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「人は平等に命を救うべき」それは絶対的な正義なのか?

★高齢者は適当な時に死ぬべきなのか?
***「ダイヤモンド・オンライン 2016/02/09 by 竹井善昭」より転載

 今回は、人の「生き様」について考えてみたい。「生き様」という言葉は今の日本ではほとんど死語になってしまっていると思う。だが最近も、女性支援プロジェクトを通じて「女子とは、女性の生き様のことだ」ということに気づき、あちこちでその話をしているが、そんなときに決まってこんな質問をされる。「それって、女性の生き方とどう違うの?」と。

 簡単に言えば「生き方」とは生きるための方法論だが、「生き様」とはどう生きるかの表現論だ。「女子」とは「女性の、あるひとつの表現論」である。表現論であり表現スタイルであるので、年齢は関係ない。だから、50代女子とか60代女子というものも成立する。このあたりはいずれ詳しく論じたいと思うが、つまり今の日本では「生き方」と「生き様」の違いもわからなくなってしまっているということだ。

 しかし今の日本にこそ、この「生き様」という言葉を復活させるべきだと思う。高齢化社会がますます進むこの日本という国においてそれは重要な課題だし、もっと議論されるべきではないのか――。僕自身、そのことについてずっと考え続けていて、当連載でも何度か触れたことはある。だが最近、作家の曽野綾子氏の発言が話題(というか騒動)になったこともあり、今回改めて論じてみたいと思う。

 この騒動は、曽野氏が1月24日付の産経新聞で書いたコラムと、それを受けた形で週刊ポスト2月12日号に掲載された記事が発端となったものだ。産経新聞のコラムでは、曽野氏が「90代の高齢者がドクターヘリを要請した」という話を引き合いに出し、「何が何でも生きようとする利己的な年寄りが増えた」と指摘。それを受けて週刊ポストが付けた記事タイトルは、「高齢者は“適当な時に死ぬ義務”を忘れてしまっていませんか?」というものだ。

 この発言をめぐって、まるで「老人は早く死ね!」と言っているかのように捉えた人も多いようで、「Twitterでは批判続出」と報道するネットニュースもあった。一方、意外にも「2ちゃんねる」の関連スレッドでは曽野さんの発言に同感する発言が多いという印象。反対に、ブログには批判的な内容のものが多いように見える。

 ちなみに当記事では曽野氏の発言の是非は論じない。ただ、彼女の発言を批判しているブログにはある共通の(社会貢献の視点から見て)誤謬が見られるので、それはここで正しておきたいと思う。

@「人は平等に命を救うべき」それは絶対的な正義なのか?

 僕が指摘したいポイントは大きく2つある。

 まず1つ目は、曽野氏へ反論する人たちの論拠だ。おそらくその反論の背景には、「高齢者だろうが何だろうが、人は平等に命を救うべき」という思想があると思う。「それが絶対的な正義である」と疑ってかかったことがない、という印象だ。

 しかし、これは少なくとも欧米一般の考え方とは異なる。これについては以前に、当連載の第115回でもお伝えしたことがあるが、欧米ではいわゆる「寝たきり老人」がいない。それは生きる力をなくした老人は「殺してしまう」からだ。たとえば、イギリス、デンマークなどでは自力で食事ができなくなった高齢者に対し、延命のための胃ろうは施さない。スウェーデンも同様。また、肺炎を起こしても抗生剤の注射はしないという。ニュージーランドでは、ある年齢(たしか75歳だったと記憶している)を越えると病気になっても治療しないそうだ。つまり、「人間は死ぬべき時に死ぬべき」という考え方だ。

 こうした国では、90代の高齢者のためにドクターヘリを飛ばすのか飛ばさないのか、脳血栓で倒れた高齢者を救急車が病院に搬送するのかしないのか、そこまで詳しくはわからないが、前述した基本的な考え方から言えば、曽野氏の主張のようにドクターヘリや救急車の出動を拒否してもおかしくない話である。

 このようなことを書くと「かわいそう」という感情から反発する読者もいるかと思うが、「かわいそう」という感情は極めて主観的なもので、往々にして当事者の意向を無視して「自分の正義の押しつけ」になりがちだ。「高齢者のドクターヘリの要請を批判すること」に対して反論する人たちには、「人は誰でも生きたいと思っている」という認識がベースにあると思うが、それでは世の中にたくさんいるかもしれない「1日も早く死にたい」と考えている老人たちの苦しみについては全く視野に入っていないとも言える。

 曽野氏が引き合いに出したドクターヘリを要請した90代の高齢者にしても、ヘリを要請したのが一体誰だったのかは報道からは判別できない。当人は脳血栓や心臓麻痺で意識を失っていて、家族が要請したことも考えられるわけで、むしろ常識的に考えてその可能性のほうが高いだろう。もしそうであれば、ドクターヘリで搬送されたことが当人にとって本当にラッキーだったかどうかは、当人にしかわからないことだ。

@「社会に貢献していない人たち」という誤解

 そして、僕が指摘したい2つ目のポイントは、彼らの主張のなかにある「社会に貢献していない人は死ねと言うのか?」という点。これも「かわいそう」という「正義」による誤謬だ。ここで言う「社会に貢献していない人」は現役引退した高齢者だけでなく、障害者や引きこもりの人たちを想定していると思われる。そしてその根底には、「社会に貢献していない人たちはかわいそう」という感情が潜んでいる。しかしこれはある種の差別意識だし、このような当事者を無視した同情、憐みが、逆にひどい差別を生むこともある。

