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環境主義住宅を解く 第2回

 かつて公害の時代があった。いまでもまったく存在していないというわけではないが、水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息など重大な公害問題が多数発生した時代に比べるといまのわが国の生活環境はかなり改善されたと見るべきだろう。
 私には明確に覚えている事件がある。それはある年田んぼからタニシ、ドジョウ、鮒が消え、蛍がまったく飛ばなくなったという事件だ。小学校3年生くらいだったと思うから、1970年頃のことだと思う。大阪の郊外に住んでいた私の遊び場は田んぼや畑、そして里山だった。だから自然環境の変化に敏感だった。いまより敏感だったと思う。そのときにはそうなった原因がわからなかったが、大人になって振り返ると農薬であることは明確だ。
 このような状況は日本だけではなかったはずだ。工業が発達し、様々な化学工場から様々な有毒物質が排出される。また化学薬品がその有害性を評価されることなしに大量に出回る。こうしたことは工業化が進む各国に共通のものだった。
 日本を含むいわゆる先進国はこうした問題に対処し、公害の時代は終わりを告げた。実際、研究者の報告からもわが国において1970年頃がこうした種類の環境汚染のピークだったことがわかる。
 先進国が自国の環境汚染にお金と手間をかけて対処していた頃、破壊型の環境問題がその裏側で発生していた。「裏側」とは後進国を指し、そこでは森林破壊や砂漠化などが進んでいた。我々先進国の側から見て公害を「自国内排出型環境問題」と呼ぶとすれば、こうした問題は「他国破壊型環境問題」と呼ぶことができる。そうして、前者が注目された時代から後者の時代へ移ってくる。
 さらに世界中で工業化が進むことで、別の「排出型環境問題」が起きてくることになる。それがフロンによるオゾン層破壊であり、CO2排出による地球温暖化である。こうした環境問題の特徴は、原因が発生する場所と問題が発生する場所との関係が不明瞭だということだ。原因が発生する場所のほとんどは先進国であることは間違いないが、問題が発生する場所は直接貿易などで関係がある国とは限らない。
 一方、世界的な工業化によって資源枯渇の問題が深刻になってきた。資源には大きく「材料資源」と「エネルギー資源」があるが、この両方において地下資源の枯渇が問題になってきた。石油は両方の資源として利用されているが、とくにこのうちの「エネルギー資源」としての役割が大きい。先進国の経済と生活を支えているのはエネルギーである。エネルギー資源としての石油が枯渇すれば先進国の状況は一変する。枯渇しないまでも、原油の価格がいまの2倍になれば一変する。そしてそういう状況はもう目の前に来ているのかもしれない。また、石油に頼るエネルギー供給はCO2排出と表裏の関係にもなっている。

 さて、こうした流れの中で我々日本人は今後どのような考え方で進んでいくべきなのだろう?
 明確なのは「エネルギー問題を環境問題の主役にする」ということだろう。予防原則という言葉があるが、「石油がなくなる」というところにこそ、この予防原則を適用すべきだろう。できるだけ早く手を打ったほうがソフトランディングできる。
 エネルギー問題の解決には大きく3つの方向がある。それは「新しいエネルギー供給技術の開発」「自然エネルギー(持続型エネルギー)への転換」「省エネ」である。“夢の水素社会”が語られているが、これに頼ることはできない。自然エネルギーへの転換もまだまだ不十分である。わが国の省エネ技術は世界最高だと言われているが、それは一部の技術(主に産業部門)に過ぎなく、一般人における省エネの意識は薄い。
 京都議定書は大きなチャンスである。新しい先進国のあり方のモデルとしての日本をつくりあげることはできないのだろうか?
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