1.原風景としての生家

 皆さん、はじめまして。「造景工房」の中山寛です。西村工務店の西村敏彦さんの御好意により、この四月から一年間、「ランドスケープデザイン(造景)」にまつわるお話をさせて頂くことになりました。お茶でも飲みながら気軽にお付き合いください。

 四月は花ひらく季節。桜、雪柳、連翹(れんぎょう)の花が咲き誇り、ベニカナメの紅い新芽も目に鮮やかだ。昨年、九州大学に統合された僕の母校のキャンパスにも桜が植わっていて、毎年この時季には、恩師や学生、仕事友達が集まり花の宴を楽しんでいる。学生との話に興じていると思い起こされて来ることがある。大学一年の時、自分の家族を想定した住宅の設計課題が出され、総てが初めての体験の中で四苦八苦しながら取り組んだ。クラスメートは全国から集まっていて、北は福島から南は沖縄まで気候風土や文化、住体験の異なる者たちが、それぞれユニークな提案を競い合った。合評会には建築・都市計画・造園などの各分野の先生が集まり、学生と一緒に白熱した議論を闘わせた。僕のいたクラスは環境設計という学科で、単体としての建築ではなく、敷地の特性や地域の自然、歴史、文化環境との関わりをふまえた「場づくり」を考えるというところに固有の視点があった。僕の案は庭の設計の評価は良いようだったが、建築は建売住宅のようなもので先生からは「面白くない」と、いたって不評だった。他人の視線を気にしなくて済む個室の集合みたいな案で、高校時代の個室所有願望の現れであった。それからずっと出発点となった課題の意味を自分なりに問い直してみたいと考えるようになった。
 今は福岡市に住んでいるが、僕が生まれたのは福岡県久留米市、むかし有馬藩の下級武士が住んでいた荘島という町である。「まちや」風の構えで奥に細長い敷地に建つ平屋の家で、昭和30年代初めの頃は、家の前の道も未舗装であった。僕の通った小学校は目と鼻の先にあったが、よく遅刻をしたものである。小学校の隣に路地を挟んで諏訪神社があり、大きな楠木があった。夜になるとフクロウが鳴き、銭湯に通う時この路地を通るのが怖かった。それでも夏祭りには法被を着て御輿を担いだりした思い出がある。   
 「まちや」風の僕の家は、大きく三つのブロックで構成されていた。道に面したブロックと中庭、そして奥のアトリエである。父は絵描きで創作の時間をなるべく多く持てるように生活を組み立てていた。短い時間で固定収入を得る方法の一つとして、道に面した部屋は事務所や美容室として人に貸した。貸部屋に接して畳の間と掘り炬燵のある板張りの間があり家族の生活の場となっていた。玄関らしきものは無く、道から扉を開けて狭い通路に抜けると、土間にデーンと大きな製麺の機械が置いてあり、台所と洗濯場は申し訳程度に作られていた。家で麺を作りデパートの食堂の厨房に納めていた。生活にゆとりが持てない時代から、少しずつ余裕が生まれるようになると台所や風呂場も整っていった。ひどい話で、昔便所だった所がその後仏壇になったりもしたし、押入が二段ベッドになり、クロークへと変貌を遂げた。住まいは変容するものなのである。
 庭に無花果の木があって颱風が近づく初秋の朝、兄貴と収穫をしたり、木登りやハンモックをして遊んだ。父がブランコを作ってくれると、意地悪だった友達も遊びに来た。隣家との垣根はヘチマを絡ませたぐらいの簡素なもので、夏が過ぎると母は化粧水を取ったりスポンジにしていた。庭は果樹園であり畑であり遊園地でもあったのだ。
 アトリエは天井が高く、父はそこで大作と格闘しながら、土、日曜日に子供に絵を教えていた。一緒に受ける絵の指導や夏休みのキャンプなど、絵や自然との触れ合いが深まったのだった。風景画を描く時、実際にはない樹木を画面の中に持ち込んだり、実際にある建物の看板を無くして絵画的に構成する「創画」をこのころ知った。デッサンはフランス語でデザインの意味もあるが「創画」はデザインに通じていたのかも知れない。
 当たり前に夏は暑く、冬は寒かった。窓を開け放っても暑い時は、大きなやかんに麦茶を作り、砂糖、かち割り氷をぶち込んだものを絵の子供たちと一緒に飲んだ。夕方陽が落ちる頃に庭に水を撒くと西日が当たって虹が現れた。水天宮の祭りの夜、西の空にドーンと花火が上がると、僕達は椅子を持って道に出た。道には菱売りやシジミ売りの声が聞こえ、ゴム工場の終業のチャイムはドボルザークの「新世界」が流れていた。
 そのほとんどが姿を消していったこれらの風景は、僕がランドスケープデザイン(造景)を考える時の原風景であり、また引出しに収められたシーンかも知れないと思っています。
 

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