FC2ブログ

23.雪月花

 北国では雪はやっかいなもので、永く重たい冬に閉じこめられる人たちは、雪かきや雪おろしといった辛い作業と闘いながら遠い春を待つ。僕のように雪国で生活をしたことのない者にはそういう苦労が実感としては理解できていない。テレビ番組の取材でいきなり北国を訪ねるレポーターと同じように、きっと駅舎を出た途端にスッテンコロリンと転倒するのが落ちであろう。とは言っても、年のうち二、三度くらいしか積雪を経験しない土地で育ったせいもあり、幼年の頃から雪景色への憧れは強く今でもそれは変わらない。一昨年の暮れだったか、あの時の寒波には久しぶりに震えあがったが、近年はずーっと暖冬続きである。昭和三十年代の終わり頃は、久留米でも軒下に氷柱(つらら)が下がることがよくあった。舗装のされていない路の窪みに張った薄い氷を、靴のかかとでバキバキと踏んづけ、家並みの途中に置かれたコンクリート製の防火水槽の氷を割ったりして学校へ通ったものだ。当時の小、中学校では雪が積もると授業をやめて、校庭で雪合戦をすることがあった。
 さて、この前の二月二日、福岡はかなり冷え込んだ。野暮用があって、いつもより早く起き、電車で都府楼に出かけることになった。僕の住む平和町の坂の頂きからは夕焼けが見えたりするのだけれど、この日の朝は明けやらぬ西の空にオレンジ色の円い月が低くとどまっていた。電車に乗り込むと、高校受験の日のようで、停車するたびに受験生が乗り込んできた。さすがにこういう日は若い人たちもおとなしく、じっと参考書を見つめていた。都府楼で下車し用を済ませると、空にはもう明るい陽があがっていた。昼まで自由になる時間があるので政庁跡から太宰府天満宮までの路を歩いてみることにした。政庁跡の山手の路はほとんど車に出会うことなく散策でき、ほどなく観世音寺に着いた。天平の頃、八十年以上の歳月をかけて建立されたという。講堂の北側にパンパスグラスが植えられているのが大陸とのつながりを感じさせて面白い。境内に入り隣の戒壇院へ向かっていると、梵鐘のあたりで女性が枯れ落ちた枝を集めているのが見えた。観世音寺の戒壇院は奈良東大寺、下野薬師寺に置かれた戒壇院と共に天下三戒壇と呼ばれ、特に戒律が厳しい。山門の脇に、「酒」・「肉」・「韮」を持ち込むことを禁ずる石柱が立っている。764年に建立し、現在の本堂は1680年に再建された。本堂と山門を結ぶ軸線上のアプローチは畦のようになっていて、こちらから見た土塀、山門、本堂の甍、楠、背景の山からなるファサードは絵になっている。本堂の中には、両掌で輪を作った珍しいポーズの盧舎那仏(るしゃなぶつ)がおさめられていて、昼間は外光が本尊には届かないのだが、この時は朝日が射し込んで優しい表情が見て取れた。戒壇院の庭の一画に、一本の菩提樹(シナノキ科、中国原産)が植えられている。以前、梅雨のころだったか、淡い黄色の花が咲いていて、お香のような匂いがしていたことを思い出した。引き返して、田んぼや畑の多い閑静な「まほろば」の路を歩く。山裾にある家々の庭先にはロウバイや水仙の花が咲き、畑の野菜はうっすらと雪化粧をしている。路の曲がり角に土地の人が大切にしている祠があり、祀られた小さな仏の表情が何とも素朴で愛らしい。まもなく、昔、藍染川とか白川と呼ばれた御笠川の上流に出た。コンクリートブロックで固められた護岸は無粋だが、自然に土砂が堆積してできた州に茅が繁って、野鴨の営巣地になっている。川べりの駐車場も住宅も、さっきまで歩いてきた道筋の風景とはまったく繋がりが無く、途切れてしまっている。天満宮へ着いた頃から空が暗くなりはじめた。拝殿の右側にある飛梅は丁寧な枝づくりがなされていて、まだこれからという小さな蕾を結んでいた。茶店の並ぶ参道との境にある鳥居のそばに、筑豊の炭坑王と呼ばれた伊藤伝右衛門(歌人柳原白蓮の夫でもあった)の銘が入った石塔が立っている。ここを曲がって光明禅寺に寄ることにする。古びた廊下の奥にある畳の間に入って胡座をかいた。他に参観者は一人しかいないようだ。新緑でも紅葉でもない冬の枯山水を見るのは初めてかも知れない。しばらく座っていると、雪が降り始めた。本堂の甍を越えて舞い上がった雪は庭に接する山の斜面に跳ね返されるようにして、静かに庭に落ちていく。少しずつモミジの枝や地面の苔に雪が被り、庭が明るくなっていく。降り始めた雪はとどまる気配もなく、二十分ほどそうやって開け放たれた空間に対峙していると、良寛が詠んだある情景が思い起こされた。
   あわ雪のなかに顕(た)ちたる三千大千世界(みちおほち)
                       またその中に沫(あわ)雪ぞ降る
 このあたりのことは、中野孝次著「ひとり遊び」の中の「雪国今昔」に詳しい。少しずつ雪景色に変わっていく時間に出会った幸運に感謝し、帰りに熱い蕎麦を食べて太宰府をあとにしたのだった。











スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

としとんどん

Author:としとんどん
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード