。しかし、収入が男性の半分しかなければ、女性が社会で活躍するとか、自立するとか、そんなことは不可能ではないか。

「小さな会社なので、年収は300万円に届きません。老後のためにとマンションを買ったけれど、手取り額が年々下がるので、ひたすら食費を切りつめてローンを支払っている。何のために働いているのか、わからなくなってきました」

 独身のマホさん(40)=仮名=はそう嘆くが、正社員だからまだマシだ。日本の女性は非正規雇用で働く人の割合が54%と高く、男性の2倍以上に当たる。しかも、エリコさんのように一度「正社員」の道から外れると、二度と復帰できないケースも珍しくない。

 したがって、働く世代の単身女性のほぼ5割が年収200万円以下。うち3割強の110万人は、114万円未満の貧困状態に置かれているというのだ。

 NPO法人「ほっとプラス」代表理事で、社会福祉士の藤田孝典さんは言う。

「日本の貧困率が上がった要因は、1985年に労働者派遣法ができ、それがいろいろな業種に広がっていったせいだとする説があります。それ以外にも、家族の形態が変わったり崩壊したり、会社の福利厚生が減少したりと、いろいろな要因があると思います。いずれにしても、日本人の貧困化は、明らかに10年前より進んでいて、まったく歯止めがかかっていません。特に独身の若い女性は、企業でパワハラを受け、精神疾患にかかって退社し、そこから人生が変わってしまうことが多いですね」

■AVでも稼げない

 かつて、AV(アダルトビデオ)業界が、貧困にあえぐ女性たちの受け皿になっている、と言われたことがある。だが、今やこの業界も厳しいと話すのは、モデルエージェンシー「ハスラー」社長のミュウさん。

「ここ数年、女優への応募は増えていますが、求められる容姿のレベルは年々上がっています。今では20代でも、『ちょっとかわいい』くらいじゃダメ。AVがだめならと風俗へ行っても、市場は同じなので、容姿がハイレベルでないと稼げません。人気のある子だって、AV1本に出演しても15万円くらいにしかなりませんから、仕事がコンスタントになければ食べていけません」

 かつてはAVで当てれば、自分で店をもつことや事業を起こすことができたが、最近のギャラではとても無理なのだそうだ。

「AV女優のギャラが、1本2万円という話も聞きます。それでも仕事を受けてしまう子がいるから、どんどん価格破壊が生じているんです」(同)

 だが、安いギャラを受け入れたとしても、20代も後半になると活躍するのはむずかしい。「若さ」と「美貌」を売りにしなければやっていけない業界では、年齢が大きなネックとなる。

 AVがだめなら、最近増えている激安の性風俗はどうなのだろう。風俗産業は市場規模が5兆円、女性従業員(素人の援助交際は除く)が全国で約5万人にもおよぶと言われる。

 そこに7年前のリーマンショック以降、格安店が激増した。たとえば、「ブス、デブ、ババア」と謳って業界を席巻したデリヘル「鶯谷デッドボール」。客のみならず、仕事を求める女性たちが今、足を運んでいる。

「総監督」と呼ばれるオーナーは36歳で脱サラ、少ない資金で開業できるデリヘルを6年前に始めた。この業界、女性を集めるのが大変だと“修業”した店で実感したが、大変なのは女性の“レベル”を保つことであって、「だったら応募者をみんな雇ってしまえ」という結論に。身分証明書さえあれば、よほどのことがない限り誰でも雇い、彼女たちの個性を売りにする。

「女性に稼いでもらいたいし、私も儲けたい。とにかく貧困に陥っている女性は多いですね。うちは待機所としてマンションを借りているのですが、行くところがなくて、そこに住み込んでいる女性も何人かいます。自立を促すのですが、一度貧困に陥ると、なかなか脱することができない。それは実感しています」

 デリヘルでは初めて、へアメイクの専門家も雇っている。努力して自分を少しでもきれいに見せれば、客も多くつく可能性がある。

 彼の案内で事務所へと足を運び、待機所に住み込んで1年余りのAさん(44)と顔を合わせた。体型は太めだが、ハーフかと思うほど彫りの深い顔立ちで、若い頃はさぞ美人だっただろうと想像できる。ただ、表情がどこか暗い。最初は口数が少なかったが、ふたりきりになると徐々に口を開いてくれた。

■モチベーションがない

 関東某県で生まれた彼女は、10代後半で家出を繰り返し、19歳でできちゃった結婚。遠方へ移り住み、両親とは縁が切れた。

「子どもが生まれて親とも少し距離が近くなったけど、夫は仕事を転々として生活は苦しく、5年ともたずに離婚。ふたりの子は夫が手放さなくて、私は単身で関東に戻ってきました」

 26歳で再婚し、それを両親に知らせると、「親でも子でもない」と電話を切られた。再婚相手は暴力がひどく、数年で別れた。30代前半で再々婚をするが、またもDVに苦しめられ、36歳で独身に戻る。

 かつて女性にとって、結婚は生活するための術でもあった。「結婚が就職」と言われたゆえんだ。が、就職が終身雇用につながらなくなったのと同じように、結婚もまた終身続くとは限らない時代になっている。

 彼女はそれ以来、昼は近所の工場で梱包作業、夜はお好み焼き屋で働いてきた。それでも、手取りはせいぜい16万円程度。家賃5万円を払ってつましい生活を送っていたが、1年半ほど前、膝を悪くして働けなくなった。貯金も数カ月で底をついた。

