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映画『首相官邸の前で』11.29福岡上映会

★映画『首相官邸の前で』11.29福岡上映会

『単一民族神話の起源』、『<民主>と<愛国>』、『1968』などの著作で数々の賞を受けた歴史社会学者の小熊英二氏による初映像監督作品『首相官邸の前で』が、以下のように福岡でも公開されることになった。

日時:11月29日(日)、上映13:30~、トークシェア15:20~
場所:福岡市立中央市民センター視聴覚室
資料代:800円
主催:今を生きる会/玄海原発プルサーマル裁判を支える会
申込/問い合わせ:070-5276-1949(オオツ)



小熊英二監督 / オフィシャル・インタビュー

@原発事故後の東京を映像で残す

──まず映画を作ったきっかけは。

2014年の1月から3月に、メキシコの大学で講義をしました。そのときに、福島原発事故後の東京の状況を話しながら、インターネット上の映像を見せたんです。そうしたら、「とても興味深い」「全然知らなかった」という反応が多かった。それで、外国の人が観ることができる作品を作ったほうがいいな、と思ったんです。

──最初は外国の人に観せるために作ったと。

きっかけはそうです。しかし歴史家としていうと、日本では1960年代の出来事なんかも、断片的な回想記くらいしか残っていない。原発事故を東京で経験し、その後の経緯をみていて、これは記録しておかないといけないと当時から思っていました。だから社会学の立場から分析した本は、2013年に編纂して出しました。しかし、やはり映像は強いなとメキシコで実感したわけです。

──それで映像作品を作ったわけですか。

そうです。だけど、映画を作ったことはないし、映画を作りたいと思ったこともなかった。テレビ局とかが作ってくれていたら、やる必要はなかったんです。嫌味に聞こえるかもしれないけれど、「何で俺がこんなことをやらなきゃいけないんだろうな」と思っていました。

──それでも作ろうと思ったと。

ある種の義務感みたいなものはありました。まあ、歴史学者であり、社会学者ですから、記録はするべきだと思った。日本の人は自覚していないようですが、あの運動はNYのオキュパイ・ウォールストリートや日本の全共闘運動などよりずっと大規模でしたし、香港の雨傘革命や日本の60年安保闘争より成果をあげていた。それが記録されないまま忘れられるなんてことは、見過ごせないと思いました。

──「68年」より大きい運動だったとは意外です。

全共闘運動の最大の集会は、68年11月の東大安田講堂前で、2万人でした。同時期のベトナム反戦運動で最大のデモは、69年6月にべ平連(ベトナムに平和を! 市民連合)などが主催したもので、参加者は7万人でした。数からいえば、20万人が集まった2012年のほうがずっと大きい。また組織動員もなく官庁街を埋め、首相と会談し、時の政権に政策を変えさせた運動など、世界にほとんど例がない。NYでも香港でも、できなかったことです。メディアが大きく報道しなかったので、それがよく知られていませんが、記録することは必要と思いました。

@誰もやらないなら、自分がやればいい

──どういう形で製作が始まりましたか。

メキシコから帰って、いまも毎週金曜にやっている官邸前抗議の主催者に相談した。彼らは協力すると約束してくれて、撮影と編集の石崎さんを紹介してくれました。それで石崎さんと2014年5月に会い、「映画を作ろうじゃないか。監督と出資は俺で、撮影と編集は君だ」と私が言って、すぐ話が決まった。

──初めての映像制作で、スタッフ総勢2名というのは不安がなかったですか。

なかったです。「これはできる」という確信は最初からあった。本を書くときもそうですけど、最初からヴィジョンが見えているときは、実際にできるものなんですよ。

──でも、学者が映画を作るなんて、と普通は思いますが。

私はバンドをやっていて、自分でCDの録音やミックスをやったり、ディストリビューターに売り込んだりしたこともあった。だから、誰かが作ってくれるのを待つより、自分でやった方がてっとり早い、という姿勢は元からありました。だいたい、「誰かが記録するべきなのに、誰もやらない。だから日本はだめなんだ」みたいな姿勢は、みっともないでしょう。「誰もやらないなら、自分がやればいいじゃないか」という方がすっきりして好きです。またバンドの経験から、人数を増やすと面倒が増えやすいし、スピード感も落ちると思っていました。

──自分で出資したんですか。

それも面倒が嫌いだったからです。誰かに出してもらったり、クラウドファンディングをやったりすると、関わる人が増えるし、時間もかかる。だったら自分で全部出した方が早い。それにインタビューとネット上の映像から作るとすれば、そんなにお金はかからないだろうとも思った。自分で録音をやった経験からいって、いまはいい機材が安いから、高いスタジオを借りたりする必要もない、とも考えましたしね。実際に、石崎さんの持っているカメラとPCで十分だった。

