独・墺・仏・伊映画「白いリボン」
7/13に、佐賀市「シエマ」にて、「白いリボン」を見た。ミヒャエル・ハケネ監督作品は僕にとっては初めてで、『ベルイマン的ミステリー』と呼びたいくらいの完成度の高さに、ビックリしてしまった。 2009年カンヌ映画祭でパルムドールを受賞している。ドイツ映画だとばかり思っていたら、ドイツ・オーストリア・フランス・イタリアの協働製作らしい。
第一次世界大戦前夜の北ドイツの荘園村。ある日、村の医者が木と木の間に張られた針金に引っ掛って、落馬し大怪我を負う。また、納屋の床が抜けて小作人の妻が死亡する。そして、男爵の息子は立ち木に縛られ鞭打たれる。更に、医者を手伝う助産婦の精薄の息子は目を衝かれ失明する。目的不明の不可解な連続事件に、村人たちは戦慄し疑心暗鬼を募らせていく。
村にはヒエラルキーが確立しており、男爵を頂点とする家令と牧師と医者で構成される支配層とその他大勢の小作人の被支配層に分かれている。村人たちはプロテスタント的倫理にガンジガラメにされて、子供たちには厳格な躾・教育が施されている。そのようなピラミッド的な限定空間の中に奇怪な事件が放たれると、人間関係の歪さが顕になって腐臭が漂い始める。支配層の大人たちが持っている排他的で利己的な欺瞞を、子供たちは本能的に感じ取っている。
『白いリボン』は、規則や約束を守らなかったため鞭打ちの罰の後、牧師が自分の子供たちをさらに戒めるために付けさせる。強権的な大人が更に子供たちを抑圧すると、彼らは『恐るべき子供たち』に変貌する。抑圧された者の捌け口は、陰湿な形で大人たちに返ってくる。
実は、医者は妻を亡くして以来、助産婦と不倫を重ねている。しかし、助産婦に飽きた医者は、14歳の自分の娘に手を出している鬼畜である。不可解な連続事件は、牧師の長女をボスにした『恐るべき子供たち』による大人たちへの、トリプルクロス・カウンターだった。
『ベルイマン的ミステリー』の謎解きは物語の彼方に放り投げられていて、観る者に解釈を委ねている。まるでミヒャエル・ハケネ監督は「第一次世界大戦前と現代は地続きで、日常に悪意が潜む集団ではいつでもこのような状況は起こりうるんだよ。」と言いたげである。悪魔の吹く笛の音が聞こえてくるような、モノクロの映像が緊迫感を盛り上げる。
この『恐るべき子供たち』は、第一次世界大戦が終わり平和的ワイマール体制が確立された時代に、やがてそれが崩壊してナチスが台頭していった時代に、どんな大人になっていったのだろう。そして、どんな行動を執ったのだろうか。
第一次世界大戦前夜の北ドイツの荘園村。ある日、村の医者が木と木の間に張られた針金に引っ掛って、落馬し大怪我を負う。また、納屋の床が抜けて小作人の妻が死亡する。そして、男爵の息子は立ち木に縛られ鞭打たれる。更に、医者を手伝う助産婦の精薄の息子は目を衝かれ失明する。目的不明の不可解な連続事件に、村人たちは戦慄し疑心暗鬼を募らせていく。
村にはヒエラルキーが確立しており、男爵を頂点とする家令と牧師と医者で構成される支配層とその他大勢の小作人の被支配層に分かれている。村人たちはプロテスタント的倫理にガンジガラメにされて、子供たちには厳格な躾・教育が施されている。そのようなピラミッド的な限定空間の中に奇怪な事件が放たれると、人間関係の歪さが顕になって腐臭が漂い始める。支配層の大人たちが持っている排他的で利己的な欺瞞を、子供たちは本能的に感じ取っている。
『白いリボン』は、規則や約束を守らなかったため鞭打ちの罰の後、牧師が自分の子供たちをさらに戒めるために付けさせる。強権的な大人が更に子供たちを抑圧すると、彼らは『恐るべき子供たち』に変貌する。抑圧された者の捌け口は、陰湿な形で大人たちに返ってくる。
実は、医者は妻を亡くして以来、助産婦と不倫を重ねている。しかし、助産婦に飽きた医者は、14歳の自分の娘に手を出している鬼畜である。不可解な連続事件は、牧師の長女をボスにした『恐るべき子供たち』による大人たちへの、トリプルクロス・カウンターだった。
『ベルイマン的ミステリー』の謎解きは物語の彼方に放り投げられていて、観る者に解釈を委ねている。まるでミヒャエル・ハケネ監督は「第一次世界大戦前と現代は地続きで、日常に悪意が潜む集団ではいつでもこのような状況は起こりうるんだよ。」と言いたげである。悪魔の吹く笛の音が聞こえてくるような、モノクロの映像が緊迫感を盛り上げる。
この『恐るべき子供たち』は、第一次世界大戦が終わり平和的ワイマール体制が確立された時代に、やがてそれが崩壊してナチスが台頭していった時代に、どんな大人になっていったのだろう。そして、どんな行動を執ったのだろうか。