「仕事を探したけど見つからない。そんなとき、友だちがここを教えてくれたんです。誰でも雇ってくれるならと面接を受けたら、雇ってもらえて」

 周りの女性たちに教わったり、客に教えてもらったりして技術を覚えた。お金がなかったから、仕事の内容に抵抗を覚える余裕すらなかったと言う。2時間かけて店へ通ったが、交通費はかかるし、夜遅くまで仕事もできない。そこで店に住み込むことにした。

「最初は月13万円くらい稼げていたけど、最近は6万円程度。ここにいると家賃も光熱費もかからないし、誰かしら食べ物を持って来てくれたりするので、がんばらなくても生きていけちゃうんですよね。総監督には先週も、思い切り説教されました。そんなに自分に甘いといつまでたっても自立できない、と。わかっているんです。貯金もないし、将来を考えると不安だらけ。だから、がんばらないといけないんだけど」

 ぽつぽつと語り、ときに目を赤く潤ませる彼女の気持ちが、不安定な収入でなんとか暮らしているバツイチ独身の私には、手に取るようにわかった。彼女は親とは縁が切れたまま。最初の夫のもとに残してきた子どもたちも、行方がわからない。「がんばるモチベーション」がないのだ。

 それでも彼女は、

「生活保護だけは受けたくなかった」

 と言う。だからこそ、この風俗に流れ着き、自立を目指したはずだ。生きる気力を奮い立たせるためにも、小さくてもいいから目標設定をしてみようよと、私は彼女に、祈るような気持ちで話しかけた。

「今日で5日、お客さんがついてない」

 そう言ったAさん、あれから、何か目標は見つかっただろうか。

 同じデリヘルで働くBさん(42)はどうだろう。昼の仕事をしていたが、病気になって透析治療を余儀なくされた父親を送り迎えする必要が生じ、時間の自由が利くこの仕事に移ってきたという。だが、

「がんばって、ひと月に平均30万円近くは稼いでいるけど、家賃を払いながら父と生活していくのはラクではありません。私の体調が悪ければ、とたんに収入は激減するし、何の保証もありませんし」

 客の指名が殺到するごく一部の「売れっ子」を除けば、今や思い切って風俗業界に身を投じても、貧困は解消しない。あるいは、業界に受け入れられたとしても、仕事を続けられないケースが多い。そこには別の問題も絡んでいる。

「貧困に陥っている独身女性の相談は増えていて、子どものころ親に虐待されたり、学校でいじめにあったりと、環境がよくなかった人が多い。全人的に認められた経験がないので、せっかく仕事に就けても、ちょっと優しくしてくれる男性が現れると貢いでしまったり、仕事を辞めてしまったりする。“毒親”という言葉が出てきて顕在化しましたが、親との関係が悪い人も驚くほど多いんです」(前出の藤田さん)

 結局、育った家庭環境の影響から自由になれないのだ。こうして社会が階層化し、男性と出会えたとしても、同じような境遇の人ばかり。いつまでも貧困から抜け出せない。

■生真面目な人ほど

 独り者の40代なら、まだ食べていけるかもしれない。だが、さらに年齢があがると、不安定な収入のまま、ひとりで親の介護まで担わなくてはいけない。

 50歳になるユカリさん=仮名=は、派遣で働きながら、母親とふたりで都内に暮らしている。母が受給する年金は国民年金のみ、それも月に4万円程度だ。ユカリさんの月収と合わせても、17万円ほど。狭いアパートだが家賃は8万円。光熱費を払うと、ぎりぎりの生活で貯金もできない。

「80歳の母は最近、あちこちが痛いと言うようになったけど、医療費を考えると病院にも気軽には行けません。せつないです。私も持病を抱えているので、これ以上は働けない。これでいざ介護となったら、どうすればいいんだろうと、不安でたまらない。親子ふたりで心中するしかないかもしれません」

 やはり、ユカリさんも生活保護は考えていない。不正受給が問題視される生活保護だが、多くの人は国に食べさせてもらおうなどとは思っていないのだ。つまり、生真面目な人ほど貧困から抜けられない。

 都会、特に東京は家賃が高い。衣食は切りつめることができても、家賃はどうにもならない。

「先進国では、所得が低い層に家賃を補助したり、公営住宅を提供したりするのが当たり前です。でも日本は、低所得層に分配するシステムが、生活保護を除いて整っていない。政府が大きく政策の舵を切って格差を是正していかないと、大変なことになる。個人の努力でどうにかなる時期はとっくに過ぎています」

 藤田さんの口調が熱い。

 若い女性、離婚して独身に戻った女性、未婚のまま熟年を迎える女性――。日本では今、あらゆる立場の女性にとって、貧困が他人事ではなくなっている。女性の労働が「家計の助け」だという意識を改め、男女の賃金格差を解消する。女性が安心して継続的に働ける社会にシフトする。そのために経済的支援も惜しまないことだ。そうしてはじめて、「すべての女性が輝く社会」が実現できるはずだ。

 3回にわたり、現代日本の貧困と格差について考えてきた。老年、子ども、女性。いずれの間でも社会の階層化と、貧困の固定化が進んでいた。また、昨日まで平穏無事な家庭生活を送っていた人が突然、貧困側に陥るケースも珍しくなかった。いったん貧困状態に陥ると、そこから抜け出るのは容易ではない。虐待やDVといった今日的な社会問題の多くも、実は、貧困と切り離せないことがわかった。今月から生活困窮者自立支援法が施行されるが、貧困問題の解決なくして、日本の社会の再生はない。そのことだけは明らかになったように思う。

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*亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年、東京生まれ。明治大学を卒業後、フリーライターに。幅広く社会問題に取り組む中でも女性の恋愛や生活、性をテーマとした著作を数多く刊行。『女の残り時間』『救う男たち』など著書多数。
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