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「お天道さまは見ていない」

★もんじゅに日銀、日本「モラル大崩壊」が止まらない
***「ダイヤモンド・オンライン 9月29日(木)6時0分配信記事 」より転載

 高速増殖炉「もんじゅ」は廃炉が避けられそうにない。年末に決まるというが、遅すぎた決断だ。核燃サイクルは維持する、という。高速増殖炉はやめるが、高速炉はフランスと組んで新たに始めるらしい。廃炉という重い決断を下す時、つじつま合わせのような「生煮えの構想」を打ち上げるは、誠実な態度ではない。

 同じことが日銀の金融政策にも言える。「異次元緩和で物価を上げる」政策はもんじゅと同様、失敗した。公約が達成できなかった原因を、原油や消費税など「外部要因」になすりつけるのは責任転嫁で、見苦しい。

 原子力政策や金融政策という国家の大事な仕事を担う「偉い人」が、なぜこんなに不誠実なのか。「内心忸怩たるもの」があっても、「ここはすっとぼけてやり過ごそう」と思っているなら、国民はなめられたものだ。

 日本国は頭から腐りだしている。モラルの連鎖崩壊は止めるのはどうすればいいのか。

● 「バレなければ、やっていい」 地方議会でビジネス界で目立つ劣化

 富山県の県会議員が政務調査費を不正請求していた。領収書の「万」の桁に数字を書き加えた。よくある幼稚な不正である。投票で選ばれながら、ズルして小銭を稼いでいた。県会議員のさもしい姿は有権者をガッカリさせた。

 県会議員って何だろう。この人たちはどういう思いで議員をやっているのか。いつからこんなに卑しくなったのか。

 富山県民でなくても憂鬱になる。ウチの県議会や市議会は大丈夫だろうか。

 そう思っていたら、天下の電通がネット広告費をごまかして請求していた。インターネットの広告は、新聞みたいに掲載されたことが一目で分かるような仕組みになっていない。「運用型広告」とか言って、クリックするユーザーの属性やキーワードに反応してバナー広告を載せる。どこにどれだけ載ったか、クライアントは分からない。

 不正がバレたのはトヨタが調べたからだという。トヨタだから電通を「おそれいりました」と言わせる調査ができたのだろう。トヨタを相手に広告をごまかすとは、電通も大胆だ。ゴキブリ1匹、裏に100匹。他にもきっとある。電通が自社で調査したところ111件、2億3000万円の不正があった、という。果たして、これだけなのか。氷山の一角ではないか。不正やり放題の仕組みなら、すべてのクライアントが多かれ少なかれ、被害に遭っているのではないか。

 「どうせ分からないさ、やってしまえ」と過剰請求や偽造レポートを書いたとしたら、大企業のモラルは地に落ちた。「おてんとうさまが見ている」とは思わなかったのか。

「分からなければ、やっていい」。富山県の県議もこれだった。東芝の粉飾決算も同じである。社長から「業績を上げろ」「チャレンジ! 」と号令を掛けられ、経理部門が中心になって組織的な粉飾が行われた。

 三菱自動車の燃費データ改竄も「どうせわからない」から始まった。「それはダメだよね」と誰かが言えば止まったかもしれない。

 言いだせない空気を作ったのはトップの責任だ。三菱の場合、やり直し検査でも不正な方法で測定していた。不祥事が発覚しても体質が改まらない。

 三菱は日産グループに入ることが決まり、逃げ切れると思ったのではないか。モラルの緩みは益子会長に責任があるが、責任を取ろうという態度は全く見えない。

 売上はがた落ちで、従業員の給与を減らす。下請けへの発注も減り、経営難に陥る部品メーカーもあるという。

 消費者を騙し、役所を欺き、従業員を苦しめ、下請けを泣かす。それでもトップは、資本提携の大船に乗って「一件落着」とでも思っているようだ。これが三菱の経営なのか。

 ビジネスの世界で、経営者の劣化が目立つ。いつからこうなったのか。

● 20年目のもんじゅ漂流 官民こぞって責任逃れ

 モラル崩壊は「官」の周辺では以前から起きていた。

 「もんじゅ」の漂流は20年も続いている。「もはや廃炉しかない」と誰もが気づきながら、貧乏くじを引くのを避けてきた。

 責任者はだれなのか。見えない。事業主体の日本原子力研究開発機構に責任がある。安全管理をちゃんとやってこなかった。原子力規制委員会から昨年11月「新たな運営主体を半年をめどに探せ」と文科省は勧告を受けている。

 機構が組織としてガタガタなのか、もんじゅは機構の手に負えないほどガタガタなのか。いずれにせよ機構ではダメということだが、理事長の児玉敏夫氏は三菱重工副長から昨年4月1日、就任した。当時の朝日新聞にこう書かれていた。

