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橋本治:「平和」の名の下に 

特集:この国はどこへ行こうとしているのか~「平和」の名の下に 作家・*橋本治さん
***「毎日新聞 2015/07/21 東京夕刊」より転載

 ◇「支持なし層」で政党を

 「今回の安全保障関連法案を巡る国会中継は、もう見る気がしないんです。去年までは、なぜこんなことにって思いがあったけど、どんどん議論の内容がひどくなるから、見てらんないんですよ」。東京・代々木。昭和の邦画ビデオの並ぶ棚が目を楽しませる仕事場で、作家の橋本治さんは不平顔だった。

 「今の政権は、ただ決めたことを説明するだけ。聞く側が納得するかは問題じゃない」。福島第1原発事故の避難指示が解除された区域への帰還を促す、国による住民説明会と似た構図だ。国が決めた方針を一方的に伝え、疑問や反論を一応は聞くが、決定は揺らがない。

 「お上とは命令するものだから、説明するだけまだいいだろうと。だから国民が疑問をぶつけても、『何か変な事を言っている』くらいで全然響かない。不動産契約で重要事項説明とかあるじゃないですか。紙にずらーっと書いてあって、こうですこうです、聞きましたね、よろしいですね、じゃあはんこお願いしますという、あれです」

 そして、矛先を「お上」の頂点に立つ安倍晋三首相その人に向けた。「戦争を扱う法案だから、突っ込んだ議論をするには細部の条項より、まずは総論を議論するしかない。それなのに辻元清美議員が『戦争とは何か』と総論を語ったら、『早く質問しろよ』って下品なヤジを飛ばす。ものを考えることを放棄して、恥ということが分からなくなっている。理性のバリアーがどこかへ行っちゃった」

 それは安倍首相の素の姿があからさまに表れた瞬間であると同時に、議論がかみ合わない日本の政治の象徴と見る。「旧来型の政治が、終わりに近づいているのだと思います」

 <とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏(いちょう)が泣いている 男東大どこへ行く>。全共闘世代の橋本さんは東大在学中、大学祭のポスターのために、こんなコピーを考え出した。政治の季節だった。

 29歳で、当時の女子大生言葉を多用した小説「桃尻娘」で作家デビュー。「春って曙(あけぼの)よ!」で始まる「桃尻語訳 枕草子」(1987年)をはじめ古典の現代語訳や、三島由紀夫、小林秀雄伝など労作を連発する傍ら、時代をわかりやすい言葉で切るエッセーで政治批判を続けてきた。

 「全共闘世代の闘士のような人たちは絶望しているから、大体政治嫌いになってますね」。自身も本来、政治を語る余技はしたくはないのだが、言わずにはおれないのだろう。80年代から一貫しているのは議論が成立しない国会、さらに国民の意見を聞かない官僚への落胆だ。

 議論が深まらないまま安保関連法案の成立を急いでいるのは確かに安倍政権だが、憲法危機とも言える事態に至ったことについて、国民の側にも責任はなかったか−−と問いかける。

 「『憲法9条を守れ』と言うけど、憲法判断を求めるさまざまな訴訟に対して『面倒くさい人たちが何かやってる』と冷たい目を向けてきたんじゃないかな。1票の格差で参院選が違憲状態という判決が出ても、多くの国民は『何も変わらない』とまひしたままだった。そもそも憲法は権力を縛るもの。なのに、一部の政治家同様、国民に指図するものだと思っている人だって少なくない。うがった見方をすれば、安倍政権は国民の憲法への無関心につけこみ、改憲前に中身を実質的にグダグダに弱体化して、憲法の精神を変えようとしているのかもしれない」

 とはいえ、安倍政権の基盤は必ずしも強固とは言えない。景気浮上策が問われた昨年12月の衆院選で、自民党は比例代表選で全有権者の約17%、小選挙区でも24%台の票しか得ていない。大多数の有権者は他党か、棄権に回ったが、安倍政権は「国民の信任を得た」と吹聴し、やりたい放題の国会運営を続けている。

 「支持政党なし層」

 それは、橋本さんの語りをまとめた91年7月発行の単行本「ナインティーズ」(小学館)で、力説されている言葉だ。91年といえば今から24年前、自民党政権下で、湾岸戦争が始まった年だ。

 変わらない自民党、社会党の下、70年ごろから日本で最大の政治勢力は「支持政党なし層」。欧州では市民が次々に新たな政党をつくっている。この際、既成政党を一切支持しない大多数が与党を目指し、いくつもの小さな政党をつくり、それぞれ自分たちの代表を立てたらどうだろう−−というのが大意だ。

 「91年? そんなに前でしたか」と頬を緩めた。「なぜ多くの日本人が今もそこに気づかないのか、不思議なんです」

 橋本さんの指摘からこの方、「支持政党なし層」は、日本のみならず世界の潮流だ。特に経済低迷の続く南欧や新興国では旧来型の一党支配や2大政党制が消えたか、絵に描いた餅と化している。一方、反政府デモに集まる人々や人気ブロガー、弱小政党が連合を組んで政権を取ったり、政治の中心に躍り出たりしている。

 「ギリシャもほぼ政党なしの状態ですからね。経済はだめでも、あの政治力、対外交渉力はなかなかですよ」。既成政党を国民が壊した点で、ギリシャは先を行っている。「2大政党がまだ残っているのは、政治家やその予備軍の頭の中が、19世紀の『社会主義か、そうではないか』という構造のままだからです。政治を自分たちがやる、自分たちの政党をつくるしかないって発想にいかないから」

 話は2010年に始まった「アラブの春」に飛んだ。「いわゆる『支持政党なし層』がネットで政治を変えたけど、新体制をつくれなかった。壊すまでは行っても、その先が続かないんです」。エジプトでは軍政に戻るなど混乱が続き、「民」が主役の政治は始まってはいない。新たな政治体制を構築するのは簡単ではない。

 では、真の多数派である「支持政党なし層」は政治の現実にどうあらがえばいいのか。

 「日本の首相って、実は思考がメチャクチャだって皆が気づけば、一気に内閣支持率が下がるかもしれないですね。ただ、このまま政治不信が広がると誰も何もしなくなる。やはり『支持政党なし層』がいくつも小さな政党をつくっていくしかないんじゃないかな」

 くしくも91年と同じ結論になった。裏を返せば、それだけこの国の政治状況は変わっていないということなのか。

 「国会の周りや道路をふさいだり、渋谷のスクランブル交差点がデモでいっぱいになったりするってこともあるかもしれないしね」。作家はまだ絶望していない。

【藤原章生】

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 ■人物略歴 *はしもと・おさむ:1948年、東京生まれ。東大文学部卒業後、イラストレーターを経て文筆業に。「蝶のゆくえ」で柴田錬三郎賞、「双調平家物語」で毎日出版文化賞受賞。最新作に「負けない力」。小林秀雄賞選考委員。
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