 たとえば、昔の日本では障害者は「かわいそうな人たち」であり、そのような人たちを働かせることは「虐待」だと考えられていた。だから、障害者は家に閉じ込めて何もさせないことが正しいことだと考えられていた。だが、今は違う。ご存じのように、今の障害者支援のメインテーマは「障害者雇用」だ。障害者の人たちに、いかに多くの働くチャンスを提供するか、働く場を作るかがテーマだ。もちろんこれは、日本の労働力不足のために行政の都合でそうなったわけではない。障害者自身が働きたい、社会に役立つ人間になりたいと願うからこそ、そこを支援する人たちが増え、障害者雇用が障害者支援のメインストリームになったのだ。

 障害者支援の最前線を走る株式会社ミライロの垣内俊哉氏は、かねて「バリアフリーからバリアバリューへ」と提唱している。これはすなわち「障害者には特有の価値があり、その価値を高めていける社会にしよう」という主張だ。ここでいう「価値」とは、何かの形で社会に貢献できるということだ。障害者は健常者の庇護や支援を受けるだけの存在ではない。自らが何かの価値を生みだせる存在なのだ、という思想である。どのような人間にも価値はある。それは、「人は誰でも社会に貢献する力がある」ということだ。

 曽野氏を批判するブロガーの多くは「社会に貢献していない人は死ねというのか?」と怒るが、僕自身は社会に貢献できなくなったらとっとと死んでしまいたいと思っているし、これまでの社会貢献活動でわかったことだが、社会に貢献していないと思われている当事者のほとんどが「社会に貢献できる人間になりたい」と願い、そうなれない自分に苦しんでいる。

 社会貢献の本質は、尊厳を奪われた人たちが尊厳を取り戻すためのお手伝いをすることだと僕は思っており、それは高齢者に対しても同じだ。ちなみに僕の父親は75歳まで船乗りとして働いていたが、高齢のために引退した後、ボランティア活動をやろうとして近所の市民団体のボランティア募集に応募したのだが、高齢を理由に断られた。昔の男らしく、その話を淡々と語ってくれた父だったが、社会貢献を標榜して活動している僕はその話を聞いてとてもいたたまれない気持ちになった。なぜなら、自分の父親がまるで「あなたはもう社会からは必要とされてない人間です」と、こともあろうにボランティア団体から突き付けられた気がしたからである。

 と話がそれて恐縮だが、ともあれ後期高齢者だって社会に役立ちたいと考えている人間は多いし、人間はいくつになっても可能な限り社会に貢献して生きていくべきだ。たしかに曽野氏の今回の表現には、僕も多少疑問を感じる部分もある。大作家に対して僭越ではあるが、もっと違った伝え方をすればよかったのに、とも思う。「高齢者は適当な時に死ぬ義務がある」ではなく、「死ぬ覚悟を持て」と言っていれば、もっと真意が伝わったのではないだろうか――。

 しかしどのような表現であれ、それに批判するにせよ賛同するにせよ、言わんとしていることの本質を汲み取る「リテラシー」は必要だと僕は思う。

@「覚悟」をまっとうする最期を迎えるということ

 ちなみに、「生き様」ということに関して言えば、僕は昨年、父と母の両方を亡くした。父親は一昨年の夏、末期癌が発見され、余命4ヵ月と宣告された。昔の日本男子らしく恥を知っている父親は、自分がただ死を待つだけの存在になってしまったことを恥じて、病院のスタッフに恐縮しまくって入院生活を送り、医者の予告通り、ほぼ4ヵ月後の昨年正月に静かに息を引き取った。死ぬ前日、家族で見舞いに行ったのだが、そのときはもうほとんど意識がなかった。それでも、娘に対してかすかな声で「ありがとう」と言ってくれた。父親の最後の言葉である。

 母親も3年くらい前から認知症を発症し、自宅で転倒し腰を骨折したせいか、身体もすっかり弱り、ほとんど寝たきりの状態だった。父親が亡くなって以降、認知症は進み、身体もさらに弱った。昨年春頃からは自力で食事ができなくなり、点滴で栄養を補給。しかし、ついにそれもできなくなり、鼻に経管をしていた。認知症患者が経管をすると自分で外してしまうことがあるので、そうさせないために大きなミトン(手袋)をはめられていた。母親はそれを嫌がり何度も外してくれと僕や弟に懇願していたが、そうすると母親は栄養がとれなくなってしまう。なので、僕らはミトンを外せなかった。

 しかし、やがて経管も難しくなり、医者からは胃ろうを打診された。いろいろ悩んだが、胃ろうには問題も多いと聞いていたし、昔から母親は「チューブだらけの身体になってまで生きていたくない」と言っていたこともあり、医者と相談して胃ろうはしないことにした。そして、経管も外すようにお願いした。つまり、延命処置を拒否した。僕は、ある意味で母親をここで死なせよう、殺そうと決意したのだ。

 医者は苦渋の表情を浮かべながら、「(経管を外したら)もったとしても夏くらいまでかなあ」と言いながら、経管を外すことに同意してくれた。そのことを母親に伝えた時、ほとんど意識のなかった母親の目から涙が溢れてきた。その涙を見て、僕は自分の判断が間違っていないと確信した。たいした親孝行もできていなかった僕だが、最後に少しだけ親孝行ができたのではないかと思っている。親の死期を決めることが、親孝行になることもあるのだ。医者の予告どおり、母親も8月の暑い日に息を引き取った。仲の良い夫婦は片方が死ぬと残されたほうも後を追うように死ぬと言われるが、まさにそんな死に方だった。

 つまり僕は、今回の曽野氏のエピソードを借りれば、母のために「ドクターヘリを要請しなかった」ことになる。でも、それは正しかったと思っている。父も母も古き良き日本人の「覚悟」というものを持っていた人間だったからこそ、その覚悟をまっとうするような最期を迎えるための手助けができたという意味で。
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