 「三菱重工はもんじゅの開発企業で利益相反の懸念があるため、外部有識者らによる第三者委員会を新たに設置し、透明性を確保するという」

 利益相反が疑われる立場の人が理事長になる。監視する第三者委員会が必要というのである。なぜ、そんな人が難しい組織の理事長になるのか。ここからおかしい。

なり手がいないのである。児玉氏は原子力の専門家ではない。重工の常務だった。退社する直前に副社長に昇格した。「箔付け」である。常務が理事長になるのでは具合が悪かったのだろう。「よそ者」がトップに座っても現場は変わらず、保安検査で重要な配管で点検不備が見つかった。「保安検査官もうんざりするぐらいの状況にある」と規制委の田中俊一委員長に叱責を受けた。

 人事を受けた児玉氏に責任はある。それ以上に、怒られ役か連絡役のような人を理事長に据えた文科省の責任である。当時は下村博文大臣だった。人事だけではない。文科省は宿題である「機構に代わる運営主体」を決められなかった。

 官も民も厄介者のもんじゅに関わりたくない。口では「核燃サイクル推進」と言いながら、みな腰が引けていた。無責任体制の中でもんじゅは朽ちて行った。

 再稼働させるのには5800億円とか8000億円とかが必要とされるという。もんじゅの建設が始まったのは1985年。当時としては最新技術でも30年たち、すでに陳腐化している。

● 核燃サイクルの断末魔 結論ありきの政治の無策

 見捨てるしかないと分かっていたのに、決断できなかったのは政治の責任だ。

 にっちもさっちも行かなくなり、地元に打診もなくいきなり「廃炉」である。福井県知事が怒るのも無理はない。手順というものがある。

 核燃サイクルを推進するなら、もんじゅ廃炉後の手立てを付けておく必要がある。すでに48トン溜まったプルトニウムの使い道を含め、これから青森県・六ヶ所村の再処理工場が稼働して産出される新たなプルトニウムをどうするか。その六ヶ所工場も事故続きでもんじゅの二の舞になる恐れさえある。

 核燃サイクルが必要なのか。もんじゅの廃炉は、ゼロから考え直す好機だった。

 先進国では原発離れが起きている。もんじゅや六ヶ所に注ぐカネを自然エネルギーの研究開発に向ければ新たなイノベーションが起こるだろう。自然エネルギーは原発や核燃サイクルより、製造・販売に加わる産業のすそ野が広い。20世紀の遺物のような原発を途上国に売って多国籍企業を利する産業政策がいいのか。政治家は真剣に考えてほしい。

 ところが政権は、経産官僚に丸投げしてしまった。安倍首相の側近である今井尚哉秘書官と世耕弘成経産大臣のラインで決まったというが、フランスの新型高速炉計画の実証炉(ASTRID)との共同開発が唐突に浮上した。同計画はまだ基本設計の段階だ。もんじゅが廃炉なら、何かで埋めなければならない、というだけで日仏共同開発へと動くほど原子力政策は軽いものなのか。

なり手がいないのである。児玉氏は原子力の専門家ではない。重工の常務だった。退社する直前に副社長に昇格した。「箔付け」である。常務が理事長になるのでは具合が悪かったのだろう。「よそ者」がトップに座っても現場は変わらず、保安検査で重要な配管で点検不備が見つかった。「保安検査官もうんざりするぐらいの状況にある」と規制委の田中俊一委員長に叱責を受けた。

 人事を受けた児玉氏に責任はある。それ以上に、怒られ役か連絡役のような人を理事長に据えた文科省の責任である。当時は下村博文大臣だった。人事だけではない。文科省は宿題である「機構に代わる運営主体」を決められなかった。

 官も民も厄介者のもんじゅに関わりたくない。口では「核燃サイクル推進」と言いながら、みな腰が引けていた。無責任体制の中でもんじゅは朽ちて行った。

 再稼働させるのには5800億円とか8000億円とかが必要とされるという。もんじゅの建設が始まったのは1985年。当時としては最新技術でも30年たち、すでに陳腐化している。

● 核燃サイクルの断末魔 結論ありきの政治の無策

 見捨てるしかないと分かっていたのに、決断できなかったのは政治の責任だ。

 にっちもさっちも行かなくなり、地元に打診もなくいきなり「廃炉」である。福井県知事が怒るのも無理はない。手順というものがある。

 核燃サイクルを推進するなら、もんじゅ廃炉後の手立てを付けておく必要がある。すでに48トン溜まったプルトニウムの使い道を含め、これから青森県・六ヶ所村の再処理工場が稼働して産出される新たなプルトニウムをどうするか。その六ヶ所工場も事故続きでもんじゅの二の舞になる恐れさえある。

 核燃サイクルが必要なのか。もんじゅの廃炉は、ゼロから考え直す好機だった。

 先進国では原発離れが起きている。もんじゅや六ヶ所に注ぐカネを自然エネルギーの研究開発に向ければ新たなイノベーションが起こるだろう。自然エネルギーは原発や核燃サイクルより、製造・販売に加わる産業のすそ野が広い。20世紀の遺物のような原発を途上国に売って多国籍企業を利する産業政策がいいのか。政治家は真剣に考えてほしい。