@フラットに歴史を記録する

──進行はどんなふうに。

まず2014年5月から6月にかけて、ネット上で映像を探しました。それをざっと構成してみたら、5時間くらいになって(笑)。それを削って1時間あまりにして、使う映像を確定した。そして映像をアップロードしていた人たちにメールを出して許諾をとりながら、2014年秋からインタビューを撮影していった。そしてインタビューと映像を構成したら、7時間くらいになった(笑)。それを削って、だいたい形になったのが2015年2月。それから微調整をしたり、音楽や英語字幕をつけたりして、2015年5月に完成しました。

──作業の分担は。

私がやったことはインタビューと、各種の渉外、そして「この映像の何分何秒から何分何秒までをここにつないで」とか指示することでした。石崎さんは、インタビューを撮影したり、映像提供者にメールを出したり、私の指示に応じて編集作業をすることだった。最終形になるまでに、何回も削ったり構成し直したりしたので、石崎さんは大変だったと思います。英語字幕は、私がとりあえずつけて、官邸前抗議に来ているネイティブの翻訳者に校正してもらいました。

──英語力がおありなんですね。

いいえ、とても褒められた英語字幕ではなかった。だけど、「ここまでは自力でやった」という姿勢を示すことが大切だと思ったんです。いきなり丸投げで「お願いします」ではなくてね。「一緒にやろうぜ。俺はここまではやったけど、君の力がどうしても必要だ」という姿勢を示すと、意外と手伝ってもらえるものだと思いますよ。

──構成で意識したことはありますか。

予備知識ゼロの人にもわかるように、ということは意識しました。外国ではもちろん、日本でもあと20年もすれば、原発事故の経緯を知らない人が多くなる。結果的に言えば、地理的にも時間的にも、現在の日本からは距離のある人々の視点に立って編集したということですね。

──たしかに、距離感があるというか、淡々とした映画ですね。

音楽をたくさん入れて扇情的にするとか、特定のメッセージを打ち出すとかは、できるだけやらなかった。学者の作る作品らしく、社会科学的な視点もまじえて、フラットに歴史を記録したつもりです。

──これまでのドキュメンタリー映画と違うと思いますか。

単純に、ネット上の映像を集めて作るというのは、10年前ならありえなかった。また普通は、誰か主役を設定して、その人の日常生活や人物紹介を映してから、事態の経緯と人間関係を描くことが多い。そういうやり方はしないで、志向や地位や出身地のちがう男女4人ずつから、集合的な経験と声が浮かび上がるようにした。それは私が社会学者であって、ドラマ作者の発想ではなかったからかもしれません。

@個人の力ではなく相互信頼の力でできた映画

──外国の人に観てもらったことはありますか。

縁があった外国の大学や学会で、上映会をやってもらいました。その時に多かった反応は、「とてもパワフルなヒューマン・ドキュメントだ」「ネット上の映像を集めてクラウドソーシングした手法が新鮮だ」といったものと、「日本人に親近感を持った」というものですね。日本人というと、感情や意見を表に出さず、何を考えているのかわからないイメージがあったけれど、それが変わったと。「これは、もう一つの『クール・ジャパン』だ」という声もありました。おそらく外国の人で、この映画を観て日本が好きになる人はいても、嫌いになる人はいないと思います。

──映像の許諾はスムーズにとれたんですか。

許諾のとれない映像は使わない方針だったし、実際に使えなかった映像もあります。だけど、みなさん予想以上に、とても協力的でした。何回連絡しても返事がないというのはいくつかあったけれど、明確に断られたのは一件しかなかった。きちんと趣旨を説明したら、たいてい快く協力してくれました。「もう誰も見なくなって埋もれてしまっているから使ってください」とか、「あなたが自腹で出資しているなら」とか、そういう反応が多かったように思います。

──そんなにうまくいくものなんですか。

ドキュメンタリー映画というのは、対象にした人々なりコミュニティなりに受け入れられて、スムーズに撮影ができるようになるまでに時間がかかるものです。だけどこの映画の場合は、インタビューした人はここ数年の出来事のなかで知りあった人たちが中心だったし、映像提供者も私のことを知っている人が多かった。その意味では、どこかの映画会社とかが、ゼロから同じことをやろうとしても、たぶんできなかったろうと思います。

──ある意味、美しい話ですね。

それはそう思います。これを言うと嘘くさく聞こえるかもしれないけれど、お互いにある種の信頼感があったと思います。映像を提供してくれた人も、インタビューに出た人も、英語字幕の校正をしてくれた人も、みんな無料で協力してくれました。この映画は、私個人の力ではなくて、そういう相互信頼の力でできた映画です。もしこの映画が人を感動させるとしたら、人間が持っているそういう力が、映っているからだと思いますね。

──映画を観た人に何を期待していますか。

観たあと、映画館で隣の人と話し合ってほしいですね。いろいろな見方ができる映画だと思います。会話を交わしてみると、感想がそれぞれ違うはずです。映画をきっかけにして、まったく知らない隣の席の人と、ふだんできない話をしてみるのも面白いでしょう。インターネットの時代でも、人間はじかに姿を見せあったり、じかに言葉を交わすことが、ほんらい好きなはずですから。
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