 ところが政権は、経産官僚に丸投げしてしまった。安倍首相の側近である今井尚哉秘書官と世耕弘成経産大臣のラインで決まったというが、フランスの新型高速炉計画の実証炉(ASTRID)との共同開発が唐突に浮上した。同計画はまだ基本設計の段階だ。もんじゅが廃炉なら、何かで埋めなければならない、というだけで日仏共同開発へと動くほど原子力政策は軽いものなのか。

できるかどうか、これから検討する話である。あたかもその方向で進むかのような既成事実をつくることは、政策のミスリードでしかない。

● マイナス金利で銀行が悲鳴 日銀「新しい枠組み」のごまかし

 さて、日銀の金融政策である。「新しい枠組み」というが、ますます混沌、分かりにくくなった。

 「総括的な検討」といいながら、失敗を隠し、責任転嫁に終始したのが今回の金融政策決定会合だ。

 「2年で2%の物価上昇」が果たせなかったのは、原油価格が予想を超えて下落したこと、消費増税が景気の腰を折った、中国や新興国の成長にブレーキが掛かった。この3つの外部要因が災いした、というのである。よく平然と言えるものだ。

 こうでも言わなければ責任問題が生ずる。金融の量的緩和では物価は上がりませんでした、と素直に認めたら、「異次元緩和」を看板にした黒田総裁の責任が浮上する。それだけではない。就任早々、日銀が輪転機をじゃんじゃん回して国債を買い上げたらいい、と主張し、それに賛成した黒田東彦氏を日銀総裁に任命した安倍首相の責任が問題になる。

 黒田総裁の事情は分からなくはないが、だからといって「ごまかし」が許されるわけではない。「量的緩和は効いている」といフィクションを前提に政策が組まれると、さらに間違いを重ねることになる。

 日銀の人は頭がいいから、建前と本音を使い分けるだろう。

 「量的緩和はこれからも続けますよ」と言いながら「量を目標にしません。金利水準が新たな目標です」という決定を今回した。本音と建て前の使い分けが隠されている。

 世間向けには「年間80兆円の資金供給を続ける」と従来方針に変わりないことを強調しながら、「もう量はいい。長期金利は下げない。マイナスに据え置く短期金利との金利差を確保しよう」という政策に切り替えた。

 なぜこんなことをするのか。金融界から不満が上がっているからだ。金融機関は短期資金を集め、長期金利で運用し利ザヤを稼ぐ。分かりやすい例では、銀行(とくに貸し先が少ない地方銀行)は集めた預金(短期金利)を国債(長期金利)で運用して儲けている。

 マイナス金利政策で長期金利までマイナスになった。地銀から悲鳴が上っている。生命保険や財団、年金基金など運用益で成り立っている業種からも怨嗟の声が上がっていた。

黒田総裁は「銀行のために金融政策をしているわけではない」と発言して金融界の怒りを買った。「やはり大蔵官僚」という反応である。

 日銀は「金融村の村長」という立場が分かっていない。「村びとあっての村長だ」と銀行などは考えている。

 金利に誘導目標を置き、長短に金利差を設ける、という決定は「銀行の言い分」が通ったのだ。

● 量的緩和は実はもう限界 インフレ目標は「諦め」の境地へ

 事情はもう一つある。「国債買い入れ」が限界に近づいている。すでに発行済み国債の3分の2が日銀に集まった。無理して買い上げれば、長期金利が下がってしまう。残存期間の短い国債には限度がある。

 「国債買い入れ」は量の面からも手仕舞いが近づいていた。短期決戦しかできない作戦だった。市場をビックリさせる大量買入れを始めれば物価はピンと上がるだろう、上がったらサッと引く。そんな作戦だった黒田さんの考えは甘かった。

 「二年で」という目標は既に破綻している。4回変更されて「2017年度中」つまり2018年3月末までが今掲げている期日だが、今回それを撤廃した。

 「長期戦に変わった」とか「持久戦」などと言われるが、「諦めた」のである。好意的に見れば「努力目標」である。

 これでもか、とばかり国債を買っても、物価は上がらない。それどころか副作用が出て村人から不人気。買い入れも限度がある。

 物価目標を空文化し、量的緩和を修正する出口に備えよう、というのが今回の政策である。

 だったら、そう言えばいいのに「口が裂けても言えない」というのが日銀の現状だ。

 説明責任を果たさず、「国民や市場は黙って従え。我々はいろいろ考えているんだ」という態度である。そうやって失敗してきて、今なお失敗を語らない。本音と建て前がズレまくるから政策は、ますます分かりにくなる。

 日銀の独立性とは「身勝手」を許すことではないはずだ。

 いや「アベノミクスの踏み絵」で総裁人事を握られ、すでに「独立性」がなくなっていることがこんな事態を招いたのだ。
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山田厚史
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